[481] 代議士日記「3月5日、6日」改訂版 2005-03-14 (Mon)

■ 3月5日(土)

7時、起床。

7時半、事務所を出発。運転手は田中。

8時40分、朝立ち。玉野レクレセンター。40分。
岡山にいる日は毎日街頭演説をするようにしているが、日程のスキマを縫ってやっ
ており、必ずしも戦略的にはできていない。その結果、地域的な偏りが生じている。
具体的には玉野市、瀬戸内市での街宣スポット拡大が課題だ。車の流れを観察しな
がらマイクを握っていると、お世話になっている方々が何人も通りがかり、手を振
って下さった。

9時半、第25回玉野市民歩け歩け大会。
開会式に飛び入りで参加させて頂いたが、関係者のご配慮で来賓としてスピーチの
機会を頂いた。政治の話をするシチュエーションではないので、「車とケガに気を
付けて、楽しく頑張ってきてください」と短く挨拶。その後、準備体操をご一緒し、
お見送り。レクレセンターからのスタートで、参加者は約50名。

10時、玉野市ミニバスケットボール大会。
当初の予定にはなかったが、レクレセンターを覗くと子供たちがバスケットボール
をしていた。少しだけ時間を割き、荘内や田井の選手たちを激励。小学生低学年の
女の子たちが「ポスターの人じゃろ」と声をかけてくれ、思わず顔がほころぶ。

10時半、民主党岡山2区常任幹事会。
円山の岡山事務所にて。前回から2週間しか経っていないが、来週予定の定期大会
の準備を丁寧に進めたいとの趣旨で開催。約10名の幹事にご出席いただき、密度
の濃い議論。本日欠席の田原市議のアドバイスも反映させながら、増田君が集約。
議案書の内容も概ね固まってきた。

12時半、事務所で昼食、デスクワーク。

14時半、津村事務所「秘書採用試験」。岡山衛生会館。
2月中旬に山陽新聞で4日間、7行広告による募集をかけたところ、3週間の間に
50名の応募を頂いた。本日第一次の筆記試験を開催。13問の一般教養試験と1
問の小論文。冒頭、私から5分程度の挨拶をし、小論文のテーマを発表。テーマは、
「一番仲の良い友だちについて」。

15時13分、JR岡山駅から瀬戸大橋線で高松へ向かう。16時08分高松着。

16時15分、高松三越。
岡山・香川の物産展が開かれており、いつも熱心に応援して下さる支持者Oさんも
参加されていた。一緒に記念撮影。見たかったイベントは既に終了しており、残念。

16時39分、四国フェリーで玉野へ。31分間の高松滞在だった。フェリーの上
から瀬戸内海の島々を満喫。のどかな風景に心が和んだ。岡山と高松の“近さ”を
実感。宇野港到着後、駅前からタクシーを飛ばす。

18時、玉野市内でミニ国政報告会。
予定より30分遅れて到着し、関係者の皆さんにお詫び。広畑市議、Mさんのご協
力と田中秘書のフットワークで大盛会。私からの国政報告のあと、皆さんにご発言
を頂いたところ、示唆に富む政策論がポンポン飛び出る。

20時、地元学区の連合町内会総会。
最近相次いでいる地元小学校での不審火事件について、町内会を挙げて対応を協議。
遅れて参加したが、皆さん本当に真剣な眼差しで議論をされていた。オブザーバー
的な立場で、静かに傍聴。

その後、深夜までデスクワーク。
弟さん想いの友人からメールを貰い、その関連でインターンの泉君ら2人と電話で
話す。両君とも誠意あふれる対応をしてくれた。本当にありがとう。

泉君からは1つ宿題も貰った。丁寧に情報を集めたい。

今週末は自宅にいる時間が殆どなく、好きなTV(DVD)も観られない。欲しが
りません、勝つまでは。。。といったところ。選挙がんばります!


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■ 3月6日(日)

5時半、起床。

6時、京橋朝市。
例月はもう少し遅い時間に顔を出すのだが、今日は作東インターチェンジの開通式
があるので、1時間早めに参加。今日も全てのテント(お店)を回り、ご挨拶。根
木と田口も「若い力。」ジャンパーを着て、奔走。

7時、田口運転の車で県北へ出発。
大塚愛の『さくらんぼ』をガンガンかけながら気合いを入れるが、途中やっぱり熟
睡。田口秘書は、初めての作東行きに備え、この日のために運転コースを下見して
くれており、安全なドライブ。

9時、作東町へ到着。
開通式までまだ1時間があったので朝食を摂ろうとしたが、どこに行っても食堂や
喫茶店が空いていない。途方に暮れながら町内を走り、ようやく見つけたのが「み
なみ食堂」。のれんは出ていたが、まだ空けていなかった由。にもかかわらず、焼
きそばを作って下さった。とっても美味しかったです!「うちのようなところに国
会議員さんが来て下さるなんて、おばさん感激じゃわぁ。今日はええことがあった
わぁ!」と喜んで頂き、私のほうこそ感激。また行きたい。

10時、中国縦貫道作東インターチェンジ完成式典。
国会議員の出席は、平沼赳夫代議士と私だけ。来賓挨拶とテープカット。平沼さん
は高校の先輩。これまでにも同窓会その他で何度もお会いしているが、色々な場面
で私を立てて下さり、私のスタッフにも気遣いをして下さる。今日も田口秘書、清
水秘書(江田事務所)にねぎらいの言葉をかけて頂いた。党派の違いは厳然として
あるが、先輩の尊敬するところは学んでいきたい。江田参議の代理として参加した
清水俊平君は、名刺配りを頑張っていた。テープカット後、地元保育園児たちが風
船を飛ばし、岡山県警音楽隊の演奏を聴く。盛大な式典だった。11時半まで。

12時、湯郷温泉。
少し時間があるような気がしたので(幻想でした)、長旅のドライバーを務めてく
れている田口秘書ともども、湯郷温泉で一風呂。生き返りました。ちなみに、私の
曽祖父にあたる山本徳一(城照)は、最後の湯郷村長です。その後、湯郷は昭和の
大合併で「美作町」になりました。

時間が押してしまったので、昼食はヌキ。

14時、三勲学区門田文化町町内会の婦人部懇親会。
約30人で11時半から寄られていたらしいが、既に終了していた。数人の方々が
後片付けされているところに顔を出す。犯罪被害者の問題についてご意見を頂く。

14時半過ぎ、灘崎町ひょうたん祭り。
終了間際に滑り込み、地元ひょうたん農家の皆さんの作品を見て回る。大きなひょ
うたんから小さなひょうたんまで。力作ぞろい。お付き合いのある、ひょうたん農
家の組合の皆さんと記念撮影など。

15時、灘崎町で挨拶まわり。数件。
窓際で家族揃ってお昼寝をされている方の姿が見え、ポストに名刺をそっと置いて
帰る。幸せそうなご家庭。

16時半、玉野市消防団。八浜分団機庫。
近づく操法訓練大会に向けた訓練の打ち上げに参加。団員の皆さんが田中秘書のこ
とを可愛がってくださっており、内輪の会にお招きいただくことができた。

18時、岡山市新福町内会の幹部の皆さんと懇談会。
夕食をつつきながら、場外馬券場売場問題の経緯と現在についてレクチャーを頂く。
私から率直は疑問も多数ぶつけさせて頂いた。良い勉強になりました。

21時、事務所。増田と秘書採用について詰めの協議。


[480] 代議士日記「3月2日、3日」改訂版 2005-03-12 (Sat)

■ 3月2日(水)

本日、平成17年度予算が衆議院を通過。これで年度内の成立がほぼ確実になった。

7時、起床。

8時、民主党財務金融部門会議。インターンの沖田さん、菊池君同行。

9時半、生命保険会社の方々と面談。

10時、国会事務所にてデスクワーク。代議士日記執筆など。

14時、民主党正副幹事長会議。
私は幹事長でも副幹事長でもないが、役員室次長(代表補佐・幹事長補佐担当)と
して出席している。党運営の要の会議の1つであり、とても勉強になる。

14時45分、衆議院財務金融委員会。
小泉首相に対する質疑。岩国・平岡両代議士が次々と厳しい質問を発し、小泉首相
が言い淀む場面も。「総理は“景気は踊り場”と言いますが、“踊り場”っていう
のは一体何ですか」という岩国代議士のシンプルな質問に、総理の答弁は迷走気味。
与党サイドの代議士も苦笑する珍問答になった。

質疑終局後、「附帯決議」の提案者を代表し、案文を朗読。今国会3回めの登板。

16時、民主党役員室会議。衆議院第16控室。

16時40分、代議士会。

17時、衆議院本会議。平成17年度予算案を可決。
記名投票となり、いわゆる「堂々巡り(全代議士が次々と登壇し、一人づつ投票し
ていく様を指す国会用語)」で順に投票。私は反対の青票を投じた。青票と言うが、
正確には緑地にオレンジの文字で“津村啓介”と書いてある。所要1時間40分。

19時過ぎ、某有名企業のオーナーと会食。
以前からお付き合いのある自民党大幹部の某代議士、青年実業家、経産省キャリア
OBと同席。社長は私たちの目の前で、元首相ほか著名な方々と次々に電話でやり
とりを始められ、そばにいるだけで緊張する場面も。今ホットなある経済ニュース
の主役級の方々とのリアルなやりとりにも遭遇し、本当にビックリ。色々と貴重な
勉強をさせていただいた。


■ 3月3日(木)

7時、起床。

8時、民主党外務部門会議。インターンの沖田さんも同行。

8時半、民主党外務・防衛合同部門会議。1時間。

11時、民主党役員室「代表補佐チーム」会議。
岡田代表の地方行脚が、いよいよ今月26日で完結する。最終訪問地は“宮崎”、
随行は私だ。「3月末までに47都道府県を回る」という代表選での公約が果たさ
れるわけで、どのようにショーアップするか知恵を絞った。福岡、宮城の衆院補選
への配慮や効果的な連携も含め、考えるべきことは多い。

11時45分、武正公一代議士と昼食。
代表補佐チームのリーダーである武正公一代議士は、埼玉1区選出。当選2回組の
エースの1人である。代表補佐チームの当面の課題などについて指導を頂いた。

12時15分、国のかたち研究会。
渡部恒三前衆議院副議長を囲むランチに、遅れて出席。田中角栄元首相や竹下登元
首相とのエピソードを伺い、現代日本政治史の一端に触れた思い。会津の“ズーズ
ー弁”を丸出しにした渡部代議士の話術は、聞くものを和ませる魔力がある。

13時半、小宮山洋子代議士と打ち合わせ。
小宮山さんの国会事務所にお邪魔をし、今月10日に予定されている人権・消費者
問題調査会の司会進行についてご相談。PL法改正問題がテーマ。

14時半、樽井良和代議士が来室。短い意見交換。

15時半過ぎ、「日本の領土を守るため行動する議員連盟」会合。尖閣諸島問題で
関係者からヒアリングをし、議論。領土問題は、与野党を超えたテーマである。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050304-00000007-san-pol

18時、UIゼンセン同盟「政策懇話会」第3回総会。
市ヶ谷で開催され、昨年に続いて出席。カリスマ的なリーダーである、高木剛会長
にもご挨拶することができた。立食の中で、民主党の藤井代表代行や川端幹事長と
ゆっくり話す時間があり、選挙のノウハウなど実践的な指導を頂いた。

19時、夕食。
靖国神社近くのお店で、「しゃぶしゃぶ」。日銀に就職した11年前、4月1日の
入行式当日に、配属先だった調査統計局経済調査課の先輩方と一緒に“お花見”を
した場所。社会人としてのスタートを切った場所ともいえる。「おい新人、何か芸
をやれ!」と言われ、N君、U君、Y君らとともに“二人羽織”をしたことを思い
出す。

20時半過ぎ、岡田代表との期別懇親会。
本多平直、西村智奈美、小林千代美の各代議士と私で、岡田代表と北橋役員室長を
囲んだ。赤坂プリンスホテル旧館1階「ナポレオン」。赤ワインをグラスで頂きな
がら、闊達な意見交換。私からは3つのテーマについて代表にご意見申し上げた。
丁寧に聞いて頂くことができ、感激。

22時、新人代議士4人で二次会。
民主党の将来について、お酒を飲みながらのディスカッション。みんな熱い。


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■ 3月4日(金)

東京は大雪。どんよりとした曇り空の下、東京拘置所を訪問。

9時20分、事務所。
雪で電車が遅れ、急いで歩こうにも滑ってしまって前に進まず、20分の遅刻。も
ともと古くなっていた靴が、とうとうダメになってしまった。

9時半、東京拘置所の視察へ。
小菅にある最新設備の刑務所に、民主党の国会議員21人で視察に赴いた。生まれ
て初めて刑務所の中に入ったが、独特の雰囲気に支配された空間。色々な思いが錯
綜して、質問の言葉も出てこない。それでも帰り際、刑務作業に対する報酬(最大
で1日299円、家族に仕送りしている受刑者もいるそうだ)、受刑者の自殺(新
しい設備になった2年前からはゼロ)、矯正プログラムの内容等について質問する。
途中、受刑者の方々にも何人もお会いした。皆丸刈りにして、同じ服を着ていた。
刑務所内の様々なことに、非常にインスパイアされた。バスで往復し、13時まで。

昼食後、国会事務所でデスクワーク。

17時過ぎの新幹線で帰岡。車中、村上春樹の『ノルウェイの森』を読む。学生時
代から時折読み返している名作。透きとおった文体の中に、清潔感のある深い恋愛
模様が描かれており、圧倒的な迫力で頭がいっぱいにされる。モヤモヤした気分が
吹っ飛び、爽やかな読後感に満たされる。まだ読み終わってはいないのだけれど。

移動中、複数の新聞記者から連絡があり、情報交換。ちょうど新大阪・新神戸間で
携帯が繋がりにくく、やきもき。結局、帰岡後、事務所から電話することになった。
マスコミ関係者の方々との日ごろの信頼関係が問われる場面だった。良い勉強。

22時頃、増田秘書と夕食。
事務所運営、秘書採用について打ち合わせながら、事務所近くの『八剣伝』にて。

23時頃、地元消防団の皆さんと。
『八剣伝』に居合わせた消防団の皆さんに飛び入りで合流させていただき、お店の
閉店(午前2時)間際まで話し込む。このところ、私の地元である富山学区では不
審火が続いており、住民の不安を掻き立てている。現場のご苦労を伺った。

26時過ぎ、就寝。


[479] 代議士日記「3月10日(木)」 2005-03-10 (Thu)

■ 3月10日(木)

朝、議員宿舎の掃除など。

通勤途中、「自民現職代議士逮捕」の新聞広告が目に入り、びっくり。中西衆議院
議員は、衆議院本会議場での座席が同じ最前列で3つ隣。野次で目立っている議員。
二度びっくりした。ともかく、国会に急ぐ。

11時、民主党役員室「代表補佐チーム」会議。

11時半、国のかたち研究会。
いま話題の『希望格差社会』の著者、山田昌弘学芸大教授を招き、お話を伺った。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。
わが党の計屋代議士が“中西代議士逮捕”について言及したくだりでは、自民党席
が音一つなし。野次の応酬になるかと思いきや、厳粛な雰囲気。事の重大さを示す。
所要40分。

16時、民主党人権・消費者問題調査会。
担当の事務局次長として司会進行役を務めながら、PL法の現状と課題について、
内閣府と東京弁護士会の中村雅人弁護士からヒアリング。

17時半、日本道路公団の方々と面談。
作東インターチェンジ開通式出席のお礼を述べられ、テープカットの際のはさみの
レプリカを記念に頂く。とても丁寧な対応にびっくり。

18時過ぎ、国対幹部との懇談会。

20時、友人と会食。金融界で活躍中の、日銀時代の後輩。


[478] 代議士日記(速報) 2005-03-09 (Wed)

■ 3月8日(火)

このところ、花粉症が悪化しています。。。

7時、起床。

8時、民主党両院議員懇談会。党本部5階ホール。

9時45分、民主党外務・防衛部門会議。

10時、衆議院総務委員会。中村哲治議員の差替え。

10時半、税関職員の皆さんからの陳情。

11時、民主党財務金融部門会議役員会。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。所要40分。

14時、国会事務所でデスクワーク。

18時、政治家志望の若者と面談。

20時半、日銀時代の同僚S君、I君と会食。カラオケ。


■ 3月9日(水)

午前中、ゆっくり休養。かなり疲れが取れました。

13時半、国会事務所に出勤。

14時、民主党正副幹事長会議。

15時、昼食。蕎麦3杯。末松代議士と同席。

17時、民主党役員室会議。

19時、米国在住日系人一行との夕食懇談会。外務省主催。

21時、凌雲会。


[477] 代議士日記(速報) 2005-03-08 (Tue)

■ 3月5日(土)

7時半、起床。

8時40分、朝立ち。玉野レクレセンター。40分。

9時半、玉野市民歩け歩け大会。

10時、玉野市ミニバスケットボール大会。

10時半、民主党岡山2区常任幹事会。岡山事務所にて。

14時半、秘書採用試験。衛生会館。

15時過ぎ、JR瀬戸大橋線で高松へ。

16時15分、高松三越。支持者の方と記念撮影。10分。

16時39分、四国フェリーで玉野へ。

18時、玉野市内でミニ国政報告会。

20時、地元学区の連合町内会総会。最近の不審火についての対応協議中、傍聴。

深夜までデスクワーク。久しぶりにインターンの泉君らと電話で話す。


■ 3月6日(日)

5時半、起床。

6時、京橋朝市。

7時、田口運転の車で県北へ出発。

9時、作東町へ到着。時間があったので朝食を摂ろうとしたら、店が全然空いてお
らず、町内を車でグルグル。ようやく見つけた「みなみ食堂」で大歓迎をして頂き、
朝から感激。

10時、作東インターチェンジ完成式典。岡山県英田郡作東町田原。
国会議員の出席は、平沼赳夫代議士と私だけ。来賓挨拶とテープカット。平沼さん
は高校の先輩。これまでにも何度もお会いしているが、色々な場面で私を立てて下
さり、私のスタッフにも気遣いをして下さる。党派の違いは厳然としてあるが、先
輩の尊敬するところは学んでいきたい。江田事務所からは清水俊平君も来て、名刺
配りを頑張っていた。11時半まで。

12時、湯郷温泉。
長旅のドライバーを務めてくれている田口秘書ともども、昼食時間を充てて一風呂。
生き返りました。

14時、三勲学区の某町内会にて、婦人部懇親会。後片付け中に顔を出す。

14時半過ぎ、灘崎町ひょうたん祭り。

15時、灘崎町で挨拶まわり。

16時半、玉野市のある消防団の訓練。打ち上げに参加。

18時、岡山市のある町内会の幹部の皆さんと懇談会。夕食をつつきながら。


■ 3月7日(月)

6時、起床。

6時半、高井君と待ち合わせ。チラシの挟み込み作業。

7時20分、高島駅前で資料配布。90分。432部。

9時、支持者の方と懇談。

10時半、岡山事務所。

11時半、玉野市のある大手企業を訪問。ご相談。

13時、津村事務所「事務局会議」。田中秘書らと地域担当の役割について等。

14時半、岡山市のある大手企業を訪問。ご報告。

夕刻の新幹線で、上京。


[476] 代議士日記(速報) 2005-03-04 (Fri)

■ 3月2日(水)

8時、民主党財務金融部門会議(衆2−4)。インターンの沖田さん、菊池君同行。

9時半、生命保険会社の方々と面談。

14時、正副幹事長会議。

14時45分、衆議院財務金融委員会。小泉首相への質疑。「附帯決議」の提案者
として、案文を朗読。

16時、民主党役員室会議。

16時40分、代議士会。

17時、衆議院本会議。所要1時間40分。

19時過ぎ、某有名企業のオーナーと会食。
以前からお付き合いのある自民党大幹部の某代議士、青年実業家、経産省キャリア
OBと同席。社長は私たちの目の前で、元首相ほか著名な方々と次々に電話でやり
とりを始められ、そばにいるだけで緊張する場面も。今ホットなある経済ニュース
の主役級の方々とのリアルなやりとりにも遭遇し、本当にビックリ。色々と貴重な
勉強をさせていただいた。


■ 3月3日(木)

8時、民主党外務部門会議。インターンの沖田さんと一緒。

8時半、民主党外務・防衛合同部門会議。1時間。

11時、民主党役員室「代表補佐チーム」会議。

11時45分、武正公一代議士と昼食。

12時15分、国のかたち研究会。渡部恒三前衆議院副議長を囲むランチ。

13時半、小宮山洋子代議士と打ち合わせ。PL法改正問題。

14時半、樽井良和代議士が来室。短い意見交換。

15時半過ぎ、「日本の領土を守るため行動する議員連盟」会合。尖閣諸島問題で
議論。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050304-00000007-san-pol

18時、UIゼンセン同盟政策懇話会第3回総会。

19時、夕食。

20時半過ぎ、岡田代表との期別懇親会。
新人代議士4人で岡田代表と北橋役員室長を囲む。赤坂プリンスホテル旧館1階「
ナポレオン」。赤ワインをグラスで頂きながら、闊達な意見交換。私からは3つの
テーマについて代表にご意見申し上げた。丁寧に聞いて頂くことができ、感激。

22時、新人代議士4人で二次会。


■ 3月4日(金)

東京は大雪。

9時20分、事務所。
雪で電車が遅れ、急いで歩こうにも滑ってしまって前に進まず、20分の遅刻。も
ともと古くなっていた靴が、とうとうダメになってしまった。

9時半、東京拘置所の視察へ。
小菅にある最新設備の刑務所に、民主党の国会議員21人で視察に赴いた。生まれ
て初めて刑務所の中に入ったが、独特の雰囲気に支配された空間。色々な思いが錯
綜して、質問の言葉も出てこない。それでも帰り際、刑務作業に対する報酬(最大
で1日299円、家族に仕送りしている受刑者もいるそうだ)、受刑者の自殺(新
しい設備になった2年前からはゼロ)、矯正プログラムの内容等について質問する。
途中、受刑者の方々にも何人もお会いした。皆丸刈りにして、同じ服を着ていた。
刑務所内の様々なことに、非常にインスパイアされた。バスで往復し、13時まで。

昼食後、国会事務所でデスクワーク。

17時過ぎの新幹線で帰岡。

21時頃、増田秘書と夕食を兼ねた打ち合わせ。事務所運営、秘書採用について。


[475] 代議士日記「3月1日(火)」 2005-03-02 (Wed)

■ 3月1日(火)

6時、起床。
わりと眠いが、急いで用意をし、タクシーで東京駅へ向う。

6時50分、新幹線のぞみで帰岡。
乗車直後にサンドイッチを食べ、昨夜買ったマンガを2冊読み、名古屋あたりから
2時間ほど眠り、10時14分岡山着。根木秘書にピックしてもらう。

11時、「岡山リーガルクリニックいちょう並木法律事務所」開所式。
岡山大学法科大学院(ロースクール)の建物1階に法律事務所が開設され、学生た
ちの実務研修の場が提供されることになった。国立大学としては全国初。その開所
式ということで、岡山にトンボ帰りして出席した。来賓を代表しての挨拶では、先
週金曜日の衆議院予算委員会分科会における竹中大臣との日本の“法風土”を巡る
やりとりを引き、「日本の法風土を劇的に変えていく可能性を秘めており、同じく
法に携わる立法府の一員として共に支えあって歩みたい」という思いを述べた。岡
山大学のロースクールの学生たちとは、個人的な付き合いも少しづつ始めており、
今後も刺激を与え合っていきたいと願っている。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20050301STXKC025901032005.html

12時、同祝賀会。
岡山大学の生協が入っている建物“マスカットユニオン”の2階で立食パーティ。
河野学長以下岡山大学のリーダー、河田・河原両弁護士はじめ岡山法曹界の重鎮の
皆さんたちとたっぷり懇談。ロースクールを巡る環境は日々激変しており、学生た
ちや教官の間には戸惑いや将来への不安も大きい。司法制度改革、あるいは日本の
“法風土”改革の最先端にいる方々だけに、今後ともフォローアップしていきたい。

12時50分、岡山大学生協。
江田五月参議の代理として出席していた高井崇志さん、根木秘書とともに1階の書
籍売場に立ち寄る。「この仕事をしていると自分の時間が取れなくて、なかなか本
屋にも来れませんね」とは高井氏の言葉。候補者になったばかりの頃、私も同趣旨
のことをホームページに書いた覚えがある。大学生協の書籍コーナーだけにレベル
の高い本が多い。

13時20分、天満屋前(表町商店街)で街頭演説。45分。
高井さんと根木秘書が「たかいたかし35歳」のビラを配り、私がマイクで民主党
と高井さんのPRをするスタイル。3人でハッスルしていると“若い、民主党。”
というイメージが強く出るらしく、反応は上々。
http://takaitakashi.com/diary/d200503.html

最後に片付けをしていると、「春の防災キャンペーン」の一行が通りがかり、暫し
見入る。岡山市消防団の妹尾団長からご挨拶を受け、婦人防火クラブの方々にも気
付いて頂いて、「寒いですねぇ〜」「お疲れさまです」と互いにねぎらう。竜之口
保育園の子どもたちの行進は超かわいらしく、高井さんや根木秘書も大騒ぎ。

14時42分、新幹線で上京。
てっきり「14時22分発」だと思って駅に急いだが、今日から新幹線は新ダイヤ。
今後東京行きののぞみは、岡山駅を毎時「05、17、42」分に出るということ
らしく、所々に「ご・じゆうな・ように」と宣伝してある。駅に着いたのは16分。
もちろん、17分発には乗れず、初日から20分以上待ちぼうけを食ってしまった。

皆さん、「05、17、42(ご・じゆうな・ように)」です。覚えましょう。

18時過ぎ、衆議院財務金融委員会。
少し遅れて衆議院分館3階第15委員室に到着。東京駅から直行したので、部屋の
入口でコートを河田秘書に受け取ってもらう。村越祐民君、田島一成君の質問で、
19時まで。

19時、国会事務所。
溜まっている書類を片付け、ホームページを更新。少し時間があったので、友人に
メールなど。

21時半、永田町勤務の友人と会食。
夕方に声がかかり、永田町で働く同世代の友人と急遽目黒で食事。共通の友人の話
題など。

23時、六本木ヒルズのCDショップ。
ずっと欲しかった“ホワイトスネイク”のベスト盤を購入。最近高校時代に聴いて
いた曲を自分の中でリバイバルしている。

26時、就寝。新幹線疲れで熟睡。

明日、平成17年度予算案が衆議院を通過する見通し。


[474] 1月、2月の街頭演説。 2005-03-02 (Wed)

春の学生インターンの協力を得て、津村事務所の活動の「定量分析」を進めている。

当HPに掲載している「代議士日記」のバックナンバーを材料に、在岡・在京日数、
学区別のイベント参加回数、街頭演説の頻度と延べ時間数。。。といったことから、
私の月別睡眠時間まで。

岡山事務所では、ポスターの地域別管理も進めている。少ない戦力で大きな効果を
挙げるためには、頭脳とセンスで効率的なマネージメントを進めるしかない。

因みに、1月、2月の街頭演説の回数と時間は次のとおり。昨年1年間トータルで
約70回しかできなかったこと(江田さんの応援に特化した参院選前後の3ヶ月を
除く)を思うと、滑り出しは順調である。今年の目標は100回だが、今のところ
クリアできそうなペースだ。1月21日から国会会期が始まり、平日は岡山を空け
ることも多いが、寸暇を惜しんで、地元の街頭に立っていきたい。

1月 15回 845分(14時間05分)。
2月 14回 695分(11時間35分)。


[473] 衆議院TV。 2005-03-01 (Tue)

数日のタイムラグを経て、先週金曜日の2つの委員会での国会質問のVTRがイン
ターネット上で簡単に見られるようになりましたので、ご紹介します。

「衆議院TV」というサイトで、国会質疑の実況中継を録画で観ることができます。
1月24日の岡田代表の代表質問、1月25日の野田佳彦代議士の代表質問、2月
23日の党首討論も見所ですよ。下記のリンクをクリックすると、私の質問部分に
繋がります。いきなり音が出ますので、気をつけてご覧下さい。


【財務金融委員会 〜 谷垣財務大臣、山本総務副大臣への質問<90分>】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25810&media_type=rb&time=01:45:18.7

 − 冒頭、「日銀に就職した当時の思い、日銀営業局時代に金融ビッグバンが
  提唱された時の感動、橋本元首相への敬意、97年の経済失政への落胆」を
  思いを込めて7分にわたって述べ、その後、私のライフワークの1つと考え
  ている国債管理政策、円の国際化について質問をしています。
   郵政民営化に関する山本副大臣とのやりとりは日経新聞で報道されました。


【予算委員会第一分科会 〜 竹中経済財政担当大臣への質問<30分>】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25790&media_type=rb&time=03:38:00.2

 − 制定後10年を迎えたPL法(製造物責任法)の改正問題について、採り
  あげました。竹中大臣のご答弁は、予想以上に前向きで驚きました。最後に
  地元岡山の「小鳥が丘団地」の事例を引き、不動産を対象にした法律の整備
  が産業界・消費者の双方の利益になると訴えました。


[472] 負けない。 2005-02-28 (Mon)

タイトな日程が続くが、明日は日帰りで「帰岡」することにした。

明日の衆議院財務金融委員会は夕刻開始となり、日中は時間が取れることがわかっ
たのだ。委員会で近くの席に座っている馬淵澄夫代議士は、お世話になった方のお
葬式に10分間出席するために、今日の日中、東京−名古屋をトンボ帰りされた。

遅くとも来年秋、早ければ今年の秋にも予想される次期衆院選。小選挙区勝利&政
権交代という夢を現実のものにするには、生活の全てを、人生を、賭けなければな
らない。そして、一人でも多くの方に、私の政治姿勢を見せ、伝え、感じてもらい、
支持を訴えていく。

相手も必死だが、私は絶対に負けない。選挙は現代の戦争。戦いに、妥協はない。


[471] 代議士日記(速報) 2005-02-28 (Mon)

■ 2月27日(日)

8時45分、事務局会議。

9時半、根木車で事務所を出発。

10時、玉津地区防災訓練。

11時、瀬戸内市消防団の訓練。

11時半、道通宮子供会陽。石井岡山県知事と並んで、枝宝木投下。

12時45分、西大寺会陽(ハダカ祭り)写真展。西大寺文化資料館。

13時、第54回西大寺会陽川柳大会。西大寺ふれあいセンター。

14時すぎ、稚児入練供養。西大寺観音院。

14時半、神崎梅まつり。

15時すぎ、事務所にてデスクワーク。

16時、記者会見。県政記者クラブ。

17時、大亀幸雄さん・中谷知弘さんの喜寿を祝う会。メルパルク。

20時、友人と食事。


■ 2月28日(月)

7時、自宅発。タクシーで岡山空港へ。

8時10分、JALで上京。

9時20分、羽田からタクシーで国会へ。

10時、衆議院財務金融委員会。本日は夕刻まで終日質疑。

途中、しばらく中座。

19時、友人と会食。
外資系証券会社に勤務している日銀時代の後輩。5年ぶりの再会なので、とても楽しみ。


[470] 代議士日記「2月26日(土)」 2005-02-28 (Mon)

午前、新幹線で帰岡。
今日は品川駅から8時21分発の「のぞみ」に乗った。駅ビルの書店で3冊の本と
日経新聞を購入。日経7面に昨日の財務金融委員会での質問が採り上げられていた。
国会事務所のスタッフとインターンに、報告と感謝のメール。

岡山駅で乗り換え、茶屋町経由で、宇野駅へ。

12時46分、JR宇野駅着。
一足早く玉野市に入っていた田中秘書にピックしてもらい、そのまま奥玉へ。

13時、ある企業のOB友の会が主催する「カラオケ同好会」。
約30人のカラオケ好きの方々が集まって2曲づつ。私は田中秘書とデュエットで、
ヒロシ&キーボーの『三年目の浮気』。奥玉すこやかセンターにて。全員の方の歌
を1曲づつ一通り拝聴し、14時45分に中座。

15時20分、玉野市渋川の交差点で街頭演説。60分。
玉野市での街頭演説がなかなか出来ていない。今日は時間があったので、私の選挙
区の西の果てに当たる「渋川」で街頭に立った。折りしも16時から近くのホテル
で山根敬則玉野市長のパーティがあったらしく、よく存じ上げている県議、市議、
経営者、労働界の皆さんが次々と通りがかる。大勢の方に声をかけて頂き、感激。

16時半、ご近所のGさん宅。
街頭演説のあと、近所の皆さんにご挨拶まわりをしていたら、あるお宅で「寒いの
に大変じゃろ。お茶でも飲んでいかれぇ〜」との声をかけて頂く。お言葉に甘え、
田中ともどもお邪魔。ご夫婦に渋川の歴史を教えていただく。

17時、灘崎・玉野のご挨拶まわり。最近知り合った支持者の方々のお宅、数軒。

18時、お見舞い。
熱心に私を応援してくださっている灘崎町在住Aさんのお見舞い。労災病院。お顔
の色はとても良く、お元気で、こちらが励ましを頂いたほど。同室の方のお1人が、
昨夏の参院選の際、江田さんを応援中の私を見かけたことがあると声をかけてくだ
さった。「鉢巻きとTシャツの姿で、汗いっぱい掻きながら、頑張っておられたね。
印象に残ってますよ」と嬉しい言葉。Aさんは病院でも私の話を沢山してくれてい
るらしい。頭が下がる思い。

19時過ぎ、事務所。
この週末は強行日程になっており、事務所でデスクワークする時間がない。メール
を簡単にチェックし、これから会う先輩にお渡しする「YOUNG げっつむ!」
をピックして、すぐに出発。

19時56分、JR岡山駅から山陽本線に乗り、倉敷へ。

20時半、倉敷市美観地区の「つね家」にて、高校時代の先輩たちと会食。
お会いしたのはESSユニオン(全国高校英語会連盟)の先輩たち。Iさん夫妻、
Mさん、Aさんと私の計5人で美味しい瀬戸内の料理を食べた。Iさんは現在JF
Eの水島工場に勤務されており、昨年11月の岡田代表来岡の際には色々とご迷惑
をおかけした、今でもお世話になっている大先輩。私が麻布中学3年生の頃、Iさ
んは早稲田大学高等学院1年。他校の後輩である私のことを高く買ってくださり、
首都圏の高校の英語部(ESS)の代表者が集まるESSユニオンの世界で多くの
活躍の場を与えてくださった。当時私は物理学者をめざす“理系”志望の高校生だ
ったが、このESSユニオンで感じた組織・イベント運営の遣り甲斐と楽しさが、
“文転”の大きなきっかけになった。そして、今、私は政治家になっている。当時
の話や仲間たちの近況を楽しく語り合ううち、夜はあっという間に更けていった。
途中、慶応病院のエリート医師として頑張るMさんや在京キー局の敏腕記者Tさん
に皆で電話。近い将来の再会を約して、23時ごろ終わる。

23時過ぎ、倉敷駅。
駅に着いてみると、岡山行きの電車は出たばかり。45分以上も待つことがわかり、
民主党岡山4区総支部代表(衆議院候補予定者)の柚木道義君に電話。「帰れない
よ〜」とボヤイたら、「ウチでよかったら、どうぞ」とのこと。北口で拾って貰う。

23時半、柚木邸。
仕事の話やプライベートな話をしながら、焼酎片手に語り合う。楽しいひととき。
突然の来訪にもかかわらず、快く迎えてくれた柚木君に感謝しつつ、眠りにつく。


[469] 2月26日の日経新聞記事 2005-02-26 (Sat)

昨日の衆議院財務金融委員会での質問が、本日(2月26日)の日本経済新聞朝刊
7面に掲載されました。

タイトルは「郵貯・簡保保有の国債、金利1%上昇で含み損6.7兆円」。

国会審議の焦点になりつつある“郵政民営化”。
小泉さんのパフォーマンスの土俵に乗って泥仕合的な中傷合戦をするのではなく、
“政権準備政党”らしい実務面からの政策立案とチェックを積み重ねていきたいと
思っています。

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20050225AT1F2501N25022005.html


[468] 質問ダブルヘッダーを終えて。 2005-02-25 (Fri)

今週は、2つの国会質問を抱え、準備不足だったこともあって本当にタイトでした。

今日未明(午前2時ごろ)、質問準備が終わらないまま家路に着き、タクシーが拾
えないまま雪の中で30分立ち尽くした時には、まったく途方に暮れました。

「どうなることやら・・・」。

秘書団やインターンの献身的な支えと、奇跡的に拾ってくれたタクシーのおかげで、
何とか無事終了です。

質問時間が、1日に120分。しかもお相手が谷垣、竹中両大臣のようなアドリブ
ばりばりの優秀な方々だったので全く気が抜けず、心身ともとても疲れましたが、
今、心地良い充実感に浸っています。

仕事に厳しい原口一博代議士が質問終了後わざわざ声をかけて下さり、「いい質問
だった!」と褒めて頂いたのは感激でした。原口さんは、私のいないところでも、
他の先輩議員に対して私の質問のことを持ち上げてくださったそうです。その後、
全国紙と地元紙が熱心に取材をしてくれました。

今日は気持ちよく眠れそうです!


【財務金融委員会での質問〜VTR】
まだアップされていないようです・・・。
【予算委員会第一分科会での質問〜VTR】
http://www.shugiintv.go.jp/ref.cfm?deli_id=25790&media_type=rb


[467] 代議士日記(速報) 2005-02-25 (Fri)

9時、衆議院安全保障委員会。

11時、エネルギー研究会・準備会会合。

11時45分、民主党役員室代表補佐チーム打ち合わせ。党首討論の検証。

12時20分、国のかたち研究会。武村正義元蔵相の講演。

13時、質問準備。

16時、民主党人権・消費者問題調査会〜消費者基本計画について。

18時、質問通告レク。内閣府国民生活局。

19時、質問通告レク。財務省。

20時、質問準備。

22時、総務省との勉強会に顔だけ出す。

22時半、質問準備。

25時半、議員会館を出る。雪が降りしきる中、タクシーつかまらず。。。30分。

26時すぎ、六本木ヒルズのCDショップ。

26時半、帰宅。少しCDを聴いて、27時(午前3時)、就寝。


■ 2月25日(金)

8時、国会事務所。質問準備。

9時、衆議院財務金融委員会。

10時半、質問【本日1回め、90分】。財務金融委員会にて、谷垣財務大臣に。

12時15分、代議士会。

13時、岡田代表との打ち合わせ。代表補佐チームメンバー。

14時、質問【本日2回め、30分】。予算委員会第一分科会にて、竹中大臣に。
http://www.shugiintv.go.jp/ref.cfm?deli_id=25790&media_type=rb

15時過ぎ、衆議院財務金融委員会。

夕刻、インターンとの打ち合わせ。各種取材対応(本日の質問関連)。

夜、政治家志望の若者と食事。


[466] 代議士日記「2月21日(月)」 2005-02-25 (Fri)

8時、起床。

8時半、朝立ち。桜橋。30分。
自分で車を運転していったので、駐車場所がなかなか見つけられず、ロスタイム大。
久しぶりの桜橋だったので、本当はもっと演説したかった。もっとも、僅かの時間
ではあったが、某新聞の幹部の方はじめ知人や支援者の方も通られ、挨拶を頂いた。
9時過ぎに、事務所に戻る。

9時半、事務局会議。
各秘書が毎週書いている“ショートレポート”に沿いながら、この1週間の地元活
動を振り返る。田口の病欠等もあり、予定どおり進んでいない活動もあるが、一つ
づつ課題を整理。また、今週の代議士日程も精査。散歩の途中に顔を覗かせてくだ
さった大亀さんにもオブザーバー参加して頂き、密度の濃い話し合いを進めた。

11時半、昼食。事務所でネギ焼き(2人前)を食す。

13時、ポスター打ち合わせ。
地域担当秘書の田口、田中とポスター掲示のフォローアップについて打ち合わせ。
過去のデータ管理手法を応用し、さらにカヴァレッジを上げていく方向で努力。

14時、自宅で休憩。
おとといの西大寺会陽(ハダカ祭り)の疲れがまだ残っている上、明日からの国会
審議も緊迫が予想される。少しリフレッシュした。

16時半、事務所。田口の運転で出発。

17時、街頭演説。天満屋前(表町商店街)。60分。
夕暮れの繁華街でマイクを握った。田中、田口が計350枚ビラを配布。先日の高
井君とのコラボレーションの時以上に人通りがあり、秘書2人も頑張ってくれて、
予想以上の成果。ジッと聞いてくださるご婦人がいらっしゃったので、少し長めの
話をする。

18時半、市内の友人と会食。
資格取得を目指して頑張っている友人と食事。1年ほど前に岡山に来たとかで、故
郷の話や前の仕事の話を聞かせてくれた。時間があっという間に過ぎる。

20時すぎ、最終新幹線で上京。車中少しのお酒を嗜みながら、読書。至福のとき。


[465] 【号外】質問予定項目(2/25、財務金融委員会、90分、要求:財務省、総務省) 2005-02-25 (Fri)

<これは、質問前日に霞ヶ関の官僚に示す「質問通告」の原文要旨です。>

● 定率減税縮減について。

Q1.定率減税縮減を9月に決定し、1月から実行することの可否如何。
― 景況判断の内容以前の問題。判断すること自体が時期尚早。景気に与える影響
  は極めてデリケートであり、タイムリミットのギリギリまで雇用者所得の動向
  を見極めるべき。春闘や夏季賞与の支給水準をみて、秋に判断しては如何。
  選挙対策のために国民経済をリスクに晒すのは財務大臣としていかがか。

Q2.平成17年度および18年度の国民負担のネット増加額如何。
― 定率減税縮減による増収は平成17年度1,850億円、同18年度1兆6,
  572億円と試算されている。年金はじめ社会保障における負担増を加味する
  と、ネット負担増は両年度それぞれ幾らになるか。

Q3.(上記質問に関連して)対GDP比それぞれ何%の負担増か。

Q4.2010年度初頭のプライマリーバランス黒字化の前提として定率減税縮減
  は加味されているか。
― だとすれば、昨年の試算と比べ他のどの項目が調整されたか。



☆ 「国債管理政策」の重要性を強調。


● 担当部局(国債企画課・国債業務課)の体制について。

Q5.「二課体制化、5名増員、市場分析官新設」の成果如何。

Q6.17年度の体制(要求ベース)と新たな取組如何。

Q7.民間からの採用実績・採用基準と今後の採用方針。


● 海外IRの開催状況について。

Q8.海外IRの目的如何。

Q9.ロンドン、ニューヨークで開催された由。参加者数とその内訳如何。

Q10.開催地の選択基準如何。次回以降の開催予定。

Q11.海外投資家の関心事如何(どのような質問がなされたか)。

Q12.LDNとNYでは、質問の傾向に特徴的な違いはあったか。


● 海外投資家の日本国債保有比率について。

Q13.「海外投資家の日本国債保有比率」の目標如何(現状4%)。
― IRの成否は発行体の信用力に依存。“どれだけ本気でJGBを売る気がある
  か”も投資家の関心事。「買いたい人だけ買えばいい」では殿様商売になって
  しまい、投資家に信用されないのでは・・・。

Q14.「海外投資家の日本国債保有比率」伸び悩みの背景如何。



● 郵政民営化の問題について。

Q15.郵政民営化後の郵便貯金や簡易保険の資金運用は、どの程度の自由度を持
   ちうるのか。

Q16.(山本総務副大臣への問い)1%の長期金利上昇で発生する郵貯・簡保の
   時価評価損。


● コンソル債について。

Q17.国債の円滑消化の観点から更に商品を多様化する意思はあるか。また具体
   的に検討している商品は何か。

Q18.信用力のある投機性商品として、また金融工学的な関心からも「コンソル
   債」への市場ニーズが存在すると考える。少ロットの発行という選択肢につ
   いて所見如何。


● 円の国際化について。

Q19.「円の国際化」に向けた最近の取り組み如何。

Q20.アジア債券市場育成イニシアティブの足許の取り組み如何。

Q21.金融庁・日銀との連携のありかた。
― 「ポスト日本版ビッグバン」の戦略立案において、市場インフラの整備を進め
  るのが金融庁であるとすれば、市場参加者として商品企画やIRを担当するの
  が財務省。決済インフラを提供し、同じく市場参加者としての役割も持つ日銀
  ともども三者の効果的な連携が望まれる。早期に政権を取って、我々が取り組
  みたい思いもあるが、まず現任の谷垣大臣の決意を伺っておきたい。

☆ 以上、国債管理政策を皮切りに、財務省の「マーケット参加者」としての側面
  にスポットを当て、財政コスト縮減のための戦略的な政策立案を望む立場から
  縷々申し上げた。こうした議論の外延には、政府保証債や地方債の問題もある。
  郵政民営化はもちろん、特殊法人改革、三位一体改革においても、この側面か
  ら見て矛盾ない政策を取る必要がある。また、さらに外延には、災害対策等も
  含めた潜在的な公的債務の存在もある。民主党は“政権準備政党”として既に
  「公的債務管理WT」の場で議論を始めている。財務大臣とは今後とも建設的
  な議論をしていきたい。


[464] 【号外】質問予定項目(2/25、予算委員会第一分科会、30分、要求:内閣府) 2005-02-25 (Fri)

<これは、質問前日に霞ヶ関の官僚に示す「質問通告」の原文要旨です。>

☆PL法改正問題
― 昨年「消費者基本法」が制定され、目下「消費者基本計画」が策定中。消費者
  問題の歴史的な変革期に、国会議員として議論に参画できることを光栄に思う。
― もっとも、振り返ってみれば、このように消費者保護が重要な課題として浮上
  してくる背景には数多くの問題事案の存在があり、沢山の方々の個人的な犠牲
  と、多大な社会的コストが払われたことも看過できない事実。○○、・・・を
  はじめ数々のリコール事件が頻発する一方、対応は後手に回っている。
― 内閣府のイニシアティブと関係者の努力によって、消費者団体訴訟制度の議論
  が進められていることは評価に値するが、課題はいまだ山積している。
― 本日は、制定10年を迎えるPL法にスポットを当て、世界的に消費者保護の
  有効なツールとされ、同時に企業のガバナンス上も示唆に富む同法の一層の活
  用を期して、論点整理を試みたい。

● PL法関連事案に関する情報収集・分析について。
― PL法訴訟の件数は過少(国民生活センターによれば昨年9月時点で58件)。
― その他欠陥製品に関する訴訟の件数は多数(・・・)

Q1.国民生活センターでは、この10年間でPL法に関する苦情相談等に基づいて、
   個別の商品名を公表しているか。

Q2.国民生活センターでは、PL法に関して原告勝訴となった事案について、事
   後的に分析・検討しているのか。また、その結果をどう活かしているのか。
― PL法制定当時の通産大臣答弁、両院附帯決議が有名無実化。
― 消費者基本計画(素案)において、情報収集及び分析について言及があるが、
  具体的なイメージがわかない。予算措置も含めリアルな動きが伝わってこない。

● PL法の一層の活用のための論点について。

Q3.PL法制定時には、裁判において、裁判所が製造物の欠陥に関する「事実上
   の推定」を柔軟に活用することにより、部分的に製造業者に証明責任を負わ
   せるようにするとの議論がなされていたと認識しているが、十分に活用され
   ていないのではないか。製造物の欠陥を推定する「推定規定」をPL法に取
   り入れるべきではないか。

Q4.現行のPL法には、製造物を引き渡した時点における科学・技術知識の水準
   によっては、その欠陥を認識することが不可能であったことを製造業者が証
   明したときは免責されるものとする「開発危険の抗弁」が規定として盛り込
   まれている。しかしながら、裁判で同規定に基づき、製造業者が勝訴した例
   は今までないと聞いている。このため、PL法において同規定を盛り込んで
   おく必要はなく、削除するべきではないかと考えるがどうか。

(Q)現行PL法においては、製造物を引き渡した時点における科学・技術知識の
   水準によっては、その欠陥を認識することが不可能であったことを製造業者
   等が証明したときは免責されるものとするとの「開発危険の抗弁」が規定さ
   れている。同規定に基づき免責を認めた裁判例は過去あるのか。

Q5.米国PL法においては、懲罰的賠償制度を活用することにより、製造業者が
   危険な製造物を市場に流通させることを抑止する効果がもたらされていると
   認識している。我が国PL法においても米国にならって、リコール隠しなど
   を行なう悪質な企業に対して、同制度を導入すべきではないか。

Q6.現行PL法においては、消費者が製造物の欠陥を立証する負担が重いとの指
   摘がなされている。このためPL法において、裁判者が被告たる製造業者に
   対して、当該製造物に関するデータ等の提出を求める制度の充実を図る必要
   があるのではないか。

Q7.現行PL法においては、有形的な存在である「有体物」が適用の対象である
   とされているが、データやプログラムのような「無体物」についても、法律
   の適用の対象とすべきではないか。

Q8.「動産」と「不動産」を区別する合理的な理由についても説明を求めたい。
   岡山市の“小鳥が森団地”では、分譲された団地の土壌から有害物質が検出
   され、住民に不安を与えている例がみられる。当事者双方から事情を聴取し
   たが、現行法が想定していない事案であり、法の不備が結果として問題を大
   きくしたと言えなくもない。消費者主権の時代、PL法改正の論点の1つと
   考えるが大臣の所見如何。

(Q)我が国の現行PL法においては、動産が適用の対象であるとされている。海
   外では、不動産を対象に含めたPL制度があるのか把握しているか。


● 消費者基本計画について。

Q9.消費者基本計画の素案では、PL法については、情報収集・分析のみが盛り
   込まれているが不十分である。先ほど議論した「推定規定」など、PL法に
   関する論点について、さらに踏み込んだ記述が必要ではないか。

Q10.消費者基本計画において、投資サービス法制の検討対象に金融庁が所管し
   ている投資商品だけでなく、他省庁が所管する商品先物も盛り込むべきでは
   ないか。

Q11.消費者基本計画の中で、消費者団体訴訟制度に関する記述において、差止
   請求権のみでなく、損害賠償請求権についても言及すべきではないか。


[463] 大学生。 2005-02-24 (Thu)

今週は超タイト。

平成17年度予算が来週にも衆議院を通過する見通しとも言われており、瀬戸際の
攻防が続いている。そんな中で、2つの「国会質問」を急遽担当することになった。

1つめは、予算委員会第一分科会。まだ詳細は決まっていないが、内閣府を相手に
PL(製造者責任)法と消費者基本計画について質すつもりだ。2つめは、財務金
融委員会。赤字国債の発行と定率減税の廃止について、正面から切り込むのが役目
である。来週か再来週には、安全保障委員会での一般質疑も予想される。その下準
備もまだ道半ばだ。2年目に入り、党の役職も頂けるようになり、明日も会議だ。
どう裁くか。ここが正念場である。

そのてんやわんやの渦中にあった今日、1人の大学生が私の事務所を訪ねてきてく
れた。大学3年生のK君。半月ほど前に「就職活動を目前に控えてます。進路の相
談をさせてください」というメールが突然舞い込んできた。聞けば、岡山の出身。
他にも私と縁があり、何人かの方から私の評判を聞いてきたという。メールの最後
に書いてあった携帯の番号に電話をしてみたら、「もうすぐ学期末の試験が終わる
ので、そしたら国会事務所にお話しを聞きに行かせてください」とのことだった。
そして、今日実現。

約束どおり19時に来てくれたが、仕事が終わらず1時間以上待たせてしまった。
その後2人で赤坂に繰り出し、焼肉。彼のストレートな質問の数々にクラクラしな
がらも、言葉を選ばずに思ったまま答え続けた。政治家とはどんな仕事か?日銀は
どんなところだったか?学生時代の夢は?将来何になりたいか?総理めざします?

