憩いのホームページ −久保田三千代−

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三上令子遺句集『冬苺』
2012年05月17日(木)
三上令子遺句集『冬苺』 「風花や手帖に余白のこりけり」

「なにもしてあげられない日冬苺」

 1982年6月、52歳で亡くなった三上令子の最後の2句である。
 彼女が実際に句作したのは、1979年から1981年までのわずか2年と1か月、遺した句は53句に過ぎない。そのうち50句を、俳人である夫・三上史郎氏がまとめたものがこの『冬苺』で、それから30年が過ぎている。
 先月、句友が貸してくれたこの句集を読んで初めて、岡山にこんな素晴らしい俳人がいたことを知った。
 表紙をめくると、彼女の写真がある。おかっぱに切りそろえた髪、大きな理知的な瞳、きりりと結ばれた意志的な唇。少し斜めからカメラを見ているその表情はどこか寂しげで悲しげである。この写真を撮ったころ、乳がんの治療を始めていたのだったろうか。
 一気に50句すべてを読む。驚きと感動が広がる。続いて、一句一句をかみしめながら読む。涙が出てくる。そしてまた繰り返し読む。
 どの句も、易しい言葉で詠まれているにも関わらず深い心象が込められている。詩的な魂、切ない叙情、新鮮な措辞。天性のものとしか言いようがない。
 紹介したい句ばかりだが、心を鬼にして選んで挙げてみよう。

「抽斗のビー玉のなかの銀河なり」(句集最初の句)

「ちひろの絵めくるときとぶ黄せきれい」

「ハーモニカ一音こわれ茜草」

「素描画の森亜麻色の夏帽子」

 これらの句はファンタジック、あるいは乙女チックとでも言いたい情感にあふれている。どこか永遠の少女のような。
 しかし彼女の句は単なる抒情にとどまらず、人生や自然を見据えた深いものを持つ。

「家の裏青藻流れてゆけぬなり」

「水溜めて石臼が抱く春の空」

「曇天を白おもくなる朴の花」

「霞草なにかわすれている夕べ」

「北側のくらがり一生こごめ花」
 
「ことば捨て涸れ川の石殖えている」

 自然を詠みながら、そこに「生の哀しみ」とでも言いたいような哀切な心象がこめられている。それは読めば読むほど深く、重い。
 彼女は肉親や故郷の風土も詠んでいる。

「薄命の母よりも生き桜貝」

「梅青き中国山地母の名そよ」

「柊をくくれば母のこぼれけり」

「父亡くて七日の月は楢林」

「ははもちちも眠りて山のこぼれ萩」

 こうして挙げていけばキリが無い。結局、全50句を挙げたくなるほどなのだ。
 最後にどうしても紹介したい3句。

「芋粥を掬い黄落しきりです」
「白湯にややくもる裏山しぐれです」
「柿の葉に躓き秋の終わりです」

 この3句は1980年末に詠まれていて、晩秋の自然の寂しさに人間の生の寂しさが重なり、作者の覚悟のような思いも伺われて、胸を突かれる。
 この後、彼女は1981年に冒頭の2句を詠み、亡くなる1982年まで一切句作しなかったという。
 
「普通の俳句作家が、何十年という歳月を費やしても見つくせぬもの、あるいは殆んど見えないでおわってしまうであろう世界を、わずか3年ほどの句作歴の中で見てしまう」(「『冬苺』によせて」竹本健司 )令子。
 
「飾らぬ妻へ万の凍て星与えらる」三上史郎

 今、三上令子が存命なら、遠くからでもその姿を見てみたい。晩年に俳句という表現形式を得、静かにその情念をぶつけた女性の、清楚な美しさを保ったままであろうその姿を。 

 三上令子 著  二上史郎 発行  昭和58年2月  

(写真は句集1ページの三上令子)


山麓句会15合目篇『自由豪放』
2012年05月01日(火)
山麓句会15合目篇『自由豪放』  今年も、わがインターネットメール句会「山麓」の記録文集ができました。これで15号。
 会員21名、会友17名の平均年齢はゆうに70歳を超えていますが、若手の私などがシャッポを脱ぐほど元気な同人(童人)たち。今年のモットーは「自由豪放」(「ジュウゴゴウ(15号)の語呂合わせ)。「気持ちだけでも若々しく、骨太でおおらかな老春を生きたい」(前書き)との決意表明(?!)です。その意気や良し! 
 月々の俳句、選句、選句の観賞文、年2回の吟行記、月5〜6回は配信される掲示板、そしてエッセイ。会員、会友による写真と挿画も豊富で、本著は私の自慢になっています。
 例のごとく、その月の人気句(良い句かどうかは読者一人一人の感性に委ねて、投句者全員の相互評価点の高かった句の作者を翌月の兼題者とする山麓独自の遊びがあり、その対象となった句)と、その句の観賞文の一部を紹介しましょう。
※( )内は兼題。自由句もあるので、兼題句が人気句になるとは限りません。

