憩いのホームページ −久保田三千代−

最新5件

過去ログを見る

『位置』14号
2016年06月04日(土)
『位置』14号  
 年一発行している、岡山県エッセイストクラブの文集『位置』も14号となりました。
 例年、私の所属しているメール句会「山麓」の主宰・横田淳氏にもお送りして、感想をお寄せいただいているのですが、今年は、クラブの元副会長・中桐美和子さんがお送りしていました。先日、その御返事が中桐さんの元へ届き、お二人の許可を得ましたので、掲載いたします。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 先日は、『2016 位置 position』をご恵贈くださりありがとうございました。いろいろ重なっておりましたので、昨日ようやく読了しました。
 久保田三千代さんのご案内で毎年拝読してきましたが、ますます充実ぶりをみせてくれているように拝察しました。
 まっ先に中桐さまのエッセイを拝見しました。
 お便りの中に、「書けないときは読むことにしていますが、もうとしなのでなかなかです」とありましたが、その「読むこと」が詳しく書いてあって、そのエネルギーに圧倒されました。しかも小生の読んでない分野、もっといえば苦手としてきた分野、あえて読まなかった分野がほとんどでした。
  
 いつもこの本を送ってくださった三千茶こと久保田三千代さんの今回のエッセイ「白い花」は、エッセイというジャンルを超えて、亡き人を偲ぶ誠に心打たれる佳品と拝見しました。
 エッセイとして印象深かった5点をあげるなら、以下の作品になります。共通点は、主題がはっきりしていて、文体がきびきびと無駄がない。主題に共感性がある。最初の一行で読者に関心をもたせて、盛り上がりがあってオチがきまっている。自由闊達、ユーモラス、といったところでしょうか。熱く読めても長すぎるのは外しました。この5点は、百合子も同じように読んで、あれは面白かったわ、と賛同してくれました。
 岩城  嵩「メガネ騒動の顛末」
 形山巳喜夫「アンカー」
 中塚 幾美「天岩戸を開いたのは」
 ひさたにゆか「ゆいレールの中で」
 平井 千秋「名医は聴き上手」
 最後に、ユーモラスとは別に、しみじみと考えさせてくれる1点はというと、この作品をあげたいと思います。
 片山 幸子「戦争を知らない私たち」
 作者の苦労も知らないで、勝手な取り上げ方をしてすみません。総じて初期のころにあった文章作成上の基本ルールを脱落したもの、編集の雑駁さといったものは影をひそめ、読ませるエッセイ集になったと拝察しました。
                     横田 淳 Jun Yokota

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 編集・末廣從弌 他編集委員  和光出版  2016年4月


                

卓の芍薬
2015年12月02日(水)
卓の芍薬  頼松京子さん、こんにちは。お便りする機会を得て光栄に思います。
『朔日』258号であなたの歌を読んだとき、強い衝撃を受けました。7首全てが、お父さまの戦場での苦しみをいたんだものでした。
  幾度も父は夜中にうなされぬ北支の戦場夢に見しかも  頼松京子
 この歌から、歌集『卓の芍薬』の中に多く詠まれているお父様の歌が想起されたのです。
  会ひたいと急に思ひがこみ上げる父の笑顔が目に浮かぶなり
 あなたが如何にお父様を慕い、愛していたかが伝わってきて、涙ぐましい気持ちになりました。
 ところが、その同じページに、お母様を詠んで、
 わが誕生を誰も祝福せずといふ母の言葉がわが傷となる
とあるのです。何という事でしょう……。
 それがトラウマとなって、お母様との葛藤が続いたのでしょうか。でも、お母様が亡くなられて、あなたの思いは変化してゆくのですね。
  首に巻く母のハンカチ色褪せて擦り切るるとも肌身離さず
どんなに憎んでも恨んでも、やはり血のつながる母娘です。この歌から、京子さんの「悔いと赦し」が読み取れて、ここでも私は泣きました。