2人ともどんどんエンジンがかかり、あっという間の2時間。K君の語る社会人像
や将来の夢にズバズバ物申しながらも、ひるまない彼に感心。周囲からの評価が気
になる時があると言っていたが、自分に対する自分自身の評価も大切に、自分の力
でどんどん可能性を切り拓いてほしいと思う。そう話した。

途中、今話題のホリエモンこと堀江社長論になり、意見が正反対だったのは興味深
かった。今日届いた雑誌『GQ』の記事の中で堀江社長は「下の世代はおとなし過
ぎる。やんちゃなヤツに出てほしい」と述べている。

「衆議院議員 津村啓介」の生みの親の1人で、前公設第一秘書の山崎祐一郎は、
やんちゃな大学生だった。おとなしくはなかった。岡山や東京の事務所に出入りし
てくれるインターンやボランティアの学生たちをみても、みんなとても元気がいい。

どうかこれからも、小さくまとまらないでほしい。


[462] 代議士日記「2月20日(日)」 2005-02-23 (Wed)

未明まで西大寺会陽(ハダカ祭り)&御福頂戴に参加していたため、今日は一日中、
身体中が熱く、そして痛かった。独特のほてり。

8時、起床。
サラリーマン時代の先輩の教えの1つに「深夜まで会社の行事(例えば歓送迎会)
があった日の翌日は、いつも以上に早く出勤しろ。間違っても遅刻なんかするなよ」
という言葉があった。要するに、仕事に甘えは許されないぞ、ということだろう。
会陽の翌朝は、去年も今年もこの言葉を思い出しながら、起きた。朝から頑張って
やる。

8時20分、事務所。根木秘書の車で、すぐに出発。

8時50分、第21回8ブロック一般男女卓球大会。
高島小学校体育館で行われた近隣8学区対抗の卓球大会に出席し、開会式で激励の
スピーチ。約70名ほどの参加者の皆さんの中には、卓球部所属の方や県の強豪も
いらして、かなりハイレベルな大会だった。地域密着型の歴史ある大会だけに、来
賓も多く、7〜8人の県議・市議がいらしていた。国会議員は私のみ。開会式終了
後もしばらく観戦。小学校時代“卓球部”に所属し、毎日猛練習していた。いまは
もう下手っぴになってしまったが、小学生なりに頑張った当時の努力を思い出す。

10時半、第20回岡山市文学賞贈呈式。
今年は有力候補作品が目白押しだったらしく、例年以上に厳しい選考の結果、那須
田淳さんの『ペーターという名のオオカミ』が受賞作品に選ばれた。作者の那須田
さんはドイツ在住。そのドイツを舞台にした少年の物語が多くの選者の心を捉えた。
同時に行われた一般市民を対象にした童話賞の贈呈式では、小中学生のちびっ子作
家が10名ほど表彰され、作品が本になって私たちにも配られた。表彰される時の
子どもたちの表情を見ていると、緊張の中にも小さな自信が垣間見え、頼もしいか
ぎり。こういう賞は人に力を与えるな、と実感。西川アイプラザ5階ホールにて。

11時半、クレドにて昼食。
秘書の根木と2人で「信州そば」。お腹が減っていたので2人前注文したら、さす
がに苦しい。エレベーターで乗り合わせた女子学生たちが「あ、国会議員さんだ」。
選挙権のない若い世代に認知してもらったことが、何よりも嬉しい。

12時半、公明党新春の集い。
岡山プラザホテルにて開かれた上記パーティに駆けつけ、受付でご挨拶。近くにい
らした地元議員の皆さんらと少し話をしたあと、早々に失礼。本日は北側国土交通
大臣も見えているそうだ。

12時50分、岡北大橋で街頭演説。20分。
ここは新幹線からも見えるスポット。行き来する新幹線をバックに、短時間の演説。

13時半、民主党岡山1区総支部定期大会。
菅源太郎1区総支部代表を中心に、労金ビルにて行われた定期大会。来賓として、
挨拶の機会を頂いたので、総支部間の連携強化を呼びかける短いスピーチ(詳しく
は「ひとこと」)。

14時、山口二郎北大教授の講演。
自治研おかやまの政治学習会として企画された山口教授の講演会を覗き見。山口先
生は岡山生まれの岡山育ち。岡山操山高校の生徒会長としてリーダーシップを発揮
され、岡山を出られた後も年に数回帰郷して熱心に講演活動を続けていらっしゃる。
私にとっては、東大法学部政治コースの先輩でもあり、江田さんのパーティなどで
何度もご一緒している。私の選挙を物心両面でご支援いただいたご恩もある。今日
は久しぶりに再会だったが、開始前に少しご挨拶したあと、講演の冒頭15分だけ
お話を聞いて中座。残念。

15時、民主党岡山2区常任幹事会。
今度は私が代表を務める「2区」の役員会。久々の開催となり、まずはそのお詫び。
詳しくはご紹介できないが、今年は昨年のような“後援会活動”偏重ではなく、“
政党”活動の充実を進めていくことで役員の皆さんのご理解を頂く。「角を矯めて
牛を殺すなかれ」といった議論も出るなど、どの役員の方もそれぞれのお立場から
前向きに意見をくださり、実り多い場とすることができた。進行役の増田第一秘書
が準備段階から丁寧に作業を進めてくれた結果でもある。お疲れさま。2時間。

近づく瀬戸内市議選については、党総支部役員である木下哲夫市議への支援を決め
たほか、今後さらに幅広く推薦議員を発掘していくことで意識合わせ。

17時、民主党岡山県連幹部の打ち合わせ。
南中央町の県連事務所にて、江田県連代表以下5人の幹部が集まって鳩首協議。今
後の国政選挙への対応につき、様々な角度から論点を整理。私はまず候補者ありき
の“主戦論”“早期擁立論”の立場だが、党本部の玄葉選対委員長のお立場や県内
での各種調整を軽く視るわけにはいかない。冷静に意識合わせするよう心を用いた。

18時、支持者のTさんと会食。
年末に知り合ったばかりのTさんは、とても人望ある方。今日は休日にもかかわら
ず、お友達を6人集めてくださり、駅前で私と田中秘書を囲む夕食会を開いて下さ
った。深夜まで2区在住の方が経営しているお店をハシゴ。次々と魅力的な方々を
紹介してくださった。スタートが早かったので、23時ごろ終了。

23時半、帰宅。
久々に岡山の自宅でゆっくりし、DVDで録画した地元の情報番組をチェック。


[461] 民主党1区総支部(菅支部)定期大会でのスピーチ。 2005-02-23 (Wed)

いつもお世話になっています。衆議院議員の津村啓介です。本日はお隣2区の総支
部代表の立場でご挨拶します。

岡田代表も小沢一郎副代表も、政権交代のためには地域での日常活動の充実が最も
重要だと述べています。その意識は、私も、ここにいる皆さんも、共有していると
思います。が、しかし、取り組んでいる活動は県下5つの選挙区でバラバラです。
去年1年は、まずそれぞれの総支部が思い思いに自分の力を発揮する時期だったか
も知れませんが、今年は気合いを揃えて相乗効果を挙げるべき時期になってきます。

率直に言って、菅君と私が十分な情報交換ができているかと言えば、まだまだです。
ここにいる4区の柚木君と私がガッチリ連携できているかと言えば、これも不十分。
まして距離的に遠い5区や3区となると、一体感を出すのは更に難しいと思います。
しかし、それが今年の課題です。腹を割った議論の場を作り、実際に中身ある議論
をし、しっかりと連携して共通のライバルである自民党政治を倒しましょう。

言いたいことはそれだけです!お疲れさまです。


[460] 代議士日記(速報) 2005-02-22 (Tue)

■ 2月20日(日)

8時50分、21回一般男女卓球大会(8ブロック)(高島小)。

10時半、第20回岡山市文学賞贈呈式・記念行事。西川アイプラザ5階ホール。

12時半、公明党新春の集い。

12時50分、街頭演説。岡北大橋。20分。

13時半、民主党岡山県第1区総支部第8回定期大会。労金ビル。

14時、山口二郎北大法学部教授(政治学)学習会&懇親会。

15時、2区常任幹事会

17時、民主党岡山県連幹部の打ち合わせ。県連3階。

18時、支持者のTさんと会食。


■ 2月21日(月)

8時半、朝立ち。桜橋。30分。

9時半、事務局会議。大亀さん。

11時半、昼食。

13時、ポスター打ち合わせ。

14時、自宅で休憩。

16時半、事務所。

17時、街頭演説。天満屋。60分。

18時半、市内の友人と会食。

20時すぎ、最終新幹線で上京。


■ 2月22日(火)

8時、防衛・外務・内閣・総務・国土交通兼緊急事態法制PT合同部門会議。

8時45分、外務・防衛合同部門会議(衆1−1)。

12時、民主党財務金融部門会議役員会(政調)。

12時40分、代議士会(第4控室)。

13時、衆議院本会議。所要2時間半。

15時45分、岡田代表記者会見の司会進行(党本部8階)。

18時、衆議院財務金融委員会〜大臣所信に対する質疑。

20時、麻立会・国会議員を囲む勉強会(スクワ−ル四谷)。


■ 2月23日(水)

8時、民主党財務金融部門会議(参3・4)。

11時、〔菊田議員差替え〕経済産業委員会(12委員室)。

14時、正副幹事長会議(衆24)。

16時、党首討論(小泉首相VS岡田民主党代表)の応援。

17時、民主党役員室会議(衆24・役員会議室)。

18時、生保労連・政策研究会(キャピトル東急「銀の間」)。

19時、大学生K君と面会。進路の相談など。


[459] 代議士日記「2月19日(土) 西大寺会陽の夜」 2005-02-22 (Tue)

■ 2月19日(土)

6時半、起床。
7時に衆議院青山議員宿舎を出発。カッターシャツ4枚をクリーニングに出す。

7時50分、JR東京駅発の新幹線「のぞみ」で帰岡。
車中、ヴァン・ヘイレンをBGMに、石破茂前防衛庁長官の『国防』を熟読。民主
党の弱点の1つは与党経験のある議員が少ないことであり、閣僚経験者の率直な思
いや体験が綴られたこの本は、本当に勉強になる。これからの時代、強い当事者意
識と相応の専門知識を持たないと大臣は務まらないということがよく伝わってくる。
11時14分、岡山着。タクシーで移動。

11時半、連合岡山青年委員会ボウリング大会。
岡山フェアレーンを会場に、約70人くらいの規模で開催。冒頭、挨拶のスピーチ
をさせていただき、その後、2ゲームとも参加。スコアは2ゲームで合計261。
確か126と135くらいで、いつになく安定したゲーム運び。いい感じでした。
12時45分ごろ、閉会式を目前に、中座。

13時、JR瀬戸大橋線に乗り、高松へ。
マリンライナーで1時間弱、意外と近い。随行の増田秘書と私の大好物“プリッツ”
を摘みながら、電車の旅。先々週の姫路行きといい、こういう短い旅が結構楽しい。
移動中、岡山の民主党の仲間から何度もメールで照会が入る。私の大学時代のガー
ルフレンドについて。どこかで友達の輪が繋がっているそうで、何とも懐かしい気
持ちになるが、年末に「ヤングげっつむ!」で触れた以上のことはご勘弁願った。
http://www.tsumura.org/getsumu/2004/y-2.jpg

14時、高松着。
香川1区の衆議院議員候補予定者「小川淳也」君の激励に飛び込みで駆けつけよう
としたが、アポなしだったこともあり、結局調整がつかず。急遽予定を変更して、
“讃岐うどん”を食べに行くことに。

14時半、讃岐うどんの庄「かな泉」。
例によって計画性がなく、事前に美味しい“讃岐うどん”のお店を調べていなかっ
たので、タクシーに乗って「どっか美味しいところに連れて行ってください!」。
運転手さんが「近くでは一番有名」という上記のお店で、うどんを食べた。でも、
なんでセルフ。。。美味しかったし、この時間でもかなり混んでいたけど、ちょっ
とびっくり。本場香川でも、セルフうどんが流行ってるんですね。

15時、公開シンポジウム「瀬戸内アートネットワーク」。
JR高松駅前にあるサンポート高松の6階にある香川国際会議場にて。昨年秋まで
内閣参与として北朝鮮問題の最前線にいらした中山恭子女史が東京からお見えだっ
たのをはじめ、地元の真鍋香川県知事、主催者の福武総一郎さんほか錚々たるメン
バーが瀬戸内の未来を語っていた。斬新な視点から地域の活性化を目指す取り組み
に、また1つ“引き出し”が増えた思い。参加者300名程度。

16時半、福武美術館交流会。
シンポジウムの参加者がそのまま隣接する全日空ホテルに移り、立食形式の交流会。
福武さんや玉野市長の山根敬則さんらと懇談。そのほか行政関係者や瀬戸内海に浮
かぶ島々の関係者の皆さんも多数見えており、それぞれの方から現場の話を伺った。
真鍋知事に「山陽放送さんの放映された新春対談を拝見しましたよ」とお話しする
と、「そうですか、そうですか」と、目を細めて喜んでくださった。お隣の香川県
のことも勉強しておいて良かった。少しだけだが。

17時半、地元関係者とコーヒー。
交流会に参加されていた岡山2区在住の方々にお誘いいただき、高松市内の有名店
でコーヒーを一杯。香りが全く違う、凄いコーヒー。18時50分ごろのマリンラ
イナーで帰岡。車中、読書など。19時45分ごろ、岡山着。

20時、事務所。
取り急ぎメールや書類のチェックをしたあと、いったん自宅に帰って着替えをし、
さらに夕食の「ねぎ焼き」。

21時、西大寺会陽(ハダカ祭り)に出発。
今年は、増田秘書、田口秘書、高井崇志さんと4人で参加する。まずは高井さんが
去年まで一緒に出ていたという地元関係者の皆さんのチームに顔を出し、食事など
を頂いた。

22時、あるチームに合流。
ここでも軽く腹ごしらえをし、22時半ごろからフンドシを締める。このフンドシ
が強烈!ハダカで長時間揉み合いになるため、不足の事故が起きないよう、キツク
締める必要がある。常連のOさんという方に田口→増田→高井→津村の順で締めて
頂いたが、Oさんの渾身の締め付けで一同大変なことに。。。

22時50分、鏡割り。
駆けつけた江田五月参議院議員も交え、チームの幹部の皆さんと鏡割りで気合いを
揃える。

23時、出発。
左から高井−津村−田口−増田のラインで肩を組み、「わっしょい、わっしょい」
と叫びながら、観音院本堂をめざす。田中秘書は写真係。方々から水を掛けられる
のだが、これがないと肌と肌が異常にこすれ、怪我や火傷などのもとになる。

23時半すぎ、本堂に突入。
30分弱、ハダカの大群の中で揉まれた。祭りになると血が騒ぐタイプ(でなけれ
ば出ませんワ。まじで。)の我々なので、とにかくとにかく中央を目指し、背丈を
生かしてハダカを掻き分けて行ったが、昨年以上に「怪我人が出ました。外に出す
ので道を開けてください」という水入りが多く、目の前で事故があったとのことで、
訳もわからず一旦外に出る形になった。再度分け入ったが、枝宝木(メインである
宝木<しんぎ>とは別に100本近く投げられる、オマケみたいなもの)を近くで
見るのがやっとという感じ。24時ジャストの宝木投下後も、持っていそうな人に
体当たりしたり、ちょっと危険なプレイも試みたが、甲斐なし。

25時、チームの“本陣”に戻る。
途中ではぐれた仲間も三々五々戻り、順番にお風呂に入って、その後記念撮影など。

25時半、御福頂戴(福受式)。
観音院客殿にて、今年の祝主(いわいぬし)である岡山トヨタとネッツトヨタの両
社共催の御福頂戴(福受式)。参院選前だった昨年は、国会議員(たしか)5名と
県会・市会多数、さらに岡山市長が参加していたが、今年は来賓は津村と藤原西大
寺支所長だけ。最後に紹介をいただいた。今年の福男は、有名な林グループと樽井
グループ。樽井さんは、民主党の樽井良和代議士(大阪選出、私と同期)の伯父さ
んに当たる方だ。

27時(午前3時)、帰宅。即就寝。

長い一日。。。いやはや、むっちゃ疲れました。


[458] 代議士日記「2月17日、18日」 2005-02-22 (Tue)

■ 2月17日(木)

今日は、大幅な日程変更が続き、秘書や同僚議員を振り回してしまいました。猛省。

8時半、起床。
本来は「朝5時に起き、6時ジャストの始発新幹線に乗る」予定だったが、無意識
のうちに目覚ましを叩き切っていた模様。起きた時点でこの予定は破綻しており、
急遽飛行機で上京することに。

9時、事務所。
田口秘書が風邪を引いてしまったことなどから、本日の出勤は私と増田秘書だけ。
増田車に乗り、一路岡山空港へ向かった。

9時45分、岡山空港。
10時10分の東京便に乗るつもりでANAのカウンターに行くと、「満席です」。
全く予想していなかっただけに、大ショック。昨夜の某テレビ局記者さんたちとの
会食の席で「地方空港は利用者が少ない」と話したばかりだった上、今朝の山陽新
聞朝刊にも「岡山−宮崎便廃止」の文字が躍っていただけに、まさか平日午前の便
が満席とは想像していなかった。寝坊による急な展開で予約なしだったことが悔や
まれる。本日予定していた川越少年刑務所の視察は参加が難しくなり、衆議院安全
保障委員会は菊田まきこ代議士に交代していただいた。

がっくりしているところへ、石井正弘岡山県知事がいらっしゃり、「昨日はお疲れ
さまでした!」とご挨拶。どうやら私が乗れなかった満席便で上京されたようだ。
その後、空港の食堂で増田と肉うどん。

11時、岡山リサーチパーク。
「転んでもタダでは起きない」精神で、空港近くにある岡山リサーチパークを急遽
見学。アポなしでご案内を頂くのは気が引けたので、一般の見学コースを増田秘書
と2人で観てまわった。当リサーチパークには、インキュベーションセンターや岡
山大学の地域研究拠点、県の工業技術センターなどの施設があり、岡山の特産物や
気候を活かしながら、独自の技術やアイデアの開発が進められている。今年で開設
10周年。本当は1月末の10周年記念展示発表会に行きたかったのだが、平日で
国会活動を優先せざるをえなかった。私は、物理学者だった伯父に憧れ、高校3年
の夏まで理系志望だった。学者になる夢は叶わなかったが、柔らかい頭で自然界と
向き合う理系のマインドは持ち続けていきたい。

12時、岡山市内で書籍&CDを購入(詳しくは「ひとこと」)。

13時、事務所。
上京を夕方に遅らせ、山陽新聞に掲載した秘書の求人を見て応募のあった数十通の
履歴書をチェック。「年齢不問、社会経験重視」と記載したので、様々な年齢、経
歴の方々から応募を頂いている。採用担当の増田と意見交換。

14時40分、新鶴見橋で街頭演説。20分。
あまり時間がなかったが、「少しでも地元活動を。。。」との思いで緊急の昼街宣。
JR岡山駅までのアクセスが便利な新鶴見橋で20分。午後のほうがゆとりがある
のか、朝立ちと比べても反応は良い。

15時22分、新幹線にて上京。車中爆睡。

19時、地元新聞社記者と会食。
赤坂の安居酒屋にて、地元新聞社の東京支局関係者の方々4人に囲まれて、会食。
同世代の方々ばかりなだけに、堅い話から軽い話題までたっぷり4時間盛り上がる。
岡山の民主党のありかたや新人代議士としての私の行動についても、貴重なご意見
の数々を頂いた。


■ 2月18日(金)

9時半、起床。
今週は岡山と東京を2往復。多少身体に来ているので、今日は少し遅めのスタート。
15分で朝の仕度をし、10時ちょうどに議員会館に到着。

10時、民主党秘書会の熊谷さん。
池口修次参議院議員事務所の熊谷秘書が来室し、4月の衆議院補欠選挙への取組み
に関するご相談。津村事務所の「ポスター貼り」のノウハウを非常に高く評価頂い
ており、とても恐縮。地元岡山のスタッフも含め、出来うる限りの協力をします。

12時、大石尚子代議士ほかと、昼食。
衆議院安全保障委員会の民主党筆頭理事である大石代議士のお声かけで、同委員会
所属の新人代議士3人(本多、村越、津村)と担当国対副委員長である古本代議士
の計5人でランチ。衆議院院内の議員食堂にて。今後の委員会運営や国会質問の進
め方など実務的な打ち合わせ。

午後は、デスクワーク。

14時、議員インターンシップ「ドットジェイピー」のYさん。
春のインターンたちのフォローアップ等のため、顔を見せてくれた。Yさんは聖心
女子大学の1年生だが、社会人もびっくりの完璧な仕事ぶり。スタッフともども、
いつも驚かされる。その後もデスクワーク。

16時、防衛庁レク。
今通常国会における提出予定法案につき、担当の方が直接ご説明にみえた。

17時、衆議院財務金融委員会。所要2時間半。
大臣所信に対する質疑。野田佳彦「次の財務大臣」が馬淵代議士の昨日の予算委員
会での活躍を引きながら、聞かせる質問。1月の代表質問の時も感じたが、野田さ
んの質問には理屈を超えた説得力がある。

20時、弁護士&若手官僚の皆さんとの会食。
麻布高校ESS(英語研究部)の先輩が、弁護士仲間や大学時代のお友達を紹介し
てくださった。金融庁で活躍している方々、NHKの看板番組のプロデューサー、
日銀の先輩。。。皆さん、一番後輩の私に色々と温かいご配慮をくださり、政治の
話も聞いて下さった。これからも末永くお世話になっていきたい尊敬する先輩たち。

23時半、衆議院青山議員宿舎。
明日は「西大寺会陽」。いわゆるハダカ祭りである。頑張ります!


[457] マスコミとの会食。 2005-02-18 (Fri)

岡田代表のマネではないが、このところマスコミ関係者との会食が増えている。

岡山でも東京でもその傾向は同じ。
テレビ局や新聞社、雑誌出版社など様々なジャンルの方とお付き合いをしている。
岡田民主党代表も、この年末から年始にかけてテレビ局のプロデューサー、記者、
キャスター、新聞社のデスクや記者、雑誌の編集者と精力的に会食を重ねており、
更に幅を広げようとされているのだが、期せずして似た行動になっている。

地元でマスコミ担当を任せていた公設第一秘書の山崎祐一郎君が留学し、私自身が
前面に出ているという事情もあるし、年頭の県政記者クラブでの会見で「接点を増
やしたい」と宣言し、そのとおりになっているという面もある。が、どちらかとい
うとプライベートでお会いするケースが多い。1人の方と仲良くなったと思ったら、
どんどん仲間を紹介して下さるという場合もある。同僚の方や先輩後輩をご紹介し
て頂くこともあれば、先日は自衛官の方をご紹介頂いたりもした。皆さんさすが、
ネットワークがすごい。

メディアへの露出を増やそうとしている訳ではない。
昨年は、衆議院本会議での初登壇に始まり、日銀総裁への質問、代表選への注文、
皇太子発言に関する質問、年金審議の際の懲罰、台風対応。。。などなど、新人議
員としては比較的メディアへの露出が多いほうだった。女性週刊誌に採り上げてい
ただいたり、1度だけだが雑誌のファッションモデルにもなった(今思えば怖いも
の知らずというか、恥知らずというか・・・)。

だが、今年は今までのところ、地元TV局の「国会報告」に出演したことと、年頭
記者会見が新聞記事になったことくらいだ。自分自身の思いとしても、今年は直接
の露出よりも役員室、財務金融部門会議、民主党岡山県連での表に出ない地道な仕
事で実績を挙げていきたいと思っている。そんな今こそ、マスコミの方々との双方
向の理解をしっかりと深めるいいチャンスなのかも知れない。

今夜は、NHKの有名情報番組のプロデューサーとお会いできるようだ。年齢の近
い方だと伺っており、とても楽しみだ。


[456] 最近の読書&CD。 2005-02-18 (Fri)

石破さんの本は、防衛庁長官としての2年間の軌跡を率直に語った内容で、政権を
めざす私たち民主党国会議員にとっても示唆に富む力作。こういう本が書けること
自体、石破さんは政治家として本望ではないだろうか。他党の議員だが、尊敬する。

ヴァン・ヘイレンは、高校時代親友のT君に勧められてよく聴いていた。懐かしい
メロディーとともに、当時の純粋だった自分を思い返し、その頃は雲の上の存在と
思っていた衆議院議員という職に就き、遣り甲斐のある仕事に日々取り組んでいる
現在の自分の幸せを考える。無上の癒しであり、無上の励まし。

その他の本やCDについても、またおいおい、感想などご披露していきます。。。


【読書】

○ 石破茂   『国防』
○ 丸山真男  『「文明論之概略」を読む 上』
○ 浅田次郎  『鉄道員(ぽっぽや)/ラブ・レター』
○ 武田泰淳  『政治家の文章』
○ ウッドワード『権力の失墜2 大統領たちの危機管理』
○ 安野モヨコ 『働きマン1』
○ 『裏モノJAPAN2005 逮捕されたらどうする?』


【CD】

○ ヴァン・ヘイレン “The Best of V.H.” 
○ シド・ヴィシャス “Too Fast To Live”
○ 大塚愛      “LOVE PUNCH”“LOVE JAM”
○ 平原綾香     “ODYSSEY”
○ 韓国映画『猟奇的な彼女』サウンドトラック


[454] 代議士日記「2月15、16日」 2005-02-18 (Fri)

■ 2月15日(火)

7時、起床。
7時45分発の「青山議員宿舎→衆議院第2議員会館」のシャトルバスに乗って、
出勤。会館のロビーで学生インターンの長沼君と合流し、缶コーヒーを買って、会
議室へ。

8時、防衛・外務・内閣・総務・国土交通兼緊急事態法制PT合同部門会議。
民主党の提唱している「危機管理庁」構想について、前原誠司「次の防衛庁長官」
から過去の議論について詳細な説明。どの省庁からどのような人材を何人集めるか、
権限や予算をどうするか、非常に活発な質疑の中で、実務的な詰めの議論に多くの
時間が割かれた。インターンの長沼君の感想は「民主党って、もっとイデオロギー
の議論ばかりしていると思ってました。すごく現実的な話をしているんですね」。

9時、国会事務所。代議士日記の執筆。

11時半、民主党財務金融部門会議役員会。
民主党「財政健全化プラン」の議論が徐々に進む中で、私が事務局を務めている公
的債務管理WTの活動は開店休業状態にある。なぜなら財政健全化の議論と問題意
識が重なっており、事実上吸収されているからだ。そんな中、議論に参画する機会
を頂いたのが、この役員会。役員でないにもかかわらず、参加をお許し頂けること
になった。昼食の箱弁当を頂きながら、今後の国会審議の見通しなどについて情報
交換。

12時20分、衆議院財務金融委員会。
谷垣財務大臣、伊藤金融担当大臣の2人から「大臣所信」を聴取。所要15分の短
い委員会だった。

12時40分、代議士会。
本会議の運びについて意識合わせをするミーティングで、党所属代議士は全員の参
加が義務付けられている。本日の質問バッターに立つ中川正春、平岡秀夫、寺田学
の各代議士から元気のいい決意表明。

13時、衆議院本会議。
平成17年度の税制改正関連法案について、所要2時間半。初めて登壇した最年少
国会議員の寺田学君の質問は、迫力満点。小泉首相を時折にらみつけながら、よく
通る大きな声で議場を静まらせた。“若さ”ばかりが強調されがちな民主党だが、
彼のような実力をしっかり備えた若手が脚光を浴びると党全体への信頼感に繋がる。
何日か前、議員会館の地下で今回の質問に関係の深い地方自治の本を手にした寺田
君とバッタリ会い、一緒にお昼を食べた。寺田君は、勉強熱心な、民主党若手の注
目株だ。

16時、財務省のレク。
関税局および国際局から今国会への提出法案について説明を受ける。昨年の同時期
に同様の法案を扱った経験があったので、記憶をたどりながら、何点か質問。その
後、デスクワークを続ける。

18時半、菅直人前代表と会食。
赤坂の居酒屋にて、新人議員3人で菅さんを囲み、国会議員としての活動のイロハ
について多種多様なアドバイスを頂く。菅さんからは、細川連立政権以降の日本の
現代政治史についてとても熱のこもったお話があり、我々3人が息を飲む場面も。
自ら創り上げた「民主党」に賭ける菅さんの思いは熱く、熱く、熱い。生半可な気
持ちでこの話は聞けないな。。。と、戦慄を覚えた。

今後私の政治生命がどれほど続くのかは分からないが、今夜伺った菅さんの思いを
忘れることはないだろう。私は、菅さんや「国のかたち研究会」に対して自分なり
の意見を持っており、折にふれて率直に申し上げている。今後ともそうしていくつ
もりだ。ただ、その前提は、菅直人という政治家のハートの熱さと仕事の真面目さ
への敬意だ。そのことも変わることはない。

21時半過ぎ、自衛官の方々と会食。
某テレビ局の記者さんに声をかけて頂き、私と同い年で当選2回の細野豪志代議士
とともに3人の自衛官の方々と計6人で一杯。安全保障について深く勉強されてい
る細野さんと皆さんとのやりとり。専門用語も飛び交い、聞き漏らさずに理解する
ことで精一杯だったが、最後に少しだけ私からも質問。お酒を飲みながらではあっ
たが、昼間の勉強会以上に脳細胞フル回転の夜だった。西麻布にて。

23時過ぎ、歩いて帰宅し、即就寝。


■ 2月16日(水)

7時半、起床。
急いで準備をし、15分で家を出る。今日のインターンは、横浜国大の沖田さん。
と、待ち合わせ場所の議員会館ロビーに着いてみると、一橋大学の菊池君もいる。
「財務金融部門会議の議論に興味があるので、朝の会議だけ陪席させてください」
勉強熱心である。

8時、民主党財務金融部門会議。
わが国財政の足許の状況につき、財務省主計局の主計官からレク。毎年恒例の説明
だが、対策に新味のないまま、赤字額だけは着実に増え続けている。

9時33分、東京発のぞみで帰岡。
車中、リンカンの伝記「正義のリーダーシップ」をパラパラ。中身の濃い本なので
集中力のある時にしか読み進まない。時折目をつむり、大塚愛のCDに耳を傾ける。
12時57分、岡山着。

13時15分、新京橋にて街頭演説。75分。
門木県議の葬儀参列のための帰岡だが、少し時間が空いたので、普段は“朝立ち”
をしている新京橋で午後の街頭演説。気のせいか女性比率が多かったように思う。
増田のカウントによると、5分で片道75台。約2000人の方々にアピールした
計算になる。

15時、門木県議ご葬儀。“巨星堕つ”。
岡山県自民党の重鎮「門木和郎(かどき・かずお)」さんの葬儀に参列。普段は岡
山に戻られることが少ない平沼赳夫代議士も出席をされ、心のこもったスピーチを
された。自民党公認候補として参議院選挙に出馬されようとした経緯、それを断念
された経緯が詳しく披露され、初めて知る岡山県自民党史の1ページに思いを馳せ
る。人に歴史あり。野党国会議員の出席は私だけ。指名献花という形で、名前を読
み上げられ、花を手向けさせていただいた。“巨星堕つ”を実感。プラザホテルを
出る時には、17時を大きく回っていた。

18時15分、玉野市役所の皆さんとボーリング。
玉野市の宇野港ボウルで行われた玉野市職員労働組合の青年部・女性部の皆さんの
ボーリング大会に田中秘書とともに参加。20レーンを借り切っていたので、一つ
づつご挨拶してまわった。3投中、スペアが1回。しょぼい成績を残して、後事を
田中に託す。

18時50分、JR宇野駅。
茶屋町乗換えで、岡山まで電車で戻った。12月はじめにマスコミの友人と会った
時と同じシチュエーションだったが、今回は無事電車に乗ることができた。タクシ
ーのほうが早いのだが、財政も厳しい。

20時、岡山駅前で友人たちと会食。
国会会期中の平日の夜を地元岡山で過ごせるのは、まれ。折角のチャンスというこ
とで、普段なかなか時間の合わない某局記者さんに後輩を紹介してもらった。岡山
での在任が長くなったこともあり、ご自身の転勤が視野に入りつつあるとのこと。
後輩記者たちと私を繋いでおきたいという深いご配慮だ。私の方では、年明け早々
に講師を務めた岡山大学法学部(谷ゼミ)の学生さん3人を誘い、記者志望の学生
や政治に関心の高い学生に現場のナマの声を聞いて貰った。直前のオファーにもか
かわらず、今話題の郵便局職員の方や保育士さんも参加して下さり、ちょっとした
“異業種交流会”の趣に。参加者約15名が、かなりのテンションで盛り上がって
くれた。今日はお互いに初めての方も多かったが、これからも機会を作って、より
広くより深い出会いの場を創りたい。

私の職業は政治家だが、仕事(選挙、政治)を直接の目的とした活動だけでなく、
地元岡山の若い世代のリーダーとして地に足の付いた交友の輪を広げていきたい。
今日のような飲み会もやれば、趣向を凝らしたイベントもやりたい。いろいろ考え、
どんどん動きます。岡山在住のHP読者の方々、皆さんも仲間に加わってください!

24時、ちょっと抜け、ある席にお邪魔。
民主党の仲間から「津村さんに紹介したい人がいます。ちょっとだけこっちに来て
くれませんか」と熱心なお誘い。上記の会を15分ほど抜け、その仲間とある地元
中核企業の役員秘書さんがカクテル中の席に合流。ほんのひとときだったが、楽し
い会話に混ぜて頂いた。岡山では知らない人のいない著名な経営者の方の秘書を務
めている方だけに、さすが洗練されている。色々とアドバイスも頂くことができた。

この前後、西川付近の道ばたでJC関係者の皆さん、自民党系の市議さん、県議さ
んと相次いでバッタリ。それぞれご挨拶をし、特に県議さんとは少し長く立ち話。
「近い将来、日本の政治は必ず大きく動くよね。そしていつか、僕たちが岡山と日
本を背負わなければならない時代が来るはず。立場は違うけど、信頼関係だけは大
切にしていこう」とどちらともなく少し熱っぽく話して、手を振って別れる。

24時半、友人たちに再合流。
学生さんも一緒に、皆カラオケで燃焼中。多忙なはずの記者さんも楽しんでくれて
いて、ちょっと嬉しい感じ。大塚愛の『片思いダイヤル』を披露するも、ちょっと
練習不足でした。原曲はかなりの名曲です!


[453] 代議士日記(速報) 2005-02-15 (Tue)

■ 2月13日(日)<ダイジェスト>

7時、西大寺朝市。

9時、第2回学区民ビーチボールバレー大会。旭竜小(D:田口)。

10時15分、瀬戸内市合併記念式典。邑久町公民館

12時半、玉野市コミュニティの集い。玉野市立中央公民館。

14時、西行まつり&マリンフェスティバル。渋川海岸ビジターハウス前。

15時、台風23号の被災地を視察。

16時、宇野HM。

19時、高井君、某局記者と会食。仕事のデキるお2人。とてもためになるお話。

22時、県連幹部の懇親会に合流。


■ 2月14日(月)

今日は、バレンタインデー。
恐縮なことに、江田京子さんはじめ数人の支持者の方々からチョコレートを頂く。
全部で4つかな。岡田代表は新人代議士時代から「バレンタインデーのチョコレー
トは全てお断りする」ことで有名で、ある有名な女性代議士が事務所に届けたチョ
コレートを見るなり直ちに返しに言ったというエピソードもある。岡田代表曰く、
今年も“初志貫徹”するとのこと。私も倣うべきところなのだが、わざわざ持って
きてくださった支持者の方に向かって「持って帰って下さい」とも言えないし、て
ゆうか、たとえ義理チョコでも嬉しいもの。独身男性はこの時期結構複雑なんです!?

岡田代表は地元でも“初志貫徹”されているのだろうか。今度改めて伺ってみたい。

朝は、自宅。
今日の街頭演説はお昼に回し、少しゆっくりとシャワーを浴びたり、DVDを眺め
たりしながら過ごす。

11時、岡山事務所に出勤。
本日は増田秘書が休みなので、まずは根木と打ち合わせ。12日から連日掲載して
いる求人広告の反響は大きく、今日も朝から電話が続いている。対応の基本姿勢等
について確認。

11時半、ある学区の料理講習会。
生協が販売しているインスタントの飲茶を試食する会に、飛び入りで参加。私が到
着した時には既に終わりかかっており、7名ほどの役員の方々が報告書を作成して
いるところだった。それでも話の輪に入れて頂き、残っていた飲茶を、根木と2人
お腹いっぱいになるまで頂いた。2種類の杏仁豆腐の食べ比べなども。最後に皿洗
をお手伝いしようとしたが、「後でやるのでいいですよ」とのこと。“食い逃げ”
状態で、12時すぎに失礼。

13時15分、岡山市農業委員会事務局。
市のホームページに“13:30 岡山市農業委員会農地部会”と書いてあるのを
見つけた日程担当の根木秘書から、「代議士、農業の勉強をしましょう」との興味
深い提案。さっそく事務局に電話で問い合わせてみたところ、一般の傍聴も受け付
けている由。「農地の転用について協議します。早く来てくだされば、制度につい
てレクチャーもしますよ」と言って頂いたので、一般傍聴者の一人として出向いた。
担当の方から、約10分のレク。

13時半、岡山市農業委員会農地部会を傍聴。

(ここから以後は、明日書きます)


[452] 代議士日記「2月12日(土)」 2005-02-15 (Tue)

本日、「国会議員秘書募集」の求人広告を地元紙(山陽新聞)に掲載スタート。

午前中、自宅。
今日は事前に集めたイベント情報が比較的少なかったこともあり、お昼まで自宅で
ゆっくりと過ごした。今週がハードスケジュール(昨日の“禊”では突然のハッス
ルプレー。当初は海に入るつもりはなかったが、皆さんに誘われてその場で即決)
だった上、来週も予定が立て込んでいるので、ちょっと一休み。

12時、事務所出勤。
机を片付けたり、ホームページにアップする写真を選んだり、代議士日記を書いた
りして、のどかに過ごす。

16時、事務局会議。
向こう2週間の日程を精査したほか、地域担当秘書の基本動作について改めて徹底。
そのほか、新聞に掲載した求人の扱いについても協議。玉野や岡山の熱心な支持者
の方から紹介も頂いており、今後迅速かつ丁寧に進めていく方針。

18時半、長船のOさん宅でホームミーティング。
江田五月参議院議員、立岡脩二瀬戸内市長も参加され、約20人で賑やかに盛り上
がった。若いお母さんや中学生も参加。色んな話題が出て、刺激いっぱい。21時
半すぎまでお邪魔してしまった。時間をかけて貴重な機会をセットしてくださった
OさんやKさんには本当に感謝。

22時、支持者のOさんを囲んで。
事務所から連絡があり、「支持者のOさんご夫妻と秘書団全員で夕食に出かけてい
る。代議士も合流できないか」とのこと。だいぶお待たせした挙句、駆けつけた。
Oさんご夫妻からは事務所体制について親身なアドバイスの数々を頂いた。私の衆
議院議員就任は、自分の努力以上に沢山の偶然や幸運の産物だと思うが、このご夫
婦との出会いはその中でもとても大きなことだったと思う。このご夫婦なくして、
今の私はない。円山の「B」にて。11時半ごろまで。

帰り際、お店に居合わせた別のお客さんから「あのポスターの津村さんですよね。
一緒に飲みましょうよ」と声がかかり、私一人お店に残って、合流させて頂く。同
世代の気持ちのいい皆さんにビールをご馳走になり、楽しいひととき。勧めて頂い
たので、久しぶりにタバコを一服。味は良く分かりません。

夜半すぎ、事務所で増田と打ち合わせ。
玉野のNさんから頂いている大切なお話につき、協議。

25時、就寝。


[451] 代議士日記「2月11日(金祝)」 2005-02-15 (Tue)

7時半、起床。

8時、事務所に出勤。

8時半、第2回「第5ブロック・シニアバレーボール親睦大会。
平井小学校の体育館にて、参加者70名ほどで開催。岡山東地区に在住の45歳以
上のママさんバレーの選手が、クジ引きでチームを決めて親睦を深める大会である。
開会式で短く挨拶をさせていただき、その後、一緒に準備運動。別の方からのご案
内だったが、よく見るといつもお世話になっている下市このみ市議も参加されてい
る。チームの中心になってハッスルプレーの、このみさん。格好良かった。参加資
格がない私は、しばらく観戦していたが、その後お母さんに連れられてきた女の子
2人の鬼コーチになって、体育館の片隅で延々レシーブの特訓。もうすぐ小学校に
上がるRちゃんとMちゃん。9時半まで。

10時、東山峠にある岡山県護国神社前で、街頭演説。30分。
「建国記念の日に当たり、日本の国の政治を与る身として、この国の歴史と未来に
ついて話をしたい。有史以来初めての人口減少社会の到来に向け、平和な経済大国
として世界各国の尊敬を集めてきた愛する日本を再生させる社会保障制度を実現す
ることが現代日本の政治家の務め。この明白な使命から逃げることなく、戦後60
年の節目を日本の新たな飛躍の機にしたい」といった内容を繰り返した。

10時半、岡山県護国神社にて、建国記念日の神事&奉祝岡山県民大会。
献撰、宮司一拝、玉串奉奠、撤撰などの厳粛な神事が約30分間続いたのち、「日
本会議岡山」主催の「建国記念日奉祝岡山県民大会」に切り替わり、私は唯一出席
した国会議員として、来賓代表の祝辞を依頼された。大会の趣旨を汲み、超党派の
立場でスピーチ。衆議院安全保障委員会のメンバーとして視察した尖閣諸島の問題
や国連常任理事国入りの問題などに触れ、国を挙げて取り組むべき外交課題が山積
していることを強調。日本のためにともに頑張りましょう、と締めくくった。直後
から大きな反響があり、多くの方からメールが届いた(挨拶の詳細については、近
日中に津村HP「ひとこと」にアップ予定)。

12時、昼食。
護国神社の敷地内にある「いさお会館」にて、田口秘書とともに箱詰めのお弁当を
頂く。奉祝大会で自民党以外の国会議員が来賓代表挨拶をしたのは初めてとのこと。
私なりに踏み出しすぎず、ひるみもせずにスピーチをしたつもりだが、「挨拶聞か
せて貰ったよ。民主党を見直した。頑張れよ」と複数の方から言って頂けたのは、
甲斐のあることだった。

13時、安仁神社にて「禊(みそぎ)」の神事。
まずは拝殿にて、約40分間の神事。昨年に続き、玉串奉奠の大役を仰せつかった。

13時45分、拝殿前にて、禊の予行演習。
禊のメインは、海に入ってお札の願い事を読み上げる行いだが、その際の作法につ
いて、実際に身体を動かしながらの練習。宮司さんが指導をしてくださった。今年
は私を含めて65人が海に入るが、約半分が初めてのメンバー。冬の海に裸で飛び
込むという事の重大さからか、みな目付きはキリリと締まっている。独特の緊張感。
その後、バスで異動。

16時半、旧宝伝海水浴場にて、禊。
フンドシ姿で約1時間の行。浜辺で経文を唱えたのち、海に入って大勢の方々のお
札を代読。田口秘書は「秘書日記」に5分くらいと書いているが、もっと入ってい
たと思うんだけど・・・。20分とか。水から上がった後もしばらく裸だったので、
身体の芯まで冷え切った。

16時、安仁神社参集殿にて、鎮魂行法。
バスで神社に戻り、次は魂を鎮める儀式。「ひ〜ふ〜み〜よ〜い〜む〜な〜や〜こ
〜と〜」と唱えながら、身体を左右、前後、上下に揺らし続ける不思議な動き。身
体はまだ震えており、ストーブを囲むながら行ったが、今度は頭が眠くなった。

17時、直会(なおらい)。
次は無言で音を立てずにお粥を啜る、直会(なおらい)の儀式。これで平常状態に
戻ったことになるらしい。その前に機会を頂いたので、マイクでご挨拶。私と成本
市議、そして駆けつけた熊代代議士。

17時半、神木会(しんぼくかい)。
お弁当を食べながら、関係者30人ほどで打ち上げの親睦会。禊の一環という位置
づけらしく、「神木会」と表記するようだ。行事の最初から最後まで参加した格好
になり、同じくフル参加の皆さんから本当に良くしていただいた。今日一日で沢山
の方々と深く知り合うことができたような気がする。20時半に終了。

21時、幸島消防団操法訓練大会。
安仁神社の禊に参加していた消防団員の方から、「消防にも寄れいや」とお声がか
かり、幸島小学校校庭へ。深夜まで熱心に訓練が続き、団員の皆さんの一糸乱れぬ
動きにひたすら感心。操法訓練では上位入賞の常連とのことだが、さもありなん。
春の大会が近づいている。

23時、自宅でDVD鑑賞。ついつい夜更かししてしまった。


[450] 代議士日記「2月10日(木)」 2005-02-15 (Tue)

今日はインターンの沖田さんが大活躍。

8時、民主党外務・防衛合同部門会議。
例によって衆議院第一議員会館のロビーで沖田さんと待ち合わせ、2人分の缶コー
ヒーを買って会議室へ。弾道ミサイル防衛とシビリアン・コントロールについて、
2人の学識経験者からヒアリングし、質疑応答を行った(詳しくは「ひとこと」)。

9時、事務所。
今週は月曜日を岡山で過ごし、明日金曜日も祝日で今夜岡山に帰るので、国会で過
ごす時間が普段より短い。書類の決裁を急ぐ。

10時、インターン打ち合わせ。
春のインターン生4名が集まり、今後の役割分担について打ち合わせ。事務所から
は河田秘書とパートのMさんが加わる。就職活動の関係で菊池君の負担をなくすこ
とになり、残りの3人に割り振ったり、「もっと来れます」「みんなでグループ作
業もしてみたいです」という前向きな姿勢を受けて過去2年半の津村ホームページ
の分析を依頼したり。前回のインターン生に刺激を受けて、『国会事務所版インタ
ーンマニュアル』も作ってみるそうだ。頼もしい。

11時、代表補佐チーム会議。
武正代議士を中心に、伴野豊、高井美穂の両代議士、高橋千秋参議らとともに党首
討論に向けたプレーンストーミング。午後には岡田代表との打ち合わせも予定され
ており、その場で提案する今後の代表補佐チームの働き方についても精力的に話し
合った。

12時、国のかたち研究会。
ジャーナリストの中村啓三さんを講師に迎えて、最近の自民党の動きなどについて
分析を伺った。いわゆる政治評論家の方々のお話というのは、「私は一昔前の大物
政治家に、こんなに可愛がってもらったんですよ。だから色々知っているでしょ!」
という自慢話が多く、合従連衡の解説ばかりで新鮮味がないことが多い。『若い政
治家=権力志向で、風見鶏ばかりの、秀才エリート君』と決め付けているのが、ジ
ンジン伝わってきて、ステレオタイプな思考にうんざりすることも多い。東大生は
みんな冬彦さんだと思っているような、思考停止状態。・・・というわけで、政治
評論家が苦手な私は、代表補佐チーム会議が長引いたことを言い訳に、大幅に遅刻
して出席。皆さんが中村さんのお話を褒めていたところをみると、「食わず嫌い」
で失敗したようだ。すみません。反省しています。

13時、事務所。
戻ってみると、菊池君、長沼君、町田君はもう帰っていて、インターンは沖田さん
だけ。引き続きメモ作成に取り組んでくれていた。少し話したあと、代議士日記の
執筆に取り組む。

熱心に頑張ってくれるインターン諸君に触発され、岡山事務所を舞台にした「春の
インターン合宿」の定員を増やして、参加者を一般募集することにした(詳しくは
「ひとこと」)。

14時半、女性議員プラスワン会議。
姫井ゆみ子県議からお声をかけていただいたこともあり、党本部5階で行われた会
議を覗いてみた。岡田代表を迎え、代表をサカナにして、全国の民主党系女性地方
議員が活発な討議。刺激いっぱい。

15時、岡田代表との打ち合わせ。
党本部6階の役員室用会議室にて、役員室代表補佐チームの4人(武正、伴野、高
井、津村)と岡田代表の意見交換会。党首討論が当面予定されていないこともあり、
幅広く今後の“代表補佐”のあり方について協議。代表とのミーティングを定例化
することなどが話し合われた。

16時、民主党経済外交PT。
外務部門会議に小委員会を設置する方向になっており、私は「経済外交」を担当す
る可能性が出てきた。少し勉強しておこうとの思いから、初めて出席。本日は山田
正彦代議士を講師に迎え、民主党の農業漁業再生プランについて改めて勉強。

17時、デスクワーク。代議士日記の執筆など。

18時45分、日銀の若手と会食。
JR東京駅の八重洲中央口地下にて、日銀の後輩と一杯。岡山での地元活動を手伝
ってもらったこともある後輩で、政治への意識も高い。今後の彼のキャリアパスに
ついて先輩面をしてアドバイスなどした後、最近の私の仕事について資料を渡しな
がら説明。慌しい食事になったが、熱心に話を聞いてもらった。

その後、駅構内でもう1人友人と会い、数年ぶりの再会を喜んだのち、最終新幹線
で帰岡。

家に辿り着いたのは、夜半過ぎ。即就寝。


[449] 求人、HP更新。 2005-02-12 (Sat)

●本日(2月12日)の山陽新聞朝刊4面に、求人広告を出しました。13、15、
 16日にも掲載が続きます。今朝から既に何本か照会のお電話を頂いています。
 興味のある方はご一報ください!