●1月(年賀状)

 農に生きし父祖の空なりどんど焼く  寿運庵

 「田とか地ではなく『父祖の空』としたことで景が大きくなりました」浜茶

 
●2月(梅)

 老年や簡素に確定申告書  寿運庵

 「面倒くさい確定申告も年金暮らしの今は簡素なもの。淡々とした詠みぶりに好感が持てます」三千茶


●3月(風)

 紋黄蝶風の充電受けてをり  三千茶

 「羽化したばかりの蝶でしょうか。『風の充電』の表現に感動」伊保茶

●4月(囀)

 北国の消えた風景こぶし咲く  陸茶

 「三陸の港町の津波の爪痕。その惨憺たるさまをさらっと流して『こぶし咲く』に希望をこめました」寿運庵

●5月(茄子の花)

 軽々ととびこえし古希茄子の花  志庵

 「僕も昨年、何時の間にか『軽々』と『古希』になりました」人庵

●6月(蟻)

 凡庸に生きて悔やまじ蟻の列  輝庵

 「凡庸こそ最高の人生とよく言われる。黙々と働く蟻の列にわが身を重ねたのだろう」和庵

●7月(片陰)

 大震災片陰何もなき町に  伊保茶

 「まさに片陰のなく、忘れ難い景色です」志庵

●8月(撫子)

 撫子や挿して床の間野となりぬ  孝庵

 「床の間に活けた撫子の花。それを見て野にいるような錯覚を覚える。それほど撫子の花は可憐で、野が似合う花です」由加茶

●9月(露)

 朝どり野菜露そのままに届けたし  三保茶

 「手塩にかけて育てた野菜は無事成長したわが子のようだ。ならば届ける先は娘の嫁ぎ先とも思える。作者の優しい心遣いが新鮮な句になった」輝庵

●10月(爽やか)

 爽やかや飛行機雲のなお伸びて  浜茶

 「澄みきった青空に飛行機雲がくっきりと引いている景が見えます」芳茶

●11月(行く秋)

 行く秋の里を揺らせて鐘ひとつ  輝庵

 「『揺らせて鐘ひとつ』がいいですね。これで決まりです」徹庵

●12月(着ぶくれ)

 着膨れて笑顔の手と手朝の市  晴茶

 「寒い日の朝市の情景である。売り手と買い手、笑顔に商談がまとまったことがうかがえる」和庵

 
「俳句は下手がいい」とB級グルメ俳句を標榜する山麓ですが、会員・会友という枠を超えて、密かな愛読者を持っています。海外在住の寺尾久美子さん、恵子・ホームズさんからはエッセイも寄せられました。このたび現代俳句協会の第6代会長になった宮坂静生氏はこの記録文集を時折手にしてくださっているとか。
 まだまだ続く俳句道。「身の程に応じて、真面目に楽しく」(あとがき)少しずつ登って、次は16合目を目指します。

 山麓童人(代表・横田淳)編著  印刷所:(株)リョーイン 2012年

(読んでみようと思われる方、ご連絡ください。余部があります)



 

窓よりゆめを、ひかりの庭を
2012年03月02日(金)
窓よりゆめを、ひかりの庭を  私の所属する短歌結社「朔日」(代表・外塚喬)の若きホープ・栗原寛の第2歌集が送られてきた。
 昨年夏、全国の仲間を倉敷に迎えて「朔日」の研究集会が行われたときのさわやかな美青年ぶりを思い出しながら紐解く。
 一読、「透明な哀しみ」とでも言いたい感情に包まれた。
 恋を詠い、電車の中の群像や都会の雑踏を詠み、草花を、空を、水を、そして自らの肉体を詠いながら、彼の眼はどこかクールに、研ぎ澄まされて透明なのだ。
 特に印象的なのは身体感覚を詠んだもの。耽美的ともナルシスティックとでも言うべき不思議な吸引力を持つ。