 頼松さんを思うとき、おしゃれな洋服にサングラス、上品で優雅な雰囲気を漂わせているお姿が浮かびます。
  サングラスかけしはおしやれのためなのか尋ねし人にわが目は見えず
そうなのでした。あなたは目の病気を抱えていて、今も闘病中なのでした。完治することはないかもしれないと思う日々。その苦しみと不安は如何ばかりでしょう。私などには到底わからない、酷い、辛いものだと思います。
  ひたひたと忍びくるのは死の思ひ瞼の垂れが心むしばむ。
 そんなあなたを励まし支えるのは夫君と息子さん。
  なんのために生きてゐるのかわからぬと言へば息子がわれを抱きしむ
  私などどうせ駄目だと言ふわれに諦めるなとまた夫の言ふ
 思いやり深く優しい息子、一番の理解者である夫。
 最愛の二人に守られているあなたが、独り者の私には少し羨ましくもあるのです。
 驚いたのは、どんなに苦しく辛い状況にあっても、京子さんの中に美への真摯な憧憬、本物を志向し、自らを向上させようとする意志が確固としてあることでした。絵画や音楽などの芸術作品への卓越した鑑識眼。また、ヨーロッパ各地を旅して、歴史的遺産や景観に感動する心。そして短歌に寄せる思い。
  本物を見る目を磨き生きむかな美をとこしへの歓びとして
 さらに、夫君の言葉が背中をします。
  書くことは生くることゆゑやめるなと夫の言葉がまたよぎりゆく

 京子さん、これからも本物の美を求め続け、私たちの心に強く訴えかける歌を詠み続けてくださいね。「書くことは生くること」なのですから。
 ご病気の平癒を心から祈りつつ。

(これは、短歌誌『朔日』264号の「あなたとティータイム」に掲載されたものです。歌集『卓の芍薬』は、頼松京子著、2014年8月発行、角川学芸出版)

『風のように』
2015年05月25日(月)
『風のように』
「文は人なり」と言う。エッセイ集『風のように』の著者・花川洋子さんを知っている私は、本著を読んでまことにその通りだなと改めて思った。
 いつも、穏やかで優しい笑みを浮かべ、少しゆっくり話す彼女。時に話すチャンスがあると、姉に守られているような居心地の良さを覚える人だ。
 そんな彼女が一歳の時、母は病死、その葬式の日に父に召集令状が届き、父はニューギニアで戦死。その後は、祖母と叔母に育てられて、戦後を生き抜いてきた。それらは、退職後、夫の実家のある岡山県井原市の山間の村に転居してからの15年間で、エッセイとして著された。
 私などから見れば信じられないほどの辛い悲しい体験をしている。それなのに、それは声高に述べられず、淡々と書かれている。気取らない平易な言葉。短い文。知らず知らずのうちに引き込まれる。
「くじびき」では、中学3年生の夏休み、祖母に3本のくじを示される。
 「就職する」
 「母の実家から高校に行かせてもらう」
 「大阪に住む叔父の家から高校に行かせてもらう」
 学校が好きで、本が好きで、高校へ行きたかった洋子さん。自分の未来をくじ引きの偶然の決定に委ねようとしたが、「ジージー蝉の鳴き声を聞きながら、私はいつまでもくじを引くことが出来なかった」。その後の事は「くじびき」には書かれていないが、読み進めているうち、高校、大学へ進学し、卒業後は学校に勤めたことがわかってくる。
 不幸な生い立ちを微塵も感じさせない彼女の明るさと包容力。前向きな考え方。それらはいったいどこから生じてきたのだろうか。
 祖母たちを含め、70年の来し方の中で出会った人々に愛された彼女は、苦しみも悲しみも、ある意味では運命として受容して生きてきたのではないだろうか。そして、その経験が、年老いた義母と同居することになってからの寛容な介護生活に繋がって行ったのではないか。
 誰をも恨まない。誰をも受け容れる。そしてそれは、地域に溶け込み、畑仕事や自然を愛する豊かな生活に繋がっていく。
 ただ一つ、恨むとすれば戦争。
「その後60年あまり、色々な経験をしました。がんばってよかったと思えたことも、つらいことも 〜略〜 その一つ一つは人間として受けとめ、味わわねばならなかったことだったと思うのです。戦時中の日本のことをおもうにつけ、今戦場にさせられている国の様子を見るにつけ、〈そんなことぐらい悲しんでおられない〉という日の連続なのです。〜略〜 どんなことがあっても戦争は許せない、戦争のない社会を目指すべきだ、それは出発点であり、到達目標です。おびただしい犠牲と深い反省の上に生まれた平和憲法を大事にしたいです」(「おめでとうございます」より)
 ここに洋子さんの芯がある。この芯が彼女を強く、一本の筋の通った女性として輝かせている。
 現政権が憲法改正の動きを強めている昨今、彼女のような生き方に学びたいと切に思う。
 