「国会議員秘書
 ▽年齢不問 ▽社会経験重視
 ◎多くの人と対話する仕事です。
 ◎政治家をめざす方も歓迎します。
 ※応募/履歴書郵送・面接後日連絡
 岡山市円山八七−十七
 衆議院議員 津村啓介事務所 086−277−9900」

●今夜から明日にかけて、当ホームページの「代議士日記」を大幅に更新。2月
上旬の活動フォトを一気に充実させます。約30枚ほどの写真を新たにアップす
る予定。ご覧下さい。


[448] 政治家と政治学。 2005-02-12 (Sat)

今週、インターンの沖田さんが私の書棚から『職業としての政治』を借りて帰った。
沖田さんは、責任感の強い、まじめな女子大生だ。

マックス・ウェーバーの著作として同書と共に有名なのは『職業としての学問』だ
が、私は時々“職業としての政治”と“学問としての政治”の狭間に立っている。

先日の外務・防衛合同部門会議において、「国会における事後承認」を巡る若干の
やりとりがあった。

弾道ミサイル防衛の問題で、瞬時の判断を迫られるケースについて、現場の判断を
尊重するべきだという(それ自体は尤もな)議論の中での派生的な議論だったが。

講師の先生から「ミサイルを撃ち落とした後で、それを国会が承認しようとしまい
と事実上何の意味もない。だから国会での事後承認云々は実務的にはあまり重要な
論点にはならない」という趣旨の発言。本多平直代議士から「もう少し詳しく説明
をしてほしい」という質問がなされたが、講師の先生は「現場の判断の緊急性」に
ついて繰り返しお述べになるだけで、「国会による事後承認が定められていようと
なかろうと、現場からみれば何の意味もない」という理解を示された。

著名な学識経験者からこうした発言が出てくると、正直戸惑ってしまう。「民主的
コントロール」についての理解を疑ってしまう。

「議会制民主主義の建前はどこへ行った?」とか「国会は国権の最高機関だよね?」
といったレベルの違和感ではなく、より実体的な意味での違和感。決算にしても、
イラクへの自衛隊派遣にしても、国会による事後の同意や承認が担保されているか
らこそ、当事者の意思決定に“規律”が働くのではないか。事後の説明責任の存在
が、事前の意思決定そのものを左右する。この重みを強調する立場こそが、論壇に
おいて現代民主主義の最先端を行く思潮ではなかったか。

弾道ミサイル防衛そのものについて、厳しい判断を迫られる現場(自衛隊)の皆さ
んの立場を十分理解し、日本と日本国民の利益を最大化する法律を作りたい。その
思いは私も同じだ。

が、それ以前のところで共有すべき思想的な前提が足りていないことを感じた瞬間
だった。マキアヴェリ以来(?)の「政治学」の歴史が泣いている。

「説明責任」という言葉の持つ意味は、「説明+責任」ではない。瞬時の判断を迫
られている立場の人間に、規律ある仕事をさせるための制度的工夫なのだ。政治家
しかり。この場合は自衛官もしかりだ。

夢を持って「政治家」になった。
日々の時間の多くを“ドブ板選挙”に注いでおり、それはそれで欠けがえのない大
きな意味のある活動だとヒシヒシ感じているが、時々「政治学」を思い出す瞬間も
ある。大学時代、自分なりに一生懸命に勉強した先達の教えであり、私の原点だ。

理想と現実をつなぐ“夢”の技術が、政治。「政治家」として良い仕事をしたい。


[447] 代議士日記(速報) 2005-02-10 (Thu)

■ 2月10日(木)

今日はインターンの沖田さんが大活躍。

8時、外務・防衛合同部門会議(衆1−1)。

10時、インターン打ち合わせ。

11時、代表補佐チーム会議〜QTについて。

12時、国のかたち研究会。講師:中村啓三さん。

14時半、女性議員プラスワン会議。

15時、岡田代表との意見交換会。代表補佐チーム。

16時、経済外交PT。

18時45分、日銀の若手と会食。

その後、新幹線で帰岡。


[446] 代議士日記「2月9日(水)」 2005-02-10 (Thu)

8時、民主党財務金融部門・税制調査会合同会議。
この通常国会で提出される法案について、財務省・金融庁から説明を受けた。

午前中は、デスクワーク。

11時、代議士会。
「政治とカネ」の問題を巡る政府の答弁が不誠実極まりなく、国会質疑のマナーを
無視した民主党議員への中傷が続いたことなどから、衆議院の予算委員会が空転。
その間の経緯について、国対幹部や予算委理事から説明があった。

11時半、事務所。メールチェックなど。

13時、国会事務所「事務局会議」。
今年に入って第3回め。レジュメに沿って進行し、議事録なども残すことになった。
岡山事務所との連携、一体化を意識して丁寧に進めたい。

14時、正副幹事長会議。
総支部単位での会計処理の外部監査徹底などについて、脇を締める議論。

15時半、国際協力銀行(JBIC)のレク。
アポなしの訪問で、担当者の方お2人がODAの評価について資料を持って説明。
私からは「今ホットな中国向け円借款について資料に殆ど記述がないのは、不自然
な印象を受ける」と指摘。口頭で補足して頂いた。

15時45分、国会事務所「事務局会議」(続き)。
今後は国会事務所のスタッフもホームページの「秘書日記」を必ず週1回ペースで
アップすることに決定。代議士本人が書けない日があったり、代理出席をしたりし
た場合には特に意識して更新をするように意識合わせ。

17時、役員室会議。
各チームから報告がなされ、47都道府県訪問の進捗状況等について情報交換。岡
田代表も途中から出席され、議論に熱心に耳を傾けられた。

19時、若手官僚&ビジネスマンとの勉強会。
楠田大蔵代議士に誘っていただき、約20人の若手有志の勉強会に出席。経産省の
若手や新進気鋭の公認会計士の皆さん、有名週刊誌の編集者、シンクタンクの方、
民主党の国政候補者など多彩な顔ぶれ。内幸町のビルの会議室にて。

20時、外交政策研究会。
松本剛明代議士が主宰されている外務省若手&民主党若手の勉強会に1時間遅れて
参加。「体験的日米中関係論」についてリアルかつクリアな報告を頂いた。私から
は国連常任理事国入り問題と最近の日中関係の緊張について、その相関性を中心に
質問。途中から場所を移し、23時まで真摯な意見交換が続いた。皆さん、本当に
まじめ。とても勉強になった。


[445] 代議士日記「2月8日(火)」 2005-02-10 (Thu)

今日はインターンの長沼君が頑張ってくれました。一橋大学1年生。

7時すぎ、JR東京駅着。
寝台特急「サンライズ出雲」は時間どおり到着。ギリギリまで寝ていたので、下車
の準備に手間取ったが、眠気マナコで地下鉄経由国会へ。

8時、外務・内閣部門兼北方問題調査会合同会議。
衆議院第一議員会館のロビーで長沼君と待ち合わせ、会議室へ。昨日が「北方領土
の日」だったことから、根室や東京で開かれた北方領土返還要求大会についての報
告が相次ぎ、その後、外務省の松田ロシア課長から直近の状況をヒアリング。課長
の説明を聞きながら、さすが日本の官僚はレベルが高いなと感じた。政治家も負け
ていられない。9時ごろまで。

9時半、衆議院財務金融委員会。
「コメの臨特」につき採決があり、全会一致で可決。所要10分。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。
「コメの臨特」「愛知万博開催期間中の台湾からの渡航者のビザ免除」につき、そ
れぞれ全会一致の“異議なし”採決で可決。所要10分。

午後、デスクワーク。主に代議士日記の執筆。

16時、財務省レク。
主税局の企画官クラスの方から来年度の税制改正案について説明を頂く。説明の中
で経産省肝煎りの教育訓練費関連の税制優遇措置が採りあげられていたが、必要性
が今ひとつ理解できなかった。いずれ機会をみつけて、話を聞こうと思う。30分。

その後もデスクワーク。

18時半、会食。
荒井聡代議士にお誘いいただき、財務省のキャリア官僚お2人と会食。経験豊かな
方々から、この10年のナマの政策形成史を伺うことができ、大変勉強になった。

21時、荒井代議士とお茶。少し酔いを冷まして、タクシーで帰宅。


[444] 「春のインターン合宿」参加者 一般募集のお知らせ。 2005-02-10 (Thu)

津村事務所では、ただいま、学生インターンの受け入れを行っています。

この2月から3月にかけては、NPO法人「ドットジェイピー」を通じて、4名の
大学生がインターン登録。また、昨年以来のインターン経験者を含め、10名前後
の大学生が東京(国会)と岡山(地元)の両事務所に出入りをしてくれています。

このたび、この学生インターンとともに代議士の地元活動を集中的に体験して頂く
「春のインターン合宿」を下記の要領で開催し、参加者を募集することにしました。

大学生はもちろん、国会議員の仕事に興味のある方ならどなたでも参加できます!

 ○日程 : 2005年 3月19日(土)〜27日(日)
 ○場所 : 岡山事務所
 ○宿泊 : 津村啓介衆議院議員またはスタッフの自宅
 ○費用 : 交通費 実費支給(例えば関東から参加して頂く場合は3万円程度)
 ○連絡先: 津村啓介 東京事務所(担当:河田)
        〒100−0014 東京都千代田区永田町2−1−2−338
                   Tel.03−3508−7088
                   Fax.03−3508−3868
                   メール. youngpower@tsumura.org

関心のある方は、電話かメールでご連絡ください。
後日履歴者をご持参頂いた上、面接を行います(その席で学生インターンが制作を
してくれた「津村事務所インターンマニュアル」を差し上げます)。

代議士または事務所スタッフと共同生活をして頂く関係上、宿泊スペースに限りが
あります。早めにご連絡下さい。

奮っての応募を、お待ちしています!


P.S.過去のインターン生の大活躍については、私のホームページの「代議士日
    記」8月分、「Daily TSUMURA号外」“インターンを終えて”
    をご参照ください。また、別の期間を希望する方、国会のみのインターン
    を希望される方は、その旨を明記の上、ご連絡下さい。受け入れ可能です。


[443] 代議士日記「2月7日(月)」 2005-02-10 (Thu)

今日は、北方領土の日。
150年前に当たる1855年2月7日、日本とロシアが伊豆下田の長楽寺で日魯通
好条約に署名し、両国の国境を「択捉島とウルップ島の間」に確定した日です。


7時、起床。
いつものように15分ほどで顔を洗い、着替え、事務所に出勤。マーチに乗り込み、
朝街宣に向かう。

7時半、朝立ち。新京橋で、90分。
昨年最も多く街頭演説をしたスポット“新京橋”で、ようやく今年初めての朝立ち。
1月は一度も出来なかったという引け目もあったので、少し長めに頑張ってみた。
他党の市議さんを含め、多くの方がクラクションを鳴らしてくれた。ここに立つと
ホームグラウンドに帰ってきたような気分になる。

9時すぎ、事務所。
本日は事務所長の増田が休みなので、根木第二秘書らと簡単な日程の打ち合わせ。
9時半に事務所を出て、福祉会館に向かう。

10時、第23回北方領土返還要求岡山県民大会。
岡山県総合福祉会館にて、約200人の参加者を集めて開催。国会議員の本人参加
が私だけだったので、来賓挨拶のトップバッターでスピーチ。まず冒頭、領土など
対外折衝に関わる問題は、日本の国益上、超党派で取り組むべき課題であることを
多いと述べ、超党派で赴いた昨年夏の「サハリン視察」について紹介。ユジノサハ
リンスクにある郷土史博物館での日本展示を巡る現地での議論について話しをし、
更に日本外交にとって今年は国連常任理事国入り問題がホットであることに触れて、
日本国内における国論の統一と国民の支持が不可欠であることを訴えた。

11時半、弔問。
お世話になっているS学区Yさんの奥様が急逝。江田三郎さん・五月さんゆかりの
ご家族。お通夜、告別式に参加できないので、お宅に伺って焼香させていただいた。

12時、森本県議と懇談。
益野の森本てつま県議の事務所を訪ね、居合わせた森本県議に約1時間頂いて意見
交換。2区総支部はもちろん、県連の運営、次期衆院選対策など多岐に亘って貴重
なアドバイスを頂いた。同席の根木秘書にも労いの言葉をかけていただく。

13時、根木秘書とランチ。
私も根木もスタミナが必要なので、がっつり。食べながら色々な話をすることがで
きた。仕事の話、プライベートの話。結局2時間くらい食べていた。

15時半すぎ、事務所。
デスクワークをしながら、自宅と往復して上京の準備。途中、夕方の地元ニュース
をチェック。私も行ったことがある入浴施設が紹介されていた。

18時半、天満屋で待ち合わせ。

19時、テレビ局の友人たちと会食。
美味しいジンギスカンを食べながら、楽しいひととき。今回は高井崇志君歓迎会の
“予行演習”。岡山県庁で情報政策課長を3年間務めた高井君に、岡山に“帰って
きた”決意の一端を披露してもらった。彼には素敵な友達が本当に大勢いる。今日
ご一緒したお2人も、よく勉強されているし、お話が上手。政治や選挙についても
よくご存じだった。テレビの世界のお話もとても興味深い。仕事熱心な、とても魅
力的な方々。21時半すぎ、中座する。

22時半すぎ、寝台特急「サンライズ出雲」で上京。
今日は地元重視で民主党役員室の新年会を欠席。伝え聞くところでは、バレンタイ
ンデーの義理チョコを全て返してしまうという伝説のある“堅物”(?)岡田代表
に、役員室の皆さんで今年の対処方針を尋ねたとか。代表のお答えは「初志貫徹」。
だいぶ盛り上がったようだ。

夜行列車は、朝7時過ぎに東京駅に着く。明日朝の衆議院財務金融委員会の採決に
は、間に合います。テーマは「コメの臨特」と「愛知万博」。


[442] 代議士日記「2月6日(日)」 2005-02-09 (Wed)

6時半、起床。
急いで事務所に行き、自分で車を運転して、京橋へ。今日は高井崇志君と待ち合わ
せおり、いつも以上に遅刻厳禁。

7時、京橋朝市。
到着と同時に高井君と発見。2人で本部に行き、まずは朝市の関係者の皆さんに彼
を紹介したが、既に高井君の噂はかなり広がっているようで「いつ会えるかと思っ
てたよ。津村君、連れてきてくれてありがとう!」と声がかかった。うどんとコー
ヒーをご馳走になった後、各テントを回って、一軒一軒ご挨拶。今日は「たかいた
かし35歳」のチラシを配布した。県庁出身という話をすると、反応が良い。高井
君のフットワークはとてもよく、かなりアピールできたと思う。

8時半、事務所。急いで準備をし、田中の運転で玉野へ向かう。

9時半、連合玉野地協第15回定期総会。
10時からの総会に先立ち、約30分の意見交換&挨拶。総会では、二宮連合岡山
会長代行や山根玉野市長、岡灘崎町長に続いてスピーチ。時間が押していたので、
「なぜ今、年金制度の改革が一刻の猶予もならないのか」に絞って国政報告。11
時ごろ退席。

11時すぎ、宮浦の松林寺にて「子供会陽はだかまつり」。
100人近い小学生&幼稚園児と保護者や見物の人で、お寺の境内は大賑わい。壇
上にお招き頂き、何十本もの副宝木と特別副宝木を投げる役を仰せつかった。その
模様は山陽新聞のOniビジョンで生中継されたようだ。正午に本宝木が投下され
る時には、子どもたちの数がめっきり減っていて少しびっくり。自信のない子や小
さい子は危ないから参加しないようだ。裏方を務めていらっしゃる町内会の皆さん
にご挨拶をして、12時半ごろ失礼。

13時、津村事務所「戦略会議」。
昨年秋から初めた会議で、各地域からお招きした顧問の皆さんに日常活動のご報告
を行っている。今回は年末年始の活動を報告したり、ポスターの作成等についてご
意見を頂いたりした。会議の進行役は、増田秘書。

14時半、事務局会議。
引続き、事務所のスタッフのみでミーティング。戦略会議での方向性を踏まえ、様
々な課題について課題を整理。「秘書日記」についても位置づけを改めて確認し、
津村事務所の全スタッフ(岡山・東京とも)が毎週最低1回づつ掲載していくこと
になった。最後に“地域担当秘書の基本動作”について、私から意見。16時まで。

16時45分、新幹線「こだま660号」で姫路へ。
田口秘書にJR岡山駅まで送ってもらい、私と増田、根木の両秘書で姫路へ向かう。
姫路キャッスルホテルで開かれる民主党の先輩議員「松本たけあき」さんの新年会
に出席するためだ。秘書と新幹線に乗るのは珍しく楽しい気分だったが、2人はた
ちまち爆睡。激務の疲れがたまっているのでしょう。。。お疲れさま!17時過ぎ、
姫路着。駅には松本事務所のスタッフの方がお迎えに来て下さっていた。

17時半、簡単な打ち合わせ。
松本剛明代議士や秘書のKさんと新年会の進行について打ち合わせたり、地元事務
所の経営についてアドバイスを頂いたり。

18時、松本剛明代議士の後援会新年会。
1000人ほどのお客さんを集めた、盛大なパーティー。松本さんは地元で年2回
パーティーを開くそうだが、うち1回は政財界の偉い方が対象で、もう1回が後援
会の皆さんの懇親会とのこと。今回は後者だそうで、実際楽しいアトラクションが
続く、大盛り上がり大会だった。来賓挨拶の類は一切省略し、松本さんだけが挨拶
をする伝統とのことで、今回は初めての例外として姫路市長とともに私を紹介して
くださった。「東大→興銀→代議士」という経歴の松本さんとは、問題意識も近く、
財務金融委員会からスタートしたことや、その後安全保障に取り組んでいることも
同じ。ちょうど1回り上のイノシシ年生まれの松本さんは、私の憧れであり、目標。
そのことをスピーチでご披露した。紹介を頂いたのが市長と私だけだったためか、
かなり目立つ格好になり、その後テーブルを回って松本後援会の方々にお酌をして
いると、多くの方から声がかかった。「たけあきを頼むよ」「君もがんばれよ。岡
山には知り合いが沢山いるからな。言っとくからな」皆さんの松本さんを思う気持
ちが伝わってきて、秘書2人とともに圧倒された。松本さんの奥様は、本当に素敵
な方。江田五月議員の夫人・京子さんもそうだが、議員の奥様は素敵な方が多く、
独身の私としては「僕には無理です。かないません」という思い。最後までお邪魔
し、20時過ぎにホテルを後にする。

20時すぎの新幹線に乗り、3人で帰岡。

21時、江田鍋。
高井崇志君から声がかかり、増田、根木とともに江田五月議員の自宅へお邪魔。先
発隊の田中、田口とともに入れ代わり立ち代わり牡蠣を頬張らせて頂いた。最後は
高井君らと延々政治談義。

いつのまにか、むちゃむちゃお腹いっぱいになりました。


[441] 代議士日記「2月5日(土)」 2005-02-09 (Wed)

■ 2月5日(土)

7時半過ぎ、起床。

8時、事務所。
まだまだ慣れないテレビでの国会報告に備え、「何を話そうか」と思案しながら、
簡単なレジュメを作成。ついつい「あれも話そう、これも・・・」と欲張ってしま
い、前回よりもかなり長くなってしまった。RSKへ向かう車中、何度かリハーサ
ルをしてみたが、どうしてもお約束の「3分半」に収まらない。ついつい早口にな
るので、一部削ることに。

9時半、RSKイブニングニュース「国会報告」の収録。
今日のインタビュアーは、いつもお世話になっている山内記者ではなく、近藤キャ
スター。昨年春ごろ、一度ご一緒したことがある方。収録前に、原局長、魚森部長
も交えて短い打ち合わせ。当方からは増田公設第一秘書も陪席。「ホームページの
URLをテロップで入れて頂けるか否か」というご相談があり、公平性の観点から、
今後少し時間をかけて他の岡山県選出国会議員の事務所と刷りあわせて頂くことで
決着。RSKさんの「国会報告」は県内の放送局で唯一の取り組みであり、私たち
国会議員と県民の皆さんを繋ぐ重要なメディア。それだけに、関係者の皆さんの意
識も高く、内容の充実と公平性の確保の両面について大変丁寧にお考えのようだ。
私が用意したレジュメも多少お役に立った様子。収録は一回で終わったが、多少か
んでしまったり、カメラ目線を意識してしまって、いささか不完全燃焼。やはり泥
縄式ではダメ。テーマは、本会議途中退場の本意と、民主党の国会審議への姿勢、
年金、財政健全化など(詳しくは「デリツム号外」としてホームページに掲載中!)。

10時半、新鶴見橋で、街頭演説。60分。
次の予定まで少し間が空いたので、急遽街宣を行うことに決定。休日でも通行量の
多い新鶴見橋のたもとで、RSK「国会報告」と同じ内容を、少し詳しく訴えた。
今年は街頭演説を質量ともに強化しようと考えており、時間や回数もカウントして
いる。30分以上続けた街宣のみカウントしているが、今回が今年20回めになる。


12時、第16回民主党岡山県連常任幹事会。ロイヤルホテル。
このあと行われる民主党岡山県連の定期大会について、最終的な詰めの打ち合わせ。
そのほか、県内各地で予定されている合併関連の地方選挙について対応を協議。

14時、第10回民主党岡山県連定期大会。
副代表として冒頭の開会挨拶を担当。本日は昨年の岡山県知事選挙で私たちが推薦
をした石井正弘知事も来賓として出席をされており、私なりのメッセージを込めて
挨拶をさせて頂いた。私はふだん“挨拶は原稿ナシで!”と決めているが、今回は
岡山の民主党にとってとりわけ重要な定期大会であり、参院選勝利&石井知事推薦
という昨年の前進を更なる次の大飛躍に繋げていく二度とない決定的な節目である
との思いからラフな原稿を用意。自分の選んだ言葉に力を込めて、大声を出した。
石井知事からは、民主党に対して予想以上に熱いエールが贈られ、地方分権や「お
かやまマニフェスト」に掲げる中四国州構想などでの民主党との連携に強い期待が
示された。高井崇志君についての特別な言及も印象深い。

「県庁の情報政策課長として私の片腕となって活躍してくれた井崇志君が岡山に
 戻ってきたというので、本当にびっくりしました。高井君は岡山県が全国に先駆
 けて整備した“岡山情報ハイウェイ”の基盤を作った男で、本当に優秀な男です。
 私も大いに期待しております。皆さん、井君のことを宜しくお願いします!」

党大会でのリップサービスの面もあるとはいえ、石井知事が飾らない言葉で力強い
エールを送ってくださったことは、画期的なことだ。岡山県に本格的な“二大政党
時代”が訪れつつあることを肌で感じた瞬間だった。

森本栄連合岡山会長の挨拶は、聞く手の魂に訴える力強い内容。“党本部”からの
派遣で駆けつけてくださった平岡秀夫代議士(山口2区選出)のスピーチも同じ中
国ブロックの仲間である私たちを大変に勇気づけてくれるものだった。

18時すぎ、玉野市で地域の皆さんの懇親会。約25人。
Fさんのお宅から「18年物の紹興酒」が見つかったとのことで、地域の皆さんを
集めた試飲会が行われ、お招きを頂いた。会長さんの挨拶の途中で18時20分に
なり、会長さんのお計らいで皆なでRSKイブニングニュースの「国会報告」を見
ることに・・・。「ニュースに出とる津村代議士が、目の前で酒飲んでるいうのも
何か不思議な感じじゃな〜」。

22時ごろ、帰宅。自宅でDVD。


[440] 代議士日記「2月4日(金)」 2005-02-08 (Tue)

7時半、起床。

7時45分、事務所。
田中秘書の車に乗り、玉野へ向かう。

8時半、朝立ち。60分。
久しぶりに玉野市の秀天橋で街頭演説。この地域では国道30号の拡幅工事が重要
課題であり、今年の秋に予定されている「晴れの国おかやま国体」の開会までに車
道部分を全面開通させることが至上命題となっている。その工事現場のすぐ近くで、
交通の邪魔にならないよう配慮しながらの街宣。場所が狭かったので、田中秘書に
は車で待機してもらった(広報機材運搬をのぞく)。実は最近、事務所車チェイサ
ーが不調。このため、ノボリを運ぶことができず、立て看板とハンドマイクのみで
行った。田中は広報機材運搬の手伝いと車の移動を担当。

9時半すぎ、打ち合わせ。
田中秘書と秀天橋近くのファミリーレストランで、朝食を摂りながらの打ち合わせ。
急な帰岡だったことや昨日田中秘書が休暇だったことから、今日回ろうと思ってい
た○○業界の地図落としが準備できておらず、相談の上、もう1つの大切な案件で
ある台風被災地のフォローに時間を割くこととした。

10時半、田井八幡宮で「豆まき」。
節分だった昨日は東京で国会に出ていたため、関係行事に出席することが出来ず。
何か1つは出たいと思い、増田&根木秘書に頑張ってリサーチしてもらった結果、
田井幼稚園の園児たち140人の豆まきにお付き合いさせて頂けることになった。
保護者の方も大勢いらっしゃり、総勢200名を超える皆さんと楽しいひととき。
まず、玉串奉奠をし、続く「豆まき」ではお堂に上がって福男役に。豆に見立て
たお菓子を宙に投げると、子どもたちが楽しそうにキャッチする。完全な実力勝
負なので、中には取りっぱぐれる遠慮深い子もいたりして、出来るだけみんなの
手に届くように投げた。最後はお母さんたちが対象になったが、私と同世代のお
母さんたちが楽しみながらも必死になって子どもたちのためにお菓子を拾う姿は
何とも微笑ましい光景だった。その後、リアルな鬼が2匹登場。子どもたちと一
緒に豆をぶつけて退治しました!

【注】鬼の数え方は“1匹、2匹”です。1頭でも1人でもありません。秘書に
相談したら意見が分かれたので、検索してみました!
http://www.fct.co.jp/benri/kazu/a_02.html


12時、台風被災地の方と面談。
台風23号が襲来した昨年10月、玉野市宇野7丁目では大規模な土砂崩れが発
生し、5人の方の尊い命が奪われた。その後、県や市がそれぞれの対応を進めて
いるが、現場には危険箇所がまだまだ残っているとのことで、地元町内会の幹部
の方に地図の図面を広げながらお話を伺った。

13時、住吉県議事務所。
しばらくご無沙汰していたので、ご挨拶。奥様と事務の方が地域の情報を色々と
教えてくださった。弔電対応の極意も伝授していただく。

14時、火事お見舞い。
住吉さんのご近所で数日前に火事があり、お1人亡くなられる悲劇。お話を聞き
現場に行ってみると、以前私がポスター貼りのお願いに訪問したことのあるお宅
だった。特徴のあるお宅だったので、すぐに思い出す。その時に応対された男性
が亡くなられたそうだ。隣家も全焼されており、片付けに来られていた方々にお
見舞いを申し上げた。

15時、挨拶まわり。
最近知り合った玉野市の支持者の方のご自宅を訪問。残念ながらお会いできなか
ったが、後刻直接携帯電話を下さり、今度食事をご一緒させて頂くことに。。。

16時、円山の岡山事務所。
広報機材を積み込み、運転手を田中から増田に交代して、いざ街宣に出発!

16時半、RSKメディアコム前(浜3丁目交差点)で街頭演説。60分。
通りがかりの車に乗っていた支援者の方が、わざわざ車を駐車して聞きに降りて
来てくれたので、自然と力が入った。びっくりしたのは、帰宅途中の男子高校生
が握手を求めて来、さらに自分の携帯で演説中の私を撮ってくれたこと。“自分
より若い世代”に関心を持ってもらいたいと常日頃から思っており、昨年末には
幾つかの高校の校門前で朝立ちもしてきたが、高校生のほうから声をかけられる
と本当に嬉しいもの。そういえば、別の高校生からの「津村さんのお話を聞いて
みたい」というメールに返事が書けていないことを思い出した。早く書こう。

17時半、支持者のKさん宅、訪問。
江田五月参議院議員の恩師でもあるKさん。民主党の地域活動を支えてきてくだ
さっているKさんのお宅に上がりこみ、今後の私の活動について様々なアドバイ
スを頂いた。学ぶこと、改めるべきことも多い。ご家庭の話もされ、信頼をして
頂いていることに感激する。

20時、会食。
今年になって知り合ったマスコミの方と、以前山崎祐一郎秘書に紹介されたお店
で鍋を挟んで食事。ゆっくりお話しするのは初めてだったが、ちょっとビックリ
するほど共通の知人(ご家族も!)や話題が多く、あっという間に夜が更けてい
った。寒い冬だけに、次回も鍋で一杯やりましょうと約束してお見送り。楽しい
夜でした。

帰宅後今週録画したDVDを少し観て、就寝。


[439] 2005年の抱負 〜 民主党機関紙『プレス民主』所属議員アンケートより 2005-02-08 (Tue)

@ 名前/所属院・選挙区・期数   
津村啓介/衆議院・比例中国・1期

A 国会で今年取り組むこと  
民主党のマクロ経済政策をつくること(財政健全化プラン)

B 地元での一番の課題
自治体との対話

C 党での役職           
役員室次長

D 院での所属と役職        
財務金融委員、安全保障委員

E 生年月日、血液型        
昭和46年10月27日、AB型

F 我が家のお正月自慢    
初日の出は毎年見に行きます。


[438] 代議士日記「2月3日(木)」 2005-02-08 (Tue)

今日は、一橋大学の菊池君がインターンとして事務所のお手伝いをしてくれた。

8時、民主党財務金融部門会議。
衆議院第一議員会館の入口で菊池君と待ち合わせをし、会議室へ。今日の部門会議
は平成17年度予算案、税制改正、財政健全化について東大経済学部の井堀利宏教
授からレクチャーを頂くという趣向。部門会議を掛け持ちしていたので、当初は冒
頭だけで中座する予定だったが、論旨がクリアなお話で興味が湧いたので、井堀先
生のお話が終わるまで聞き入る。

8時50分、民主党外務・防衛部門会議。
防衛庁からのヒアリング。大幅に遅れての参加だったため、最後の部分しか話を聞
くことができなかった。

9時半、事務所でデスクワーク。
菊池君に今日の作業について簡単なオリエンテーション。昨日の沖田さんが立派な
仕事(部門会議の模様についてメモを作成)をしてくれたので、彼女のペーパーを
模範にするように指示。

11時、役員室“代表補佐チーム”会議。
武正公一代議士が主査として進行を仕切られ、近く予定されている小泉総理VS岡
田民主党代表の党首討論(略称QT)に向けた議論を行った。私からは「日本の人
口減少が目前に迫り、社会保障制度の再構築が国政の重要課題になっている時に、
小泉総理は郵政民営化のことしか考えておらず、完全に優先順位を間違っている。
民主党は、国民が求めている年金、介護の改革に“まっすぐに、ひたむきに”取り
組んでいくべきだし、現にその構えをもっている。そのことをアピールしましょう」
と進言。ご紹介はできないが、そのほか多数の建設的な提案があった。武正主査が
集約し、レジュメをまとめて下さることに。。。

12時、国のかたち研究会。
菅直人前代表や江田五月参議院議員会長を囲む議員グループの昼食会があり、少し
遅れて出席。女性や学生に向けて民主党の活動をどうアピールするかという話が出
たので、役員室等で私が聞き知っている岡田代表のスタンスについて簡単に紹介。
そのほか、党内での様々なネットワークづくりの動きについて、多少思いを込めて
発言。菅さんや先輩議員のお考えも伺うことができた。

13時、事務所でデスクワーク。
インターンの菊池君から「もしお時間が少しでもあれば、津村さんとサシでお話を
させていただけませんか。色々と聞きたいことがあるんです」との申し出があり、
早速2人で懇談。政治を志した頃のエピソード、日銀に就職した頃の思い、学生時
代の夢や勉強について次々と質問が飛んでくる。菊池君の熱いまなざしを浴びて、
ついつい率直に赤裸々に自分を語っていた。菊池君は感謝をしてくれたが、私にと
っても貴重な時間だった。

15時半、日本道路公団の方と面会。
完成間近の中国縦貫道作東ICについてのご説明。民主党は高速道路無料化政策を
マニフェストに盛り込んでいる。地域におけるICの意義について、もっともっと
学んでいきたい。

16時、人権・消費者問題調査会。
薬害問題について、厚生労働省や被害者サイドの様々な方々からヒアリング。直接
命に関わる問題だけに、熱のこもった雰囲気。テレビの取材も入っていた。

その後、再び事務所でデスクワーク。

19時、荒井聡代議士のパーティーに出席。
東京駅の建物内にある東京ステーションホテルにて。関係者の方に簡単に挨拶をし、
荒井代議士夫妻と記念撮影をさせて頂いて、失礼。荒井さんは、菅直人前代表時代
に役員室長を務められた方で、「国のかたち研究会」のまとめ役。江田選挙にも応
援に来ていただくなど、普段からお世話になっている。その後、東京駅コンコース
内の食堂にて、霞ヶ関の友人と一杯。

20時33分、最終の岡山行き「のぞみ」に乗って、帰岡。


[437] 民主党岡山県連定期大会における開会のスピーチ。 2005-02-07 (Mon)

本日は、寒風吹きすさぶ中、県内各地から大勢の皆さまにご参集いただきました。
ありがとうございます。ただいまより、民主党岡山県総支部連合会第10回定期大
会を開会いたします。

開会に当たりまして、民主党岡山県連副代表の立場から、一言ご挨拶申し上げます。

昨年の大会で「おかやまマニフェスト」の策定を宣言し、5月にその第一弾として
「おかやまマニフェスト2004」を発表しました。夏の参議院選挙における民主
党の公約として多くの皆さまからご支持を頂いたと同時に、秋の岡山県知事選挙で
は、本日もお越しいただいております石井正弘候補の推薦という民主党としての大
きな決断の基礎ともなった、岡山県の民主党の政策的な柱でもあります。

今年は、この「おかやまマニフェスト」に象徴される政策立案の努力の上に立ち、
江田勝利と石井県政との協調・協力という昨年の大きな成果を、私たちの大願であ
り、悲願であり、存在意義とさえいえる「政権交代」に向けて、着実に発展させ、
私たちの活動の足腰を強くする年にしなければなりません。

岡山の民主党は、旧社民連・旧社会党など、いわゆる革新勢力の運動に基礎をおい
て発展してきました。新しい政治を求め、真の改革を志すその流れは、次第に大き
な川の流れとなり、今国民の皆さんの大きな期待の受け皿に成長しています。期待
外れに終わるわけにはいきません。国民の皆さんを失望させることもできません。

今この流れを本物にし、従来は自民党支持層とも言われてきた穏健な保守層、例え
ば、各地域の町内会や婦人会、老人クラブ、消防団、あるいは、経済界を代表する
企業や地域の経営者の皆さん、そして働く皆さんにしっかりと政策を訴え、志を伝
えて、私たちの愛する祖国日本を21世紀も「平和な経済大国」として発展させて
いくためには、ここにいる私たち一人ひとりの日々の努力、地を這う努力が決定的
です。

全国であと60議席増やせば政権交代です。各県で1つ、ないしは2つの計算です。
勝つための努力をしない、勝つつもりのない候補者はいないし、いてはなりません。
そんな候補者がいれば、いますぐ辞めるべきです。

岡山2区は任せてください。必ず勝ちます。お約束します。仲間たちにもしっかり
頑張ってもらって、一緒に国会に行きます。そのためには一人ひとりの血のにじむ
努力とともに、「チームの力」が問われます。

今日は様々な議論が出ると思います。ぜひこの部屋の中でカンカンガクガクの議論
を戦わせ、大会を結びこの部屋を出たその瞬間からは、より固く一致団結し、前に
進みましょう。

今日は石井正弘岡山県知事、森本栄連合岡山会長、平岡秀夫衆議院議員にも来賓と
してお運びいただいています。ぜひ叱咤激励を頂き、私たちの飛躍の糧にしていき
たいと思います。元気の出る、力のこもったご鞭撻のスピーチをお願い致しまして、
私からの開会のご挨拶を終わります。


[436] 代議士日記「2月2日(水)」 2005-02-03 (Thu)

■ 2月2日(水)

7時半、青山議員宿舎で起床。

7時45分、宿舎と議員会館を繋ぐ「シャトルバス」で国会へ。

8時、民主党財務金融部門会議。
第二議員会館の入口でインターンの沖田さんと待ち合わせ、そのまま部門会議へ。
平成17年度の景気見通しや税制改正等について内閣府、財務省からヒアリング。

9時、財務金融部門・農水部門・税制調査会。
いわゆる「コメの臨特」について農水省と財務省からヒアリング。大塚参議院議員
ほかから極めて本質的な問題提起がなされ、活発な議論に発展。国会審議の形骸化
は許されない。

その後、午前中はデスクワーク。

13時、国会事務所「事務局会議」。
レジュメなしの情報交換として始めたが、密度の濃い議論になり、1時間以上(詳
しくは2月3日付「ひとこと」)。

17時、役員室会議。
岡田代表も出席し、当面の党の課題について様々な角度から意見交換。

18時半、正副幹事長懇親会。
役員室次長として3つの任務(代表補佐、幹事長補佐、危機管理)を担っているが、
幹事長補佐係としての仕事の1つが「正副幹事長会議」への出席と役員室会議での
その報告。要は連絡係である。そのためかお招きを頂いたので、正副幹事長の要職
を占められる先輩代議士たちに囲まれて食事をご一緒させて頂いた。川端幹事長は
席を回られ、豊富なエピソードを交えながら、議会史を学ぶことの大切さを説かれ
る。平野代理は本当にフランクな方。正面に座った吉田治代議士からは、政治家の
公私にわたる努力についてご指導を頂き、とりわけ地元での日常活動について大い
に叱咤激励を頂いた。後輩の私に長い時間を割いて、ともすれば話しにくいような
本当に熱い真剣なアドバイスを惜しげもなく下さった吉田さんの気持ちに感動しま
した。

21時、安全保障政策研究会の新年会。
大幅に遅刻して参加。信頼する気のおけない仲間たちとリラックスしながら、美味
しいお酒を頂いた。安全保障政策のようなデリケートなテーマについて、それぞれ
のかなり異なる立場から歯に衣着せない意見を戦わせられるのも、半年以上前から
築き上げてきたお互いへの理解があるから。声をかけて頂いた本多、村越の両代議
士に感謝。


[435] 国会事務所版「第2回事務局会議」 2005-02-03 (Thu)

昨日(2月2日<水>)、国会事務所で今年2回めの事務局会議を行った。

まず、東京における後援会作りについて佐竹政策秘書から改めて方向性を尋ねられ、
再度“東京で予定していた資金集めパーティも、白紙から焦らず再検討し、まずは
本会議や委員会審議、党務などの本業を堅実にこなしていくことを確認”した(
“ ”内は1月21日付「ひとこと」より引用)。

私からは、前回の事務局会議で示した“数値目標は外し、朝礼や法令遵守、報告・
連絡・相談(秘書日記も含む)といった基本動作の徹底に万全を期する方針”(同
上)を再度強調。“最低限やらなければならない仕事だけをグッと絞りこみ、まず
足許だけは固めるスタイル”(同上)について理解を求めた。

政治家の事務所は飛び込み案件が多く、優先順位の付け方が非常に難しい面がある。

従来は「私が指示を出し、秘書が可能な範囲で対応する」イメージだったが、今後
は「基本動作を徹底し、その中で得たヒントや新しい課題を秘書から提案して貰う」
形を模索していく。基本動作とは、例えば政策秘書であれば、陳情への対応や代理
出席の記録、秘書日記、地元事務所への情報連携などである。

企画書を代議士本人が書いていると、秘書は評論家の立場でそれを見てしまいがち
だ。頭でっかちな提案と代案のない批評では、噛み合うはずもない。ボスを動かす
企画の大変な難しさと痛快な面白さを感じてもらい、当事者意識を持ってもらえる
よう工夫したい。

河田秘書からは、基本動作を超える新しいチャレンジを始める場合について、「内
容についてはともかく、時期について、秘書には判断材料が乏しい。代議士の判断
を尊重したい」との前向きな意見があった。そういう形を取っていきたい。

榊原秘書からは、より実務的な質問が複数あり(ここでは紹介できないが)、オブ
ザーバーとして参加したインターンの沖田さんは神妙な面持ちでやりとりを聞いて
いた。政治家の活動の、外からは見えない部分である。

イギリスの大学でMBAコースに学んだが、経営学と経営は全く別のものである。
学問でなく、実践だ。プライベートな友人は、私の政策よりも、事務所経営のエピ
ソードに興味をそそられたりもするようだ。成功もあり、失敗もある。

政治家という仕事。日々のすべてが、エキサイティングな挑戦である。


[434] 代議士日記「2月1日(火)」 2005-02-03 (Thu)

■ 2月1日(火)

とってもとっても寒い一日。一時は岡山でも猛吹雪になり、その後も強い風が吹き
続けた。新幹線のダイヤは乱れ、携帯を忘れる失態もあって、テンワワンヤの一日。

6時、起床。

6時半、事務所を出発。

7時、JR大多羅駅で朝立ち。
寒さが厳しく、最初のうちは反応も今一つだったが、8時を過ぎると少し陽も差し、
ホームで冊子を熟読してくれる方も見られた。まずは作戦成功といえる。同じビラ
配りでも、岡山駅でやる場合は「電車を降りたばかりの人」が対象だが、赤穂線や
山陽本線の駅でやる場合は「これから電車に乗る人」が対象。手にとって、そのま
まホームや電車で読んでもらえたら、周囲へのPR効果も大きいのである。寒い朝
だと、受け取ってすぐにカバンに仕舞ってしまう人が多いという特徴がある。ビラ
配りは天候に大きく左右される。7時14分から8時25分までの計5本の電車に
乗られた通勤客の方々に、一人ひとり冊子を配布。計264冊。