  眠り方を思ひ出さんと撫でゐればわが夜に喉ぼとけあやしも

  うつすらと髭の伸びゐて眠りゐる細きあぎとを指にてたどる

  抱かれゐるあひだ触れられざりし耳 あたためてをりひとりになりて

  雨粒を弾かなくなる白き傘 シャワーのあとのわが身を抱く

  身めぐりの熱あがりゆく人間の雄としてこの肉をまとえば

 濃密な人間関係より、自分自身の世界でたゆたっていたいとでもいうような感覚。「恋」すらも、ある距離感を持って詠まれる。

  見えてゐるものは互ひに同じだとうたがはざりし 星がまたたく

  たいせつにする順番の異なりて星の話をつづけるきみの

  そのさきを言つてしまった君の目は見ぬことにする 紅茶冷めゆく

  睫毛の先に雪のとどまるやうにしてきみと僕とがつながつてゐる

  手を握り見つめ合ひたることなども春の記憶にうすめられゆく

 官能的でありながら清浄な印象の恋の歌もある。

  くちびるをやはくひらけるきみとゐる夕顔の莟ほどける間

  手のひらにつつみこむとき水の衣をまとへるきみの肌はさえゆく

 見えるのは白い夕暮。細く白い二つの体。あくまでも無垢な肉体。

 表現では、巧みな比喩(特に擬人法)と擬態語の多さが印象に残る。

  ふるふると顔を揺らせばふるふると前髪にゐし陽が逃げてゆく

  うすあをき星をほつほつ灯しゆく花韮は空とよびかはしゐる

  蒼きいろ灯りゐるなりみづみづと月をうつせる瞳のなかに

  みづのごとやはらかき鬱 手のうちにこぽこぽこぽと湧きいでたれば

 ちなみに、擬態語はざっと数えてみると22首にあった。全333首のうちの約7パーセント。これは、「短歌は俳句よりオノマトペが少ない」(佐々木幸綱『現代俳句』)からすると多い方なのではないかと思う。どちらにせよ、その擬態語の新鮮さに惹かれるのだ。

 大学では古典文学を専攻し、卒業後、歌人となり、合唱団でピアノ演奏や指揮をし、現在では「こまきとみゆき」というユニット名(彼は「こまき」。姓が栗原だから、だとか……!)で、また「アイランズ」という名の5人組のアカペラグループで歌手活動もしている栗原寛、33歳。この多才な若者から当分目が離せない。

  ひとりのみ醒めゐれば深夜わが身より鱗を剥がすひとつまたひとつ

 栗原寛 著  短歌研究社  2012年 

 

 


  

「坊ちゃん」の時代
2012年02月24日(金)
「坊ちゃん」の時代  
 原作・関川夏央、画・谷口ジローの共著の劇画作品『「坊ちゃん」の時代』。
 第5部のあとがきに「〜前略〜 漱石の『坊ちゃん』という小説の成立過程を縦糸に、明治末年の日本とその思想状況を描きたいと考えた 〜中略〜 一口に言って近代史の転換点そのものを主題とした〜」とある。
 1986年の「週刊マンガアクション」連載に始まり、12年という長い歳月をかけて完結して、単行本となり、文庫本となった。
 
 内容と登場人物を簡単に紹介しよう。

第一部 「坊ちゃんの」時代
 最初のページは夏目漱石の住む界隈の屋根が描かれている。吹き出しに「新しい小説を書いてみようと思っているんだ」。足の爪を切りながら傍の猫に向かって言うように夏目漱石の独り言。まことにそれらしい出だしである。
 この巻での登場人物は漱石、森田草平、荒畑寒村、堀紫郎、太田仲三郎等。ビアホールでの喧嘩が彼らの出会いとなったという設定である。

第二部 秋の舞姫
 二葉亭四迷と森鴎外が知り合うきっかけとなった「舞姫事件」を中心に描かれる。漱石と並ぶ明治の文豪・森鴎外の小説『舞姫』と絡めて、彼を日本まで追いかけてきた舞姫・エリスのその後の姿など、読者をぐいぐいとひきつけていく。

第三部 かの蒼空に
 この部では石川啄木が登場する。彼の才能を信じて援助し続ける金田一京助と啄木の交流を中心に当時の文学青年たちを描く。
 今、啄木のイメージは「貧困にあえいだ夭逝の天才詩人」というところだが、ここでは彼は、明るくて無責任な、能天気な青年である。

第四部 明治流星雨
 この部では、大逆事件が取り上げられる。首謀者とされる幸徳秋水、その愛人管野須賀子を中心に、逮捕、処刑に至るまでの事件のあらまし。近代日本を大きく揺るがし、歴史の流れの曲がり角となったこの事件を、文学者や知識人がどう感じ、どう対したかも綿密に描いていて、興味深い。