 花川洋子・著 日本文教出版 2015年4月

『月見草が咲いたよ』
2015年04月29日(水)
『月見草が咲いたよ』
 季刊句誌『明(あけ)』の編集委員・古川麦子が第2句集『月見草が咲いたよ』を上梓した。
 この句集には、私などには思いもつかない季語や景が詠まれ、まぶしいような抒情の世界が繰り広げられている。
 『明」の監修・竹本健司氏は、「栞」で次のように述べている。
「〜略〜 元々、あらゆる文学活動は、人間をモチーフとした自己表現であるべきはずです。俳句もまた例外ではありません。〈見えにくい人間の心の内面を伝えようとする〉抒情詩であるはずです。古川麦子は、そこに着目して自分の心象や思いを大切にしながら、そのモチーフに徹して書き続けます」
 章題の出処となっている「月見草が咲いたよ泊まって行ってよ」も、その他の句も、「見える物を見たままに書くのではなく、今まで見えなかったり見えにくかったりしたものまで見ようとしています。〜略〜 この点が、俳句にとって極めて斬新な志向です」と。
 
 本著から一句だけ選んで、私なりの感想を書いてみよう。

「ういてこい巴里へ行ってみたかった」
 
 この句で「ういてこい」が夏の季語であることを初めて知った。水遊びに使う浮人形である。それは、赤い金魚だったり、白鳥だったり、ヨットだったり。沈めても沈めてもぽかりと浮かび上がって来るセルロイドの玩具。その水遊びが面白くて、それなのになぜか切なくて、「ういてこい」と呼びかける。
「巴里」へは行けないまま歳月は流れ、人生も半ばを過ぎた。来し方を振り返ってみれば、あの浮人形が「ういてこい」と呼んでいるような気がする。あれは自分(麦子)自身ではなかったか……。
「ういてこい〜」句に限らず、麦子の句には、生きることの切なさ、哀しさ、愛しさが詰まっていて、読む者の心をざわつかせ、かきむしるのである。

 私の俳句を、優しく、時に厳しく添削してくれる先輩であり、『明』の編集仲間である古川麦子氏のさらなる健吟を期待している。

峠の季(き)
2014年11月17日(月)
峠の季(き)  岡山県備前市在住の詩人、今井文世氏の8冊目の詩集が出版された。『峠の季』である。
 草木染作家でもある著者は、日々を草花や樹木に囲まれて暮らす中で、最近とみに「過ぎゆく季(とき)、やってくる季」を実感しているらしい。この詩集の詩のほとんどが、季節の移ろい、そして人の生命の移ろいをテーマに、それを美しい言葉と比喩で表現されてる。

 特に印象深い表現を挙げてみよう。
「花首」では、
「 〜前略〜 
 一つのために/摘んで捨てたもの/平気で裏切ったものが/花首となって/浮かんでくる
 一つの言葉を選ぶために/切り捨てられた言葉の骸は/心のそこに/埋もれて積もり/時おり/カサッと音を立てる
 〜後略〜 」

 一つの言葉を選ぶために多くの言葉を捨てる行為は、詩に限らず、俳句や短歌、随筆や小説でも同様であろう。俳句で、言葉を切り捨て、そしてまた掬いとることに四苦八苦している私だが、こう表現されると改めてその通りだなと共感する。

「歳月」では、
「 〜前略〜
 その人の死は/その人の記憶の中の私も消し去った〜
 〜後略〜 」
 
 よく、身近な人が亡くなったとき、「その人は私の心の中で生きている」と言うが、その人の死によって「その人の記憶の中の私」が消えると言う。これはかつて誰も表現したことのない“真実”の“発見”では無いだろうか。

「大寒の夜」では、
「 〜前略〜
 あの/楽しい語らいの/ひとときの下に
 別れが深く隠されていたことを知らなかった
 〜後略〜 」
 
 この自然な擬人法にも驚く。

 どの詩にも、劫初から未来へと続く時(季)が詠われ、その中の〈花〉であり、〈樹木〉であり、〈虫や蝶〉であり、〈人〉であるという深い思索がある。それは、今年75歳になる著者の到達した境地(一種の悟りあるいは諦念)のようなもの?)なのだろうか。
 
 五七五という短い詩形の中で表現する俳句は、それぞれの読者の鑑賞に委ねざるを得ないのだが、詩はまた別の意味で読者の読解力、感性、想像力などが必要であり、それらが刺激され、豊かになる表現形式なのだなと、と今さらながらに実感、納得した詩集であった。

「獣にはもう戻れない寒夕焼」三千茶
「蕎麦の花老ひてゆく身の新しく」

 著者 今井文世 土曜美術社出版 2014年

 


最新5件

過去ログを見る

mk0167@lily.ocn.ne.jp