終了間際、国会事務所のスタッフから連絡が入り、インターンの沖田さんに待ちぼ
うけを食わせてしまっていることが判明。急いで彼女に連絡を取る。

9時、事務所で朝礼。デスクワーク。

11時、散髪。
事務所を出ると雪がチラついており、たちまち強まって、猛吹雪に。散髪屋さんに
着く頃にはコートに雪が積もっていた。風も強く、一気に身体が冷える。前回の散
髪からまだ一ヶ月も経っていないが、これまでが少し不精者過ぎた。今年は“スタ
イリッシュ”な政治家を目指そうと思う。かなり短いヘアスタイルになった。

12時20分、中国銀行本店前(内山下交差点)で街頭演説。
お昼休みのビジネスマンをターゲットに約1時間。雪は止んでいたものの、気温は
全く上がっていない。しかも風が物凄く、芯まで凍る思いだった。途中、S学区の
Hさんが車で通りがかられ、クラクションを鳴らして下さった。コワモテなHさん
の、温かさ。増田、根木の両秘書は、寒風の中、国政報告の冊子を配布。同情して
受け取ってくれた方もあったとか。結局130冊ほど配れたようだ。

ポスター付きの看板を立てながらの演説だったが、あまりの強風で吹き飛びそうに
なる。ずっと片手で抑えながらの1時間だった。ちょっとカッコ悪かったかも。

13時半、JR岡山駅。
岡山の降雪は一時的だったが、広島・山口ではかなり積もった様子。14時過ぎの
新幹線を予約したが、約40分程度遅れているとの情報あり。近くの『TOWER
 RECORD』に行き、大塚愛と平原綾香のアルバムを購入。紅白の影響です。
その後、駅で昼食をとって更に時間をつぶす。

14時50分、乗車。
直後に「携帯がない!」ことに気付き、車掌さんに岡山駅の食堂に照会して頂いた。
たちまち見つかったので、新神戸駅で下車。折り返して、取りに帰ることに。

16時すぎ、再び岡山駅から乗車。
車中では、買ったばかりのCDを聞いたり、本間長世氏の『正義のリーダーシップ
 〜 リンカンと南北戦争の時代』を読んだりしながら、時間を過ごす。雪のため
に遅れたり、忘れ物を取りに引き返したりしたせいか、いつも以上に長い時間のよ
うに感じた。19時半すぎ、東京駅着。

20時、広島&岡山の若手代議士の集まり。
広島の佐藤公治さんの呼びかけで、松本大輔、和田隆志の両代議士と私の計4人で
会食。約1年ぶりのメンバー。中国地方の情勢分析や地元活動の進め方等について
意見交換。佐藤代議士は、とても面倒見のいい先輩。

23時、国会事務所。
二次会にお誘い頂いたが、泣く泣く失礼して議員会館へ。新幹線の遅れ等のため、
会食前に事務所に寄ることができなかった。荷物を置き、日記を更新。

24時半、議員宿舎に帰宅。

今日から春の議員インターンシップがスタートし、さっそく沖田さんが大活躍。夕
方からは4人全員が集まって、打ち合わせもしたようだ。ヤル気のある学生諸君に
「津村事務所に来て良かった!」と言って貰えるように、密度の濃い研修メニュー
を用意していきたい。


[433] 代議士日記「1月31日(月)」 2005-02-02 (Wed)

■ 1月31日(月)

昨夜遅く、大事な友人から嬉しい電話あり。ちょっと寝不足。

7時、起床。

7時15分、事務所を出発。

7時半、高井崇志君と相生橋で朝立ち。
楽しみにしていた、高井君の朝立ちデビュー戦。まず最初に私が10分ほどマイク
を握って高井君を紹介。その後、約45分、高井君に思いのたけを語ってもらった。
その間、私はビラ配り。確かな手ごたえを感じる60分だった。県庁始業時間の8
時半まで(2月2日の「ひとこと」に関連記事)。

9時、円山の岡山事務所でデスクワーク。
ホームページのコンテンツを充実させるべく、代議士日記や「ひとこと」の執筆を
進める。その他、机の上の書類整理など。

13時、津村事務所「事務局会議」。
増田公設第一秘書の仕切りで、先週一週間の作業を振り返り、今後の日程調整など。
秘書日記の扱いなどについて、少し時間をかけて見直しを進めることになった。

14時、民主党2区総支部幹部への挨拶まわり。
増田とともにKさん、Iさんのお宅を順番にまわり、昨年1年間を振り返っての党
支部運営の反省点を伺って歩く。週末には民主党岡山県連の大会があり、3月には
岡山2区総支部の大会も予定している。早い段階から意向集約を進め、透明で活力
ある党運営をめざしたい。それぞれ副代表、幹事を務めて下さっているKさんとI
さん。貴重なアドバイスを多数頂くことができた。

17時、森本てつま県議と打ち合わせ。
江田五月参議院議員の事務所で、森本県議と面会。増田とともに、最近の情勢分析
や今後の課題についてご指導を頂いた。森本県議は政治の世界の大先輩だが、陰に
陽に後輩の私を立てて下さる。私が生意気を言い、県議に諭されるというパターン
が目立ち、常にご厄介になっている間柄だが、県議の柔軟な発想とフットワークを
見ていると時々自分が“若年寄”に思えてしまうほど。公設第一秘書として今後ま
すます外部との接点が広がる増田についても、ご指導をお願い。

18時半、事務所。代議士日記の執筆。

20時、秘書と会食。
増田、田中と近くの安居酒屋で一杯。会議も重要だが、仕事外の話も大切。最近は
仕事に追われていたので、久しぶりにリラックスして与太話。

22時半、温子、根木秘書ともう一杯。
二人はピアノコンサート(巨匠ルース・スレンチェンスカさんのラストコンサート)
の帰り。途中から私も加わって、のんびり焼酎のお湯割り。

録画したTV番組を繰り返し見て、就寝。


[432] ビラ配り。 2005-02-02 (Wed)

今週の月曜日、高井崇志君の“朝立ちデビュー”をお手伝いしました。

高井君が政治を志す決意を熱っぽく語る傍らで、彼お手製の“たかいたかし35歳”
というビラを、道行く人に配りました。信号待ちの車の運転手さんも、窓をノック
すると、実に8割以上が窓を開けて取ってくれます。

自転車に乗っている人にはさすがに配れませんが、目を見て挨拶をし、「いま話し
ているのが“たかいたかし”です!」と大きな声で呼びかけると、大半の人が一瞬
高井君のほうを見やってくれます。それだけでも大きな成果です。中には、自転車
を止めて聴き入ってくれる方もいました。朝の忙しい時間なのに。勇気が出ます。

彼のホームページの1月17日付「たかい日記」にも出てきますが、ビラ配りとい
うのは本当に奥が深く、単位時間当たりの配布枚数には大変な個人差があります。
また、配り手の思いや気合いは、受け取り手にジンジンと伝わっていきます。これ
は配布枚数以上の差になります。テレクラのティッシュ配りのような機械的なビラ
配りでは、たとえ受け取って貰えても、政権交代に人生を賭けている私たちの志や
思いは半分も伝わらないのです。ビラ配りは、その人の政治姿勢をあぶりだします。

渡したビラを目の前で捨てられたことや、丸めて投げつけられたこともありました。
ビラ配り終了後に近くのゴミ箱を見に行くと、いつも何枚か捨てられています。自
分の写真がグチャグチャになっているのを最初に見た時は、やはりショックでした。
悔しさをバネにできなければ、ビラ配りはできません。

配り手のテンションが低ければ、逆効果になることだってあります。体調が良く、
気力が充実していないと良いビラ配りはできません。究極のコミュニケーションで
あり、配り手の人となりを映す鏡です。ビラ配りは、本当に難しいのです。

高井君の熱っぽい演説にほだされながら、一生懸命ビラを配りました。
磯野君や全盛期の田中秘書の雄姿を思い出しました。遠くから応援に来てくれた友
人たちやインターンの努力も瞼をよぎります。いま一人で朝立ちをしているのも、
この感触を思い出し、大切にしたいからです。

政治を志す人、秘書やスタッフとして良い仕事をしたい人は、一度一人で“全力”
でビラ配りをしてみてはいかがでしょうか。様々なものが見えてくると思います。

ビラ配りは、自分との戦いでもあります。


[431] 秘書日記。 2005-02-02 (Wed)

【民主党勝手ペー】
http://members.at.infoseek.co.jp/peinyo/min.html

上にリンクを貼っている『民主党勝手ペー』というホームページに飛ぶと、表紙の
右下に「若い力を国会へ! 津村啓介 つむらけいすけ(31)」というバナーが
あり、その下に管理人の“ペーニョ”さんによる私のホームページの評価が書かれ
てあります。私の記憶では、この紹介は、私がまだ候補者だった一昨年の春ごろに
書かれたものだと思います。今から2年前です。

祐一郎らが頑張ってくれた、懐かしい「かつべ選挙」(参議院鳥取補選)のことが
触れられており、また過分な評価を頂いている面もありますが、私のホームページ
に関して第三者の視点から客観的評価を頂いたことに、まず驚いた記憶があります。

その『民主党勝手ぺー』にも触れられていますが、「秘書日記」欄の存在は、私の
ホームページの特徴のひとつです。実は岡田克也代表(当時は政調会長でした)の
ホームページからヒントを得たのですが、私自身が他の活動を優先してホームペー
ジを更新できない日でも「ホームページ毎日更新中!」という公約を実現するため
に編み出した、苦肉の策でした。

今久しぶりに読み返してみると、私と一緒に「ツムジム」を立ち上げた仲間たちの、
荒削りで純粋な思いが行間に滲み出ているような気がするのは気のせいでしょうか。
パソコン画面を見ながら、思わず独りでニコニコしてしまいます。

あれから2年半が経ち、「秘書日記」も歴史を刻んでまいりました。
“選挙事務所のナマの空気を伝えたい”“スタッフやボランティアの、吐息や鼻息
を伝えたい”“私が加工したのでは意味がない”との哲学から、私の思いとは独立
に書き込まれており、中にはかなり率直に私の活動や考え方に異を唱えている文章
もあります。また、読者からの指摘を受け、結果として掲載を中止したケースもあ
りました。日々試行錯誤の連続です。

最近の津村事務所(ツムジム)の流行である「足許を見つめ直そう」運動の中で、
この「秘書日記」のあり方も再検討の対象になっています。

例えば『民主党勝手ペー』にあるような「本人は活動日誌やひとことを更新できな
い日があっても、スタッフが代わる代わる日記を書くことで、HP毎日更新を実現」
という状況は失われており、最近加わった経験の浅い秘書からすれば「秘書日記」
が何のためにあるのか、その意味が理解しにくい面もあると思われます。

そんな折、最近この「秘書日記」のあり方について、改めて考えさせられる場面が
ありました。詳細の紹介は避けますが、日記執筆の当事者である秘書全員の意識を
合わせ、前向きな答えを出していきたいと思います。

今週末にも予定している次回事務局会議で明確な方向性を出し、秘書団自身の言葉
で「秘書日記」を再定義した上で、今後の取り扱いを決めていこうと思っています。

秘書日記はそれまで、「暫時休憩」とします。


[430] 江田五月新春パーティでのスピーチ。 2005-02-01 (Tue)

「政治の世界では“菅チルドレン”とか“小沢チルドレン”とかいった言い回しを
 使う人がありますが、我こそは“江田チルドレンの長男坊”を自認しております、
 津村啓介です。先ほどから来賓の皆さんのご挨拶が続いておりますが、私は“チ
 ルドレン”ですので、お客さんではなく、身内の立場からご挨拶させて頂きます。

 昨年の江田選挙は、新しい政治に期待する日本中の人々に夢と希望を与えました。
 自民党王国の岡山県で、全国の民主党公認候補中、最高の得票率を叩き出したの
 です。誰もが驚きました。全国の注目を集めたこの勝利は、江田五月を支え続け
 てこられた、ここにいる皆さんのご努力によるものです。本当にありがとうござ
 いました。

 今年は皆さんの作り出したこの流れを、さらに大きく幅のあるものにし、政権交
 代への足腰を作る一年になります。旧社民連以来、一貫して非自民の新しい政治
 を目指し、一途な政治活動を続けてこられた江田さんです。新参の仲間として、
 私たちは江田さんの築いてきた実績や経験の上に立ちながら、活動をしています。

 そして、小選挙区時代ですから、さらにウイングを広げ、51%を超える支持と
 理解を求める努力をしていきます。一般に自民党支持層とされてきた経済界や地
 域コミュニティなどにも“保守層への切り込み隊長”として軽いフットワークで
 飛び込んでいき、地に足の着いた活動を通じて、多くの方々と信頼関係を築いて
 いこうと心に誓っています。

 若輩です。試行錯誤を重ねながらの、そして時には失敗をして皆さんのお叱りや
 ご指導を頂きながらの取り組みですが、若手も一丸となって懸命の努力をしてい
 きます。どうか今年も、温かく厳しいご指導をお願いいたします!」

“江田チルドレンの長男坊”“保守層への切り込み隊長”という2つのキーワード
に、年頭記者会見以来の今年の抱負を込めてみました。このフレーズはこれからも
使っていきます。半端な思いではありません。


[429] 代議士日記「1月30日(日)」 2005-01-31 (Mon)

■ 1月30日(日)

7時半、起床。

8時、事務所。
田中秘書の運転する車に乗って灘崎方面へ向かう。昨夜の夜更かしが響いて、とて
も眠い。が、消防団の行事は普段以上に“遅刻厳禁”。ゆっくり急ぐ。

9時、灘崎町消防出初式。
規律正しい出初式。灘崎町の消防は、県の操法訓練大会で何度も上位入賞している
表彰台の常連でもある。3月には岡山市との合併が予定されており、灘崎町として
の出初は今年が最後。合併相手の萩原誠司岡山市長も来賓として出席されていた。
約180人の消防団員の皆さんが出席し、灘崎町町民会館において挙行。10時半
に終了した(来賓挨拶でのスピーチは、「ひとこと」で紹介)。

12時、瀬戸内市邑久町虫明の「かきまつり」。
灘崎町から国道30号とブルーラインを乗り継いで、虫明ICに向かったところ、
黒井山の辺りから予期せぬ大渋滞。最初は事故でもあったのかと思っていたが、実
は「かきまつり」に向かう車の列と分かり、びっくり。もう既に終了間際の時間な
のに、大変な来客数である。あまりの混雑に引き返そうかとも思ったが、途中から
抜け道に展開したら、何とか無事に間に合った。

大変な賑わいで誰に挨拶しどう楽しめば良いのか、一瞬途方に暮れかけたが、漁協
の幹部の皆さんが寄っている一角に目が止まり、混ぜていただくことに。焼きたて
の牡蠣、揚げたての牡蠣フライを沢山よばれた。何とも贅沢なひととき。諦めずに
来てみるものである。漁協の方の中に私の来訪をいたく喜んで下さる方がいて、道
行くお客さんに次々と私を紹介してくれた。ほとんど名刺配り状態。本当にありが
たいこと。最後に他の持ち場で働いている漁協のスタッフの皆さんに挨拶して回り、
13時ごろ帰途に就く。

14時、下市このみ後援会ボーリング大会。
岡山市内にあるフェアレーンで、下市このみ市議を支える皆さんによる毎年恒例の
ボーリング大会。菅源太郎君とともに顔を出させていただいて、開会式の挨拶。そ
の後皆さんのプレーを30分ほど応援し、会場に流れる「マツケンサンバ」を聞き
ながら中座。

15時、江田五月新春パーティ。
岡山プラザホテルに約800人の皆さんを集め、盛大に開催。講師の猪口邦子上智
大学教授は、外務省改革の際に民間人登用枠でジュネーブ軍縮大使を務められた方。
私が東大の教養学部生の頃、ご主人の猪口孝先生のゼミに参加していたこともあり、
一度ゆっくりお話ししたかったので、お会いできて感激。記念撮影までお願いして
しまった。そのほか、多くの支持者の方とお話しすることができ、濃厚なひととき。
お世話になっている方すべてにご挨拶できなかったのは、時間の制約とはいえ残念
だった。途中、次期衆議院選挙の候補予定者(5人います)を紹介して頂くタイミ
ングがあり、唯一の現職として音頭を取ることに。最初にマイクを握って、挨拶。
沢山の思いを込めたつもりだ(詳しくは「ひとこと」)。

このパーティには連合岡山から森本会長や二宮代行がお見えになったほか、経済界
からも中国電力の灘支社長ら多彩な顔ぶれが参加された。

18時、古市けんぞう倉敷市長と語る会。
江田パーティの後、江田さん、高井崇志君らとJR山陽本線に乗り、倉敷へ。会場
は倉敷チボリ公園のアンデルセンホールである。こちらも大変な賑わいであったが、
到着と同時に乾杯があり、直後に壇上で紹介をしていただく。「岡山の民主党には
江田五月さんの実績、経験があります。また、私たち若い力のフットワークもあり
ます。しかし、その両方を兼ね備えている古市市長から学ぶべきものは大変多いと
思っています。古市市長の背中を見ながら、多くを学び、力を付けてまいります。
今年もよろしくご指導下さい。ご盛会おめでとうございます!」」と、挨拶。石井
知事も来場される中、テーブルを回り、沢山の方と名刺交換などする。19時まで。

帰り際、ホールの階段のところで、Hさんという方から声をかけられた。
「津村さん。あなたが津村さんだね。2年前、福岡の○○君から君のことを応援し
 てあげてほしいと頼まれたよ。○○君は大学の同期なんだ。よく頑張って、国
 会議員になったね。本当におめでとう。今日君に会えて良かったよ」。
○○君というのは、私の大切な友人のお父さんである。長く政治に携わってきた方
で、直接お会いしたことはないが、私が政治を志した時期に強い刺激を受けた方で
ある。本当にびっくりした。○○さんが私のことを覚えていて下さり、岡山ゆかり
のご同期に私のことを紹介して下さっていたなんて。。。政治を志して“終の棲家”
と決めていた日銀を退き、政治を天職と信じて毎日を生きている今の自分。その来
し方をふと振り返り、物思う瞬間だった。

○○さん、ありがとうございます。私は頑張ります。

19時半、江田五月さん・京子さんご夫妻らと食事。
ホテルグランヴィアの2階で夕食中の江田夫妻、支持者の方々、高井崇志君に合流。
・・・私はビールと枝豆。

20時半、友人と一杯。
友人行きつけのNというバーで、軽い食事と赤ワイン。友人とマスターが私が政治
を志したきっかけを聞きたいとおっしゃるので、イギリス留学前後の心の葛藤をお
話しする。興味を持って聴いていただいて、私のほうが恐縮。友人と会うのは久し
ぶりだったが、楽しい時間を過ごすことができた。

23時すぎ、帰宅。
ここ最近録画した地元放送局の情報番組を名場面だけツマミ見た後、明日に備えて
早めに就寝。

明日は高井崇志君の朝立ちデビュー戦! 2人で県庁前に立つ。 


[428] 消防団出初式でのスピーチ。 2005-01-31 (Mon)

1月30日(日)午前9時から10時半まで、「平成17年灘崎町消防出初式」に
出席をしてきました。灘崎町町民会館にて。

以下は、来賓挨拶を求められた際の、私のスピーチです。

「1月12、13の両日、衆議院安全保障委員会の視察で尖閣諸島に行ってきまし
 た。中国や台湾との間で領土問題が起きている島です。海上自衛隊の隊機に乗せ
 ていただき、揺れる飛行機の中から視察をしてきました。最前線で頑張っている
 自衛隊員の皆さんから栄誉礼を受けましたが、皆さん国境を守る使命感に満ちた
 とても凛々しい顔をされていました。今、規律正しく整列をされ、緊張感に溢れ
 ている皆さんの姿を前にして、その時の光景が蘇りました。自衛隊の皆さんは、
 国家の安全を守っていますが、皆さんは地域を守る消防団です。凶悪犯罪や自然
 災害が地域の皆さんの生活に不安の陰を落としていますが、昨年の台風被害への
 対応で皆さんが示された結束と行動力が地域の皆さんの安心の源になっています。
 今日こちらには、式典の時間が長くなるからと言って、挨拶をご遠慮された住吉
 良久、加藤浩久両県議もいらっしゃいますが、私たち政治家も少子高齢化や巨額
 の財政赤字という見えない眼に見えない危機と戦っていきます。日本の国には、
 もうお金がありません。市町村合併が現実に進み、行政サービスの簡素化も予想
 される中で、地域を支えるのは私たち一人ひとりの志と努力です。最後に消防団
 の皆さんの日々のたゆまぬ努力への敬意と今後のご発展への期待を申し添え、私
 からの激励のご挨拶とします。地域のため、日本のために今年一年も共に頑張り
 ましょう!」

挨拶(スピーチ)はいつも試行錯誤の連続です。
団員の皆さんのキリリと引き締まった表情に一瞬気圧されそうになりながらマイク
の前に立ちましたが、私を見つめて熱心に聴いてくださる団員の方々の強い眼差し
を感じ、とても気合いが入りました。

今年の一大目標は、自分らしい挨拶です。日々前に進むつもりです。


[427] 代議士日記「1月28日(金)、29日(土)」 2005-01-31 (Mon)

■ 1月28日(金)

本日、補正予算が衆議院を通過。
昨年の台風・地震等の災害対策が中心であり、民主党も賛成に回る。社民、共産も
賛成し、政府提出の予算案が全会一致で可決される異例の展開。因みに私たちは、
昨年秋の臨時国会の段階から“災害対応なのだから、早く補正予算を組むべき”と
主張し続けてきた(・・・なので、今回反対する理由はないのだ)。

8時、起床。

9時、衆議院予算委員会。基本的質疑3時間。
いよいよ補正予算の審議が大詰め。NHKのテレビ中継も入る中、白熱した議論の
応酬が続く。私は普段は予算委員会所属ではないのだが、本日出席できない中塚代
議士の差し替えで出席。岩国、永田両代議士の質問は、それぞれ個性豊かで切れ味
も鋭く、予算委員会のバッターに選ばれるだけあって、さすが。間近に見ていて、
勉強になる(つまらないことだが、津村の席が質問者の斜め後方だったため、ちょ
こちょこテレビ画面に映っていたらしい。何人かの支持者から言われました)。

12時、国会事務所。
今日は委員会と本会議が立て続き開かれるため、事務所にいられる時間が少ない。
急いでメールをチェックし、溜まっている書類を決裁。さまざまな招待への出欠を
判断したり、先々の日程を調整したり。

12時半、国対幹部と1年生議員のミーティング。
通常国会の冒頭に当たり、予算審議に臨む党の国会対策方針や委員会での個別の質
問に際しての注意など、国対幹部から指導を受ける。

12時50分、議員食堂で、慌しく昼食。

13時、衆議院予算委員会。締め括り質疑3時間。
引き続き、補正予算関連の質疑。13時半から45分強、質問に立った長妻昭代議
士の隣の席に座り、アシスタント役としてパネルを持ってお手伝いした。小泉首相
以下、内閣の全閣僚が目の前にいて論戦が繰り広げられている光景は今更ながら圧
巻。いつ予算委員会のバッターが回ってきても恥じぬよう、問題意識を高めていか
なければと緊張する。

16時、採決が行われ、補正予算を委員会可決。
冒頭に書いたとおり民主党は「賛成」の判断を固めており、同僚議員とともに私も
起立した。社民党、共産党も含め全会一致で可決。その後、ただちに平成17年度
本予算について、谷垣禎一財務大臣から説明が行われた。

17時、代議士会。
衆議院本会議の前に行われる、恒例の意識合わせ。補正予算の賛成討論に立つ佐々
木秀典代議士からユーモアあふれる決意の言葉。

17時半、衆議院本会議。
補正予算が全会一致で可決され、衆議院を通過。それにしても欠席が目立つ。金曜
の夕方なので、早く地元に帰って支持者に会いたいのは政治家の性。私も“金帰月
来”を習慣としているので気持ちはよく分かる。しかし、何と言ったって、補正予
算の本会議採決である。党派・当選回数に関わらず空席が多く見られるが、ちょっ
とどうかと思う。

18時、事務所でデスクワーク。
次回の上京を(いつものように月曜ではなく)火曜日にしようと考えており、デス
クワークを少し丹念にやっていたら、思った以上に手間取ってしまい結局深夜まで。

本日は、東京泊。


■ 1月29日(土)

午前中は、東京でのんびり。
週末としては珍しいことだが、今日は地元岡山でのアポ、イベント情報をゲットし
ていなかった。これを奇貨としてエネルギーを充填。

通常国会の開会第一週で、岡山と東京の往復にまだ身体が慣れていないのか、疲れ
を感じやすくなっている。ゆっくりと眠った。

10時53分東京駅発の「のぞみ」で帰岡。
車中、ブランチとして八戸駅の駅弁“海鮮丼”を食べ、さらに2時間ほど眠った後、
新大阪辺りで起き出して本間長世『正義のリーダーシップ 〜 リンカンと南北戦
争の時代』を読み始める。アメリカの歴史の代表する名大統領の一人リンカンを例
に戦時におけるリーダーシップを見つめなおすことで、ブッシュ大統領の中東政策
についても示唆を与えていこうとする野心的な著作。

本間氏は元東大教養学部長。周囲から東大総長に推され、5人が争った総長選の上
位に入り、決戦投票でも有馬元東大総長と得票同数になって、史上初めての「くじ
引き」による決定で総長にならなかった人。弟の本間忠世氏は、元日本銀行理事で
あおぞら銀行の社長として再建を託されたが、志半ばにして自らの命を絶たれた。
日銀時代、大先輩であった忠世氏と少しだけお話をしたこともあるが、目線の低い
方で部下からも慕われていた。亡くなった時の衝撃は忘れられない。・・・そんな
ことを思い起こしながら、文章に引き込まれていった。

14時すぎ、岡山駅に到着。
迎えに来てくれた田口秘書の車に乗って、いったん事務所に戻り、街頭演説の準備。
そんな中、和気、玉野、長船に住む若い友人たちと連絡を取り、急遽今夜会うこと
に。津村が紹介役になって、みんなでカラオケに行く約束。

16時、クレド前で街頭演説。60分。
若い通行者が多く、あまり聞いて貰えないかと思いきや、朝の通勤時にはまずあり
えない“立ち見”の方もチラホラ。普段は、流れている人波に短いフレーズを繰り
返しながら訴えるのだが、立ち止まって聞いてくださっている方がいる以上、少し
ストーリー性のある話し方をする必要がある。途中、聴いて下さっていた方の一人
から声がかかった。「よかったら外交の話を聞かせて下さい」。これは頑張らねば
と、国連の話から領土問題まで、少しまとまった時間お話しをした。その後ご質問
を受け、街頭で答える場面も。今日は暖かいと思ってコートを脱いで街頭に立った
が、終わる頃には身体が冷え切っていた。本日はスタッフが出払っており、田口秘
書が一人でビラ配り。1時間で180枚。

17時半、円山の岡山事務所。
国政報告会の“テープおこし”をHPにアップしたので、レイアウトのチェック。
50分の講演を全文起こしているので、区切りやタイトルを付けようかどうか迷う。
結局HP管理人“あやぼぅ”の提案でレジュメどおりの区切りを示す。そうこうす
るうち会いたかった友人から連絡があり、早速出て行くことに・・・。

20時、西大寺町商店街近くで、友人とお茶。
お茶と言いながら、私だけカレーライスとコロナビール。仕事での面白いエピソー
ドや苦労話を聞かせて貰ったり、最近の民主党の話を聞いて貰ったり、楽しい時間。
仕事柄共通の知人が多く、話すたびに新しい発見がある。この友人と会うといつも
そうだが、時間があっという間に過ぎていく。帰り道、小雨模様の天気を見て、自
分の傘を貸してくれた。

21時半、20代の友人7人と、カラオケ。
労働組合の若手4人に声をかけ、その友達らと私を含む計8人でカラオケ。休日の
突然の呼びかけにもかかわらず、和気、玉野、長船から駆け付けてくれた。お互い
初対面のメンバーが多く、最初は紹介しながらのスタート。だんだん盛り上がり、
最後は皆で踊っていた。私は『波乗りジョニー』や『Jupiter』。4時間。

26時、江田事務所。
木下秘書や1区のY君から“飲み足りない”“久しぶりに歌いに行きたい”とのこ
とで、呼び出しを受ける。もっとも、私自身は既にかなり飲み足りている上に、歌
も全然久しぶりではなかった(今行ってきたばかり)。心揺れたが、明日の朝早い
ので“近々必ず”と約束し、家路へ。

声をかけてくれたのに、ごめんね。本当に近々必ず行こう!

26時半、帰宅。
DVDで地元放送局のニュースや情報番組をチェック。最近の楽しみ。そして床に。


[426] 代議士日記「1月27日(木)」加筆修正版 2005-01-29 (Sat)

■ 1月27日(木)

8時、起床。
「青山議員宿舎→国会」のシャトルバスに乗ろうとしたが、ちょうどいい時間のも
のがなく、地下鉄千代田線で通勤。

9時、外交・防衛部門会議。
平成17年度予算につき、外務省と防衛庁からヒアリング。さらに最新のイラク情
勢についても。

9時半、国会事務所。
代議士日記の原稿書きやメールチェックなど。

11時、代表補佐チーム会議。
2期生の武正代議士が主査を務められ、1期生議員5人(馬淵、高井、田島、西村、
津村)と高橋千秋参議院議員がメンバーに加わっている「役員室代表補佐チーム」。
本日は、途中退場に脚光が集まった岡田代表の代表質問について、内容面から精査
を加えた。2月9日ないし16日には、党首討論も予想され、今後どの分野を中心
に切り込んでいくか真剣な議論。馬淵代議士からは理念の話があり、津村からは政
策の優先順位について提言。45分。

12時、国のかたち研究会。
菅直人さんを囲む民主党議員のグループ「国のかたち研究会」に30分ほど遅れて
参加。年末に事務局次長クラスで運営の手伝いをするように話を頂いたが、その後
あまりお役に立てていない。今年の大切な課題の1つだ。12時半過ぎまで、お弁
当を食べながら情報交換。江田五月さんが座長。

13時、国会事務所。
新聞社の取材を受けたり、「ひとこと」を書いたり。8月に懲罰を受けたことや、
9月末から民主党役員室のメンバーになったことも関係してか、昨秋ごろから新聞
・TVの記者さんたちと接点が増えている。取材に来て頂いても、話せる内容には
自ずから限りがあり、何でも話せる訳ではない。ただ、雑談をするだけでもお互い
に発見があり、刺激を頂くことも多い。最近では、国会事務所の秘書も各社の記者
さんの名前を覚えつつあり、お付き合いの仕方がだんだん分かってきたようだ。

15時、衆議院予算委員会の傍聴。
最後の部分しか聞けなかったが、菅さんの質問を傍聴。迫力は健在だった。支持者
の方からは、「せっかく岡田民主党の“まっすぐに、ひたむきに。”のカラーが浸
透しつつあるのに、またぞろ菅さんのパフォーマンスが前面に出るのは如何なもの
か」というご意見も頂いた。衆参の民主党議員の代表質問についても、もっと足並
みを揃えろというご批判もある。自民党が○○の一つ覚えのように言う「民主党の
バラバラ感」は根拠に乏しいのだから、私も、今の民主党は“一致結束している”
ことをもっと強調していくべきだと考えている。その意味で支持者の方々の意見や
批判はもっともだ。今は個人よりも党や代表を立てるべきだ。

ただ、菅さんや代表質問のバッターたちは、一人の例外もなく岡田代表を支えて次
の政権選択選挙を戦い抜く真の覚悟を持った方々であり、その自負も持っている。
だからこそ自分の主張を堂々と述べることもできるのだということは申し添えたい。

16時、流通業界で働く方々と政策の議論。
政策通のお2人と消費税見直しの議論や地域経済振興の問題について、約40分間
ディスカッション。総論で意見の一致をみているのだが、具体策については更に知
恵をお借りしたい部分もある。特に地域経済の活性化は知恵の絞りどころだ。

17時、インターン打ち合わせ。
議員インターンシップ「.jp」を通じ、2月から3月にかけて4人の大学生を事
務所に受け入れることになった。一橋大生2人と横国大生2人。男女比は3:1。
全員東京の学生だが、津村事務所の恒例に従い、3月後半には約10日間の岡山研
修合宿を予定している。今日はその打ち合わせ。前回受け入れた学生も2人(佐伯、
泉)参加して、的確なアドバイスをくれていた。「.jp」の担当者Yさんの仕事
ぶりも完璧。前回のTさんに続き、本当に立派な仕事ぶり。

18時半、インターン懇親会。
打ち合わせのあとは、赤坂の安居酒屋で懇親会。昨年夏のインターン4名(佐伯、
泉、村田、中村)、今春予定のインターン4名(N君、Oさん、M君、S君)、そ
の他5名の若い友人たち(国会インターン経験者のKさん、岡山インターン経験者
のHさん&M君、「.jp」のTさん&Yさん)が集まってくれた。事務所からは
私とパートのMさんが参加。計15名。国会事務所で私の活動を支えてくれている
東京在住の「若い力。」たちと、夜更けまで楽しいひととき。

24時ごろ帰宅、即就寝。


[425] 代議士日記(速報版) 2005-01-28 (Fri)

■ 1月28日(金)

9時、衆議院予算委員会。
テレビ中継が入る中、白熱した議論の応酬が続く。中塚代議士の差し替え。3時間。

12時、事務所。

12時半、国対幹部と1年生議員のミーティング。

13時、衆議院予算委員会。
引き続き、補正予算関連の質疑が続く。途中、長妻昭代議士の質問の際には、アシ
スタント役として質問者席の隣に座り、パネルを持ってお手伝いした。小泉首相以
下、内閣の全閣僚が目の前にいて論戦が繰り広げられている光景は今更ながら圧巻。

16時、そのまま採決に入り、補正予算が委員会可決。津村は、賛成の起立。

17時、代議士会。

17時半、衆議院本会議。
補正予算が全会一致で可決され、衆議院を通過した。欠席が目立つのは、ちょっと
どうかと思う。

18時、事務所でデスクワーク。
思った以上に手間取ってしまい、深夜まで。


[424] インターン懇親会。 2005-01-28 (Fri)

昨夜のインターン懇親会は、大盛り上がり大会。

私の大好きな若い仲間たちが、15人だったかな、大勢集まってくれた。前回は、
NHKの看板キャスターをしている大学時代の友人が学生たちに貴重な話を聞かせ
てくれたが、今回は学生同士がインターンの経験談を話したり、就職活動について
話したり。インターンOB・OGも大勢顔を見せ、多忙極まり
ない日銀の後輩も駆け
つけてくれた。延々5時間ノンストップで話に花が咲く。

みんな、きれいな目をしている。希望や夢を持ち、手さぐりで努力している。学生の
刺激になれば、と企画したつもりが、私のほうが刺激を受けた。みんな本当にいい
やつ。次は何人かの就職や進学を祝って、3月に議員宿舎で鍋パーティーをしようと
約束。

2月から始まる春のインターンも、今から楽しみだ。


[423] 代議士日記「1月26日(水)」加筆修正版 2005-01-28 (Fri)

■ 1月26日(水)

5時45分、起床。
今日は1人の朝立ちなので、いつも以上の緊張感。なぜなら車の運転をする必要が
あるから。

6時15分、事務所出発。
最近気に入っている大塚愛のCDを聴きながら、安全運転で、演説スポットへ急ぐ。


7時まえ、邑久駅で朝立ち。今日は一人で。
到着してみると、出雲大社ツアーに向かう中高年女性の集団が待ち合わせしていた。
何人かの方が「朝早ようから大変じゃ〜」と声をかけてくださり、国政報告を受け
取って、他の皆さんにも回し読みしてくださった。「バスの中で皆なで見るわ〜」。
赤穂線の場合、朝のラッシュ時でも電車は30分に1本しか来ず、当然駅の改札を
くぐる人の数も波が激しい。電車が出た直後は15分ほど閑散。少しづつ人が来た
と思ったら、直前の10分は右から左から大勢来すぎて、とても配りきれない。必
死で頑張り、6時53分〜8時25分の間に219部を配布した。8時ごろの電車
に乗った若い女性は、彼女のほうから私に歩み寄ってきて、「成人式のスピーチ、
良かったですよ!」と言って、笑いかけてくれた。沢山の行事がダブルブッキング
した中で、成人式出席を選んで良かった!政治家冥利に尽きる。

9時、朝礼。
今年から岡山事務所では毎朝「朝礼」を行っており、出欠確認と国会事務所との情
報連携を徹底するようにしている。私からも、朝立ちの結果報告。9時20分ごろ、
市民会館に向けて、出勤スタッフ全員で出発(津村、根木、田中、田口)。

9時40分、石山公園前で街頭演説。
この後すぐ、初めてお招きいただいた岡山県老人クラブ大会があり、来賓挨拶をす
ることになっている。大勢の人生の大先輩を前に、若輩の私が偉そうな立場でモノ
を言うことになる。県内全域から人が集まることもあり、そもそも私を知らない方
もいるだろう。そう思ったので会場の入口近くで、大会加者の皆さんを主な対象に、
自己紹介を兼ねた国政報告の演説をすることにした。約40分。途中、車で友人が
通りがかり、直後に「拝見しました!」と嬉しいメールをくれた。冷え切った身体
が温まる思い。

10時半、岡山県老人クラブ大会。
参加者1500人。国会議員の参加が私だけだったので、「国会議員代表」として
お祝いのスピーチを依頼された。短くて気合いが入った挨拶を心がける。

この場での津村のスピーチの内容と反応について、高井崇志君が自身のホームペー
ジで詳細に紹介をしてくれている。
【高井崇志君の「活動日誌」】http://takaitakashi.com/diary/diary.html


12時、高井君、田中秘書と昼食。
岡山と東京の往復が激しくなっており、精を付けるため、肉系。

13時05分、「のぞみ」で上京。お腹いっぱいだったこともあり、よく眠れた。
16時半、東京着。

17時、役員室会議。
本日は岡田代表欠席。波乱の幕開けとなった通常国会。戦後初となった代表質問で
の退席劇について、党内外での評価を再集約。建設的な議論ができたと思う。今後
の戦略等も含め、それぞれの代議士が思いを語り、皆さんさすがプロの政治家だな
と改めて思う。先輩方から教わるところ大。

18時、デスクワーク。

21時半、大手金融機関勤務の友人と、久しぶりの会食。
食事中、対応しなければならない案件が入り、“あやぼぅ”らと緊急のやりとり。
結局、帰宅して連絡作業に専念することになった。食事中、特に後半は殆ど話もで
きず、途中で失礼してしまった友人には、本当に申し訳なかった。ごめんなさい!

“あやぼぅ”が大活躍。事務所の課題がまたひとつ。概ね連絡が終わった午前2時
ごろ、疲れ切って就寝。

「残念だけど、僕はスーパーマンではありません。スーパーマンにはなれません。」
私の大好きな寅さんを演じた、尊敬する渥美清さんの晩年の言葉。

私はまだ若いので、それでもスーパーマンをめざして、頑張れるだけ頑張ります。


[422] 代議士日記(速報版) 2005-01-27 (Thu)

☆☆☆☆☆  この2日分の代議士日記は、後日加筆修正します。  ☆☆☆☆☆

■ 1月26日(水)

5時45分、起床。

6時15分、事務所出発。

7時まえ、邑久駅で一人「朝立ち」(6時53分〜8時25分で配布219枚)。

9時、朝礼。

9時20分、出発。

9時40分、石山公園前で街宣。
初めてお招きいただいた老人クラブ大会の参加者の皆さんを主な対象に、自己紹介
を兼ねた国政報告の演説を約40分。途中、車で友人が通りがかり、直後に「拝見
しました!」と嬉しいメールをくれた。

10時半、岡山県老人クラブ大会。
1500人の人生の大先輩を前に、33歳の若輩の私がどんなご挨拶をしようかと
悩んだが、直前に貰った友人の嬉しいメールもあって、とても気合いが入った。こ
こでの津村のスピーチについて、高井崇志君が自身のホームページで詳細に紹介を
してくれている。

【高井崇志君の「活動日誌」】
http://takaitakashi.com/diary/diary.html

12時、高井君、田中秘書と昼食。

13時05分、のぞみ。16時半、東京着。

17時、役員室会議。

18時、デスクワーク。

21時半、大手金融機関勤務の友人と、久しぶりの会食。
食事中、対応しなければならない案件が入り、“あやぼぅ”らと緊急のやりとり。

結局、帰宅して連絡作業に専念することに。
食事中殆ど話もできず、途中で失礼してしまった友人には、本当に申し訳なかった。
ごめんなさい!

概ね連絡が終わった午前2時ごろ、就寝。


■ 1月27日(木)

9時、外交・防衛部門会議。平成17年度予算につき、外務省と防衛庁からヒアリ
ング。

9時半、事務所。

11時、代表補佐チーム会議。代表質問の省みと2月に予想される「党首討論」の
内容検討。

12時、国のかたち研究会。

15時まえ、新聞社の取材。

15時すぎ、予算委員会傍聴。菅さんの迫力は健在。

16時、流通業界で働く方々と政策の議論。

17時、インターン打ち合わせ。

18時半、インターン懇親会。
昨年夏のインターン3名(2名欠席)、今春のインターン2名、その他6名の若い
友人たちが集まってくれる。事務所からは私とパートのMさんが参加。計13名。
国会事務所で私の活動を支えてくれている東京在住「若い力。」の集まり。

たぶん、夜更けまで。


[421] 一人で。 2005-01-27 (Thu)

最近、朝の街頭活動を、私一人でやっている。選挙用語でいう「朝立ち」。

車の運転も、ノボリや立て看板の準備も、全て私一人で行う。自分で車のハンドル
を握る国会議員はまずおらず、県内には皆無。なかなか思い切った決断であり、い
つまでもという訳にもいかないが、しばらくの間、秘書には手伝わせないつもりだ。

街頭演説は、一般的にも政治家の公的な仕事だと言えるし、その中でも津村啓介と
いう政治家は街頭演説を重視している人間なので、わが津村事務所では元来朝立ち
を秘書の基本業務の1つとして位置づけてきた。今もその認識に変わりはない。が、
今回事務所の日常業務を“質的強化”していくに当たり、あえてこの基本業務から
秘書を外してみることにした。

公設第一秘書の山崎祐一郎が海外留学復帰のために事務所を離れ、以前より少数で
事務所を回さなければならないという事情もある。が、それ以上に意識したのは、
私自身を含めた事務所スタッフ全員が、政治活動の原点である「街頭演説」と「ビ
ラ配り」の意味を考え直す機会を作りたいと考えたからだ。

振り返れば、最初は一人だった。
まず清水俊平君と“あやぼぅ”が加わり、直後に杉山陽子さんと山崎祐一郎が加わ
って、だんだん人の輪が広がっていった。今、私のまわりでは、常に何人もの人が
働いている。一度、初心にかえり、そのありがたさを噛みしめてみようと思う。

秘書には、当面自分の担当業務に神経を集中してもらい、出勤時の朝礼から活動の
記録、帰宅前の机の整理整頓に至るまで、「基本動作」を徹底的に訓練してもらう。
「若い力。」を体現している信頼するスタッフに、社会人としても成長してほしい。

量の拡大ではなく、質の向上。失敗も多いが、一緒に乗り越えていきたい。

それが事務所の成長であり、私の成長だと、最近思うようになった。


[420] 代議士日記「1月25日(火)」 2005-01-27 (Thu)

■ 1月25日(火)

午前中、宿舎で過ごす。ちょっと疲れがたまっていた。

11時半、昼食。
国会事務所に出勤する途中、衆議院第2議員会館の地下で朝食を兼ねて。定番の月
見うどんだが、今日は普通盛り。

12時、国会事務所に出勤。
洗面所に行って顔を洗い直したり、メールのチェックをしたりしているうちに時間
が過ぎていく。今日は本会議が超ロングランなので、体調を万全にしておかなけれ
ばならない。

12時半、防衛庁レク。
今国会に防衛庁が提出を予定している法案につき、防衛政策課の方からレクを頂く。
今日は頭出しということなのだろうが総論的な話が多く、幾つか資料を請求。

13時10分、代議士会。
昨日の代表質問が流れた小宮山洋子代議士、「次の内閣」財務大臣の野田佳彦代議
士が質問前の決意表明。

13時半、衆議院本会議。
所要4時間30分は、年に数えるほどしかない超ロングラン。途中で出入りする代
議士も多く、地元に帰った方もいたようだ。が、私は当選以来、「本会議中はトイ
レも行かない」というMYルールを設けており、今日も多少辛かったが、守った。
小泉総理の答弁は官僚の書いた原稿を棒読みするだけ。しかもあまり上手な棒読み
でもなく、眠くなりそうな場面もあったが、そこそこ見せ場もあった。子育て支援
に焦点を絞った小宮山さんも聞かせたが、何といっても野田さんの演説が圧巻。野
田さんの真骨頂ここにあり、という感じだった。ぜひ衆議院TVで皆さんも聞いて
ほしい。最後の質問バッターだった社民党の横光さんへの答弁の中で、小泉さんが
「社会主義者」という言葉を使ったのが、強い印象として残っている。自分の言葉
で語ろうとしたのかも知れないが、明らかに文脈を間違えていた。18時終了。

18時すぎ、生命保険会社で働く方々と面会。
今年の政策課題について話を聞いた。昨年質問でも採りあげた「銀行窓販」の問題
など、その後の政策展開をフォロー。

その後、時間の許すかぎり、デスクワーク。
足許固めの観点からHPのコンテンツ充実を進めている。秘書日記の充実も課題だ。
過去の書き込みを読み返していると、日ごろ私に「もっと日記を書いて下さい!仕
事でしょ!!」と言い続けているHP管理人“あやぼぅ”が珍しく私を褒めている
(1月20日付「秘書日記」)。雨が降るかも。

20時33分、最終新幹線で帰岡。


[419] 田中真紀子さん。 2005-01-26 (Wed)

月曜日の議場退場の際、田中真紀子代議士ににらみつけられる場面があった。

報道もされているとおり、田中真紀子代議士は「ここで退席しても小泉の術中には
まるだけ」という立場で議場に残られたが、それだけではなく、近くを通る新人代
議士たちに「あなたたち、席に戻りなさい!」と大きな声を出されていた。思いが
あってのことだろう。

実際に10人以上の代議士が席には戻らないものの、真紀子さんの話に耳を傾けて
いた。議場は引き続き騒然としている。私は、真紀子さんの話を聞いている同期た
ちに「国対の方針に従いましょう!」と真紀子さんに負けない声で呼びかけた。最
初に私が大きな声を出した時、真紀子さんがこちらをパッと振り返り、顔をしかめ
られた。

私は、昨夏の懲罰の際の田中真紀子代議士のエピソードを何人かの方に聞き、感動
した。私への懲罰動議が可決された際、「上の方針で皆なでやったのに、一人だけ、
可哀想じゃない!」と周囲の方に訴えてくれたと聞いている。もちろん動議にも反
対をしてくれた。私はその時のことをとても意気に感じ、恩義を感じている。

また、物事の本質を瞬時に見抜き、それを的確な言葉で表現できる彼女の父親譲り
の才能を尊敬しているし、羨ましくも思う。

今回の判断が結果として異なったことに残念な思いもしたが、私は民主党は絶対に
一致団結して行動しなければならないと思った。その後、更に10回以上、まだ退
席していなかった仲間たちに「国対の方針に従いましょう!」と叫び続けた。その
うち、そう叫んでいた私自身も先輩に退席を促され、議場を後にした。

政治家は「決断をするのが仕事」だと言われる。そしてその決断は、最終的には党
ではなく、個人に属する。政党は会社ではなく、政治家はサラリーマンではない。
議場退席については、さまざまな意見があり、個々の代議士たちはその瞬間色んな
思いを持っていたはずだ。しかし、その後の岡田代表の党のリーダーとしての熱い
言葉や国対幹部の努力によって、党の結束は今回のことを通じ、むしろ高まったと
さえ思う。

政治家として、この高揚感を大切にし、今国会を緊張感のあるものにしていきたい。


[418] 代議士日記「1月24日(月)」 2005-01-26 (Wed)

8時、起床。
明け方まで続いた倉敷市議選の「お祝い廻り」の余韻が身体中に響く中、今日から
本格化する国会論戦に向けて、冷たい水で顔を洗い、朝風呂。

8時15分、田口秘書来訪。
「今日は上京直後に本会議。万が一、寝坊があっては・・・」という配慮で、田口
秘書が自宅まで迎えに来てくれた。入浴直後だったので、パンツ一丁で出る。

8時半、事務所を出発。

9時05分、新幹線「のぞみ」で上京。
車中爆睡。所要時間は約3時間半だが、3時間以上眠っていた。品川付近で起き、
顔を洗ったが、目は腫れぼったい。12時半、東京駅着。

12時45分、代議士会。
衆議院本会議の前に必ず行われる、民主党衆議院議員の意識合わせのミーティング。
今日は最初のヤマ場である岡田代表の「代表質問」だけに、皆気合いが入る。

13時、衆議院本会議。
岡田代表の「代表質問」はよく練られた中身であり、内政・外交のバランスもよく、
提案型の建設的な質問であった。被災地支援から始まり、年金、公務員問題、郵政、
国連常任理事国入り問題など今年の重要テーマについて、自分の言葉を使い、自民
党の評価すべきところは評価しつつ、誠実に論点を絞り込むのが岡田スタイル。与
えられた35分の質問時間のうち、再質問用に5分残して壇上を降りた。その後の
小泉首相の答弁は、4年前の小泉ブームの時の流れるような演説とは打って変わっ
た“官僚答弁の棒読み”。自民党議員からの拍手は、まばら。往時のカリスマ性は、
もはや完全に失われてしまった。

岡田代表は、年金問題などの主要な論点について9つの再質問を行ったが、小泉首
相は「すでに答弁した」の一点張りで再答弁を拒否。その後の紛糾についてはHP
の「ひとこと」欄に詳細に書いたとおりである。

そして、議場を退場(その際の田中真紀子代議士とのエピソードは「ひとこと」)。

ただちに代議士会。岡田代表のスピーチは熱がこもっていた。私たちは正しい。

15時半、岡田代表と協議。
役員室の代議士数名で院内第24控室にある民主党役員室に詰め、幹事長と岡田代
表の協議ののち、入れ替わりで代表室へ。詳細の紹介は避けるが、議場内での幹部
のやりとりを伺い、また、岡田代表の強い思いを確認することができた。私などが
言うのはおこがましいが、代表がとても大きく見えた。

16時、国会事務所。
NHKニュースで本日の衆議院本会議場での出来事がどう扱われているかを確認し、
取り急ぎ「ひとこと」を執筆。

17時15分、緊急の代議士会。
河野洋平衆議院議長の小泉総理への「注意」と「再答弁」を条件に、審議再開を了
承したとのこと。衆議院議長が内閣総理大臣に「注意」をするとは、異例中の異例。
大きな成果だ。その後、いったん事務所に帰り、「ひとこと」をアップ。ほどなく
して、日銀の同期から感想のメールが届く。

17時45分、衆議院本会議再開。
議長の注意は短いものだったが、岡田代表の再々質問は実に堂々としたもの。だが、
小泉総理の再答弁は実にあっけなく、内容の乏しいものだった。議長の権威を冒瀆
していないか!