第五部 不機嫌亭漱石
 長年胃病に苦しんできた漱石が転地療養先の修善寺温泉で、森田草平などの献身的な看護を受けながら、最期を迎える。漱石の死生観もうかがわれる。
「あるほどの菊擲げ入れよ棺の中」漱石
(これは明治43年11月15日、友人大塚楠緒子への挽歌として日記に書いたもの)
 
 漫画はもちろん、劇画というものをほとんど手にしたことがないわたしにとって、本著は衝撃だった。
 漱石を中心として、同時代に生きた彼らが、もしかしたらこういう出会いをし、こういう交流をしたかもしれないと思わせるストーリーの面白さ。それは著者が、膨大な資料から、明治という時代と登場人物の史実を詳細に調べて書いているからこそもたらされる。
 読んでいて、随所にハタと膝を叩きたくなるような共感、新鮮な驚き、発見があった。
 谷口ジローの漫画も緻密で重厚、時にユーモラスで「共著」と呼ぶにふさわしい。第三部の解説者・フレデリック・L・ショットが「グラフィックノベル(絵で描かれた小説)」と定義づけているが、その通りだと思う。

  関川夏央・谷口ジロー 著 2003年 KK双葉社



ぼくのほそみち
2012年02月04日(土)
ぼくのほそみち  岡山県エッセイストクラブの仲間・後藤健氏から送られてきたエッセイ集『ぼくのほそみち』。
 表紙カバーには、岩手県早池峰山での同級生と著者のスナップ。裏表紙の上段には関取・舞の海とのスナップ。中段左には北アルプスで、右は石垣島で同級生と。下段にはモンゴルでラクダに乗る著者。どれも生き生きとした笑顔で写っている。
 退職後エッセイを書き始め、約100篇の作品を新聞紙上などに発表してきた。昨年、そのすべてを読み返し、まさしく来し方の自分史だと思った氏は、有言実行の人生そのままに、即、エッセイ集発刊をものしたのである。
 合評会などで見かける氏は、いつも温厚な笑みをたたえている紳士で、私のようなガサツな者は親しく話すチャンスもないまま今日に至っているのだが、本著を読んで、氏の豊かな人間性、経験、感性に改めて驚かされている。
 表紙写真からもわかるが、仕事の傍ら、登山、相撲、旅行を趣味とし、そのどれも半端ではなく楽しみ、究めている。
 ほかに、愛犬ゴン太のこと(「ゴン太よありがとう」など)、退職後、そのゴン太とともに子供たちと公園で遊ぶ日々(「150人のともだち」、「公園育ち」)等、どれも心を打つ話ばかりである。
 中の一つを紹介しよう。
「満天の星」。
 中国四川省の山奥での結婚式(前年、大連旅行の通訳だった劉小平さんと日本人留学生の結婚)に招待された時の話である。
 水道も電気もない集落。もちろん風呂はなない。トイレは外から丸見えの汲み取り構造。年収が約15000円という貧しい村だ。日本から出席した著者や新郎の両親は夜は農機具小屋で寝た。式は10分足らず、祝辞も何もない。料理は親戚の手で作られた。
「50人ほど集まった村人たちの表情は明るかった。いずれも普段着で生活に疲れている様子はなく、素朴な笑顔が大変良かった。〜略〜 豊かさとは、本当は心の豊かさを言うのではないかと四川省での体験が教えてくれたように思う。あの日、夜中に起きだして、庭で眺めた満天の星の数の多さに目を見張ったことが忘れられない。 次の年襲った、四川大地震で小平の家は倒壊したが、家族は無事だったという」(「満天の星」より)
 これを読むだけでも、偏見とか差別感というもののない氏の心の豊かさ優しさが伝わってくる。
 筑豊の炭鉱生まれ。高校卒業後、電気技師者として発電所、民放テレビ、瀬戸大橋の建設等に携わってきた。全国各地への転勤、そして結婚。家族、友人、同僚、子どもたちや犬への愛、そして戦争被害者や震災被災者への思い……。どのエッセイからも氏のまじめさ、正義感、情の厚さが感じられ、涙ぐましい気持ちにさせられる。
 自分史という枠を超えて、読者に共感と感動を与える本著。何より「わかりやすい文章をモットーに」(「まえがき」より)してきたという氏の文章の良さ。気取らず衒(てら)わず、自然体なのだ。
 文は人なり。本著は情の人・後藤健の人柄そのままの好著である。

 後藤健 著 片山印刷 2011年 おススメ度 ★★★★★

(本著は書店にはありません。読みたい方は久保田までご連絡下さい)

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