18時、国会事務所。
ホームページのコンテンツなど、デスクワークを中心に作業。国会が大荒れなので、
スケジュールが狂いに狂っている。これぞ国会なのだが。連合の政策勉強会には、
残念ながら出られず、佐竹政策秘書に代理出席をしてもらった。

20時半、在京テレビ局の若手との懇親会。
“70年代生まれ”の民主党若手代議士13名と同じく“70年代生まれ”のテレ
ビ局関係者約10名の懇親会。日本の安全保障政策に始まり、某国営放送の人事や
地元での選挙活動の話、はては業界の恋愛事情まで、硬軟入り混じった楽しい話題
で大盛り上がり大会。全ての在京キー局が参加した。

二次会はカラオケボックスで一曲も歌わずに話し込み、三次会はバーでしっぽり。

昨夜は2時間睡眠、さらに今日は朝食も昼食も食いっぱぐれていたせいか、皆さん
の体力に付いていけず、一足先にリタイアしたのが午前3時。他のメンバーは4時
半の閉店まで盛り上がったとか。

記憶は宿舎の部屋に帰ったところまで。いつのまにか寝ていた。


[417] 岡田再々質問、野田質問。 2005-01-25 (Tue)

今日は代表質問2日めでした。

ブッ通しで4時間半も続いたので、途中で出入りする議員も多く、後半は空席も目
立ちましたが、私は昨日に続き、見所の多い緊張感のある審議だったと思います。

明日は本会議も委員会もないようなので、急遽岡山に帰ることに決めました。1日
でも多く街頭に立ち、国会審議のナマの姿を訴えていきます。代議士日記がもう1
日遅れますので、昨日と今日の注目の発言について、『衆議院TV』のVTR画像
へのリンクを貼っておきます。

岡田代表の質問は、誠実な人柄が伝わってくる内容。
野田代議士の質問は、冒頭から感動的。最前列で聞いていて、鳥肌が立ちました。



【岡田代表の「代表質問」   1時間48分】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=00:09:42.3

【河野議長による小泉首相への「注意」 1分】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=04:56:42.3

【岡田代表の「再々質問」       8分】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=04:57:04.0

【野田代議士の「代表質問」  1時間02分】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25270&media_type=rb&time=01:07:10.9

(注:収録時間が長いですが、質問は前半のみ。後半は答弁になっています。)


[416] 代議士日記「1月23日(日)」 2005-01-25 (Tue)

8時半、起床。
昨夜のTYPカラオケ(仮称)の余韻で体が重い。が、それにしても楽しかった。
参加してくれたみんな、ありがとう!!!

9時、円山の岡山事務所に出勤。
慌しくメールをチェックした後、10時からの勉強会に向けて急いでレジュメを作
成。アイデアは固まっていたが、直前まで書き下ろすことができなかった。日銀の
新人時代、同期のS君から作曲家プッチーニは、いつも締切寸前まで筆を取らず、
「あぁ、もう間に合わない!」というアノ緊迫感を利用して良い作品を残したとか。
S君は「これをプッチーニ症候群というんだ」と話していたが、今ネットで検索し
てみても、何もヒットしない。私の大好きな映画『アマデウス』にも、オペラがな
かなか書き進まず依頼者に胸ぐらを掴まれたモーツァルトが「頭の中で出来てるよ。
あとは書くだけ!」と豪語するシーンがある。『アマデウス』は高校時代に英語劇
で上演し、主役兼プロデュースを務めた思い出の作品。上演後、何か音楽に関わり
たくなってフルートを習い始めたりもした。仕事に追われると、いつもこの2つ、
“プッチーニ症候群”と『アマデウス』を思い出す。

10時、国政報告会。
下市このみ市議会議員を支える皆さんが主催して下さった、私の国政報告会。タイ
トルは「私たちの声を国会に届けましょう!!!」だ。こんな企画をして頂けるだ
けでも一瞬言葉を失うほどビックリしたが、実際に参加してみると、皆さん本当に
熱心に話を聞いてくださり、建設的で温かい質問や意見が次々と飛び出た。当初は
考えていなかった『テープおこし』をして、HPの読者の方々にも雰囲気を味わっ
て頂こうと思う。東公民館で行われ、50分の国政報告ののち、70分の質疑応答
(配布したレジュメの内容を津村HPの「ひとこと」に掲載)。

12時半、JPU東備支部新春旗開き。
岡山市の東半分や瀬戸内市、さらに東備地域の郵便局に務めている皆さんの新年会。
80人ほどの方々と、たっぷり2時間懇親を深めた。後半はお楽しみ抽選会となり、
籤引きとプレゼンターを頼まれる。景品がユニークだったこともあり、大いに盛り
上がった。今年は郵政改革が大きな焦点になる。会場では、「小泉首相はパフォー
マンスばかり。もっと現場を知ってほしい」という声が多く聞かれた。14時半に
お開き。

15時、Oさんと懇談。
増田秘書とともに民主党2区総支部の幹部Oさん宅を訪ね、約1時間半にわたって
懇談。これからの党総支部の運営について、ご意見を伺った。Oさんは常に大所高
所から岡山における民主党の将来を考えて下さる方。「若い力。」の長所と短所を
冷静に見つめられ、どんな時でも前向きな改善策を提示して下さる。無理なお願い
もさせて頂いたが、丁寧に聞いて下さった。さらに環境問題への取り組みについて
もヒントを頂くことができた。あっという間に時間が過ぎていった。16時半に失
礼する。

17時、事務所経由で瀬戸内方面へ向かう。
移動途中、倉敷の柚木道義君(衆議院岡山4区公認内定候補)と連絡を取りながら、
倉敷市議選について対応を協議。何をすべきか、何ができるか話し合い、事務所に
残った根木秘書に指示出し。

18時、操明学区新年会。
岡山いこいの村で、約100名の参加者を集めて行われた。操明学区の新年会は初
参加。昨年の後半から、岡田克也民主党代表の自主防災訓練参加などをきっかけに
お付き合いが深まり、地域との連携について足らざるところを厳しくご指導いただ
きながら、少しづつ仲間として認めていただけるようになった。熊代代議士や山本
県議など自民党の皆さんに混じって、カラオケ(今夜は『上を向いて歩こう』)や
一言スピーチをさせて頂きながら、全ての参加者の方にお酌をして回った。昨年の
対応についてお叱りを頂く場面もあったが、最後は握手をして頂けた。この学区と
のお付き合いに当たっては、増田秘書の努力が大きい。21時の散会まで参加し、
2人で心地よい達成感を覚えながら、倉敷へ向かう。

22時、倉敷市議選「時尾博幸」選挙事務所。
橋本龍太郎元総理が次期衆院選における小選挙区不出馬を表明し、県内政界の大き
な潮目となっている倉敷で、本日市議選が投開票された。時尾候補は唯一の民主党
公認で、しかも候補者中最年少の28歳。昨年4月の市議補選では涙を呑んだが、
その後も江田参院選、片山県議補選の裏方を務め、陰に日向に努力を重ねてきた。
その努力の姿がなかなか表に見えず、陣営内から焦りの声が聞かれる場面もあった
が、23時ごろ、当選の報が届いた。彼の当選を予想していたのだろう、マスコミ
も数社駆けつけ、盛大な万歳を繰り返した。衆議院各選挙区からは1区の菅、2区
の津村、4区の柚木、5区の花咲が駆けつけ、新しく加わった仲間の高井崇志君の
姿も。江田五月参議院議員の奥様、京子夫人の挨拶のあと、順番に「おめでとう!
」のスピーチ。私は、この勝利が片山みかさんの県議補選での大健闘の延長戦上に
あるものだと述べ、本人の地道な努力と片山みかさんの献身的な協力をねぎらって
お祝いに代えました。

24時、倉敷市議選に当・落選された友好議員の方々へのお祝い・挨拶まわり。
江田京子さん、柚木道義君、高井崇志君と私の4人で、夜の倉敷市内を飛び回り、
10人以上の方々の選挙事務所を訪ねてまわりました。ある場所では当選の喜びを
分かち合い、ある場所では健闘を称えました。市内全域を回ったため、終わったの
は午前4時。時尾事務所に戻ると、姫井ゆみ子県議をはじめ、10人ほどの仲間が
待ってくれていました。岡山市の自宅に帰ったのは5時近く。運転の高井君、ごく
ろうさまでした。

見る時間のなかった地元放送局の番組をDVDで少しだけ見て、5時すぎに就寝。


[415] 代議士日記「1月21日(金)〜」 2005-01-24 (Mon)

■ 1月21日(金)

本日、第162回通常国会が開会。初日から飛ばし気味!?のスタート。

7時15分、起床。
7時45分の送迎バス(衆議院の各議員宿舎と議員会館を繋ぐバス。朝夕4便)に
乗り込み、国会へ。

8時、月例経済報告会。
民主党の勉強会に、財務省と日銀からそれぞれ担当者が来てレク。足許の景況感に
ついて分かりやすい説明を頂いた。

8時半、民主党財務金融・総務部門合同会議。
財務省および総務省から補正予算の概要につき説明を受ける。昨年の台風、地震被
害を受けた災害復旧&被災者支援の内容が中心となっているが、遅きに失している
印象も拭えない。参加議員の関心も高く、内容等について中身の濃い質疑が続いた。

9時半、デスクワーク。
本日から国会開会とあって、事務所に届く文書やメールも格段に増えてきた。処理
に追われる。

10時半、民主党両院議員総会。
冒頭の岡田代表のスピーチは、短かったが気合いが感じられるものだった。年内の
政権交代でも対応可能と言わんばかりの内容で、就任当初の控えめな発言に比べ、
かなり前に進み、自信を深めている印象。最後の締めは江田五月参議院議員会長が
担当した。

11時45分、代議士会。
一瞬、議員会館の国会事務所に立ち寄ったのち、急いで衆議院院内へ。今日は開会
式に天皇陛下をお迎えする関係で、本会議が2回行われる。その説明など。

12時、1回めの衆議院本会議。
河野洋平議長による通常国会開会の挨拶に続き、議席の指定や特別委員会の設置が
議題となり、短く終了。所要5分。

12時15分、デスクワーク。

13時、開会式。
参議院本会議場において、天皇陛下をお迎えしての開会式が執り行われた。直前に
駆け込もうとしたら、警備の関係で通常と違う入り口に迂回しなければならなくな
り、本当にギリギリになってしまった。走ったため、一人で荒い呼吸。所要15分。

12時20分、デスクワーク。
今日は1時間刻みで議事が行われるため、院内と会館を行ったり来たり。徒歩5分
の距離ではあるが、あんまり往復するとさすがに疲れる。

13時、2回めの衆議院本会議。
小泉首相の「施政方針演説」、町村外務大臣の「外交演説」、谷垣財務大臣の「財
政演説」、竹中経済財政担当相の「経済演説」の、いわゆる政府4演説を聴く。

15時、デスクワーク。
地元のマスコミの方との懇談の予定を打診したり、週末の岡山日程をフィックスし
たり。日程が立て込んでいる時こそ、こういう確認の時間が重要です。そのほか、
「ひとこと」の執筆なども。

18時半、大学時代の友人と会食。
現在北海道は札幌に赴任している、S君。彼は児童福祉ボランティア「ドンキホー
テ」の同期で、どんな時でも半年〜1年に1度くらいは会っている親友。東京駅前
でイワシ料理を食べた。彼は私がまだ候補者時代だった2年前に岡山に来てくれた
ことがあり、正月早々の岡山の街で津村啓介後援会のビラ「げっつむ!」を配りま
くってくれたこともある。当時の事務所メンバーのことも覚えてくれていて、その
後の話など。最後に“地元で頑張っている事務所の皆さんに”と言って、大人気の
六花亭のお菓子を沢山事付けてくれた。友人の秘書のことを第一に考えてくれる彼
のこの人柄は、学生時代から変わらない。酔いもまわっていたせいか、目頭が熱く
なる思い。

20時半すぎの最終新幹線で帰岡。
23時56分にJR岡山駅に着き、普通なら家に帰ってバタンキュー。。。という
ところだが、今夜はタクシーで中央町へ。

24〜28時、高井崇志君と一杯。
岡山に帰ってきてからの活動内容やその感想、今後の展望などについて意見交換。
1月31日には、一緒に県庁前で「高井崇志デビュー街宣」をやることにしており、
その打ち合わせなども。本当は共通の友人との食事会の話もするつもりだったが、
気付いたら仕事の話オンリーで4時間が経ち、家路に就いていた。何とも仕事熱心
!?

・・・熱く語った夜でした。


■ 1月22日(土)

10時ごろ、岡山事務所へ出勤。
昨日飛ばしすぎたため、今朝はスロースタートに。この1週間の諸事について増田
秘書ほかから報告を受けたり、メールチェックをしたり。

12時、ブランチ。
朝食兼昼食として、ねぎ焼きを食べた。今日も二人前。その後、ホームページに掲
載する写真を選んだり、机の片付けをしたりして穏やかなお昼を過ごす。津村事務
所では今年の初めから事務所美化を徹底中。それなりに効果が上がり始めている。

14時、メディアコム前で街頭演説。60分。
今日は朝立ちが出来なかったため、代わりに昼の街頭演説をセットした。浜三丁目
の交差点の南西角に「RSKメディアコム」という建物があり、その前でマイクを
握る。休日だが交通量が多く、なかなか良いスポット。統一地方選前などには地方
議員候補も多用する場所なので、オリジナリティーが乏しく、以前は正直敬遠気味
だった。この地域で“日常活動”として選挙前以外でも連日街頭演説を行っている
のは津村と共産党さんだけなので、ま、いいかという判断。寒風吹きすさぶ中、民
主党2区総支部副代表Oさんの奥様が、自転車を止めてジッと聴き続けて下さった
のには感動。演説にも思わず力が入りました。

15時すぎ、富山学区「中学生と語る会」。
富山公民館で開かれた初めての催し。中学生8人と地域を束ねる30人以上の大人
が向かい合い、地域のために何ができるか、何をしたいかを話し合った。県議、市
議も数名見えており、活発な議論をしていた。堂々と自分の意見を言い、他人の話
もきちんと聴く中学生たち。実に立派。身近な“いじめ”について語ったという土
恵さんの弁論を聞けなかったのは、残念!

16時半、小林ひさお後援会「総会・政治学習会・懇親会」。
総会終了後の、政治学習会のタイミングから参加。3年連続の参加となるが、小林
さんの真面目で充実した市政報告と真摯に耳を傾ける支援者の皆さんのアットホー
ムな絆の深さに毎回感動を覚える。本当に、来て楽しい集まり。挨拶を請われたの
で、そのことを思うまま話した。教育関係の方が多く、祖父・井上龍臣をよく知る
方も大勢いらっしゃる。三代のご縁。小林さんの「ギター市議会議員」は本物の波
田陽区ソックリで目が点。会は大いに盛り上がった。最後の鳥越後援会事務局長の
挨拶も圧巻。終了まで帰る気がしなかった。

19時半、岡山事務所事務局会議。
地元秘書が全員揃って今週の活動を振り返り、今後の課題を整理。キックオフ会議
後の2度めの事務局会議。増田秘書の仕切りでスムーズに進んだ。

21時、全員で夕食。
近くに本日OPENした居酒屋があり、全員で行くことに。ゲストとして津村事務
所の兄貴的存在の1人であるTさん、津村の後輩(!)Aさんも参加。突然のお誘
いにもかかわらず、楽しい笑顔で参加してくれたお2人のおかげで、こちらまで楽
しい気分に。

22時、懇親カラオケ大会。
津村、増田秘書、Tさん、Aさんの4人で出発。遅い時間からMisato、インターン
泉君の幼なじみAさん、そして根木秘書も合流し、計7人で3時間盛り上がった。
このところ事務所スタッフと一緒に遊ぶ時間も取れず、TYPでお世話になってき
た方々とも疎遠になりがちだったので、当日企画ながら6人もの仲間と楽しい時間
を過ごせたことは、とても励まされる嬉しいことだった。

それにしても皆ないい歌を歌う。とても心に残っており、ここで紹介したいくらい。
私は『どんなときも。』『さくらんぼ』、間違って入れた『ウルトラマンタロウ』
など。


■ 1月23日(日) 〜 以下はダイジェスト。また補足します。 〜

10時、下市このみ後援会ホームミーティング。
12時、2005年JPU東備支部新春旗開き。
15時、民主党2区総支部幹部との懇談。
18時、操明学区新年会。
22時、倉敷市議選「時尾博幸」選挙事務所。当選万歳!
24時、倉敷市議選に当・落選された友好議員の方々へのお祝い・挨拶まわり。
就寝は、朝5時。

■ 1月24日(月)

大荒れの国会審議については「ひとこと」参照。明日詳しく書きます。

今夜は、民主党若手代議士&マスコミ各社の記者・キャスターの懇親会。70年代
生まれの集まり。どんなお話が聞けるか楽しみ!


[414] 波乱の幕開け 〜 衆議院本会議の「休憩」。 2005-01-24 (Mon)

国会は、審議入りの初日から大荒れ。

時尾博幸君が見事当選を果たした、昨日の倉敷市議選。何度も万歳をし、ご苦労の
多かった支援者の皆さんと感動を分かち合い、その後10数名の友好議員の皆さん
の選挙事務所にお祝いに駆けつけ、明け方の5時近くまで倉敷、岡山の街を駆け回
った。その興奮も覚めやらぬまま2時間睡眠で朝9時過ぎの新幹線に乗り、13時
の開会直前、小泉首相の施政方針演説に対する岡田克也民主党代表の「代表質問」
が行われる衆議院本会議場に滑り込んだ。国会議事堂の左側半分である。

役員室次長として、演説を組み立てる岡田代表の苦労も直接間接に見てきただけに、
力の篭った岡田代表の一言一句に全身全霊を傾けて聴き入った。即興のパフォーマ
ンスで巧みに演説を盛り上げた菅前代表とは違って、岡田代表の演説は訥々とした
印象を受けるが、人柄がにじみ出た誠実で中身の濃い質問だったと思う。

何でも批判するのではなく、「国連常任理事国入り」問題など小泉首相や自民・公
明党政権と協力できる部分については、その旨を明確に述べ、また、被災地支援な
ど政府の遅れがちな対応については前向きで建設的な提案を行っていた。

問題は、小泉さんの答弁。ずっと下を向きながら官僚の作文を棒読みするだけの姿
はもう見慣れたが、与えられた質問時間をたっぷり残して敢えて再び壇上に立った
岡田代表の9つの再質問に対し、一切の答弁を拒否したのには本当に驚いた。年々
答弁が軽く薄くなっている小泉さんだったが、全くの答弁拒否というのは初めてだ。

約30分にわたって、議場は紛糾。河野議長はいったん岡田代表に再々質問を促し
たのち、前言を翻して小泉さんの再答弁を求めた。これは野党側の反発を受けたも
のであり、議長が前言を撤回するということ自体、極めて異例な対応である。しか
し、にもかかわらず、小泉首相の再答弁は事実上答弁を重ねて拒否する内容だった。

私たち若手代議士は、ある者は席を立ち、ある者は着席のまま「国会軽視だ」「休
憩しろ!」などと野次を飛ばした。私も「小泉さん、答弁をお願いします」「河野
議長、こんな前例を作っていいんですか。ルールを守った再質問です。答えさせて
ください。」と自席で起立して叫んだ。

野党の数十人の議員が立ち上がり、与党からは野党に向けて激しい野次が飛んだ。
私個人に向かって、「また懲罰を受けたいのか!」という発言をする自民党代議士
もいた。私たちはルールを守れと言っているのだ。

議場内交渉係という役割があり、議院運営委員会の理事たちがこの任を負っている。
わが党からは城島代議士や生方代議士が壇上にあがり、各党の係と交渉を行った。
緊迫した空気と騒然とした空気が交錯し、与党側から「小泉首相に再度答弁させる」
という妥協案が出され、わが党は「ひとまず聞くが、もし再度答弁拒否なら、退席
する」と応じた。注目の小泉再答弁は、メモも何も持たず、改めて答弁を拒否する
内容だった。その後が、ニュースでも繰り返し流れている「衆議院本会議で民主党
が退席」のシーンである。

田中真紀子代議士が民主党新人議員に「こういう時は出ちゃダメなのよ!」と大声
でお話しになっていたが、わが党は一致結束して対応した。鉢呂国対委員長以下の
現場の判断を岡田代表以下の執行部がしっかりと支持していたようだ。小沢一郎副
代表が「出せ!出せ!」(退席しようということ)とエキサイトされていたとか。
私の議席からもその様子が見えました。

その後の代議士会での岡田代表のスピーチが素晴らしかった。
「国民の代表として召集された通常国会の冒頭で、首相の施政方針に向けた代表質
問を答弁拒否されました。これを認めれば議会の自滅です。これは技術的な問題で
はなく、議会制民主主義の根幹に関わる本質的な問題です。私たち全員がこの認識
を共有しましょう」といった内容。言葉もさることながら、深い思いのこもった、
胸に響くスピーチ。「リーダーらしい、いいスピーチだね」と評価する同僚議員の
つぶやきも聞こえた。

http://www3.nhk.or.jp/news/2005/01/24/d20050124000082.html#

・・・その後いろいろなやりとりがあった末、本会議は17時45分から再開され
ることになりました。

冒頭、議長から小泉総理に対する異例の「注意」があるそうです。また報告します。


[413] 「私たちの声を国会に届けましょう!!」講演レジュメ 2005-01-23 (Sun)

本日、下市このみ市議会議員を支える皆さんを対象に、「私たちの声を国会に届け
ましょう!!」と題する国政報告会を開催。2時間たっぷり、熱い議論を楽しませ
て頂いた。津村から50分報告し、残る70分を質疑応答。密度の濃い内容だった
ので、詳しい様子を近日中に「テープおこし」してご紹介したい。

ひとまず、津村からの報告内容のみ紹介。以下がそのレジュメです。

−−−−−

『津村啓介 政治を語る』

0.はじめに

(1)国政の役割
   ・地方分権、道州制
(2)日本の2つの“夢”
   ・平和な経済大国
   ・ポスト少子高齢化

1.活動報告

(1)財務金融委員会 〜 日本経済の再生
   ・ゼロ金利政策の「出口」
   ・公的資金新法への対案
   ・ペイオフの解禁
(2)安全保障委員会 〜 日本外交の自立
   ・北方領土、尖閣諸島
   ・『総合安全保障』
   ・ODAの見直し
(3)特に取り組んだ政策課題
   ・年金問題をめぐる国会審議
   ・台風被災後の対応(激甚指定の早期化、消防防災無線)
   ・皇太子のご発言

2.これからの課題

(1)政策
   ・財政健全化 〜 日本の財政を立て直す
   ・国連常任理事国入り 〜 国連改革に積極的に参加する
   ・「おかやまマニフェスト」
(2)政治姿勢
   ・国会議員とは何か
   ・ホームページ
   ・国政の二大政党化、緩やかな連帯

以 上


[412] 1月20日(木)続き 2005-01-21 (Fri)

16時、事務局会議。
今年初めての、国会事務所のオフィシャル・ミーティング。佐竹、河田、榊原、パ
ートのMさん、良三、温子と私の計7名で、2005年の活動方針について協議。

18時、地下食堂で、両親と話す。
約1ヶ月ぶりに会ったので、この間の津村事務所の活動や今後の取り組みについて
言葉を補いながら説明。独り身とはいえ、両親はれっきとした家族であり、色々と
人に言えない苦労をかけていると思う。どうしても一番最初に犠牲にしてしまいが
ちな部分だけに、時には時間をかけてコミュニケーションを図らなくてはと思う。
謝ることばかりです。

19時、事務所でデスクワーク。

20時半、年下の友人と会食。
霞ヶ関で働く新進の若手官僚に仕事の話を聞いたり、聞いてもらったり。楽しくて、
あっという間に時間が過ぎ、結局遅くまで引っ張ってしまった。その後、未明まで
仕事をしたそうだ(。。。ごめんなさい)。とても刺激になりました!

深夜、久しぶりの友人ほかから電話数本。


[411] 国会事務所版「キックオフ会議」 2005-01-21 (Fri)

昨日、岡山に続いて、国会事務所でも今年初めての「事務局会議を行った。実務的
な話が多い普段と違って、今年1年の基本方針を話し合ったので、岡山でいう“キ
ックオフ会議”のような役割を持つ会議だった。

冒頭、私から先日の岡山事務所でのミーティングの模様について報告し、「高い目
標を立てて自分達を追い込みながら、出来る範囲でやっていくスタイル」は止め、
「最低限やらなければならない仕事だけをグッと絞りこみ、まず足許だけは固める
スタイル」が採用されたことを伝達。

ある時期模索したようなパーティー券、ポスター、ミニ集会などの数値目標は外し、
朝礼や法令遵守、報告・連絡・相談(秘書日記も含む)といった基本動作の徹底に
万全を期する方針を、東京事務所でも採用していきたいと提案した。

現在、一時的な仕事もあって、国会事務所は異例の4人体制になっているが(新人
議員の国会事務所は平均2名程度)、だからといって拡大志向に流されず、日々の
日常活動を丁寧にやっていきたいという趣旨だ。東京で予定していた資金集めパー
ティも、白紙から焦らず再検討し、まずは本会議や委員会審議、党務などの本業を
堅実にこなしていくことを確認した。

今年は、背伸びではなく、地べたを這う気持ちでスタートしたい。

衆議院議員  津村 啓介


[410] 1月20日(木) 2005-01-20 (Thu)

9時、起床。
風邪気味ということもあり、昨日に続いてのスロースタートを国会事務所メンバー
にお許し頂いている。シャワーを浴びたり、部屋の整理をしたり、ややゆっくり。

11時、国会事務所に出勤。
年賀状の整理の仕方についてパートのMさんと簡単な打ち合わせ。その後、メール
チェックをしていたら、今日は別の日銀後輩から「お久しぶりです&びっくりしま
した」というメールが届いていた。8年ほど前、恋の悩みや仕事上の挑戦について
毎週のように聞き役になってくれていた後輩の女の子。結婚し、しばらくアメリカ
に渡っていたが、岡山在住の叔母さんから最近になって私の転身を知ったそうだ。
今日もまた、朝から嬉しい。

13時、法務省を訪問し、「クルド難民への強制送還に緊急抗議」。
新人同期の藤田一枝代議士が事務局を務めていらっしゃる外国人の人権と国籍問題
に関するPTの一員として、江田五月参議院議員ほか9名の民主党同僚議員の皆さ
んとともに法務省を訪ね、蒲原審議官らに表記案件について緊急の申し入れ。一言
で言えば「法律問題を法律に則って粛々と処理した」というのが法務省の立場だが、
経過について詳しく説明を聞いているうちに、国連難民高等弁務官事務所(UNH
CR)との信頼関係が必ずしも十分でないことが明らかとなり、問題の奥深さを感
じた。UNHCRからの反発を招いた今回の問題は、起こるべくして起きたのだと
も言える。

14時、続いて外務省を訪問。
野呂国際人道支援室長ほか3名の方が応対。こちらは藤田(一枝)、稲見、今野、
岡崎の各代議士と私。冒頭、難民条約について当方の求めを超える長い説明があり、
反発の声。その後、野呂室長は「難民認定は外務省の管轄外」と断った上で、かな
り率直なコメントをされ、法務省とUNHCRのコミュニケーション不足や難民認
定基準のグローバル化の難しさ等を指摘。なるほどと思う面もあったが、管轄外と
いうことを強調し、多少評論家的な口調であったのが気になった。

15時、事務所に戻り、佐竹政策秘書のミニ誕生会。
今日は、昨年10月からお世話になっている佐竹茂政策秘書の、65歳のお誕生日。
国会事務所のスタッフ全員でケーキを買い、ちょっとしたティーブレイクを取った。
途中で来室された某お客さんにシャッターをお願いして記念撮影もバッチリ。昭和
15年生まれの佐竹さんに、幼い頃の思い出話や、最近の誕生日の過ごし方などを
みんなでヒアリングした。

16時、事務局会議。
今年初めての、国会事務所のオフィシャル・ミーティング。

(・・・続きはまた明日)

明日、第162回通常国会が開会します!!!


[409] 『僕の彼女を紹介します』 2005-01-19 (Wed)

今日観に行った、韓国映画。大ヒットした『猟奇的な彼女』と同じ監督・主演女優
で作られたかなり本格的なラブストーリー。話の骨格は『ゴースト』に似ており、
まぁよくある話なのだが、ユーモアありアクションありで、テンポとノリが良く、
楽しめた。主演のチョン・ジュヒョンは、若いのに演技力が凄い。すっかりファン
になりました。

最近は観たい映画が盛りだくさん。『ハウルの動く城』もまだ観ていないし、『い
ま、あなたに会いにゆきます』も観ておきたい。綿矢りさ原作の『インストール』
や鈴井貴之の『銀のエンゼル』も見逃せない。最後の2つは、ただいま原作を読ん
でいる最中。

ちなみに鈴井氏は、先月15日の当HPでRSKの『VOICE21』と共に紹介
した、伝説の地方テレビ局制作番組『水曜どうでしょう』のプロデュース&出演を
していた鬼才。共演の大泉洋氏とともに、私の大好きなタレントさんである。

以上縷々慣れない映画案内をしてきたが、本日の蔵書リスト公開と合わせ、今年は
このホームページを通じて直接の政治活動以外の私的な関心事にも触れていきたい。

国会議員として1年あまり過ごしてきて感じる反省の1つが、「プライベート」と
いう発想の不足。映画、本、テレビ、友達。もっと大切にしようと思う。

私的な時間を有意義に過ごし、一人で物を思う時間や、大切な友人たちとゆっくり
と時間を共有することが、まわりまわって仕事(政治家としての仕事)を充実させ
ていくのだと、最近身にしみて感じる。

1人でも多くの人と共鳴、共感できる、沢山の引き出しを持った政治家になりたい。


[408] 代議士日記「1月19日(水)」 2005-01-19 (Wed)

■ 1月19日(水)

今日は国会事務所のメンバーに勝手を言い、自分のペースでのんびりさせて貰った
一日でした。

9時すぎ、起床。入浴。
岡山での「朝立ち」の習慣が抜けず、6時台に目が覚めたが、幸せなことに今日は
二度寝ができた。その後、宿舎に届いていた年賀状を簡単に仕分け。日銀時代の後
輩の女性で外資系金融機関で活躍するKさんからも久々のお便り。短期間での転職
が当たり前の、厳しい成果主義の職場で、もう7年も頑張っている由。負けられな
い。

11時、国会事務所に出勤。
パートのMさんに年賀状の管理をお願いし、メールチェックなど。高井崇志君の歓
迎会の連絡や、私のホームページに関する個人的な感想のメールが届いていた。今
日はその後も麻布高校時代の同級生から10数年ぶりの連絡があるなど、嬉しいメ
ールが多い一日だった。

12時すぎ、昼食。
議員会館地下2階の食堂で、今年最初の月見うどん大盛。私の大好物。505円。
先に出た女性秘書2人と合流しようとしたが、違う食堂に行った模様。一人で食す。

13時、有楽町で映画鑑賞。
友達の激しい薦めに押されて、『僕の彼女を紹介します』を観に行く。今をときめ
く韓流の映画(詳しくは「ひとこと」)。123分。

16時、喫茶店。
月見うどん大盛ではお腹に足りなかったらしく、リゾットを食べながら映画のパン
フレットを熟読。その後、急いで事務所に帰ったが、17時ギリギリになる。

17時、第4回スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部会議。
私は衆議院安全保障委員会のメンバーであり、民主党役員室次長として危機管理の
担当もしているので、二重の意味合いで出席。安保委からは私だけ。役員室からは
島危機管理監も出席されていた。「JEN」というNGOの方から、スリランカの
現地の様子を聞き、その後、民主党としての対応を検討。自然災害において野党が
果たしうる役割は何か。昨年秋の度重なった台風、地震災害の際にもぶつかった大
テーマ。「政府の活動のチェック」「政府の活動の補完(サポート)」「独自の取
り組み」「現地視察などの一次情報の収集」。様々な切り口があり、整理はなかな
か大変。集めた義援金の扱いも議論になる。

18時すぎ、事務所でデスクワーク。
ホームページに「蔵書リスト 〜 岡山事務所の本棚」をアップしたり、テレビ局
の記者の方の取材に対応したりして過ごす。来週月曜日には、若手国会議員と若手
記者の懇親会がある。その打ち合わせも兼ねた。

20時、事務所を出る。
今夜は若い友人と六本木ヒルズで食事の予定。私の住む青山議員宿舎から徒歩5分
の距離だが、まだ2回くらいしか行ったことがない。

少し風邪気味で、咳が出る。早く治したいので今日は早めに寝るつもり。


[407] 蔵書リスト 〜 岡山事務所の本棚。 2005-01-19 (Wed)

いよいよ第162回通常国会の開会が明後日(21日金曜日)に迫りました。

この年末年始は地元岡山での活動に専念しましたので、まだまだ準備が不足です。
一足早く18日火曜日の午後から上京し、少しづつデスクワークを片付けています。

さて、そんな中、秋の臨時国会閉会直前にHPにアップした「蔵書リスト 〜 国会
事務所の本棚」に続き、岡山事務所の蔵書リストも作成しましたので、ご参考まで
に公表します。タイトルをざっと眺めてみると、やはり政策物よりは選挙物が多く、
また、地元岡山に関する本が目立っています。

岡山の自宅や東京の妹宅には、幼い頃から読んできた大量の書籍があるのですが、
その中から最近の関心に応じてピックアップしてきたものが中心になっています。
国会事務所の蔵書リスト以上に私の個性が出ていると思われるのはそのせいです。

偶然ですが、このリストを作成している最中に支持者の方からメールをいただき、
「いつも楽しくホームページを拝見させていただいております。(中略)一番楽し
みなのは書物に関する情報です。私自身読書が何よりの趣味、かつストレス発散な
ので、その感想を頼りに次なる本を探しています。村上春樹に対する意見は同感」
・・・と書いていただきました。

いずれまた時間を見つけ、単なるリストに終わらない、書評やコメントなども披露
していきたいと思っています。

視野が広がる本や新幹線の車中で軽いノリで読める本があれば、皆さんからもぜひ
ご紹介ください。実はマンガも大好きです。日本のマンガにはドラマがあると思い
ます。

リスト中にある『日本人論再考』や『蒼穹の昴』は、日銀時代の尊敬する同期から
薦められたもの。田中教授の『複雑性の世界』は、学生インターンの諸君が私の誕
生日にプレゼントとして持参してくれたものです。手塚治虫の『奇子(あやこ)』
は飲み仲間から借り出し中。。。です!


−−−−−

【金融・経済・会計・税金】
○ 木村剛『竹中プランのすべて』・『借り手のための金融戦略』
○ 片山又一郎『コトラー入門』
○ 軽部謙介『ゼロ金利』
○ 林英臣『伸びる経営のヒントとコツ』
○ D・マーフィー『MBAのマーケティング』
○ 宣伝会議『10月の宣伝会議』

【法・政治・行政】
○ 細野豪志『パラシューター』
○ 関口哲平『選挙参謀』
○ 民主党ネクスト・キャビネット『ネクスト・キャビネット』
○ べス・ミルステイン・カバ/ジーン・ボーディン『われらアメリカの女たち』
○ 木村剛『マニフェスト論争最終審判』
○ 小沢一郎『日本改造計画』
○ 三浦博史『選挙立候補マニュアル』
○ 民主党『Discussion Journal「民主」』
○ 民主党『勝つまでやるのよ!!』
○ 民主党『地球と子供たちの未来のために』
○ 西崎文子『アメリカ外交とは何か』
○ 赤塚行雄『田中角栄の実践心理術』
○ 田中明彦『複雑性の世界』
○ 浜田幸一『国会というところ・・・』
○ 選挙制度研究会『衆議院選挙の手引』
○ 手塚治虫/猿谷要『リンカーンと南北戦争』
○ かんき出版編集部/楠本亘『国会へ行こう!』
○ 佐々木毅/谷口将紀/吉田慎一/山本修嗣『代議士とカネ』
○ 前田和男『選挙参謀』 
○ 原敏『谷村啓介の『政界日誌』』
○ セイサクビホウ アイ・ビイ『政官要覧』
○ 榊原英資『新しい国家をつくるために』
○ 佐藤昭子『決定版 私の田中角栄日記』
○ 熊平肇『新しい日本の構想』
○ 株式会社UFJ総合研究所『ローカル・マニフェストによる地方のガバナンス改革』
○ 株式会社UFJ総合研究所『UFJ Institute REPORT』
○ 菅直人『改革政権 準備完了』・『大臣』
○ 中曽根康弘『自省録』
○ 辻和子『熱情』
○ 猪瀬直樹『道路の権力』
○ 舛添要一『チェンジ!』
○ 中井省『やぶにらみ』
○ 大島あつし『人生転換』
○ 岩見隆夫『政治とオンナ』
○ 読売新聞社・世論調査部『日本の世論』
○ 川本隆史『ロールズ』

【歴史】
○ 本宮ひろ志『国が燃える』
○ 有馬学『帝国の昭和』
○ 石ノ森章太郎『マンガ 日本の歴史』
○ 策士・軍師編『その時歴史が動いた』
○ 船曳建夫『「日本人論」再考』
○ 平井正『ゲッベルス』
○ 木村尚三郎『ヨーロッパ田索紀行』・『歴史の風景』
○ 塩野七生『痛快!ローマ学』・『マキアヴェッリ語録』・『ローマは一日にして成らず』

【岡山】
○ 岡山経済研究所『岡山県産業・経済の変遷とインフラ整備の効果』
○ 岡山県教職員組合 美作支部『美作支部のあゆみ』
○ (株)エディターズ『おかやまラーメンキング』
○ 昭文社『岡山市エアリアマップ』
○ 岡山県統計協会『2004統計でみる岡山のすがた』
○ 津山市教育委員会『わたしたちの津山の歴史』
○ 毎日新聞岡山支局編『日本一企業物語』
○ 谷淵陽一『吉備の国岡山ゆかりの女性たち』
○ 柴田一/太田健一『岡山県の百年』
○ 石井正弘『天の時 地の利 人の和』
○ 山陽新聞社 学習漫画『岡山の歴史』

【小説・エッセイ】
○ 高杉美智子『娑羅の花のように』
○ 谷崎潤一郎『春琴抄』
○ 浅田次郎『蒼穹の昴』
○ 矢島正雄/中山昌亮『羅生門』
○ 山下信夫『山下信夫随想録』
○ 『文藝春秋』
○ 村上龍『@死なないことA楽しむことB世界を知ること』
○ 村上龍『悲しき熱帯』・『オーディション』・『真実はいつもシンプル』
○ 佐藤真由美『恋する短歌』
○ 山田吉彦『海のテロリズム』
○ 村上春樹『風の歌を聴け』
○ 山本譲司『獄窓記』

【その他】
○ 三木尚子『銀行員のビジネスマナー』
○ 手塚治虫『奇子(あやこ)』
○ 藤原美智子『綺麗の法則』
○ 大川隆法『幸福の法』
○ 和田秀樹『痛快!心理学』
○ NHK出版『企画の教科書』
○ 手塚治虫『きりひと讃歌』
○ 木村拓哉『開放区』
○ 佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』
○ 安野モヨコ『美人画報ワンダー』・『ハッピー・マニア』
○ 小学館『女性セブン』

○ 竹内洋『教養主義の没落』
○ 佐高信/テリー伊藤『お笑い創価学会 信じる者は救われない』
○ 池田理代子『栄光のナポレオン エロイカ@』
○ 『新約聖書』
○ 北岡伸一/田勢康弘『指導力』
○ 文藝春秋『東大教師が新入生にすすめる本』
○ 柴門ふみ『あすなろ白書』
○ 樋口陽一『Ludo ergo sum bis』
○ 松下隆一『北神けいろうの挑戦』
○ 北岡伸一『日本の自立』
○ 手塚治虫漫画全集『人間昆虫記』
○ 渡辺喜美『日本はまだまだ捨てたものじゃない』
○ 堺屋太一『東大講義録』


[406] 代議士日記(速報版) 2005-01-18 (Tue)

■ 1月16日(日)

8時、起床。

8時半、事務所で田口秘書と合流。

9時、瀬戸内市邑久スポーツ公園で、「おくちょう新春マラソン大会」。来賓挨拶。

10時、邑久町公民館にて、「瀬戸内市消防団出初式」。来賓挨拶。

11時すぎ、同所にて、書道展鑑賞。

12時、上南公民館金田分館にて、「金田地区新年互礼会」。飛び入り参加にもか
かわらず、ご紹介いただく。

13時、富山コミュニティハウスにて、「富山学区新年互礼会」。来賓挨拶。

14時すぎ、長船町M消防団の新年会に、飛び入り参加。備前市の大阪屋にて。

15時半、北斗星にて、カラオケ大会。これも飛び入り。以前『三年目の浮気』を
デュエットした方も参加されていて、仲間の皆さんと新年のご挨拶。

17時、灘崎町のIさん宅にて、『ひゅうまん灘崎』の新年会。津村を応援してく
ださっている気のいい方々の集まりです。

19時すぎ、長船町H消防団の新年会。こちらも飛び入り参加だったが、温かく迎
えて頂いた。本日の出初め式での津村の挨拶を「声も大きかったし、わかりやすか
った」とお褒めいただく。来賓挨拶というのはとても奥が深く、本当に難しいもの。
静かに聞いてもらえるだけでも貴重なのに、褒めていただいたとなるとこれはもう、
本当に嬉しいものなんです。

20時半、牛窓町の消防団の新年会。深夜まで大騒ぎ。


■ 1月17日(月)

9時、運輸会社の幹部の方と、事務所にて懇談。

その後、午前中はデスクワーク。

12時、倉敷市議選応援。4時間ほど街宣カーに乗りました。

17時半、灘崎町のMさん宅で、「七区で考える会」。

20時、津村事務所の定例「事務局会議」。今年一年の岡山事務所の活動方針につ
いて、秘書4人と話し合い。秘書のみんなから前向きな感想や意見を貰えたことが
とても嬉しかったです。最後に、政治を志してからの2年半の歩みを省みながら、
自分の今の思いを話し、みんなに聞いてもらいました。
私は、秘書に恵まれています。


■ 1月18日(火)

7時、朝街宣。長船駅。ボランティアのHさんに力を貸してもらいました。

10時22分発のぞみにて上京。13時26分着。

14時、総合安全保障調査会(衆1−1)

15時半、役員室会議(党本部7階A会議室)

16時半、ドットジェイピー山岸さん来訪〜インターン面接結果聴取のため。

19時、シリウス・旧社民連新年会。

21時、霞ヶ関で働く友人と会食。


[405] 阪神大震災十年。 2005-01-18 (Tue)

あの痛ましい大震災から10年の時が過ぎました。傷跡は今なお深く、震災被災者
の「孤独死」は続き、人々の心の傷はなお癒えない現実があります。

その一方、「がんばろう神戸」を合言葉に確かな復興を遂げてきた神戸やその周辺
の被災者の皆さんの不屈の努力に思いを致せば、自然災害を前にした人間の弱さと
同時に人間の強さをも感じ、一人の人間として勇気を与えられることも事実です。

10年前のあの日、私は福岡でその時を過ごしました。当時日銀の新入行員だった
私は、函館支店に赴任して僅か1ヶ月。仲良しだった同期のU君やM君を訪ねて、
なけなしの有給休暇を取り、前夜から松の香が残る福岡の地を訪れていました。前
日夕方に日銀福岡支店の店内行事にお邪魔をし、地元採用の同期たちと初めて出会
い、ネクタイを頭に巻いてカラオケを楽しみ『ど根性ガエル』を聞き、深夜に失礼
をして麻布高校の同期だった警察庁のH君の独身寮に泊めてもらいました(H君は
昨年結婚し、式ではスピーチもお引き受けした私の親友です)。当時は彼も初めて
の地方勤務で私の来訪をいたく喜んでくれ、二人でまだ慣れない焼酎を飲みに飲み、
酒にはかなり強いはずの2人とも珍しく泥酔をして、枕を並べて棒のように眠りま
した。

午前5時に起き、お互い眠いはずなのに頑張って起きてくれたH君に見送られて、
まだ真っ暗な福岡空港に向かい、飛行機が空に舞い上がった時刻が地震発生のその
時でした。早くも上空で震災のニュースが流れ、羽田に着いた時には、神戸元町に
火の手が上がる映像が大画面で報じられていました。

事の重大さがよく飲み込めないままに、池袋で妹に会い、生まれて初めて入った宝
石店「ティファニー」で成人式のお祝いの指輪を買ってやりました。12月に貰っ
た初めてのボーナスで、少し兄らしいことをしてみたわけです。

社会人として未熟だった私は、有給休暇中だったこともあって、当時の自分の所属
である日本銀行函館支店に連絡を取らなかったため、「新人の津村君が西日本方面
に旅に出たまま連絡が付かない」という状況を作ってしまい、支店の先輩方には、
無用のご心配もおかけしました。会社の有難さを感じました。そんな日でした。

私の生まれは岡山県津山市ですが、本籍地は神戸市垂水区です。父方が神戸で、毎
年休みのたびに津山とともに垂水にも行き、福田川の河口でハゼ釣りを楽しみまし
た。独り暮らしの祖母は今でも元気ですが、震災で家の壁に大きなヒビが入り、当
時は相当なショックを受けたようです。一人で頑張ってきた祖母の、城でしたから。

祖母の見舞いのため、震災後間をおかず、神戸を訪ねました。見慣れた車窓は一変
し、長田地区の惨状には目を覆いました。言葉が適切かどうかわかりませんが、そ
の光景は、歴史で習った「敗戦後の日本」そのものでした。三宮駅前の大丸の崩落、
元町商店街の瓦礫も忘れられません。神戸の皆さんは、そこから復興をしたのです。

最近の私の仕事である台風被災対応の場面でも、また、役員室次長として関わった
新潟中越地震対応でも、阪神大震災後の防災への取り組みを繰り返し学びました。
日本の現代史の大きな節目であったことを改めて教わっています。

今日は10年めですが、これからも毎年、1月17日はやってきます。

6433人の方が亡くなり、更に多くの傷跡を残した阪神大震災の記憶、教訓、そ
して被災された皆さんの不屈の頑張りを、日本人の1人としていつまでも共に振り
返り、忘れないでいたいと思います。

不意の最期を迎えられた方々の無念を悼み、ご冥福をお祈りします。


[404] 高井崇志くん。 2005-01-17 (Mon)

岡山の民主党に、心強い仲間が増えた。高井崇志、35歳。昨年末まで霞ヶ関(総
務省)のキャリア官僚として情報通信行政の第一線にいた人材である。岡山県でも
昨年春まで3年間、情報政策課長として実績を挙げてきた男。

政治を志し、江田五月参議院議員の秘書として、ブレーンとして、この新春から第
二の人生を歩み始めた。いま、毎日、江田さんの新春パーティのチケットを売って
いる。

ともに民主党の候補者公募の合格者として「地盤なし・看板なし・カバンなし」の
政界入りであることや、ともに函館在住経験があることなど津村とは共通点が多く、
また、「民主党のウイングを広げて、必ず政権を獲りにいこう」という一つの夢を
一緒に追っている同志でもある。

毎日更新中の、高井君のホームページ。彼が日々丹念に書いているその活動日誌を
読むと、彼の視線の無限の広がりを感じる。彼の目には、世の中の一見小さなこと
からとてつもなく大きなことまで、本当に色々なことが写っているのだなと思う。
文章は読んでいるだけで心がヤケドしそうなほど、熱い。2年半前の自分のことを
時々思い出したりもする。初心忘るべからず。大きな期待に押し潰されることなく、
ともに堅実な日々を歩んでいきたい。

4区の柚木君や5区の花咲さんも公募組。1区の菅君や3区の中村さんもゼロから
の出発をしている。

私たちは何も持たず、志を食べて生きている。「日本の政治の新しい歴史をつくる
のは、私たちのような徒手空拳の若者だ!」そんな強い自負と勝手な使命感を持っ
ている。私たちの武器は、お金でも名声でもない。高い志と、日々の努力だ。

今年も地べたをはいつくばって、明日の天下をめざすんだ。毎日そう念じている。

ともに歩む仲間を大切にしたい。

【高井崇志ホームページ】
http://takaitakashi.com/


[403] 代議士日記ダイジェスト 2005-01-15 (Sat)

☆☆☆☆☆ 近日中にリバイスする予定です。 ☆☆☆☆☆



■ 1月11日(火)

6時、起床。

6時半、事務所集合。本日の朝立ち担当は、増田、田中。

7時半、三井造船玉原門で「門立ち」。

8時、三井労連会館でコーヒープレイク。

11時、岡山市連合婦人会新年互礼会。ピュアリティまきび。〜14時。

途中、幡多学区民生委員児童委員協議会新年会。

16時半、岡山大学法学部「谷ゼミ」で講師。

19時、谷ゼミの新年コンパ。

20時07分、最終ののぞみで、上京。



■ 1月12日(水)

7時半、羽田空港第1旅客ターミナル南ウイング。(JAL VIPルーム)集合。

8時10分、羽田発JAL1905便:那覇行き。

11時10分、那覇空港着。

11時半、稲嶺沖縄県知事表敬。

12時20分、自衛隊那覇基地。

13時半、尖閣諸島視察。

16時半、宮古空港からホテルへ。

20時、夕食懇談会(宮古島東急リゾート内珊瑚の間)。


■ 1月13日(木)

9時20分、沖縄県宮古支庁訪問。

10時半、航空自衛隊レーダーサイト視察。

11時10分、昼食(みやこパラダイス)。

12時10分、宮古空港へ。

13時15分、宮古島発JTA074便。

15時40分、羽田着。

17時すぎ、東京事務所にてデスクワーク


■ 1月14日(金)

10時、デスクワーク

10時半、議員インターンシップ「.jp」採用面接4名。

14時半すぎ、新幹線で帰岡。

18時すぎ、岡山着。

20時、岡山県中小企業家同友会新年会。プラザホテル。

21時半、消防団新年会。


■ 1月15日(土)<予定>

9時、デスクワーク。

11時、民団婦人部新年会。

12時、岡山地区労新春旗開き交流会。両備ボウル。

13時、部落解放同盟旗開き。ピュアリティまきび。県連副代表として挨拶。

17時、とんど祭り。

18時半、下市このみ後援会新年会。

夜、スタッフと打ち合わせ。


[402] 尖閣諸島視察 2005-01-14 (Fri)

1月12日(水)、13日(木)の両日、衆議院安全保障委員会のメンバーで「尖
閣諸島」の視察を行った。

尖閣諸島は、戦前、日本人約250名が定住して鰹節工場などを営んでいた経緯も
あり、長年日本固有の領土として国際的に認知されてきた群島だが、東シナ海の海
底資源への注目が高まった1970年前後から、中国、台湾が相次いで領有権を主
張しはじめた地域である。

昨年は、中国人活動家が不法上陸して逮捕され、日中で外交上の大きな懸案になる
場面もあった。

国連改革がいよいよ正念場を迎え、日本の国連常任理事国入りが現実的な課題とし
て浮上している一方で、日中問題はこのところ緊張感を増している。靖国問題(小
泉首相の初詣中止は情けなかった)や中国原子力潜水艦の領海侵犯問題の展開など
を見ていると、国民が「日本はナメられている」と感じるのは当然だと思う。サッ
カー場で日本の国旗が焼かれた事例などを見ても、中国サイドで徒らに反日感情を
煽っている印象も拭えない。外交については多面的な物の見方が必要であり、国政
政治家として個別問題についてはより深く勉強し、より慎重に発言していきたいが、
「国民感情」のレベルで緊張関係が生じているのは明らかであろう。

このタイミングで、日本の国会議員が、両国間の領土問題についても超党派でしっ
かりとフォローしていく姿勢を見せることができたのは、有意義だったと思う。

飛行機酔いや宮古島空港でのシュプレヒコールなど、エピソードの多い旅だったが、
これらについては別途「代議士日記」で触れることにしたい。

昨年夏に初めての海外視察で訪問したサハリン州のいわゆる北方領土問題を含め、
「領土問題」については、これから長い視点でフォローし、取り組んでいきたい。

【稲嶺知事との面談に関するネット配信記事】
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200501131300.html#no_6

【尖閣諸島問題に関する外務省の基本見解】
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/

【尖閣諸島問題に関する民間研究者のHP】
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/


[401] “切り込み隊長”〜 年頭記者会見とその反響。 2005-01-11 (Tue)

1月6日午後、今年も県政記者クラブで新年恒例の年頭記者会見を行った。

昨年の会見が地元紙に採り上げられ、『財界と接点を持つ』『経済の津村をめざす』
といったタイトルを付けて頂いたので、今年は「穏健な二大政党制」「保守層への
切り込み」「人材発掘」等を自分なりのテーマとして話をする。約10分の冒頭あ
いさつののち、約20分の質疑応答があった。

把握しているかぎりでは、翌日2紙が報道をしてくださったようだ。山陽新聞さん
と岡山日日新聞さん。それぞれ次のようなタイトルが付いていた。

 ● 山陽新聞  「対話を進め穏健な保守2大政党制を」
 ● 岡山日日新聞「保守層にも切り込みたい」

その後、さまざまな反響を頂いた。

“保守”という言葉が前面に踊ったことや、記事の中に「津村氏は“岡山の民主党
は旧社会党、旧社民連のメンバーが中枢を占め、革新的なイメージが強いため、い
まひとつ伸び悩んでいる”と指摘」という表現があったため、一部の支持者の方を
戸惑わせた面があるようだ。また、保守支持層への“切り込み隊長”という役割に
ついて、まったく違う角度からの反響もあった。ありがたいこと。

公の場での政治家の発言であり、報道内容について特にコメントすることは考えて
いない。強いていえば、津村の発言を偽りなく報道して頂いたと思う。

ただ、前後の言い回しも含め、この記者会見に込めた津村なりの思いをより多くの
方に知って頂きたいと思うので、今週中に「テープおこし」を当HPにアップしよ
うと考えている。ご心配をおかけした方にも読んで頂きたい。

本日はこれから岡山大学でゼミの講師を務め、明日、あさっては衆議院安全保障委
員会の視察団で「尖閣諸島」の視察に赴く。どちらも政治家としてやりがいのある
仕事で、楽しみにしている。

「テープおこし」のホームページ掲載は週末になる見通し。その節は、ぜひご一読
願いたい。

衆議院議員  津村 啓介


[400] 代議士日記ダイジェスト 2005-01-10 (Mon)

■ 1月8日(土)

6時、事務所集合。

7時、三井造船和田門で門立ち。60分。

8時、三井労連会館でコーヒーブレイク。

10時、平井学区新年ふれあいパーティ。準備中に30分、挨拶まわり。

11時、石井まさひろ県知事の新年祝賀会。岡山プラザホテルにて。

13時すぎ、民団新年賀詞交歓会。ロイヤルホテル。ゲスト金鐘泌元国務総理。

14時すぎ、民主党岡山県連常任幹事会。

16時、岡山県病院協会新年祝賀会。

20時、プレキックオフ会議。深夜まで。


■ 1月9日(日)

今日は超ハードな1日。それだけに充実感もひとしお!

6時、起床。6時半、事務所集合。

7時、京橋朝市。田口、林、インターン村田&南方。

8時、スマトラ沖地震の街宣。

9時半、瀬戸内市邑久町エリアの「成人式」。

11時、瀬戸内市長船町エリアの「成人式」。

12時、N町内会新年互礼会。

14時、宇野学区各種団体等連絡協議会。

16時、消防団新年会。

18時、別の消防団新年会。

20時、津村啓介事務所「2005年キックオフ会議」。

22時、インターン歓迎会。

24時、秘書2人と面談。


■ 1月10日(月祝)

8時半、事務所出発。8月の函館旅行以来、約4ヶ月半ぶりの自動車運転!

8時45分、学区グランドゴルフ総会および大会。30分。

9時半、事務所でデスクワーク。

14時、萩原誠司岡山市長を囲む新春の集い。岡山プラザホテル。

17時、西大寺愛郷会新年月例会。西大寺コミュニティ。

19時、お世話になっている地元議員と会食。佐竹秘書も同行。有意義!


[399] 代議士日記「1月7日(金)」 2005-01-10 (Mon)

■ 1月7日(金)

昨日の県政記者クラブにおける年頭記者会見の記事が、山陽新聞(朝刊)および岡
山日日新聞(夕刊)に掲載される。

6時、起床。6時15分、事務所でまず新聞記事をチェック。田中車に乗る。

7時、三井造船正門にて門立ち。二宮委員長や県議、市議の皆さんが街頭演説をさ
れている近くで、配布物を配りながらの声出し。「おはようございます!今年もよ
ろしくお願いします!!」「お疲れさまです!!!」今日も500部近く配れた。

8時、恒例のコーヒーブレイク。

9時、灘崎町の挨拶まわり。3軒のみ。

11時、三勲学区「七草粥を祝う会」。
支持者の方からの情報が、事務所スタッフの情報収集網に引っかかり、飛び入りで
参加させていただく。10数年の歴史がある行事のようで、美味しい七草粥を頂く
ことができた。町内のリーダーが大勢集まり、貴重なお話を沢山聞くことができた。

午後、森本県議の事務所を訪ね、懇談。山陽新聞記事に関する問い合わせが数多く
あることについて、新聞記事に掲載されたコメントは実際に津村が発言したものに
相違ないことをお話しし、その上で前後のやりとりについて仔細に報告。森本県議
からは、ご自身の経験に根ざしたアドバイスと温かな励ましを頂いた。津村からは、
自らの発言が結果として失礼なニュアンスを持ったことにつき、最後に改めてお詫
び申し上げた。その後、さらに次期総選挙に向けた津村事務所の課題について、多
角的なアドバイスを頂戴する。津村にとっても、増田秘書にとっても大きな刺激と
なった1時間強。

その後、年始あいさつまわり。
連合加盟の産別組織を数ヶ所まわり、それぞれ懇意にしていただいているリーダー
の方々と懇談。ある尊敬する方からは「私たちはあなたを信頼していますから、遠
慮も挨拶もいりません。全く違う色んな声が耳に届くと思いますが、あなたの信念
のとおりまっすぐに行動して頂くことが大切です。頑張ってください。応援してい
ます」と、力強く握手して頂いた。こういう一言って、本当に感動するものです。
絶対に裏切ることはできません。

18時、連合岡山賀詞交歓会。岡山プラザホテルにて。
毎年のことだが、大盛況。NTTの皆さんを皮切りに、お世話になっている各組織
の皆さんと挨拶をしてまわる。ちなみに余興のアトラクションは、瞳ナナさん。年
末にこのHPで紹介したばかりの方だったので、とてもびっくり。姫井県議も同じ
ことを仰っていた。最後に後片付けをしている会場の方々に挨拶をし、出口で挨拶
をしていた連合岡山幹部の皆さんと記念撮影。

21時、玉野市の消防団の新年会。
毎月「防災の日(7日)」に訓練しているとのことで、新年最初の訓練後の飲み会
にジョイントした格好。田中秘書が大人気。だいぶお酒を頂きました。

23時すぎ、連合岡山の幹部と民主党岡山県連の若手の二次会。
遅れて参加してみたら、なごやかな雰囲気でいい感じ。津村の昨日の発言について、
皆さんから意見や励ましを頂いた。議論を喚起した格好になった。ともあれ、一部
の方に不愉快な思いをさせてしまったことは間違いない。


[398] 代議士日記「1月6日(木)」 2005-01-10 (Mon)

■ 1月6日(木)

6時、起床。6時すぎ、事務所で田口車に乗る。国会事務所勤務の河田も同行。

7時、三井造船日の田門で門立ち。
組合関係の方々が県議、市議の皆さんと毎年恒例で行っている年始の街頭挨拶に参
加させて頂いた。約1時間の間に500以上の配布物をお配りすることができた。

8時、三井労連の事務所で、コーヒーブレイク。
国会の河田秘書を皆さんに紹介したり、今後の日程調整について話をしたり。9時
近くまでゆっくりさせて頂いて、失礼。

10時、事務所。

日中は、円山の津村事務所で「代議士日記」を鋭意執筆。14時ごろからは、本日
の年頭記者会見のレジュメ作成に30分弱を費やした。最後は駆け足に。。。

15時、県政記者クラブにおいて、年頭記者会見。30分強。
まず冒頭、10分ほど津村がレクを行い、さらに記者との一問一答が20分程度。
「民主党のウイングを広げ、穏健な二大政党制をこの岡山にも定着させるため、従
来の保守層にも積極的に切り込んでいきたい」という思いを、率直に述べた。その
後、記者さんの求めに応じ、「近影」を撮る。

16時半、牛窓町挨拶回り。6軒。
市議さんを中心に、年始のご挨拶。今夜の新年会に急遽参加させていただくことに
なったため、その「仁義を切りに」行った格好。

18時、瀬戸内市議会議員有志の新年会。牛窓町「魚魚(うおうお)」にて。
邑久・長船・牛窓の3町が昨年11月1日に合併し、12月5日の選挙では前邑久
町長の立岡脩二さんが初代市長に選任された。本年5月には初めての市議会選挙が
行われる見通し。新しい市の発足を円滑に進めていこうというお気持ちだろう。皆
さん和気藹々と懇親を深められていた。地元選出国会議員として招かれたのは、熊
代代議士と津村。最近挨拶まわりをした方が多く、話がしやすかった。結局最後ま
でお邪魔し、21時ごろ終了。

21時すぎ、さらに二次会へ。10人ほどのメンバーで密度の濃いひととき。


[397] 代議士日記「1月5日(水)」 2005-01-10 (Mon)

■ 1月5日(水)

本日は、岡山中央卸売市場の「初せり」。昨夜が遅かったため、殆ど眠れなかった。

2時45分、起床。

3時、事務所で増田、根木、林の3人と合流し、「初せり」へ。
カイロ貼り等の防寒対策を周到に行ったのち、出発。「丑三つ時」だけに、車が全
然走っておらず、スイスイ。3時45分ごろ、岡山卸売市場に着いた。居合わせた
市議さん方や職員の方々に挨拶。その後、萩原市長や熊代代議士も到着された。

4時すぎ、水産物市場にて、初せり。
市長や中国農政局長の挨拶のあと国会議員や各級議員が紹介され、さらに三本締め
をしてから、せりがスタート。目の前で世界各地から届いたマグロの取引が始まる。
国内産もあれば、モルジブ産もあった。津波の影響はあったのだろうか。市場関係
者の中に支持者のFさんがいて、周辺をご案内いただく。年末の地元テレビで紹介
されていた女性の仲買さんを見かけてので、一緒に記念撮影。この世界、女性はま
だまだ珍しいとのこと。その後、お店を個別にまわってご挨拶。

5時すぎ、青果物市場にて、初せり。
少し時間にゆとりがあるとのことで、ここではマイクを握ってご挨拶をさせて頂く。
その後、せりの模様を見て回った。黄ニラや備南ナスなどが出荷されている。日頃
から親しくお付き合いさせて頂いている農協の方からは、他県選出の民主党議員に
ついて辛口のご指摘も。しっかりと拝聴する。ここでもお店を個別に回った。

6時、お店まわりを継続。
市場文化会館に朝食が用意される時間になったが、1軒1軒お店を回っていたら、
どんどん時間が過ぎていった。関連棟も全軒訪問。

7時すぎ、花き市場にて、初せり。
昨年11月から2時間早まったとのことで、連続して訪問することができた。仲買
さんは別だが、落札後の花の仕分けなどで、女性が大勢働いていらした。だんだん
日が昇ってくる。

8時、岡山中央卸売市場新年互礼会。
逢沢一郎代議士に続いて、来賓挨拶をさせて頂く。卸売市場法の改正など、市場を
取り巻く環境は激変しつつある。資本主義経済の心臓部であり、国の活力の源とも
なるだけに、無理なくしかし着実に、改革を進めていかなければならない。

9時半、円山の津村事務所。
初せり向けの重装備を着がえ、高井たかし君をピックして、10時出発で玉野へ。
途中でさらに、普段から大変お世話になっているNさんをピック。

11時、玉野商工会議所主催の新年互礼会。
毎年、ダイヤモンド瀬戸内マリンホテルで行われる恒例行事。片山虎之助参議、熊
代昭彦代議士に続いて、スピーチ。新人議員として過ごしたこの1年で、玉野市に
関して最も記憶に残ったのが台風被災後の対応。田中秘書とともに、数々の地域コ
ミュニティを回り、消防防災無線の重要性や縦割り行政の弊害について教えて頂い
たことや、11月の衆議院災害対策特別委でその成果を挙げられた話をし、今年も
ご指導下さいとお願い。最後に、高井たかし君を紹介した。乾杯後は、各テーブル
をまわって、ご挨拶。12時半ごろ終了。

12時半すぎ、三井労連の事務所を訪ね、年始挨拶。いつも本当にお世話になって
いる皆さん。「今年もよろしくお願いします!」その他打ち合わせなど。

14時すぎ、円山の津村事務所。
昨夜殆ど眠れないまま、今朝は「初せり」で歩きまわったので、さすがに疲労感。
自宅に戻って、しばし休憩。

17時、国際ホテル新春賀詞交歓会。
これも年初の恒例行事。最初に和風な踊りがあり、その後に知事、市長がご挨拶。
乾杯のあと、国会議員の挨拶が続く。かなり長く挨拶される方もいらしたが、津村
は約2分くらいでスピーチ。今年は地元活動をさらに充実させ、地域の政策ニーズ
を吸収していきたいという思いを述べ、最後に菅源太郎君と高井たかし君を紹介。
スピーチ後は各テーブルを回ってご挨拶。最後まで残って、ホテルサイドのスタッ
フの皆さんにも声をかけてまわった。司会の方とも挨拶し、ホームページの話など。

20時ごろ、事務所に帰る。

その後、増田公設第一秘書と食事。近づく「津村事務所2005年キックオフ会議
」に向けて、深夜まで経営計画や人事構想を話し合った。


[396] 代議士日記「元旦〜1月4日(火)」 2005-01-06 (Thu)

■ 代議士日記「元旦」

新しい年。政権交代への土台を作る、堅実な一年を過ごしたい。

6時過ぎ、起床。
6時半に菅源太郎君とスタッフのY君にピックアップしてもらい、江田五月参議院
議員のご自宅へ。江田議員、高井たかし君と合流。

6時45分、江田邸を発ち、操山(みさおやま)へ。
岡山で政治活動を始めて以降、3年連続している元旦のお決まりパターン。

7時10分過ぎ、初日の出。
地平線上に雲が垂れ込めており、少し遅れての御来光となった(「御来光」という
言葉自体は、夏の季語だそうですね)。記念撮影。Y君がカメラ係になってくれた。

続いて、吉備津岡辛木(きびつ・おかからき)神社への初詣。
記帳など。地元支持者の方々から次々と声をかけられる。「今年もよろしくお願い
します!」今年の願いごとは、、、内緒です。

8時過ぎ、江田邸に戻って、京子夫人に年賀のご挨拶。
そして、朝食。お屠蘇がわりにお酒を頂き、さらに江田家秘伝のお雑煮を頂く。母
や津山の祖母が作るお雑煮とソックリ。共にルーツは津山線沿線です。

9時過ぎ、増田秘書が迎えに来、皆さんと年賀のご挨拶。
その後いったん事務所に戻り、ドライバーを根木に交代。今年の年末年始は、増田
&根木の2人体制です。

10時、久々井&宝伝両消防団の元旦放水。
昨年の台風で大きなご苦労があった久々井・宝伝の両消防団が元旦放水をされてい
ると聞き、お邪魔。最後は殆ど“ビールかけ”になっていました。潮水を浴びた根
木カーは真っ白に。。。新年早々の皆さんの明るい笑顔に地域の皆さんの結束、絆
を実感。「昨年の台風の際は、田口秘書はじめ津村代議士の事務所の皆さんに本当
にお世話になりました」とのお言葉を頂く。津村からも年頭のご挨拶。

10時半、瀬戸内市長船地区の元旦挨拶まわり。旧長船町全域で、13軒。
政治の先輩や各地域のリーダーの方々に賀詞を述べる。きちんとご挨拶をするのは
初めての方も多かったが、3軒の方がお宅に上げてくださり、お正月料理やお茶を
頂いた。「経験不足の、駆け出しです。本年もどうぞよろしくお導き下さい」。

14時、事務所に帰って、しばしデスクワーク。午後の挨拶まわりの準備など。

15時半、岡山県護国神社前で「元旦街宣」。70分。
この神社には、祖国日本のために尊い命を失った岡山県出身の英霊が多数まつられ
ている。小泉首相が靖国参拝を中止したとの報道も流れる中、「戦後60年を迎え、
国連改革が進む本年は、日本外交のビジョンが問われる年になる」と前置きをし、
12月の党大会における岡田代表演説を引いて、民主党の基本的な立場を訴えた。
対中政策がブレ続ける、理念なき小泉外交。一刻も早く、倒します。

16時半、岡山市内の元旦挨拶まわり。操南地区を中心に、16軒。
昨年の岡田代表来岡の際にお世話になった方々など、地域のリーダーの皆さんたち。
イベント参加の案内や地域での紹介など、さまざまな形でお世話になっている方々。

20時過ぎ、津村事務所ミニ新年会。
支持者のOさんから頂いた“おせち”を囲みながら、新しく公設第一秘書になる増
田、第二秘書の根木と2人で新年を祝う。


■ 1月2日(日)

9時過ぎ、起床。

9時半、事務所で田口車に乗る。今日は珍しく、私服(ジーンズ)でお出かけ。

10時、森本てつま後援会新春グランドゴルフ大会。
毎年正月二日に行われる恒例行事。今年は5区の花咲ひろき君や高井たかし君など
新しい仲間も加わって大盛況。津村は前半を21で回り、優勝争いの一角に加わっ
たが、意識しすぎで後半崩れ21位。精神力を鍛えなければ。。。

12時、同懇親会。
森本後援会は、結束が固く、皆さん熱心。今回の大会も早くから準備され、お昼の
用意も万全。参加者の皆さんは、皆さん穏やかな笑顔で楽しんでいらした。津村は
表彰式のプレゼンテーター。お決まりの『初志貫徹』色紙を、上位入賞者に贈呈。

14時、クレド近くの交差点で、「初売り街宣」。30分。
僅か30分ほどしかできなかったが、若い人を対象に書いた「YOUNG げっつ
む!」が300枚以上配布できた。演説の内容は、年金、国連常任理事国入りなど。

15時、千葉ロッテマリーンズ竹原直隆選手を励ます会。岡山メルパルク。
可知小学校のスポーツ少年団で才能を見出され、旭東中学、関西高校、城西大学、
三菱自動車岡崎でキャリアを積んだ日本代表選手の竹原君が、昨秋のドラフト会議
で見事ロッテに指名され、翌日入団。三菱自動車の野球部が活動休止をするなど、
苦労も多かった彼の野球人生だが、大きな飛躍へのチャンス。夢はメジャー。地元
の同じ“新人”として、大いに応援していきたい。3分のスピーチを冒頭にさせて
頂いたが、彼の楽しい仲間たちと話しているあいだに時が過ぎ、結局3時間。最後
まで楽しませていただいた。

18時過ぎ、岡山市内で年始のご挨拶まわり。7軒。
まだまだ馴染みの薄い地域のリーダーの皆さんを回ったが、少しづつお話できる時
間が増えてきた。具体的なアドバイスも数多くいただく。

20時半、田中&Misatoと3人で、カラオケへ。
年始のカラオケボックスは、大混雑。2時間さまよった末に、ようやく空いている
お店に辿り着きました。

家に帰って、楽しみにしていたいくつかの正月特番を見る。DVDの効用。

今夜はすっかりリフレッシュ。また明日からも、頑張ります!


■ 1月3日(月祝)

7時過ぎ、起床。

7時半に、事務所。田中&林と集合し、朝立ちの準備。今日からは「増田&根木」
が「田口&田中&林」にチェンジ。年末年始は大きく2交代体制にした。

8時、新鶴見橋にて、朝立ち。60分。
とても寒く、口が回らなかったが、正月休みの早朝にもかかわらず、通行量は多い。
反応も上々だった。「こんな日まで、君はよく頑張ってるね」。力の湧く一言。

9時過ぎ、事務所で挨拶まわりの準備など。途中、自宅に帰って、部屋の片付けも。
倉敷市長の新春対談を見る。先日「国政報告」に出演した直後だけに、下準備の大
変さがよくわかる気がする。良く出来た作り。内容も興味深く、見応えのあるもの
でした。

11時ごろ、瀬戸内市邑久町&牛窓町方面へ、年始のご挨拶まわり。20軒。
市議さんを中心にご挨拶をしていたら、牛窓に入った途端、皆さんお留守。戸惑っ
ていると、ある奥さんが「○○へ行ってみなさい」。行ってみると、町議経験者の
方々が10人近く寄って、牡蠣をつついていらっしゃった。仲間に入れて頂いて、
小1時間ほどお邪魔。今日ばかりは党派を超えて、のどかな初春のひとときを過ご
させて頂きました。ありがとうございました。

16時、江田邸新年会。
3年連続でほぼフル参加しているが、13時からが1、4、5区、15時からが2、
3区、17時からが各級議員と決まっていたことや、直前に牡蠣焼きが入ったこと
もあり、途中参加となった。15秒ほどの挨拶のあと、お酒をお注ぎしてまわり、
さらにお一人お一人からお話を伺う。回ったことのないお宅への訪問や街頭活動を
重視するあまり、ついつい不義理をしがちな大事な方々とゆっくり話すこの機会は
本当に貴重。今年は高井たかし君ほか、新しい仲間も増えた。大きな飛躍への足が
かりとしたい。この会に来るたびに思い出すのは、2年前の磯野君の挨拶。「皆さ
んのお力で、どうか津村啓介を当選させてください!」と、顔を真っ赤にしながら、
大きな声でお願いをしてくれた。

19時ごろ、江田邸ご近所の新年会へ。
選挙のたびにご家族でフル回転してくれるお宅に、ご友人が多数集まっていらした。
江田さんとともに、30分ほどお邪魔したら、こちらも大盛り上がり大会。

20時過ぎ、再び江田邸新年会。最後は内輪のメンバー。

今日の新年会では、京子夫人はじめ江田さんの女性支援者の皆さんが大活躍。津村
事務所からは、田中、林、田口が裏方として参加。頑張ってくれた。


■ 1月4日(火)

7時、起床。朝の準備に少し手間取り、秘書を待たせる。

7時半、事務所で田中&林と合流。

7時45分、相生橋で朝立ち。45分。
本日は、県庁はじめ各自治体・企業の「仕事始め」。「政権交代の土台を作り、政
治の世界にも二大政党による緊張感のある競争を実現していきます。今年もよろし
くお願いします!」と年頭の決意を訴えた。地元紙から取材の申し込みがあり、演
説する津村の後ろ姿が撮影される(当日の夕刊1面に大きく掲載されました<名前
を書いたのぼりは白く塗られていましたが>)。県庁の始業時間である8時半まで。

いったん事務所に寄ったのち、田中の運転で、玉野へ。

9時50分、玉野凧揚げ大会。日の出競輪局駐車場にて。
参加者約150人、スタッフ約100人の大きな大会。お世話になっている方々が
多数関わっていらっしゃることもあり、今日は開会前から後片付け、懇親会までフ
ル参加。参加者の皆さんと手作りの凧をみると、トリ年だけあって、鳥の絵が目立
つ。なかにはヒヨコの絵も。挨拶の後、虎の着ぐるみを着た子どもさんと一緒に記
念撮影も。

11時、玉野市役所に挨拶。
凧揚げ大会を少しだけ抜けて、やはり仕事始めの玉野市役所を訪ね、幹部の方々や
組合の事務所、記者クラブなどへご挨拶。市長の年頭挨拶の内容をお尋ねし、市政
の課題を再確認。

11時半すぎ、再び凧揚げ大会。
ちょうど閉会式をやっており、田中秘書と2人で、その後の後片付けに参加。机を
運んだり、テントの骨を運んだり、単純な力仕事は得意です。

12時すぎ、地域コミュニティの懇親会。
凧揚げ大会のスタッフの皆さんと、打ち上げをかねた新年の懇親会。「後片付けま
でしてくださったのだから・・・。」と特別にお誘いいただいたので、甘えること
に。スピーチ、乾杯の音頭、その後お1人お1人まわって挨拶し、最後はカラオケ
&記念撮影。新年早々、一年分お世話になったのではと思うほど。そんなことは言
わず、これからもよろしくお願いします!

15時半、マスコミ各社へのご挨拶まわり。
江田五月さんと合流し、まずはNHKとRSK。両局のトップの方々と当面の政局
について話したり、江田五月さんの新しい秘書で県庁情報政策課長経験者の高井た
かしさんのご挨拶をしたり。その後、他社を回ってご挨拶。

17時45分、新鶴見橋で夕立ち。30分。
既に周囲は真っ暗だったが、田口&田中&林の懸命の手振りと立て看板のおかげで
相当アピールできた感じ。他党関係者の方が何人か通られたようで、後で「寒かっ
ただろう。何かと思ったよ。どこにでもいるねえ、君は」と声をかけられた。近く
のホテルで与党代議士の新年会があったからのようだ。

18時半、電力業界の方々の賀詞交歓会。
江田五月県連代表とともにご紹介いただき、その後上京された江田さんになりかわ
って、各テーブルを回る。大盛会だったこともあって、回りきれず。主催者の方々
などから、民主党の各級選挙への取り組みにつき、貴重なアドバイスを数々頂く。

20時半、二次会。
日ごろからお世話になっている労働界のリーダーの方々2人にお誘いを受け、食事。
率直な意見交換をさせていただいた。この1年、民主党の党勢拡大に思いっ切りの
力を注ぎたいと、お伝えする。懐の大きな先輩。

家に帰ると、夜半過ぎになっていた。速攻布団に突入し、丸太のように眠る。


[395] あけましておめでとうございます。 2004-01-01 (Sat)

あけましておめでとうございます。

夢だった政治家になり、衆議院議員として働いた最初の1年が暮れていきました。

初めての通常国会の冒頭で議員立法を提出し、3月には新人議員のトップを切って衆議院本会議の「答弁」席に座りました。6月には年金法案の強行採決を阻止しようと徹夜国会を闘い、懲罰動議にかけられもしました。夏から秋にかけては、地元の台風被害を受け、激甚指定や消防無線の整備に力を注ぎました。大臣答弁を引き出して新聞に採り上げられた時には、感慨を覚えたものです。

いつも笑顔で私や仲間を支えてくださる支持者の皆さん、失敗も多い試行錯誤の毎日をおおらかな気持ちで受け止めて下さる皆さんに、感謝の言葉もありません。

新しい年が始まりました。「初心忘るべからず」をモットーに今年も前に進みます。

今年も、「若い力」にご期待ください。

                      衆議院議員 津村啓介


[394] 代議士日記「おおみそか」 2004-12-31 (Fri)


朝起きたら、大雪が降っていました。自宅前の積雪は5cmくらい。

通勤途中の根木秘書からは車が動かないとの情報も入り、急遽バス通勤してもらう
ことに。

10時過ぎ、事務所で増田と打ち合わせ。大雪対応で日程変更を余儀なくされたが、
少しでも多くの活動を行うための情報収集&意見交換。その後、午前中はまだ書け
ていなかった年賀状作成作業。

12時半、増田運転で、玉野市方面へ挨拶まわりへ。雪のため、ところどころで徐
行しながら、20先以上回る。大晦日のご挨拶ということで、多くの方から激励を
頂いた。最後に団体の訪問も。

17時半、事務所で少しデスクワーク。

18時、年末街宣。民主党岡山県連の街宣カーを借り、「災害の多かった1年もあ
と5時間少々で終わります。良いお年をお迎えください」というアナウンスをして
地域を回った。操山周辺を一周。民主党の先輩代議士が毎年大晦日に実践している
そうで、1時間だけ試してみました。うるさがられるかと思いきや、手を振ってく
ださる方もチラホラ。

19時過ぎ、事務所に帰ってみると、支持者のOさん母娘が「おせち」を持って尋
ねて来てくれていた。本当に感激。今年一年本当にお世話になった方。

ケーキも頂き、始まったばかりの紅白を観ながら、増田&根木と3人でミニ忘年会。

その後、代議士日記の執筆など。

ただいま、21時。これから江田五月参議院議員のお宅に伺い、食事をいただき、
その後毎年恒例の「除夜の鐘回り」への突入します!

皆さん、良いお年をお迎え下さい。


[393] 代議士日記「12月27日(月)〜30日(木)」 2004-12-31 (Fri)

■ 12月27日(月)

本日より、林秘書デビュー。

6時半、事務所に集合。増田、林と合流し、朝立ちへ出発。

7時、JR西大寺駅前のロータリーで、朝立ち。津村がマイクを握って演説し、増
田&林が「げっつむ!」を配るスタイル。とても寒いが、大勢の方が手に取ってく
ださった。ちょっと頑張って、90分。8時半終了。

午前中は、デスクワーク。次期総選挙勝利に向けた来年以降の活動計画を検討中。
題して【ACTION PLAN 2005】。新しいアイデアを次々と打ち出す
一方で、非効率な活動や既に一定のレベルに達した活動は思い切ってカットする。
ヒト・モノ・カネ・情報はそれぞれ有限であり、元気な活動を続けていくためには
適度なスクラップ&ビルドが必要と考える。経営者としての時間。

13時、昼食。今日もまた、ネギ焼き(2人前)。

13時半、UFJ総研のUさん、Nさんが事務所へ。「ローカル・マニフェスト」
のあり方について研究をされているお2人。津村がPT座長として構想、作成した
『おかやまマニフェスト』について取材を受けた。わざわざこの取材のために東京
から出張していらっしゃったとのこと。ついつい説明にも力が入る。政局的な話か
ら、学究的な話まで多岐にわたって私見を述べる。津村は法学部政治コースの出身
だが、大学時代に勉強した政治論と現実の政治活動の橋渡しするような議論になり、
知的興奮を覚えた。1時間半ほど。

その後も【ACTION PLAN 2005】の検討を継続。

18時、津村事務所恒例の「年末大掃除」。各秘書が大健闘。床掃除やトイレ掃除
や窓拭き。津村は、窓拭きと「ゴキ担」。使用済みゴキブリホイホイを処分し、新
規のゴキブリホイホイを2軒建設(?)。

19時半ごろ、田口秘書と個人面談。今年新卒採用した田口だけに、一般企業やお
役所で働く同世代の仕事振りも意識しており、スキルアップへの関心も強い。問題
意識を共有しながら、いつか巣立つ日に「津村事務所で働いてよかった」と思って
もらえるよう指導していきたい。

20時過ぎ、増田と面談。前夜の会食で意見交換をしていたこともあり、多くの課
題について意識を共有しているが、実行実現のための議論をさらに重ねる。今後の
事務所人事については、採用・給与も含め、増田の裁量にさらに任せていきたい。

夜、近くの居酒屋で一人で食事。元超短期インターンのE君が友達といて、挨拶。

今夜もワイン。


■ 12月28日(火)

6時半過ぎ、事務所にて、田中&林と合流。

7時過ぎ、JR上道駅前の交差点付近で、朝の街頭演説。ズボンの下にパジャマを
履くべきだった。とても寒く、後半は震えながらマイクを握り続けた。このスポッ
トは立ち位置が難しい。田中、林は「げっつむ!」配り。90分。

車に乗っても、事務所に帰っても震えが止まらず、9時から11時まで自宅で休養。
薬を飲んで寝たが、効果を実感できない。

11時半、事務所で秘書採用面接。増田事務所長が担当したが、途中から暫時陪席。
短期アルバイトを希望の方。優秀な国際派。

午後、田中秘書の案内で、玉野市の挨拶まわり。時間が中途半端になってしまい、
10先ほどしか回れなかったが、企業トップの方や玉野応援団のリーダー格の方な
ど、充実した内容。

18時、そのままの流れで、年末消防夜警回りの陣中見舞いへ。玉野市長の慰問コ
ースを時間差で回り、続いて灘崎町へ。敬礼を受けたり、消防団特製のチョコレー
トパフェをふるまって頂いたり、岡山市との合併で今年が最後の夜警になる「灘崎
町消防団本部機動部」の皆さんと少しかしこまった記念撮影をしたり。。。あっと
いう間に夜が更けました。公営の消防署に寄ったり、最後はまた玉野市に戻ったり
しながら、結局20先以上を訪問。未明2時ごろ終了。実に濃ゆく、楽しい夜でし
た!!!


■ 12月29日(水)

6時起床。6時半、事務所で田口秘書と合流。

7時、京橋朝市〆市に参加。毎月第一日曜日にある京橋朝市だが、年末だけは特別
に2回行われる。今年最後の朝市は、真っ暗。約40分、「げっつむ!」を配った。

7時45分、相生橋で朝立ち。ぶっちゃけて言うと、お役所の「仕事納め」を1日
間違えていた。県庁の皆さんに「災害の多かった今年1年。本当にご苦労さまでし
た」と言うつもりだったのだが・・・。もっともケガの功名で、京橋朝市帰りの皆
さんに大勢聞いて頂くことができた。結果オーライ!

午前中は、また少し休養し、その後デスクワーク。この時期の大きな仕事として「
消防夜警回り」があるのだが、初めて訪問するところも多く、また担当秘書が未経
験だったりもするため、事前の準備に少し時間がかかる。何事も積み重ね。来年に
生かしていきたい。

午後は、岡山市内の挨拶まわり。上道、高島地区など。10数件。なかなか進まな
い。

18時過ぎ、夜警回り2日めをスタート。今日は岡山市内の約20ヶ所をまわり、
署長の巡視に立ち会ったり、今年台風被害で大変な思いをされた地域を順番に回っ
たりしながら、苦労されたエピソードを伺って回る。特に親しい幾つかの分団の方
々にお酒を沢山頂いて、かなり気持ちよくなりました。夜警回りは普段お忙しい世
代の皆さんとトコトン膝詰めでお話ができる貴重な機会。表面的な顔見せに終わら
ないお付き合いを模索しながら、移動の車中では、秘書とミニ反省会を続ける。今
日の担当秘書は、田口&林。

家に着いたら、未明3時になっていた。


■ 12月30日(木)

本日は、朝立ちを断念。当初予定を変更し、年末年始の強行スケジュールに備える。

11時、事務所に出勤。日程の確認や再調整など。

12時過ぎ、田口秘書の運転で、瀬戸内市方面に挨拶まわりに出発。今日は牛窓。

13時半、根木秘書の自宅にお邪魔し、昼食をご馳走に。お母様や弟さんもご一緒。
すっかりくつろがせて頂きました。お母様は実にチャーミング、弟さんはとっても
ナイスガイ。朝方根木秘書から誘ってもらい、甘えて突然のお邪魔をしましたが、
素敵な家庭訪問になりました!気持ちもリフレッシュ!!

そのまま、数件挨拶まわりを続け、15時に江田邸へ。

15時過ぎから夕方まで、江田五月参議院議員とともに、若干のご挨拶まわり。

18時過ぎ、消防夜警回り最終日。本日は瀬戸内市。去年回りきれなかったところ
から訪問しましたが、時間が早く、まだ始まっていないところも。おとといの田中
に続き、今夜の根木秘書も大人気。彼女はラーメンづくりのお手伝いまでやってま
した。当エリア担当の田口秘書は、地域のイベント情報を収集。幾つかの消防団は、
我々「若い力。」チームが来るのを待ってくれていました。

別働隊として、増田が江田さんチームに随行、田中が玉野市を回って深夜まで頑張
りました。この3日間、全員野球で「地域密着」の年末を過ごしました。

今夜も就寝は、未明3時。


[392] 代議士日記「12月25日(土)、26日(日)」 2004-12-31 (Fri)

■ 12月25日(土)

今日は、クリスマス。

7時半、事務所で田口秘書と待ち合わせ、新鶴見橋へ。めっきり寒く、黒いコート
を着込んでの街宣。気のせいか、いつもより反応が良い。クリスマスだからか。

9時半、円山の岡山事務所でデスクワーク。途中、自宅と往復など。

11時半、事務所を出発し、ハンセン氏病患者の皆さんが過ごしている長島愛生園
へ。運転は田口秘書。

12時、長島愛生園園内の福祉会館にて、国政報告会。江田五月さんも一緒。途中、
少し時間を頂いて、園内放送でもご挨拶をさせて頂いた。以前ラジオに出演させて
頂いた時と同じ不思議な気分。愛生園では去年に続いて2回め。

放送後、約2時間、20名ほどの皆さんに囲まれて、国政報告&懇親会。カラオケ
タイムになったので、さだまさし『関白宣言』を歌う。

15時、事務所に戻り、年賀状準備など。

18時、駅前の「みよしの」にて、番町文庫五月会。江田五月参議院議員を支える
幼なじみの皆さんを中心としたアットホームな会。3年連続で参加させて頂いてい
る。スピーチの後、テーブルをまわってご挨拶。最後に出口でもう一度。

夜は、自宅で赤ワインを飲みました。一応クリスマスですから。


■ 12月26日(日)

7時半、根木秘書のピックで、事務所を出発。

8時過ぎ、岡北大橋で朝立ち。ジャスト1時間。高校生、大学生が冬休みに入って
いるからか、心持ち人通りが少ない。通行量は約1000台/Hといったところ。

9時半過ぎ、古都小学校にて、「古都学区歳末餅つき大会」。飛び入りの参加にも
かかわらず、マイクでご挨拶をさせていただく。その後、婦人会の方々とお餅を丸
めたり。。。

長居させて頂いているうちに、地元の農協の皆さんや市役所勤務の方と話し込む形
になり、市の環境行政について詳しいお話を聞くことができた。

12時、スタッフの伊藤さんと面談。津村事務所では年数回、代議士と秘書&スタ
ッフが個別面談をしているが、この年末年始は計2回行うこととした。事務所体制
の強化は永遠のテーマ。率直な意見をいただく。

12時半、根木秘書と面談。この1年間、津村が多数の地域イベントに参加できた
のは彼女の情報収集に負うところ大。「バック」に当たる事務所担当ということで
突発の仕事が発生しやすく、他の秘書に比べても負荷がかかりやすい立場でもある。
今後は日程、会計など基本業務により一層専念して貰えるよう、環境整備を進めて
いくことにしたい。

15時、民主党岡山県連所属の6総支部(衆議院5、参議院1)から代表・幹事長
クラスが集まり、県連事務所でミーティング。党組織の強化やヨコの連携について
率直な意見交換を行った。津村からは、最後に「相乗効果を高める意味でも、HP
上の活動報告や相互の情報交換によって、お互いにノウハウを学び合っていこう」
と提案。我々の目標は高く、大きい。チームプレーができるかどうかは、政党政治
家にとって、とてもクルーシャルなことだと思う。皆さん、頑張りましょ!

17時、姫井ゆみ子県議の忘年会。2夜連続で駅前の「みよしの」。最初の乾杯の
音頭と、途中のスピーチ。いつも花を持たせていただき、本当に光栄なこと。参加
者の方々からサインをお願いされ、15枚ほど書かせて頂きました。将来値打ちが
出るように、頑張って働きます。今日のゲストは、防災関係でお世話になっている
円より子参議院議員。

20時半、田中秘書と年末面談。

その後、増田秘書と会食。今後について、話し合う。


[391] 代議士日記「12月24日(金)」 2004-12-24 (Fri)

■ 12月24日(金)

5時過ぎ、昨日と同じ時間に目が覚めてしまう。

6時15分、増田秘書と事務所で待ち合わせ。

6時半から9時まで、新京橋で朝立ち。2時間半の超ロングランは、さすがに寒い。
スタート時は真っ暗だったが、次第に夜も白み、日が昇っていく。

9時半、事務所に帰って、デスクワーク。写真を選んだり、ホームページの内容を
チェックしたり。

10時、民主党の同僚である鎌田さゆり衆議院議員の議員辞職について、通信社か
ら電話取材。

10時半過ぎ、自宅へ戻り、2時間ほど休養。

13時、事務所で昼食。最近お気に入りのネギ焼き。今週だけで3回めくらい。

午後は代議士日記の執筆など。資金計画がなかなか進まない。

16時、クリスマスイブ街宣に出発。超ド級の渋滞の中、県連を経由してクレドへ。
が、クレド前では既に別の催しが・・・。音楽ショーだったので、さすがに近くで
の街宣は遠慮。天満屋前の交差点に移動した頃には17時を大きく回っていました。

17時20分、瀬戸内市のHさん、県連勤務のTさんにボランティア参加して頂き、
今年から毎年恒例行事となる予定の岡山秘書全員参加の『クリスマスイブ街宣』。
2時間強で約1000人の皆さんに出来たての「YOUNG げっつむ!」を配布。
反応は市街地にしては良好。高校生カップルから、岡山を代表する企業の社長さん
まで、多くの皆さんに声をかけていただいた。バスの中からも多くの皆さんが手を
振ってくださった。身体は冷え切りましたが、心はあったまりました。

20時、K教会でクリスマス礼拝。津村の親戚Iさん一家がピアノや賛美歌を担当
している。終了後、ツリーの前でスリーショット。

事務所に帰りついたのは、21時。増田、根木、田口。。。みんな全然帰ろうとし
ない。やばい職場。支持者の方から頂いたケーキをみんなで食べる。

・・・とてもおいしい。

現在21時半過ぎ、いまから田口秘書と遅めの夕食。

身体が冷え切っているので、焼酎のお湯割りを飲み、身体を温めてから寝なくては。
明日は新鶴見橋で、朝立ち。

Merry Christmas!!!


[390] 日本銀行福岡支店 2004-12-24 (Fri)

党大会終了後、日本銀行福岡支店を表敬訪問。直前のアポにもかかわらず、鈴木支
店長、高井営業課長とも丁寧にご対応くださった。

http://www3.boj.or.jp/fukuoka/

10年前、日銀の新人職員だった津村は、同期のU君、M君を訪ねてこの日銀福岡
支店を訪問し、当時の支店長の行内講演を聴いたことがある。阪神大震災の前夜の
ことだった。その後も支店の皆さんとの交流は続き、政治を志す決意を固めた前後
にはこの支店を通じて知り合った複数の先輩、同期、後輩との交流もあった。当選
後、国会事務所にボランティアでお手伝いに来て下さった先輩、津村の進路に深く
大きな影響を与えた同期、候補者時代の津村を訪ねて岡山でビラ配りをしてくれた
後輩。。。。。

今の支店にはもう、退職や転勤などでお互いを知る方はほとんど残っていないが、
営業課の方の中には仕事でお世話になった方もいらっしゃった。旧知の保健婦さん
はお休みだった。

支店長、営業課長と懇談し、まず、管内経済の動向等について情報交換。今朝の天
神駅前での朝街宣の話も出たので、平田正源(まさのり)候補予定者の話題も出し
たが、既に彼の人となりをよくご存知だったのにはビックリ。その後、高井課長が
店内を案内してくださった。回廊のような施設があり、営業場を一望できる。

同行した祐一郎の印象は「静かな職場」。職員の皆さんは、穏やかだが真剣な表情
で職務に励まれていた。

日銀時代に現場の第一線で鍛えられた感覚やマーケットへの目線、職場で抱えてい
た様々な思いを久しぶりに思い出した気がする。いつまでも忘れずにいたい。

最後まで迷ったが、意味ある訪問だった。


[389] 代議士日記「12月20日(月)〜23日(木)」 2004-12-24 (Fri)

■ 12月20日(月)

ホテルニューオークラ福岡にて、7時、起床。

7時半、ホテル3階のメイフェアにて、民主党両院議員懇談会。本日の流れが説明
され、朝の一斉街宣に向けた意識統一など。

8時すぎ、折からの激しい雨の中、バスで出発。幸い雨は、現地到着前に止んだ。

8時半、西鉄天神駅前にて、朝街宣。津村は岡田代表付きのスタッフ議員として、
平田まさのり候補予定者、岡田代表と並ぶ位置で「手振り」。

ニコニコ笑って手を振っているだけなのだが、今日はカメラも多く、満遍なく目を
配るのは簡単ではない。結構奥の深い仕事なんです。途中、岡田代表に求められて
周囲で配布しているビラをお見せしたり。こういう経験は自分が演説をしている時
のスタッフの立場を理解する上でも役に立つ。

びっくりしたのは、途中、右翼の街宣車が妨害に現れたこと。明らかに岡田代表の
演説をターゲットにしており、「おぉ〜、かぁ〜、だぁぁぁぁぁぁ〜、ぁぁぁ〜、
ぁぁ〜、きさまが総理になったら、ニッポンは潰れるぅぅ〜。演説を止めて、早く
帰れぇぇぇぇ〜、おぉ〜、かぁ〜、だぁぁぁぁぁぁ〜、ぁぁぁ〜、ぁぁ〜!!!」
みたいなことを延々連呼している。お陰で「すわっ、何事か!」みたいな緊張感が
走り、周囲の注目度も高まったという感じもあったが、「選挙は、現代の戦争。何
が起きてもおかしくない。どんな時も気を抜くな」という先人たちのアドバイスを
思い出す。平田正源(まさのり)候補予定者の力強い演説があり、最後に役員室の
先輩・武正公一代議士が締めて、9時半に終了。バスでホテルに帰る。

10時、ホテルオークラ4階平安の間にて、民主党大会「大会本会議」。議事進行
はテンポよく進み、約1時間半で盛会のうちにクローズ。岡田代表の演説について
は「ひとこと」に。最後の平田さんの決意表明は、感動、の一言。

11時45分、日本銀行福岡支店を表敬訪問。平田正源(まさのり)候補予定者の
話題も出たが、既に彼の人となりをよくご存知だったのにはビックリ。時々思うの
だが、日銀の支店幹部は、津村が現役時代に抱いていたイメージに比べ地方政治を
よく勉強していると感じる。こちらも詳細は「ひとこと」に記載。

12時半すぎ、福岡銀行にアポを入れたところ、14時からということに。時間調
整を兼ねて、山崎とラーメン。少し食べ過ぎました。

14時、福岡銀行本店を表敬訪問。寺本清頭取は、日銀OBで、津村の採用面接を
してくださった方。超ご多忙なスケジュールの中、時間を割いてお会いくださった。
外から見た最近の日銀の話、福岡経済の話、寺本頭取のご経験、来年春の衆議院福
岡2区の補欠選挙のことなどが話題に。驚いたのは、寺本頭取が今朝の天神での岡
田代表の街頭演説のことをご存知だったこと。実に情報が早い。

その後、新幹線で帰岡。事務所に帰って、デスクワーク。

18時半、江田五月さんを支える「二十日会」の忘年会に出かけたところ、時間を
1時間間違えていたようで誰もいない。そこで、町に繰り出し、DVDとCDを購
入。DVDは『BON JOVI』のライブ、CDは『マンマミーア』『大塚愛』
『ORANGE RANGE』『コブクロ』。

20時、「二十日会」忘年会。経営者の方々を中心に15名ほど。今日は普段以上
に真剣な政治の議論になりました。

22時、幹事の方に誘われて、もう1軒。1区の菅源太郎君も一緒でした。

長い1日が終わりました。


■ 12月21日(火)

6時過ぎ、起床。同35分、田中秘書と事務所で合流。

7時、朝立ちは、JR大多羅駅。寒い中でしたが、根木、田中の両秘書とともに、
“げっつむ”配りに燃えました。電車が来る前後にはマイクを握っての挨拶もし
ましたが、反応はとても良好でした。通りがかった田原市議の奥様にもご挨拶。

日中は、デスクワーク。山崎秘書の退職や年末年始挨拶まわり先の確定、年賀状、
代議士日記。。。

16時出発で、カラオケ喫茶の忘年会に出席。会場は倉敷市の児島地区にあり、
眼下に瀬戸大橋や四国、下津井の夜景が望めます。カラオケは『なごり雪』。

2年半前、初めて山崎秘書と出会ったカラオケ喫茶のメンバーを前に、その時に
歌った思い出の一曲を歌いました。

その後、山崎祐一郎君、清水俊平君と3人で露天風呂。2年半前の夏、津村事務
所草創期の外回りスタッフ2人とこんなのどかなお風呂に入るのは初めてです。
感慨深い思いでした。

夜、山崎祐一郎の後任として、公設第一秘書としてのスカウトを考えていた有望
な若手から「当面は現在の職務で頑張っていきたい」というお返事。これからも
息の長いお付き合いをしたい人物。


■ 12月22日(水)

本日、山崎公設第一秘書の退職日。

6時半、起床。40分、事務所で山崎と合流。本日の街宣場所であるJR高島駅
に向かう。

7時、JR高島駅で「げっつむ!」配りを開始。このスポットは、住宅と近接し
ていることもあって、毎回演説は控え、「げっつむ!」配りのみに特化している。
今日は山崎の退職日でもあり、岡山の秘書全員で元気良く声を張り上げた。90
分。反応は良く、「げっつむ!」もどんどんはけていく。駐車場の利用方法につ
いて駅の方からご指導あり。さっそく対応。

年末年始の「挨拶まわり」のタイミングだが、事務所のマネージメントに課題が
多く、本日もデスクワーク。人事・給与の問題、資金計画、挨拶まわりの名簿の
整理。。。内部管理は秘書に任せてきた分野だが、時には代議士本人が目を通す
ことにも意味がある。次の飛躍のための欠かせない営み。

15時、地元学区の学童保育クラブが開いた「クリスマス茶会」に出席。学校の
先生たちとともに子どもたちの運んでくるお茶をたしなみました。子どもたちは、
みんな、とても可愛い笑顔。

その後も、デスクワーク。。。

19時、山崎祐一郎秘書の送別会。彼を可愛がってくれる沢山の先輩、彼を慕う
沢山の後輩が集まってくれました。様々な事情で参加できない方々からも、温か
いメッセージが次々と届き、人望ある彼の旅立ちにふさわしい会になりました。

夜も更けるほどに会は盛り上がりましたが、宮中参内を明日に控える津村は2次
会で中座。とても残念でした。メンバーは27時過ぎまで身体を動かして遊んだ
ようです。

山崎君については、また機会を改めて書きます。

山崎君の留学(カリフォルニア大学バークレー校)を機に、津村事務所は大きな
節目を迎えることになります。


■ 12月23日(木)

天皇誕生日。衆議院議員として、二回めの宮中参内。

5時、起床。5時40分、タクシーに乗って、JR岡山駅へ。

6時、始発の「のぞみ」で上京。車中爆睡。9時半、東京駅に到着。霞ヶ関で働
く友人と会い、一緒に議員会館へ。年賀状の整理など少し手伝ってもらう。

11時半、ホテルキャピタル東急で、貸衣装のモーニングに着替える。同40分、
民主党新人同期の橋本清仁代議士の車に同乗、さらに麹町で本多平直代議士も拾
って、3人で皇居へ。

12時過ぎ、皇居に入る。昨年に続き2回めなので、多少勝手はわかっているが、
やはり独特の緊張感。祝宴は2回開かれるらしく、1回めが国会議員や知事、官
庁幹部、2回めが外国の大使等に向けたもの。艶やかな服装をした夫人同伴の方
が多く、本多、橋本、津村の独身トリオが黒いモーニング姿で並んでいると、大
きく黒い塊になって、目立つ。色んな奥様がいらした。

豊明殿での祝宴は、約1時間。天皇・皇后両陛下の入場、天皇陛下のお言葉、内
閣総理大臣の祝辞、衆議院議長の乾杯、食事(各自自席で歓談)、参議院議長の
発声による「天皇陛下、万歳(三唱)」、天皇・皇后両陛下の退場。。。という
形で進む。

13時45分ごろには、祝宴が終わるが、尾かしら付きの鯛をお土産に持たせて
頂いたり、車を待って並んだりしているうちに14時半近くになって、皇居退出。

橋本君を送り、本多君を送り、14時45分ごろ衆議院第二議員会館で公用車を
降りる。友人から借りている写真をピックし、キャピトル東急へ。モーニング姿
で町をうろうろするのは、気恥ずかしいもの。

15時、ロビーで友人と待ち合わせ、お互いの近況などを話しながら空港へ。違
う業種で働いている友人と話すのは色々と発見も多く、刺激的。完成直後の『国
政報告2004』を進呈。

17時40分発のANA便で、帰岡。19時着。

19時半、支持者のOさんのお店に寄り、皇居で頂いた鯛の尾かしら付きを贈呈。
いつもお世話になっているOさんへの感謝の気持ち。以前、一緒に鯛釣りに連れ
て行って頂いたこともある。

20時半、カラオケ好きの皆さんが集まっている忘年会に飛び入り参加。田口秘
書と一緒に、3時間近くも盛り上がってしまいました。

田口秘書と飲みに行く予定も、さすがに遅いのでキャンセル。

明日は早朝(未明)からフル回転します!


[387] 2005年民主党大会 〜 岡田克也代表の挨拶を聴いて。 2004-12-24 (Fri)

福岡で開かれた党大会。岡田代表の挨拶は、率直で、かつ思いの込もった、力強い
ものだった。

http://www.dpj.or.jp/05conv/okada.html

地方への視線やアジア外交への思いをくっきりと刻んだその内容は、福岡の地にふ
さわしくもあり、また非常に密度の濃いものだったと思う。役員室の会議で再三に
わたって代表挨拶の内容を議論したが、最後は代表みずからが自分の言葉できっち
り纏めきったという感じ。

来年の活動の明確な指針が示された。党の一員として、役員室のスタッフとして、
何も迷うことはない。来る年の精いっぱいの時間を仕事に捧げたいと思う者として、
こんなに幸せなことはない。

来年は本当に、大切な年。


[386] 『国政報告2004』 2004-12-22 (Wed)

“国会議員1年め”の総決算として企画編集した『若い力。国政報告2004』が
遂に完成しました。代議士津村啓介の、国会デビュー1年の軌跡です。

構想から1ヶ月半。津村の指示が下りたのは秋も深まってからでしたが、増田岡山
事務所長のスピーディーな編集・校正により、本日印刷が出来、納品されました。
先日放送のRSKニュース『国政報告』でもゲラ刷り版をご披露しましたが、いよ
いよ完成品に仕上がりました。

ホームページ上でも、IT担当あやぼぅが「Daily TSUMURA号外」と
して近日公開する予定です(但し一部新聞記事からの引用を除く)。

今日のところは、3枚の記念写真とともに「ひとこと」欄で紹介するに止めますが、
興味を持っていただける方はメールや電話でご一報いただければ発送いたします。

内容充実、カラー全20ページの自信作です!


[385] 代議士日記「12月15日(水)〜19日(日)」 2004-12-22 (Wed)

■12月15日(水)

午前中は、青山議員宿舎でゆっくり過ごす。年末なので、少しづつ片付けをしてい
かなければ。「女性セブン」には何もない部屋として紹介されたが、それでも1年
で様々なものが増えた。本、テレビ、毎日のように配達される「衆議院公報」。

12時ごろ、事務所に出勤。途中、千代田線の車中で、日銀同期で津村と同じ転職
組のI君にバッタリ。聞けば就職活動中とのこと。“本日中”の再会を約す。

事務所に着くと、学生インターンの佐伯君が津村の机が一生懸命働いてくれている。
年賀状送付用の入力作業を頑張ってくれているのだ。昨夜、インターン経験者向け
の一斉メールで「お手伝い募集」を呼びかけたところ、早速応じてくれた佐伯君。
数時間の間に約200人分の住所を打ち込んでくれた。本当にありがたいこと。

昼食を経て、13時過ぎから、今度は津村が年賀状の仕分けや代議士日記執筆など
のデスクワーク。国会事務所の机に座って落ち着いて作業が出来るのは、今日が年
内最後!

16時半過ぎ、衆議院第2議員会館第1会議室にて、議員インターンシップ「ドッ
トジェイピー」14期交流会。東京での募集にもかかわらず、「岡山での地元活動
を1週間以上体験してほしい」という異例の絶対条件を示す津村に対し、10人を
超える学生から個別の質問、相談を頂いた。前回は優秀かつチャーミングな5人の
タフガイが岡山に来てくれたが、今回は女性の応募もあるかもしれない。受け入れ
体制を整え、インターンOBにもアドバイスを貰いながら、「ツムジムインターン」
の楽しい伝統を作っていきたい。前回インターンの5人が作ってくれた「ツムジム
インターンマニュアル」は、安手の印刷にもかかわらず、好評。約2時間。

18時半過ぎ、日銀同期だったI君と、赤坂東急ホテルロビーで一杯。津村が政治
を志す決意を固めつつあった3年前の年の瀬、彼と原宿で会い、「甘くないぞ!」
と叱咤されたのを思い出す。昨年の衆院選当日には、彼の自宅を開放して【代々木
上原選対】を設置し、日銀の同期たちを集めて盛り上がってくれたりもした。彼の
ホームページには、津村が当選した時の彼の思いを書き綴ってくれている。歩む道
は違えど、大切な友人。

【I君のホームページ】
http://koichi.typepad.com/blog/2003/11/03.html

20時半、「経済産業省若手と日本の未来を語る会」。麻布高校同期がセットして
くれた楽しい会食。日本の未来、などなど、を語りました。天は二物を与えるんで
すね。優秀な皆さんは、さまざまな意味で、とても魅力的な方々でもありました。
あっという間にワインが次々と空き、夜が更けていきました。


■ 12月16日(木)

今日は移動日。スタッフの配慮で、少しまとまった時間を頂きました。

朝はゆっくりと起き、午前の新幹線で、大阪へ。親しい友人とUSJに行きました。
「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」。東京ディズニーランドに似ていましたが、
ちょっと大人のテイストでした。コートを東京に忘れ、さらにアトラクションの都
合で水をかぶったりもして、寒さとの戦いになりましたが、迫力満点の人気アトラ
クションを一通り楽しむことができ、大満足でした。夜までいられれば、また別の
魅力があったのだと思います。

新幹線で帰岡。17時すぎに到着。

18時、「津村啓介後援会忘年会」。こんなタイトルのものが今年中に実現するな
んて思っていませんでした。津村の政治活動の大きな特徴は、ピラミッド型の後援
会が存在しないこと。よく「後援会長は誰ですか?」と聞かれますが、そういう肩
書きの人はいません。小さな支援グループが、それぞれ別のルール&ノリで津村を
応援してくださっています。そんな皆さんが一同に会しての「忘年会」。増田や山
崎から企画が上がってきた時には、いったん「中止も含めて再検討」を指示したほ
どです。数週間の準備期間で100人もの方々が集まってくださったのには、本当
に驚き、感激しました。

各級議員(いろんな種類の国会議員、地方議員という意味)の皆さんが大勢参加し
てくださったのは、今後の活動への励みになります。今月で津村事務所を退職する
山崎祐一郎君が皆さんに、心を込めて、ご挨拶しました。


■ 12月17日(金)

6時半、円山の岡山事務所で、増田にピックされる。

7時45分、玉野市立商業高校前で、朝立ち。校門の前に玉野市のメインストリー
トが走っており、行きかう車からの注目度も高い。津村が演説し、増田と田口が「
げっつむ」を配るイメージ。始めてから15分ほどで学校の先生がいらっしゃり、
交通安全の観点から街頭活動の中止を求められる。さっそく移動し、校門から多少
距離をおいて再開。と、今度は別の先生が教育上の問題を理由に中止要請。高校前
の街頭演説では政党のアピールよりも、「政治」が世代を超えたものであることで
あることや政治家のナマの姿を見せ、伝えることが大切と考え、そう行動している。
学校周辺の出来事に強い関心を持ち、責任意識を持っていらっしゃる先生からの中
止要請である以上、演説はその場で中止。お話もきっちりと伺い、その上で未成年
が政治というものについて考えるキッカケを作ろうとしている趣旨だけはお伝えし
てその場を去った。先生曰く、「20年以上教師をやっているが、こういうケース
は初めてです」とのこと。試行錯誤をしながらですが、前例にないことにも前向き
に挑戦していきたいと思います。

8時半、場所を移して、JR宇野駅前で朝立ち。田口のカウントによると、意外と
交通量は多いようだ。日々新たな発見。

10時、事務所に帰り、デスクワーク。来年の資金計画や人事構想など。課題山積。
年末の大切な時期に、代議士本人がかくも長く机に座って作業していることは問題。
しかし裏返せば、これまで足元を固めぬまま外回りに走り過ぎていた面もある。「
よく見かけるね」「頑張って動いてるな」「津村さんはホント、神出鬼没」と褒め
て頂くことも増え、誇りに思っているが、そのシワ寄せがデスクワークに来ている。
文章を書くのは遅いほうではないが、その時間もとれていない。今日は昼食抜きで、、
5時間作業。

15時過ぎ、田口秘書のリードで、年末のご挨拶まわり。瀬戸内市(旧邑久、長船、
牛窓の3町)を中心に数十件。短時間ながら、効率的に回ることができた。

18時、再び事務所で、デスクワーク。

19時、市内のホテルで、地元企業の忘年会。姫井県議のご紹介もあって、初めて
参加させていただく。内輪の忘年会にもかかわらず、来賓としてスピーチをさせて
いただくなど、至れり尽くせりのおもてなし。景気の良い業界ではないはずだが、
社長の経営手腕と社員の皆さんの努力で5期連続の増収増益とのこと。カリスマ性
あふれる社長を見ていると、さもありなん。

余興としてマジックショーがあり、瞳ナナさんが世界大会レベルのダイナミックな
マジックを好演。参加者の皆さんもうっとり。会は後半にかけて、どんどん盛り上
がっていきました。最後に今日のキーワード、『魔法で〜ポンッ!』で一本締め。

【瞳ナナさんのページ】
http://members.edogawa.home.ne.jp/nana-hitomi/

お酒も入った楽しい忘年会だけに、予想できない展開もありましたが、笑顔を絶や
さず場を白けさせない瞳ナナさんの人柄、プロ意識に深く感動しました。ショービ
ジネスというのは、本当にご苦労が多く、奥の深い仕事だと思います。そして人を
感動させる力があります。学ぶものがありました。

会終了時には、21時半を回っていました。事務所に帰り、22時過ぎから増田、
佐竹と3人で食事。岡山と東京の両事務所間で不足しがちなコミュニケーションを
補い、来年の夢を語り合いました。3人の意識合わせは定例化します。


■ 12月18日(土)

8時過ぎ、事務所に出勤し、一人でデスクワーク。30分ほど作業し、45分ごろ
根木、田中とともに出発。

9時、浜3丁目交差点角にあるRSKメディアコムの前で、朝立ち。岡山2区の中
では比較的メジャーな街宣スポットだが、津村がここでマイクを握るのは初めて。
これまで人がやらなさそうな場所を重視してきたが、今日は通行量が少ない休日な
のでメジャー志向に変更。予想どおり通行量は多い。

10時15分、高島中学校で「もち健康サンバ」に参加。略して「もち健サンバ」。
居合わせた萩原市長と情報交換などしたのち、一緒にお餅つき。経験豊富な市長は
さすがの腕前。周囲の方から声がかかり、市長とツーショットで記念撮影。その後、
裏方さんたちをまわって挨拶をしたり、お手伝いをしたり、お店を見て歩いたり。
約30分。

11時、近くの町内会で行われた「子どもクリスマス会」に参加。15名ほどの町
内会の役員さん&スタッフの方々が、50人くらいの小学生のために様々な面白い
趣向をこらしていらっしゃった。その場でお声がかかり、最近の立法措置への質問、
陳情なども頂く。20分ほど。

11時半、岡山事務所でデスクワーク。約30分。

12時45分、岡山県職員の方々と懇談。社会保険庁のあり方などについて。

13時、岡山県職労国費評議会定期大会。民主党を代表して、ご挨拶。社会保障制
度改革について、力を込めて、思いを述べる。40分強。

14時、予定より少し早く、山陽放送テレビ(RSK)に到着。『国政報告』担当
の山内記者らと懇談。最近の岡山県政界の話題や台風被災地のその後を追った年末
年始の特番のお話など。どうやら津村のホームページを定期的にチェックしてくだ
さっているようで、「うちの『VOICE21』を観てくださっているんですね。
番組のことを紹介してくださってありがとうございます」とお礼を言われる。ただ
の一ファンです。約20分懇談。

収録は一発勝負。現職になってから何度か収録しているので多少慣れてきたことと、
相手をリラックスさせる山内記者の軽妙なトークで、なんとか話したいことを話す
ことができた。

16時、岡山事務所に戻り、津村啓介事務所「第4回戦略会議」。回を重ねる毎に
テーマも明確になり、率直なディスカッションができるようになってきた。今回は
事務所内部の連携について複数の発言があり、かなり思いのこもった議論もあった。
今後の糧になるはずだ。約1時間半。

18時半、長船の支持者宅で、ホームミーティング。今回は、今年の選挙で当選さ
れた江田五月参議院議員、先日就任されたばかりの立岡脩二瀬戸内市初代市長夫人
も出席。美味しい夕食をともにしながら、今年一年を振り返った。19時半に失礼。
津村が失礼したあと、立岡市長ご本人も顔を出された由。田口秘書も出席。

20時半、灘崎ダンスパーティ。津村は社交ダンスの経験がなく、いつも見ている
だけなのだが、今日は途中から飛入り。先生のご指導を頂きながら、2曲だけ踊る。
パートナーの方のおかげで、楽しみながら挑戦できました。21時半終了。

22時過ぎ、明日福岡で行われる党大会に向かう途上岡山に立ち寄られた衆議院茨
城1区の候補者「福島のぶゆき」を囲んで、一杯。岡山1区の菅源太郎君や5区の
花咲ひろきさんも参加。初めてご一緒する地元岡山の元気な若手の方々は、とても
刺激的な方々ばかり。語っているうちに、思わず熱くなってしまいました。楽しか
ったです。

【衆議院茨城1区・福島のぶゆきさんのホームページ】
http://www.fukuchan-japan.com/

帰宅後、録画しておいた「スクールインターネット博2004」のDVDを観る。
総務省の友人が企画段階で参画し、別の友人が今回関わったイベント。三勲小学校
が新設の「1ページ部門」で最優秀賞を受賞。

就寝は、25時過ぎ。


■ 12月19日(日)

6時起床。6時40分、事務所で山崎&田口と集合し、7時過ぎに西大寺へ。

7時半、毎月第3日曜日恒例の「西大寺朝市」。12月ともなると、寒さが厳しい。
それでも一人でも多くの方に「げっつむ!」を読んでいただこうとの思いから、津
村は全ての出店をまわり、山崎&田口はお客さんの間を走り回った。会場脇を流れ
る吉井川で獲れた「なまず」と記念撮影。8時20分ごろまで。

8時半過ぎ、田口の運転で、六番川水の公園体育館へ。第27回岡山市家庭婦人バ
レーボール第5ブロック大会。来賓挨拶のスピーチ。その後、選手の皆さんの練習
風景を眺め、記念撮影をしたり、審判用シートを見せていただいたり。最初の試合
だけ観戦して、9時半ごろ失礼。約1時間。

10時、地元学区の「町内会クリスマス大会」に飛び入り参加。小学生低学年生と
クイズに挑戦。小さな女の子から「ずっとここにいて。帰らないで」と言われ、心
動くものが。。。学生時代からの実感ですが、子どもの言葉は実に率直。率直な言
葉は人の心を動かしますね。

11時、隣の学区の「もちつき大会」。夏祭りにお邪魔しようとした際には「呼ん
でないのに来るな!けぇれ!」と門前払いされた町内会。今回は受け入れて頂き、
お餅つきもさせていただいた。単なるパフォーマンスに終わらぬよう、次の予定の
ギリギリまで裏方さんの話を聞く。後片付けのお手伝いまでは出来ず。

12時、沢田橋下流左岸の多目的広場で、幡多学区ロードレース大会。熊代代議士
と小倉県議が挨拶をされ、津村、下市・藤原両市議はご紹介をいただく。開会式の
あと、少し時間をかけて最初のレースを応援。

13時、事務所で昼食。その後、年賀状の名簿整理など。多少思っていたイメージ
とのズレがあり、予想よりも作業量が多い。フォーマットの統一から始めたので、
コアの判断をする時間が限られた。福岡入りをギリギリまで遅らせて、懸命に対応。

16時15分岡山発の「のぞみ」で博多へ向かう。党大会に間に合うギリギリの「
のぞみ」だけあって同じ車両に民主党国会議員が10人以上乗り合わせる不思議な
風景。18時ごろ、博多着。本多平直代議士らと2台に乗り合わせ、大会会場であ
るホテルニューオークラ福岡へ。

18時半、民主党国会議員中四国ブロック会議。地域代表の「常任幹事」の選任を
巡り、議論。無記名投票の末、平岡秀夫代議士と佐藤公治代議士が同票となったが、
佐藤さんが辞退されたため、平岡常任幹事が誕生。共に頑張りたい。

19時、全体懇親会。江田五月参議院議員会長の挨拶でスタート。日銀の先輩で、
今年夏の参議院佐賀選挙区で大健闘した「川崎みのる」さんや前夜岡山でご一緒し
た「福島のぶゆき」さんら候補者の皆さんとも話したり、写真を撮ったり、励まし
あったり。ご当地衆議院福岡2区の新しい候補者で、山崎拓首相補佐官と一戦を交
える「平田まさのり」候補ともお会いし、ご挨拶。

20時、水たき料理の老舗Sさんで「国のかたち研究会」忘年会。全体懇親会会場
で会った田島要代議士を誘っての参加。途中、荒井事務総長からご指名を受け、司
会として一年生議員を紹介。名誉な大役でした。

22時半、福岡市内某所に役員室のメンバーが集まっているとのことで、顔を出す。
30分ちょっとで失礼。

23時過ぎ、今月22日で津村事務所を退職する公設第一秘書の山崎祐一郎と食事。
日銀を辞めた2ヶ月後に出会い、以来数ヶ月のブランクを挟みつつ、2年4ヶ月間
苦楽を共にした彼。思い出は尽きないが、この福岡の地で最後にサシで飲めたこと
はとても感慨深いものがある。ブルーノートなど数々の店を回ったが、日曜で休み。
最後に天神近くの和風居酒屋に落ち着いた。

英国留学の前後から日銀退職に至るまでの悩みやエピソードを初めて具体的に話し、
また、来年以降の津村が直面するであろう公私の課題について祐一郎の考えを聞い
た。走り続けてきたこの2年4ヶ月、仕事のベストパートナーである祐一郎に1人
の友人の立場になって甘えるのは嫌で、個人的なことはあまり話してこなかった。
この福岡旅行は貴重な機会になった。

お会いする可能性のあった日銀の先輩とは結局会えず、25時過ぎまでゆっくりと
祐一郎と話すことができた。

こうして、様々に忘れがたい12月19日の夜が更けていきました。。。


[384] 民主党大会 in 福岡 2004-12-20 (Mon)

福岡で民主党大会が開かれ、山崎祐一郎公設第一秘書と一緒に参加してきました。

山崎君は、あさって22日で津村事務所を退職します。2人で沢山話ができました。

滞在時間は1日足らずでしたが、内容は盛りだくさん。今朝は西鉄天神駅前で街頭
演説も行いました(当初割り当てられていた西鉄薬院駅から変更)。

毎日新聞のネット配信記事の写真に、代表の付き添い議員として岡田代表のそばで
「手振り」をしている津村が小さく写っていましたので、リンクを貼っておきます。

詳細は、明日「代議士日記」でご報告します。


http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/kokkai/news/20041220k0000e010041000c.html


[383] RSKイブニングニュース『国政報告』 2004-12-18 (Sat)

本日(12月18日<土>)18時15分からの山陽放送「イブニングニュース」
に出演します。約4分間のVTR出演。インタビュアーは、山内記者です!

「国会議員1年めを振り返る」をテーマに、年金問題、台風・防災関連、新人議員
第1号で法案提出した「金融再生ファイナルプラン」、北朝鮮拉致問題、中国原潜
問題。。。などなど、多彩なテーマについて語らせていただきました。

お気に入りのDVDレコーダーで、録画もする予定です。見逃したけど見てみたい、
と言っていただける方、著作権の関係でHPでは公開できませんので、事務所内で
見ていただいたり、その他個人的に工夫させていただきます。ご連絡ください。

−−−−−

そして、RSKイブニングニュース『国政報告』をみて、このホームページに初め
てアクセスして下さった、「はじめまして」の、あ・な・た!!!

このホームページは、衆議院議員 津村啓介の政治活動のエッセンスです。

今夜も最新フォトを大量アップするほか、年末年始にかけてITスタッフの増強も
検討。津村自身の日常活動も充実させて、日本一の「政治家HP」をめざします。

試行錯誤をしながら、より良いものを求めて、日々進化していきます。

乞うご期待!!!


[382] DVDレコーダー、『VOICE21』 2004-12-15 (Wed)

岡田民主党代表の趣味は、「DVD鑑賞」と「カエルの置物収集」と言われている。

実際、役員室次長として岩手・青森・福島の代表視察に随行した際には、岡田代表
が新幹線の座席の机に小型のDVDプレーヤーを乗せて、アメリカ大統領選のテレ
ビ討論に聴き入っている姿を何度も見かけ、中身も少し見せて頂いた(ちなみにカ
エルの置物のほうはよく知らない)。

もともとDVDで映画を観るのがお好きだったそうだが、最近は仕事の一環として
政治ニュースをクリッピングし、日々チェックされているようだ。

個人的に、地元放送局の人気番組『VOICE21』をチェックしたかったことも
あって、今回の賞与支給を機に思い切ってDVDプレーヤーを購入。早速『VOI
CE21』の再放送を録画して楽しみ、次いでに宇多田ヒカルの武道館公演のソフ
トも購入して鑑賞した。マニアックなところでは『水曜どうでしょう』もソフトを
買って観たい。

HDDに録画して自在に編集できたり、頭出しやスキップが簡単に出来るのが何と
も新鮮。これからは、地元情報により高くアンテナを張り、地域への理解を深めて
いこうと燃えています。

●山陽放送『VOICE21』
http://www.rsk.co.jp/tv/voice/index.htm

●北海道テレビ『水曜どうでしょう』
http://www.htb.co.jp/suidou/


[381] 代議士日記「12月12日(日)〜14日(火)」 2004-12-15 (Wed)

■ 12月12日(日)

7時半起床。珍しく、あまりよく眠れない夜だった。

8時すぎ、事務所で田口車に乗り、高島小学校へ。

8時半、高島小学校体育館にて、高島学区卓球大会に参加。開会式まで少し時間が
あったので、地元の小学生に混じってプレー。津村には、小学校4、5年生の頃、
2年間「卓球部員」だった過去があり、当時は自宅に卓球台まで買って猛練習して
いた。当時は思い切りのいいスマッシュが売りだったが、久しぶりにやってみると
腕はかなり落ちていた。体育協会の皆さんのご配慮で、開会式のご挨拶。亀井市議
もお見えになっていた。式終了後も、少しゆっくりと皆さんのプレーを観戦。参加
者は約70名。9時半ごろ失礼する。

10時、東山公園にて、三勲学区餅つき大会。こちらも連合町内会、婦人会の皆さ
んはじめ約100人の方々が出て、大賑わい。開会に際し、来賓挨拶の機会を頂き、
さらに杵を握って餅つきも。台所の皆さんにもご挨拶をしてまわり、30分ほどで
中座。

10時45分、地元の大手電器店で、DVDレコーダーを購入。ここでドライバー
が田口から田中にチェンジ。手早く買い物を終え、玉野へ向かう。

11時45分、玉野市役所前、メルカ付近に到着。玉野の皆さんが行っている「歳
末助け合い募金」に飛び入り参加する予定であったが、既に終わって、解散されて
いた。日程の連携ミス。

12時すぎ、玉野市宇野の支持者宅にご挨拶し、記念撮影。今年一年のご支援に感
謝を申し上げたところ、大変喜んでくださり、田中秘書の活躍ぶりを聞かせてくだ
さった。ありがたいこと。

もう一軒ご挨拶に行った先は、お留守。12時半すぎには岡山市円山の事務所に到
着し、スタッフと昼食。お好み焼き。

自宅に向かおうと事務所を出たところで、通りがかった車の中から4歳くらいの女
の子に「津村のおにいちゃん、津村のおにいちゃん、がんばってね」と声をかけら
れた。運転していたお父さんから言われたのだろうか。そんな風でもない。窓から
覗きこんで「ありがとう。かわいいね」と手を振ったら、見えなくなるまでずっと
こっちを見て、手を振り続けてくれた。涙モノ。この仕事をしていて、もっとも励
まされるのは、こういう瞬間かもしれない。頑張ります。

13時、自宅でDVDレコーダーの初期設定。今後は地元情報をより広くフォロー
していくつもりだ。

14時すぎ、三木記念ホールの楽屋で、岡山市民クリスマスの関係者の皆さんに挨
拶。記念撮影など。津村の親族たちがそれぞれ役割を負っている。牧師さんからは
激励のお祈りまでしていただいた。

14時半、そのまま岡山市民クリスマスに参加。美しい歌声や示唆に富むご講話を
拝聴。予定を大幅に延長し、1時間ほど堪能。

15時半、シンフォニーホール地下1階の「丸善」で、本を物色。高村薫の本や手
塚治虫のマンガを探したが、思っていた本がなく、結局政治関係の本を1冊だけ購
入。さらに1階のCDショップでDVDを購入。初めて買ったDVDソフトは、も
ちろん、宇多田ヒカル。

16時半、瀬戸内市牛窓町に住むBさんの結婚式に出席。消防団の世話をされてい
るお父上に温かいご支持を頂いている。新郎新婦はともに19歳。初々しく、そし
てとても美しいカップル。本当に輝いてみえた。素敵な結婚式に出ると、不思議と
涙が出る。結局最後までお邪魔した。お祝いのスピーチをさせて頂き、最後の新郎
のお父上のご挨拶でも特に謝意を表してくださり、恐縮の極み。・・・自分も少し
結婚したくなりました。

19時、事務所に戻り、デスクワーク。年末年始のご挨拶や挨拶まわりの名簿チェ
ック、「ヤングげっつむ!」の原稿チェックなど。予想以上に繁忙度が高くなって
きた。要領良く進めなければ、終わらない。

20時半、増田、田中とともに熱心な支持者で病院経営者のTさんを囲み、会食。

夜は、自宅でDVDを鑑賞。『VOICE21』と『宇多田ヒカルBUDOKAN
 2004』を観ているうちに、いつのまにか寝てしまいました。


■ 12月13日(月)

6時すぎ、起床。シャワーを浴びた後、6時45分に事務所に出勤し、山崎ととも
に百間川橋へ。

7時、百間川橋から原尾島交差点に寄った三叉路の脇で、朝立ち。ここは実に車の
多いスポットで、小1時間で約2000台の車が目の前を通り過ぎていった。まだ
暗い時間だったが、反応は上々。ふだんはあまり話さない外交・安保の問題にも踏
み込み、演説に力を込めた。7時45分まで。

8時すぎ、JR岡山駅西口にて、民主党岡山県連の月曜恒例「おはよう730」に
参加。菅源太郎君からマイクを引き継ぐ。今回が2区担当の最後の「おはよう73
0」。来年からは現在の4支部持ち回り体制を変更し、1区総支部と参議院江田支
部の2つのみで回していくことになる。2区は地元を固めろ、ということ。

8時半に演説を終え、弁士&スタッフ一同でごく簡単な朝食。その後、山崎の車で
事務所に戻る。

午前中は、ひたすら「YOUNGげっつむ!」の原稿校正。かなり筆を入れ、学生
時代の恋愛のエピソードなども織り交ぜてみた。「若い人へ・・・」と題した自己
紹介は、多くの情報を短い文章に詰め込み、一苦労。最終面のメッセージにも思い
を込めた。選挙は年上のライバルにチャレンジする構図だが、自分より若い世代の
目線も常に意識していきたい。緊張感のある作業。

シャワー後の朝立ちで湯冷めしたらしく、咳こみながらの作業。結局、午後は少し
時間を頂いて、自宅で休養。

16時、代議士日記の執筆、秘書人事の構想。国会議員1年めの会計収支が概ね見
えてきたこともあり、来年の事務所体制についてビジョンを描く時期に来ている。

18時、夏から秋にかけてボランティアスタッフとして頑張ってくれていた、H君
と会食。増田秘書とともに、近況を聞く。ポテンシャルの高いH君。着実に経験を
積み、成長しているようだ。

20時過ぎ、旭中学同窓生の忘年会に飛び入り参加。津村は卒業生ではないが、江
田五月参議院議員のご同期の集まりで、以前から顔を出させて頂いている。今年の
お礼を申し上げ、しばし懇談。

21時、県職員、放送局関係の有志の方々が開いてくださった、山崎秘書の送別会。
連合岡山の森本会長の肝入り企画でもある。参加者5人は、全員40歳代以下の若
手。山崎秘書を可愛がってくれた方々ばかり。あっという間に時間が過ぎていった。


■ 12月14日(火)

赤穂浪士討ち入りの日。

7時20分、自宅前で根木秘書にピックしてもらい、邑久へ。

8時、岡山県立邑久高校の通用門前で、朝立ち。同校にはもちろん正門もあるが、
北に50メートルほどずれた通用門のほうが生徒は大勢出入りしている。駅からも
近く、自転車置き場もあるからだ。約30分間の短時間の街頭演説だったが、50
人以上の生徒さんが「げっつむ!」を受け取ってくれた。好意的な反応を示してく
れる生徒が多く、話しやすい。

9時過ぎ、いったん円山の事務所に帰って、今後の作業スケジュールについて打ち
合わせ。

さらに自宅に戻り、今週のDVD録画のタイマー設定をする。

11時22分の新幹線「のぞみ」で上京。車中爆睡。

15時ごろ、国会事務所に到着し、年賀状入力・発送作業の指示だし。タイトな日
程の中、4人の国会スタッフが昼夜を分かたず作業を進めているが、多少ビハイン
ド気味。津村の作業量をこれ以上増やすことができないので、学生インターン諸君
にメールで声をかけたところ、早速佐伯君から協力の申し出が。本当に助かります。

その後、岡山事務所にも作業を振り、2時間ほどの集中作業で240人分の入力を
実現して貰って、全体の進捗度も急速にアップ。東京・岡山両事務所の連携プレー。

18時半、近藤洋介代議士の呼びかけで、事務所横断の忘年会。城井崇、馬淵澄夫
の両代議士事務所からも秘書さんが参加され、多士済々の約10名で楽しい時間。
近藤事務所の秘書さんから「津村先生のホームページに出ている、ヒッチハイクの
話。情熱的ですよね。好きな女性を追いかけてアメリカまで行くなんて。」と声を
かけていただき、赤面。。。当時は若かったものですから。。。

20時、麻布高校の先輩(とても有名なお医者さん)のお招きで、文芸春秋編集部
の方々と会食。幹部の方のお話は実に多岐にわたり、大変興味深いもの。なかでも
お詳しかった安全保障の話は、これからも機会を作ってご指導を賜っていきたい。
物理学の徒だった別の先輩とは、学生時代の話なども。

21時半、友人と一杯。多忙なのはお互いさまながら、津村の時間に合わせてお酒
に付き合ってくれた友人に感謝。岡田代表の髪型について、貴重なご意見をいただ
きました。


[380] 代議士日記「12月10日(金)、11日(土)」 2004-12-14 (Tue)

■12月10日(金)

ボーナス支給日。

7時半、起床。慌てて着替え、タクシーに飛び乗って、民主党本部へ。

8時、ハーバード大学ビジネススクール(経営大学院)のK・クラーク学長を囲む
朝食懇談会。民主党本部6階大会議室にて。「成功するリーダーの資質とは?」み
たいなバリバリMBA的なテーマだったが、ビジネス以上に家族に価値をおく話で
なかなか意外というか、興味深い内容だった(詳しくは「ひとこと」)。

9時45分、金融庁の若手から地域金融機関の再編についてレクを受ける。公的資
金新法の影響や新BIS規制導入の意味など丁寧に教えて頂いた。

その後、デスクワーク。ボランティアと同じ待遇ながら、夏以降の国会事務所運営
に多大な貢献をしてくれた河田真矢さんを正規の秘書として採用することになり、
その関連事務など。本日は、代議士および公設秘書の冬季賞与支給日でもあり、そ
れに合わせて私設秘書にもボーナスを支給。来年以降の資金計画の立案など今後も
作業は続く。

13時20分、久しぶりに借りた公用車で、国会事務所を出発。佐竹秘書も一緒。

本日午後は、コンタクトレンズ会社を経営している伯父の導きで、東京でのご挨拶
まわり。伯父の友人たちを紹介してもらう。

14時、政府系金融機関の元副頭取Tさんと面談。熱心な方で、短い時間の間にも
最近の政府系金融機関の改革状況について丁寧にレクチャーをして下さった。

15時、都市銀行の元副頭取Hさんと面談。政治家という職業について、今昔の違
いが話題に。現在は上場会社の社長をされており、業績を急速に伸ばしておられる。
岡山についてもよくご存知で地元の話題なども。

16時、霞ヶ関の事務次官経験者Sさんと面談。さすが一流官庁のトップだった方
だけあって政治の機微に大変お詳しく、驚いたことに岡山市や倉敷市の政治情勢に
ついても肝を押さえていらっしゃった。具体的なアドバイスを数多く頂く。

単なる挨拶に留まらない中身の濃い「挨拶まわり」。セッティングしてくれた伯父
には深く感謝したい。

いったん事務所に帰って、急いで事務作業。師走はやはり、忙しい。

18時半、憲政記念館で行われた、岡山県青年会に参加。岡山県出身の大学生のた
めの寮が都内に4つあり、その学生たちが一同に会して懇親を深める場であった。
初めての参加ということで、自己紹介の挨拶。インターンの泉君や議員会館に訪ね
てきてくれたことのあるK君もいて、仲間をたくさん紹介してもらう。若い人と話
すのは、本当にエキサイティングなこと。

19時、全国紙の取材。事前にアポが入り、地域金融機関の再編について新BIS
規制との絡みなどを聞かれる。実は今朝の金融庁レクもこの取材を意識してのもの。
あまり役には立たなかったようだが、デリケートな話だけに各論は慎重かつ丁寧に、
総論は十分に話をさせて頂いた。

20時半、会食。ラジオのパーソナリティなどをされている方で、ご友人がとても
多い方。北朝鮮問題から政治家のエピソードまで興味深い話を沢山して聞かせてく
ださった。楽しいひととき。


■ 12月11日(土)

8時過ぎに東京を出る新幹線で、帰岡。車中爆睡。12時前に岡山着。

12時、民主党岡山県連の「常任幹事会」。2月に予定している定期大会の議案書
について議論。常幹自体は10時から始まっていたのだが、終了時刻は13時を大
きく回っていた。地方選挙への対応や県連財政の再建についても白熱。

14時、天満屋前のロータリーで「イラクへの自衛隊派遣延長に反対する全国一斉
街宣」。江田五月参議院議員に続いてマイクを握り、約5分の短めの演説。

その後、いったん円山の事務所に帰り、年末年始の日程や挨拶まわりの名簿作りに
ついてスタッフと議論。やるべきこと、やらなくてはならないことが本当に沢山!

15時半、岡山駅近くのピュアリティまきびにて、森本徹磨県議の後援会パーティ。
森本さんの支援者の皆さんは津村もお世話になっている方々ばかりなので、時間の
限りテーブルをまわって、飲み物を注いでまわる。1分間スピーチでは、岡山の民
主党に新しく加わる仲間たちを紹介。森本さんのご指導の下、政権交代実現のため
に働き尽くす決意を口にした。

17時すぎ、岡山県庁近くのギャラリーで行われている「わわ展」を鑑賞。写真を
出展しているSさんは、津村の「若い力」ポスターのカメラマン。

18時半、益野の大手電器店にDVDレコーダーを買いに行くが、手持ちのキャッ
シュが足りず、延期。

DVDレコーダー購入は、夏ごろから構想。冬のボーナスが出る12月に購入する
と決めていた。直接の動機は地元放送局の人気番組をチェックしたい。。。という
もの。更に発展して、政治ニュースや地元情報のフォローにも使える。岡田代表が
DVDの熱心なユーザーであることは有名。

20時、朝日学区年忘れカラオケ大会。司会の方のご配慮で、ご挨拶をさせて頂い
た上、飛び入りで歌まで歌わせたもらった。今夜は『上を向いて歩こう』。元気が
出る曲だ。70人ほどの参加者が、皆さん手拍子をしてくださった。

23時ごろ、帰宅。また明日から頑張ります。


[379] 家族 〜 ハーバード大学経営大学院クラーク学長の話。 2004-12-13 (Mon)

先週金曜日、ハーバード大学ビジネススクール(HBS)のキム・クラーク学長を
囲む朝食懇談会が党本部で開かれ、オックスフォード大学MBAコースでビジネス
を学んだ津村は、万難を排して出席。閉会中の金曜日早朝にもかかわらず、他にも
15人程度の国会議員が参加しており、その集客力にまずびっくり。

お話の内容は、「正しい価値観(Strong value)を伝えられるリーダーは、組織の
潜在的な力を引き出すことができる」とか「もっとも身近で大切な存在である家族
に対して誠実でないリーダーは、従業員からの信頼をかち得ることはできない」「
家族の幸せを犠牲にしてまで得る価値のある成功などない」といったもの。
繰り返し出てきたキーワードは、誠実さ( Integrity)だった。話し方もうまく、
堂々と喋ることの大切さを体感。

実は先日の役員室の会議で、「岡田代表をどうやってショーアップしていくか」と
いうテーマについて議論をした時、「素敵な奥さまや立派なお子さんもいらっしゃ
のだから、アメリカの大統領のように、もっと“健全な家庭”のイメージを前面に
出してはどうか」という意見が出、白熱したことがある。独身で孤高のイメージが
ある小泉首相に対するアンチテーゼにもなるというわけだ。結局、「岡田代表は家
族をマスコミの前に出したがらないだろう」という意見に一同頷く形でその場は終
わったが、「家族と仕事」というテーマは、その人その人の個性を強く反映するも
のだと感じた。

ある意味デリケートなテーマだが、世界トップクラスのビジネススクールの学長が
随分踏み込むなぁ〜とちょっとびっくり。日本では家族の話題にオフィシャルな場
で触れると、かなり感情を込めた感じになるが、さすがアメリカは率直。

家族。。。抽象的な話ではあったが、独身の津村にも、胸にこたえるものがあった。


[378] 代議士日記「12月8日(水)、9日(木)」 2004-12-13 (Mon)

■12月8日(水)

11時、民主党財務金融部門役員会。「財政健全化プラン」の中間報告等について、
「次の内閣」の野田財務大臣と峰崎経済財政および金融担当大臣とともに協議。

日中は、国会事務所で、ひねもすデスクワーク。パートのMさん、榊原秘書らと年
賀状関連作業の打ち合わせ。そのほか、明日に控えた「インターン忘年会」の出席
確認など。

17時、道州制について議論している「地域主権調査会」に飛び入りで参加。事務
局長代理を務めている近藤洋介代議士から直々のお声がかりで党内の最新の議論を
拝聴。1時間強。

事務所に戻って、明日の日程確認。代議士日記も、前日午後の上京時まで更新。

19時半、日銀先輩らと会食。10年以上も前にその先輩と一緒に行った中華料理
屋さんに行き、学生時代の話など。この先輩にはずっとお世話になりっぱなし。


■12月9日(木)

9時半すぎ、今日は少し遅めに出勤。国会事務所。

10時半、北方領土返還・四島交流促進議員連盟総会。日露外相会談の詳細や来年
にも予定されるプーチン大統領の訪日等について、外務省からヒアリング。この北
方領土返還議連は、超党派の議員連盟だが、関係者のご努力で、非常に熱心に会合
を重ねている。学ぶものも多い。

11時50分、トンネルじん肺根絶を求める陳情。熱心なお話にしばし聴き入る。

12時半、著名な経済専門誌記者の方々と民主党財務金融委員会役員の昼食懇談会。
当方出席者は、峰崎「次の内閣」大臣、中塚理事、平岡理事と、私。1時間強。

その後、国会事務所でデスクワーク。地元の友人の仕事に関連して、若干の作業。

14時45分、党本部役員室へ。

15時半、岡田克也代表の記者会見に、司会進行役として参加。党本部5Fホール。
直前に行われたイラクへの自衛隊派遣延長を巡る与野党党首会談に関するもので、
(定例ではない)臨時の記者会見。今朝司会の要請があり、お受けしたもの。代表
の会場入りは予定の15時から30分遅れたが、注目の政治課題だけに記者の質問
も多く、結局16時近くまで。

全体に多少後ズレしながら、国会事務所でデスクワークを継続。16時半ごろから、
三々五々、学生インターンの諸君が集まってくる。

17時半、赤坂の遊心亭にて「インターン忘年会」。マスコミ志望(?)の泉君の
リクエストもあって、津村のサークル仲間(児童福祉サークル「ドンキホーテ」)
の同期で、NHKでアナウンサーをしている友人にも特別参加してもらう。多忙を
押して参加してくれた彼女だが、学生諸君の質問に丁寧に答えてくれて、みな感激。
彼女の周りは、終始大賑わいだった。「津村さんは、どんな学生だったんですか?」
というインターン君の質問に「津村君、だいぶ丸くなったよねぇ〜」。離れたとこ
ろで別の学生さんと話し込んでいましたが、そこだけ聞こえました。。。

遅れて参加してくれた麻布高校同期の森君は夫妻で参加。奥さんは通常国会の後半、
パートスタッフとして津村事務所の立ち上げに協力してくれた恩人。そのほか、議
員インターンシップ「ドットジェイピー」のスタッフとして、学生さんと事務所を
繋いでくれているYさんも特別参加。さらに花を添えてくれました。

最後は学生さんだけになり、途中から加わった日銀の後輩を囲んで、選挙活動談義。
「高校前街宣」の是非や「ビラ配り」の極意など、それぞれの見方を披露してくれ
た。最後は男8人でカラオケ。夜も更けていたので、短時間で燃え尽きました。


[377] 代議士日記「12月7日(火)」つづき 2004-12-10 (Fri)

■12月7日(火)(つづき)

13時05分の新幹線で上京。16時半にJR東京駅に着き、いったん国会事務所
に寄った後、党本部へ。

17時、民主党本部6Fの大会議室にて、今年最後の「役員室会議」。

18時、事務所でデスクワークをしていると、なじみの全国紙記者がぶらり。残念
ながらお尋ねのご質問には殆ど答えられないまま、失礼。

18時半、赤坂にて、役員室危機管理担当議員の忘年会。民主党危機管理監の島聡
代議士や北橋健治役員室長ほか約10名が参加。役員室の事務方からも2名参加さ
れ、貴重なお話を伺った。

21時半ごろから、民主党役員室とマスコミ各社との合同忘年会。TV、新聞各社
から敏腕の民主党担当記者が集まり、かなりの盛り上がり。23時ごろまで。


[376] 代議士日記「12月6日(月)、7日(火)」 2004-12-08 (Wed)

■12月6日(月)

国会閉会後、初めての平日。今朝から「高校街宣」をスタート。

7時起床。7時15分に事務所に出勤し、山崎、田口と打ち合わせののち、出発。

7時45分ごろから、県立岡山朝日高校の正門前に立ち、街頭演説。門の前に小さ
な川が流れており、その上に立ってマイクを握った。自転車に乗っている生徒さん
が多く、なかなか話を聞いてもらえる環境ではないが、チラチラとこちらを見て通
る子が多い。中には、お辞儀をしてくれる生徒さんもいた。「げっつむ!」配りは
苦戦の模様。ともあれ何事も始めることが肝腎だ。「先週末で今年の国会が終わり
ました。年金問題やイラクへの自衛隊派遣など話題の多かった1年も暮れようとし
ています。年末の国政報告、まずは第一弾として、地元の高校生の皆さんにご報告
にきました。これからの国を背負っていくのは、皆さんです」。そう語りかけた。
多少照れる。8時40分の始業チャイムの直前に演説を終え、事務所へ。

演説終了の直前、大音量の自民党宣伝カーが近くの幹線道路を走り抜けていった。
熊代代議士とスタッフの皆さんが乗って、連呼調の流し街宣。私たちも負けるわけ
にはいかない。こういうニアミスがあると、とても気合いが入る。

日中は、デスクワークに徹した。学生向け『YOUNG げっつむ!』に使う写真
を探すため、押入れを引っくり返してアルバムをめくる。学生の関心事を想像し、
一言一句に七転八倒しながら、文章を構成する(昨日の「ひとこと」参照)。そし
て、年末スケジュールをチェックする。。。そんなことをしていたら、あっという
間に夕方に。

この何年か年賀状の整理ができていないので、今年はきちんとチェックしたい。国
会議員になって1年が経つので、地元の支援者向けにきちんとした読み応えのある
報告書も作りたい。33歳という年齢で国会議員をしている意味を少しでも示すた
め、若い世代へのメッセージも発したい。そして何より、、、支えて下さる方々と
少しでも沢山話したい。やりたいことが盛りだくさんの年末である。

16時すぎ、今日は大切な会食が続くので、いったん自宅に帰って慌しくシャワー
&着替え。

17時すぎ、天神町にて、岡山市現業退職者会の忘年会。去年は遅刻をしたので、
今回は早めに参加。15人ほどの皆さんとお1人お1人話し込む。民主党について
の注文をいくつも頂いた。厳しいものも多いが、関心を持って頂けるだけ幸せなこ
と。期待を裏切りたくない。約1時間お邪魔をし、18時すぎに中座。増田ととも
に玉野へ。

19時、連合玉野地協幹事会の皆さんの忘年会に合流。20人以上の皆さんが盛り
あがっていた。津村事務所からは増田と田中も参加。この一年猛烈にお世話になっ
た方の顔がいっぱい。皆さんにお酒を注いでまわったが、とりわけふだんお話しで
きていない方々との会話に時間を割いた。20時過ぎに中座。

タクシーを飛ばしていただき、20時20分JR宇野駅発の電車に駆け込もうとし
たら、目の前で冷たくドアが閉まる。しばし呆然。が、気を取り直してタクシーで
岡山市内に帰ったら、そのほうが圧倒的に早かった。お金はかかったけど。

21時過ぎ、予定の時間を少し繰り上げて頂いて、友人と会食(いや、そういえば
飲み物だけでした)。津村の知らない地元の話を沢山教えてもらったが、よく勉強
されていてびっくり。仕事人間と言われることもある津村だが、プロ意識の高い方
とお会いすると、とても刺激になる。学生向け『YOUNG げっつむ!』に使う
写真まで一緒に選んで頂いていたら、時間が遅くなってしまった。翌朝も早いのに
笑顔で付き合ってくれた友人に感謝(そして、ごめんなさい)。

事務所に帰ったら、24時を回っていた。写真を片付け、明日の上京準備をして、
早々に切り上げる。



■12月7日(火)

6時起床。朝のニュースを見ながら、上京の準備。特筆すべきニュースは昨日から
岡山でも「銀行ATM」が稼働開始したこと。ATMの引出可能時間では、何度も
痛い思いをしてきたのでこれは朗報。中国銀行やアイワイバンクが頑張ったらしい
が、どちらも頭取は日銀の先輩。ちょっと嬉しいニュースでした。

7時10分、増田と事務所で待ち合わせ、今日の街宣スポットである県立岡山操山
高校へ。ここでは昨年2月27日に「高校街宣」をやっている。実に1年9ヶ月ぶ
り。

7時45分、県立岡山操山高校の正門前で街頭演説をスタート。以前一度やってい
るせいかどうかは分からないが、通学指導の先生方の対応は温かい。ここは中学も
併設しているので、大勢の生徒が自転車、バス、徒歩で登校していく。「げっつむ
!」も昨日より多く受け取ってもらえた。増田、田中も元気よく生徒さんたちに、
「おはようございます!」。8時40分までほぼ1時間、朝立ち。生身の政治家の
顔を見てもらい、少しでも言葉を聞いてもらうことで、若い世代に政治と国家への
関心を持ってもらいたい。どんな形でもいい。

9時、事務所に帰って、デスクワーク。作りたい書類が沢山。記事のスクラップや
使う写真の選択も大切なポイント。

10時に事務所を発ち、灘崎町へ。シメジの栽培農家など数軒の支持者宅を回って、
年末のご挨拶。なかなか行けていない地域だったので、驚きながら歓迎して頂いた。
また来ます!

13時05分の新幹線で上京。・・・(続きは明日書きます)


[375] 代議士日記「12月3日(金)〜5日(日)」 2004-12-08 (Wed)

■12月3日(金)

本日、第161回臨時国会が閉会。

きょうは普段より遅めに起床し、10時15分、衆議院青山議員宿舎をタクシーで
出る。国会到着は10時25分。

国会事務所のスケジュール表から、本日10時15分開会の「財務金融委員会」が
抜けており、直前に連絡が入って駆けつけたものの、所要5分で散会したため間に
合わず。結果として欠席。閉会中審査についての採決に加わることができなかった。
国会議員になって、委員会を欠席したのは今日が初めて(本会議は皆勤)。

選挙や海外視察などで国会を欠席する代議士を時々見かけるが、自分は政務優先の
ポリシーをめざしてきたつもりなので、今回のスケジュールミスは、痛恨の極み。
もっとも、直接の原因こそ事務ミスだったものの、党務や同僚議員との交際に目が
行きがちだったことも否定できず、こうしたミスを誘発した遠因であったかも知れ
ない。今後への反省材料は多いと自省。タガを緩めず、プロ意識を高く守りたい。

登院後、財務金融委員会の民主党理事である原口一博、中塚一宏、平岡秀夫の各代
議士に委員会欠席のご報告とお詫び。また、廊下でお会いした、自民党の金田英行
財務金融委員長にもお詫びをした。

11時半、衆議院安全保障委員会。閉会中審査について。こちらも所要5分で終了。

その後、昼食。

12時半、夏のインターンで頑張ってくれた大学生たちが国会見学のため、来訪。
佐伯君、泉君、村田君、そして村田君の友人I君の計4人。

12時40分、今年最後の代議士会。

13時、衆議院本会議。所要15分。冒頭、日米修好150周年を祝う決議があり、
党議拘束を外した社民党で横光克彦議員がただ一人賛成の起立。満場が注目。その
後、閉会中審査の件などをこなし、最後に起立した河野洋平衆議院議長から国会閉
会の挨拶。2階の傍聴席では佐伯君ら4人と河田秘書が傍聴しており、散会後、退
場の折に手を振る。嬉しいこと。

いったん事務所に寄ったのち、ただちに党本部5階の大ホールへ行き、民主党「両
院議員懇談会」に出席。臨時国会を振り返っての報告や今月19、20日に予定さ
れている福岡での党大会について報告があった。2時間近い長丁場。

15時すぎ、議員会館の国会事務所に帰り、デスクワーク。本日が国会閉会日とあ
って、メールボックスの整理やら閉会中の国会事務所の運営についてやら。その間、
インターンの諸君はこの1年間で津村が登場した全国紙記事のスクラップ作業を手
伝ってくれ、見事17時までに終わらせてくれた。

スタッフのみでミーティングの後、インターン&I君の計4人と議員食堂の地下で
食事。久々に「議員同伴席」に座る。

18時過ぎ、国会事務所を発ち、岡山に帰る。金曜夜の新幹線は今日も混みあって
いた。


■12月4日(土)

9時、円山の岡山事務所に出勤し、まずはデスクワーク。年末年始の挨拶まわり用
に「国政報告書」を作成する予定でおり、その準備。写真の整理なども。

10時前、東京の若い友人が、週末ボランティアとして事務所に登場。これまでも
たくさんの友人や元同僚、学生インターンが事務所の手伝いに来てくれたが、津村
の地元活動に興味を持って訪ねてきてくれる人がいることは、津村にとっても、事
務所スタッフにとっても大きな励みだ。とても嬉しい。

11時、幡多クラブもちつき大会。学童保育の子どもたちと一緒に、楽しい時間を
過ごす。学生時代に児童福祉ボランティアのサークルに入っていたが、当時の思い
出がよぎって懐かしくなる。あの頃一緒に遊んだ子どもたちは今頃どうしているの
だろうか。久しぶりに会ってみたい。途中から雨。

いったん事務所に帰り、両親の車で県北へ。12時40分、事務所発。予定が多少
ずれてしまった。

14時、津山鶴山ホテルに到着。国政報告会開始まで1時間あったので、準備中の
スタッフや早めに来た参加者とのんびり雑談。

15時、江田五月国政報告会に、来賓として参加。5分ほどのスピーチと質疑応答。
県北での民主党の日常活動について前向きな提言やご意見をいただく。

16時半、そのまま忘年会タイムに。約1時間、会場をぐるぐる回って、ご挨拶を
したり、飲み物を注いだり。17時半に会場を出て、17時47分のJR津山線快
速で岡山に帰る。

19時すぎ、高島での後援会立ち上げ&忘年会。先日亡くなられたIさんのご主人
と息子さんも参加して下さり、30名ほどの皆さんとともに美味しい鍋を囲んだ。
いつも会場を提供してくださるOさんご夫妻には感謝の言葉もない。東京スタッフ
の佐竹、週末ボランティア君を含む津村事務所全員参加で懇親のひととき。江田五
月参議院議員も顔を出してくださった。23時すぎに散会したが、その後はOさん
夫妻と事務所スタッフで二次会モードに。いつのまにか日付が変わっていて、みん
なびっくり。


■12月5日(日)

7時、京橋朝市。昨夜の激しい雨でどうなるかと思っていたが、例月並みの人出。
田中秘書、週末ボランティア君とともに約40分間、「げっつむ!」を配りながら
の挨拶まわり。

7時45分、京橋のたもとで、朝立ち。朝市のお客さんが大勢ビラを受け取ってく
れた。週末ボランティア君も強風の中、懸命のフットワーク。ありがたいこと。約
30分で終わり、玉野へ。


9時すぎ、玉野市総合文化センターに到着。「玉野ふれ愛会チャリティカラオケ」
の控室をまわり、ご挨拶。老人会、婦人会など沢山の団体の方が皆さん笑顔で楽し
んでいらっしゃった。9時半に始まり、先頭バッターで『なごり雪』を歌う。熊代
代議士や福田元県議の顔も見えた。10時ごろ、中座。

10時50分、岡山県子ども会連合会結成40周年記念式に出席。岡山ロイヤルホ
テルにて。国会議員の参加は、加藤勝信代議士と津村のみ。挨拶のスピーチをお願
いされたので、「子どもを巡るニュースは暗いものばかりですが、萎縮することな
く活発な活動を続ける子ども会関係者の皆さんに敬意を表します。子どもは好奇心
の塊ですから、失敗をすることも、大人を怒らせることもありますが、そんな子ど
もたちのチャレンジ精神と可能性はまぶしく、政治の役割の大きさを感じます。表
彰を受けた会場の子どもたち、子ども会で沢山たくさん友達を作ってください。」
と、話しました。子どもたちもいたので短めにスピーチ。終了後、会場の机を回っ
て個別にご挨拶。

13時、牛窓町の千手で「大根まつり」に参加。田口秘書、週末ボランティア君と
ともに婦人会のみなさんの間を回り、握手、握手、握手。。。お昼を食べていなか
ったので、焼きそば&うどん&大根の煮付けを頂いたら、苦しいほどお腹いっぱい
に・・・。その後、13時半から祈祷があり、3人で参加。30分強。

いったん事務所に寄り、その後16時から本町で「参議院議員江田五月を囲む会」。
江田参議を長年支えてきた方々の内々の懇親会に、飛び入り参加させて頂いた。閉
会のスピーチを担当。

その後、週末ボランティア君とともに、江田夫妻ほかと夕食。美味しい料理を頂き
ながら、国際社会における日本の地位と役割について激論。江田さんと支持者の方
の議論に、時々混ぜていただきました。

18時45分、岡山事務所の事務局会議。約45分。佐竹政策秘書を交えての会議
は増田事務所長の仕切りで順調に進行。最後に週末ボランティア君から感想を聞き、
彼の熱いハートに触れて、胸をうたれました。政治の仕事をしていると、人の心と
心のふれあい(時にはぶつかりあい)を肌身に感じることがよくあります。改めて
身が引き締まった瞬間でした。

スタッフと夕食ののち、瀬戸内市邑久町山田庄にあるスポーツ公園へ。瀬戸内市長
選の開票。22時すぎになって、立岡前邑久町長の当確が出、地元選出の国会議員
としてお祝いに出向いた。祝賀式典ではマイクを渡されたので、お祝いの言葉を述
べたのち、「国と地方の関係をいかに改革していくか、国民は注目しています。お
互いに良い仕事をしましょう。これからが大変ですが、ともに頑張りましょう」と
申し上げました。


[374] 『YOUNG げっつむ!』 〜 自分より若い世代へ。。。 2004-12-07 (Tue)

先週末で今年の国会日程が終わり、若干の党務と年末挨拶のために上京するほかは、
基本的に地元岡山での日程となる。来年1月下旬と目される次期通常国会までは、
「国政報告」を兼ねた年末年始の挨拶が主な仕事だ。

そんな中、若い世代の政治への関心を少しでも高めようと、朝の時間を割いて高校
生、大学生向けの街頭演説を始めることにした。季節限定で2週間程度。候補者時
代に数回行った「高校前街宣」の拡大版である。

いつもと同じように津村がハンドマイクで演説し、周囲で「若い力。」スタッフが
「げっつむ」を配布するが、その中身を高校生、大学生向けに書き下ろすことにした。

題して『YOUNG げっつむ!』(仮称)。

写真を選んだり読みやすいレイアウトを考えたりで、完成までもう少しかかるが、
以下はその原稿の一部。自分よりも若い世代へのメッセージには普段と違う難しさ
があり、また、特別な思い入れもある。もう少し推敲するつもりだ。

−−−

● はじめまして。

皆さんの地元(岡山市、玉野市、瀬戸内市、灘崎町)で国会議員をしている、
津村啓介です。私の仕事は「代議士」とも呼ばれますが、正式には「衆議院
議員」です。1971年生まれの33歳。約720人の国会議員の中で、
11番目に若い議員です。

今でこそ、恥ずかしいほどドアップの顔写真が入ったポスターを街の至るとこ
ろに貼って幾らか政治家らしく(?)していますが(「若い力。」と書いた
ポスター、見たことありますか???)、高校、大学時代は人前で話すのが
何よりも苦手な、あまり目立たない学生でした。今でも来賓挨拶は苦手です。

● 高校時代。

理系志望のくせに歴史や国語が好きで、結局、高3のゴールデンウィークに
「文転」。部活は英語研究部でしたが、メンバーの中で一番英語が下手で、
英語劇の演出やBGM係が私でした。

当時の髪型はストレート。・・・というよりは、ボサボサ。当然のように、
女の子には全くもてませんでした。バレンタインデーは今でも嫌いです。

● 大学時代。

大学は法学部でしたが、法律科目が苦手で、歴史の授業ばかり取ってました。
歴史上の人物というのは、どの人も本当にドラマチックな人生を送ってます。
とてもマネはできませんが、夢を与えられました。

法律の代わりに覚えた特技が「ヒッチハイク」。帽子をかぶって、全国津々
浦々、時には海外まで旅に出ました。東京と沖縄を往復1万5千円で旅行し
たり、猿岩石に先がけてアメリカ大陸を無銭で横断したりしました。

● 日銀時代。

私の就職先は、最近新しいお札を発行した、日本銀行でした。“サツカン”
と呼ばれるお札の勘定もやりましたが、主な仕事は、日本経済の分析や銀行
経営のチェック、金融機関との資金取引などでした。どこの会社でもよくや
るように新人時代は宴会芸もやりました。写真は当時流行った「空中浮揚」。

28歳の時、日銀から派遣されてイギリスのオックスフォード大学に留学。
MBAコースで経営学を学びました。驚いたのは、政治家志望の学生がとて
も大勢いたことです。40歳代のトニー・ブレア首相が大胆な改革を進め、
多くの学生が彼に憧れて、夢と希望に燃えていました。


● 「若い力を国会へ!」

私の父は普通のサラリーマン、母は専業主婦です。お金持ちでもありません。
普通の若者が、志と努力で政治を動かす社会を創りたい。日本でも「若い力」
で政治を変えたい、ただひたすらそんな思いで、2年前、会社を辞めました。

今、沢山の仲間に支えられ、新しい政治づくりに取り組んでいます。


[373] 代議士日記「12月2日(木)速報ベース」 2004-12-02 (Thu)

■ 12月2日(木)

9時、シャトルバスで出勤。

10時、朝食。

11時、代表補佐会議〜党大会の代表演説について(衆2−3面)。

11時半過ぎ、武正代議士と昼食。

12時過ぎ、国のかたち(剛堂ビル)。

13時、代表挨拶打ち合わせ。W/代表(党本部8階)。

14時、デスクワーク。

15時過ぎ、近藤洋介代議士・政経セミナー(東条インペリアルパレス3階扇の間)。

15時半過ぎ、安保政策研究会第10回会合。

17時、デスクワーク。

18時半、凌雲会懇談会。

19時、長安代議士ほかと会食。


[372] 蔵書リスト 〜 国会事務所の本棚。 2004-12-02 (Thu)

12月に入り、臨時国会も終盤にさしかかっています。
年末には、岡山でも東京でも、恒例の「事務所大掃除」をしなければなりません。
ちなみに去年の津村の担当は、トイレ掃除でした。

国会議員になって1年余りが経ち、国会事務所にはたくさんの書類と書籍が山積に
なっています。整理整頓&目録作りの一環として、パートのMさんに本棚の整理を
してもらいました。

以前津村のホームページの「ひとこと」欄に掲載した蔵書リストが意外と公表だっ
たので、“二匹めのドジョウ”狙いで公開します。

このほかにも、岡山事務所、岡山の自宅、乃木坂の議員宿舎等に本を置いています。
ちなみに約半分が頂いた本です。

正直、蔵書の全てを読了しているわけではありません。。。

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【金融・経済・会計・税金】
○ 西村吉正 『日本の金融制度改革』
○ 藤井良弘  『縛られた金融政策−検証 日本銀行』
○ 軽部謙介・西野智彦 『検証 経済失政−誰が、何を、なぜ間違えたか』
○ 吉川洋 『現代経済学入門 マクロ経済学』
○ 小林慶一郎/加藤創太『日本経済の罠−なぜ日本は長期低迷を抜け出せないのか』
○ 岡田知弘・川瀬光義・鈴木誠・富樫幸一
         『国際化時代の地域経済学』
○ 山崎養世 『大逆転の時代−日本復活の最終処方箋』
○ 榊原英資 『年金が消える』
○ 北城恪太郎 『年金再生論』
○ 古谷三敏 『レモン・ハート−会計と監査』
○ 山崎養世 『大人のための税金の絵本―高速道路はただになる!』
○ 藤巻健史 『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』
○ 磯田道史 『武士の家計簿―「加賀潘御算用者」の幕末維新』
○ 橋本治 『上司は思いつきでものを言う』
○ 松谷明彦 『「人口減少経済」の新しい公式』
○ 徳島勝幸 『現代社債投資の実務―社債市場の現在を考える』

【法・政治・行政】
○ 長谷部恭男 『比較不能な価値の迷路−リベラル・デモクラシーの憲法理論』
○ 長谷部恭男 『憲法』
○ 佐々木毅 『政治学講義』
○ 西尾勝 『新版 行政学』
○ 山口二郎 『戦後政治の崩壊−デモクラシーはどこへゆくか』
○ 船場正富 『ブレアのイギリス−福祉のニューディールと新産業主義』
○ 浅羽通明 『ナショナリズム−名著でたどる日本思想入門』
○ 佐々木毅 『マキアヴェッリと「君主論」』
○ マックス・ヴェーバー『職業としての政治』
○ 後藤基夫/内田健三/石川真澄
      『戦後保守政治の軌跡−上・下』
○ 原田武夫 『劇場政治を超えて−ドイツと日本』
○ 花井等 『名著に学ぶ国際関係論』
○ 江口克彦・永久寿夫 『二十一世紀日本国憲法−私案』
○ 藤原帰一 『平和のリアリズム』
○ 北岡伸一 『日本の自立−対米協調とアジア外交』
○ 長島昭久     『日米同盟の新しい設計図−変貌するアジアの米軍を見据えて』
○ 田中明彦 『安全保障―戦後50年の模索』
○ 陳一他 『サイバーセキュリティの法と政策』
○ 榊原夏 『岡田克也、父と子の野望』
○ Nicholas Jones “Sultans of Spin”
○ 新潟日報社・編 『ザ・越山会』  
○ 情報研究所・編 『田中角栄―データ集』
○ 伊藤隆他 『渡邊恒雄回録』
○ 原敏 『谷村啓介の「政界日誌」―汗と涙と喜びの30年』
○ 前田哲男・飯島滋明 『国会審議から防衛論を読み解く』
○ 佐々木隆 『伊藤博文の情報戦略―藩閥政治家たちの攻防』
○ 山口二郎 『日本政治―再生の条件』
○ 島田裕巳 『創価学会』
○ 舛添要一 『内閣総理大臣―その力量と資質の見極め方』
○ 中島みち 『脳死と臓器移植法』
○ 村上政弘 『法科大学院―弁護士が増える、社会が変わる』
○ 菊田幸一 『いま、なぜ死刑廃止か』
○ 広瀬隆 『アメリカの保守本流』
○ 原田武夫 『サイレント・クレヴァーズ−30代が日本を変える』
○ 大下英治 『実録―田中角栄と鉄の軍団・上−奇跡の天下取り』
○ 浅川博忠 『自民党ナンバー2の研究』
○ 山本浩 『決断の代償』

【ジャーナリズム】
○ 三反園訓 『ニュースステーション政治記者奮闘記』
○ 読売新聞論説委員会 『読売vs朝日―21世紀・社説対決』
○ 岡留安則 『武器としてのスキャンダル』

【歴史】
○ 網野善彦 『日本社会の歴史−上』
○ 船曳建夫 『「日本人論」再考』
○ 青柳正則 『ローマ帝国』
○ NHK取材班・編 『その時歴史が動いた策士・軍師編』
○ 永野護 『敗戦真相記』
○ 石ノ森章太郎 『マンガ日本の歴史1〜50』
○ 石ノ森章太郎 『大久保利通−維新の巨星墜つ』
○ 歴史の謎研究会 『日本史―あの人の言い分』

【岡山】
○ 石井正弘 『天の時、地の利、人の和』

【小説・エッセイ】
○ 浅田次郎 『蒼穹の昴』
○ 奥田民生 『僕は知ってるぜ』
○ 滝沢隆一郎 『内部告発者』
○ 三谷幸喜 『仕事、三谷幸喜』
○ 三谷幸喜 『合い言葉は勇気』
○ ドストエフスキー・原卓也訳 『カラマーゾフの兄弟』
○ 読売新聞社会部 『会長はなぜ自殺したか−金融腐敗=呪縛の検証』
○ 林真理子 『美女入門 Part3』
○ 村上龍 『限りなく透明に近いブルー』
○ 酒井順子 『負け犬の遠吠え』
○ 長谷川摂子 『人形の旅立ち』
○ 片山恭一 『世界の中心で、愛をさけぶ』

【その他】
○ 川田茂雄 『社長をだせ!実録クレームとの死闘』
○ 角幸博 『函館の建築探訪』
○ 岸宣仁 『発明報酬―技術者が会社を訴える時』
○ 養老孟子 『バカの壁』
○ 本名信行 『世界の英語を歩く』
○ 清水義範 『国語入試問題必勝法』
○ 小林秀雄 『考えるヒント』
○ 安野モヨコ 『ハッピー・マニアA』
○ 安野モヨコ 『安野モヨコ対談集ロンパースルーム』
○ VERB 『遺書―5人の若者が残した最後の言葉』
○ 「新潮45」編集部 『その時殺しの手が動く−引き寄せた災、必然の9事件』
○ 和田秀樹 『痛快!心理学』
○ 安藤夕馬 『東京エイティーズ@〜E』
○ 山田貴敏 『Dr.コトー診療所1』
○ 弘兼憲史 『ヤング島耕作2』
○ QuickJapan 『水曜どうでしょう』
○ 辛淑玉 『怒りの方法』
○ 手塚治虫 『きりひと讃歌1〜3』
○ 赤池学・金谷年展 『カタツムリが、おしえてくれる』
○ 二宮金次郎の一生 『三戸岡道夫』
○ 中原英臣 『医者しか知らない危険な話』


[371] 【再掲】代議士日記「11月30日(火)」 2004-12-02 (Thu)

■ 11月30日(火)

朝8時過ぎ、起床。「議員宿舎→議員会館」を結ぶ9時発のシャトルバスで、出勤。
9時10分ごろ、国会事務所に着き、メールチェックなど。

10時、第6回「公的債務管理WT」。みずほ総研の中島厚志チーフエコノミスト
を招き、財政赤字を巡る諸課題についてレクチャーをいただく。津村は、当WTの
事務局長をお引き受けしており、島聡座長のリードで約半年ぶりに再開。約10人
の民主党議員の方々と約10名の秘書の方々が参加して、活発な質疑が行われた。
1時間強。

11時過ぎ、第一議員会館の地下食堂で遅めの朝食。月見うどんと野菜炒めを頼ん
だところ、単品のつもりだった野菜炒めが定食扱いになり、実質二人前食べること
に。どうでもいい話ですが、大変でした。。。

12時過ぎ、先輩議員からご連絡があり、午後の政倫審に出席できることに。橋本
元総理と同じ岡山県選出の唯一の民主党衆議院議員ということで、ご配慮頂いた形。

12時40分、代議士会。前日の新人研修会における岡田代表発言「2回連続で比
例復活当選だと、“負け犬”と言われかねないから気をつけるように」が、話題に。
個人的には、岡田代表の言うとおりだと思います。次回は小選挙区で!

13時、衆議院本会議。特別委員会(拉致)の設置&上がり法案処理。所要10分。

13時20分。衆議院政治倫理審査会。審査会の幹事である樽床伸二代議士の代理
として出席し、橋本龍太郎元総理の弁明を聞く。マスコミによる頭撮りは、カメラ
のフラッシュがとても多く、眩しいほど(弁明の感想等については、津村HPの「
ひとこと」参照)。約90分。終了後、橋本元総理から声をかけられ、「お騒がせ
しています」と。津村からも「お疲れさまです」と会釈をお返しした。

その後、民主党国会対策委員会控室で、同僚議員と弁明の内容を整理。弁明および
質疑のあらましを一問一答形式で記録した津村のメモが重宝され、同僚議員に配布
された。委員25名(うち民主党10名)、傍聴25名(同11名)の小さな枠に
津村を幹事として入れていただいた先輩のご配慮にお応えできたとすれば幸い。

16時過ぎ、衆議院内第16控室において、記者会見。橋本元総理に質問した永田、
辻両代議士の斜め後ろに控えて、メモ取り。約20分。

その後、議員会館に戻ると、地元紙や全国紙の記者が引っきりなしに出入りして、
コメントを求められる。郷土の後輩、母校(麻布高校)の後輩としての思いを込め、
単なる誹謗中傷的な攻撃にならないよう努めて、言葉を選んだ。報道のされ方によ
って誤解を招くのは避けたく、念のためホームページの「ひとこと」欄に自分自身
でコメントをまとめ直し、掲載。

19時、日銀で働いていたころの友人と、会食。古い話から最近の話まで、ゆっく
りと話すことができた。

深夜、急遽、霞ヶ関で働く友人と一杯。彼は政治を志しており、具体的な道を歩き
出そうとしている。進路について相談に乗る。小一時間。


[370] 代議士日記「11月27日(土)〜12月1日(火)」 2004-12-01 (Wed)


■ 11月27日(土)

6時半、起床。7時に家を出て、東京駅へ。急いでいたのでタクシーに乗ったら、
運転手さんが道を間違えて、結局遅くなってしまう。東京の道は複雑。

7時50分の新幹線のぞみで、帰岡。岡山駅到着は11時12分。田中秘書が迎え
に来てくれた。その足で玉野へ。

12時、玉野市奥玉すこやかセンターで、三井造船退職者の皆さんのカラオケ大会
に飛び入り参加。17人の元気な皆さんが十八番を熱唱。津村は、森進一の『おふ
くろさん』を歌う。結局1時間以上お邪魔し、お1人お1人とお話しをした。

14時過ぎ、西大寺コミュニティハウスにて、「江田五月・津村啓介国政報告会」。
江田さんが参院選のお礼と年金問題、日歯問題などを、津村が台風被災地支援等に
ついてそれぞれ話し、その後は質問タイム。活発な議論になり、時間がどんどん過
ぎて行った。15時過ぎに森本てつま県議も参加。さらに盛り上がった。

16時、高島学区のIさん宅に弔問。亡くなった奥様は、候補者時代から、津村を
献身的かつ情熱的に支え続けてきてくれた方。昨夕、沖縄旅行からお帰りになり、
夜になって倒れられたとのこと。お疲れがたまっていたのだろうか。どんな時も津
村やスタッフの味方になってくださり、色々な行事にも呼んでいただいた。ご主人
のお話では、普段から「津村君は、私たちが初めて作り出した政治家なんだから」
と自慢にしてくださっていた由。優しい表情で眠られている奥様に「お世話になり
ました」と頭を下げて、最後のお別れ。

本当にあったかい、笑顔。あんなにお元気だったのに、いまでも信じられません。

17時、円山の事務所に戻り、代議士レク。根木秘書から日程についての相談等。

18時に事務所を出て、19時からホームミーティング。政治に一家言ある先輩
が10名ほど集まってくださり、農業問題、政治とカネの問題、地方財政論等々
深夜まで熱っぽく議論。事務所に帰ったら、22時を回っていた。

その後、友人たちから「駅前で歌ってる」との連絡があり、合流。1時間ほど。


■ 11月28日(日)

8時起床。山崎秘書の運転で、8時半過ぎに事務所を出る。

9時半、竜之口スポーツ広場にて、竜之口学区の消火訓練。同学区の消防団はお隣
の財田分団の下部組織になっているとのことで、地域の事情を詳しくお聞きする。
その後消火器を使って、実際に消火活動を体験。スーツのズボンが真っ白になった。

10時、三世代交流センター「よしい川」開所式。旭川荘の皆さんの年来のご努力
の賜物。萩原市長をはじめ、逢沢外務副大臣、江田参議院議員、熊代代議士も出席。
津村も含め、それぞれスピーチ。その後、施設を見学し、最後に記念植樹。生まれ
て初めての「記念植樹」でした。施設の皆さんが喜んでくださり、記念撮影も。。。

11時45分、桑野の岡山ふれあいセンターで、「岡山市環境パートナーシップ」。
市環境局の主催で、環境や防災に関わっている地元NPOが一同に会したイベント。
市長に続いて挨拶の機会を頂き、最後に「餅つき大会」。楽しかったです。それに
しても搗き立てのお餅はモチモチ。のどに詰まりそうになりました。

13時、浅越パークゴルフ場で、羽場頼三郎市議の後援会「はばたく会」のパーク
ゴルフ大会の開会式に参加。簡単な挨拶のあと、始球式をさせていただきました。

その後、いったん事務所に寄って準備をし、山崎秘書の運転で総社市へ。

15時半、民主党岡山5区総支部大会。「花咲ひろき」さんが衆議院岡山5区の候
補予定者に正式決定され、決意表明をされました。応援のスピーチ。

17時半、いったん自宅に帰って、消火器で真っ白になったスーツを着替え。

18時過ぎ、地元のマスコミ関係者の方を囲んで、会食。色々と刺激になるお話を
伺い、ついついお酒が進みました。皆さんお強い!その後、カラオケなど。本当に
楽しいひとときで、時を忘れました。。。


■ 11月29日(月)

8時すぎ、少し遅れて民主党岡山県連の月曜恒例「おはよう730」に合流。後半、
20分以上演説をする。衆議院災害対策特別委員会での質疑の報告など。

8時半、菅源太郎君やスタッフ諸君と、朝食。

9時22分の新幹線のぞみで、上京。車中爆睡。13時ごろ、東京駅に到着。

13時過ぎに国会事務所に着いたが、新幹線で寝違えたのか体調が芳しくなく、河
田秘書らに後事を託して、いったん議員宿舎で休養。

18時、改めて出勤し、デスクワーク。

20時15分、赤坂にて、創憲一期生の「懇親会」。

21時半、日銀の後輩と会食。元気な若者から昔の職場の話を聞くと、初心に帰る
思いで刺激になる。


■ 11月30日(火)

10時、公的債務管理WT。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。特別委員会(拉致)の設置&上がり法案処理。所要10分。

13時20分。衆議院政治倫理審査会。橋本龍太郎元総理の弁明。

19時、日銀に働いていたころの友人と、会食。


■ 12月1日(水)

8時、民主党財務金融部門会議。

10時、衆議院財務金融委員会。産業再生機構社長を参考人招致。

11時半、民主党日英議員連盟総会&英国大使・公使歓迎会。

13時、衆議院財務金融委員会。質疑。

14時半、日教組。国会請願。議員面会所前でシュプレヒコール。

15時、役員室危機管理担当者会議。

17時、役員室会議。党大会における岡田克也代表挨拶の内容について。

18時、岡山農業共済連合・予算要請懇談会。

18時半、先輩議員の方々と会食。

20時、外交政策研究会。


[369] 橋本元総理の弁明 〜 衆議院「政治倫理審査会」に出席して。 2004-11-30 (Tue)

本日午後1時20分から、衆議院の議長応接室において、衆議院政治倫理審査会が
開かれ、いわゆる日歯問題に関する橋本龍太郎元総理大臣の弁明と与野党議員によ
る質問が行われた。

津村は、橋本元総理と同じ岡山県選出の唯一の民主党衆議院議員であるとの理由で、
民主党の三席(幹事)である樽床代議士の代役として出席。約90分にわたる審査
に立ち会った。

元総理は、同郷の先輩であるだけでなく母校麻布高校の先輩でもあり、このところ
毎月のように各種会合でご一緒してきたが、今日の表情はとても厳しく、普段のよ
うな自信に満ちたオーラは感じられなかった。

弁明の内容や質疑の中身については別途詳細な記録を取り、国対にご報告したので、
HPでの公開は控えたいが、「自分の記憶ではなく、周囲の記憶と記録に依拠する
形で、資金の授受を認めたこと」と「発覚直後に連絡を取り合った関係者の名前を
列挙したこと」以外はあまり新味のないものであった。

直後にマスコミの方々から個人的な感想を聞かれたので、次のようなことを述べた。

−−−−−

【後輩として寂しい思い】
 同郷、母校の先輩として尊敬する方だが、体調不良を理由に自分の記憶や判断を
 なかったことにし、全ての責めを周囲に帰する姿には、金融ビッグバンや省庁再
 編などに指導力を発揮された往時の面影は感じられず、後輩として寂しい思い。

【自分の言葉で話していない】
 今日の元総理は声も小さく、弁護士に付き添われ、原稿に目を落としながらお話
 される様子からは、自分の言葉で話されているという印象は受けられなかった。
 普段のような自信に満ちたオーラは感じられなかった。

【一つの時代の終わり】
 料亭という「密室」での出来事を、非公開の「密室」で弁明する姿勢は、橋本派
 の政治スタイルの象徴的な表れであり、説明責任の果たし方として国民感情から
 懸け離れていることは明らか。古い政治の行き詰まりと一つの時代の終わりを
 感じた。国民の求める説明責任を果たせない以上、別の形で責任を取るしか方法
 はない。その意味で、次期衆院選小選挙区不出馬という責任の取り方は、国民に
 いささか分かりにくいのではないか。

【与党の足並みの乱れ】
 与党である公明党が公開を求めていたにもかかわらず、自民党サイドがこれを拒
 否したのも印象的な出来事だった。与党の足並みが揃っていない。

【国民の厳しい審判】
 民主党の一員として、今後とも証人喚問と会期延長を求めていく。与党は今回の
 審査をもって幕引きを図るだろうが、そのツケは大きい。次回総選挙では、国民
 の手によって厳しい審判が下されるはずだ。

−−−−−

「政治とカネ」の問題は、これから数年のうちに必ず実現する政権交代によって、
大きく前進することは間違いない。スキャンダル追及は決して楽しい仕事ではない
が、有権者、国民の期待を裏切らない政治のために、これからも目を離さず取り組
んでいく。


[368] Oxford MBA 〜 後輩からの手紙。 2004-11-26 (Fri)

先日、オックスフォード大学MBAコースの後輩W女史からメールが届き、「授業
でケイスケさんのことが紹介されました。OxfordのMBAには政治に興味を
持った学生がたくさんいます。後輩として、あなたをとても誇りに思います。」と
書かれてあった。

英語が苦手といわれる日本人留学生の中でも、特に英語が苦手で、4年前のこの時
期はイギリスの片田舎で寒さに震えながら、「追試(resit )」のことばかり気に
していた。単位を落としたら、日本に帰らなくてはならない。どんな顔して会社(
当時は日銀に勤めていました)の上司に説明しよう。同期に顔向けできない。。。
みたいな。

当時、必須科目として勉強したマネージメントやマーケティング、ファイナンスの
知識が多かれ少なかれ衆議院議員としての今の仕事を支えてくれている。いつの日
か母校のクラスで後輩に実務経験を語れるよう、頭と体をしっかり使って、いい仕
事をしていきたい。

政治を志したのは、幾つかの忘れられない出会いとオックスフォードでの学生生活
があったから。留学時代の思い出については、また機会を改めて紹介します。


[367] 代議士日記「11月26日(金)」 2004-11-26 (Fri)

午前中、乃木坂にある衆議院青山議員宿舎でのんびり過ごす。

神戸の祖母から貰った大型TVが、一昨日デビュー。とても大きく、重かったので、
投宿中の柚木君に手伝ってもらい、まずは回線を繋いだ。その夜はTVを付けなが
ら、政治談義。今日は改めて、TV周辺を片付けた。

11時過ぎ、国会事務所に出勤。立て続けにマスコミ対応。地元紙の記者が県連の
人事等について、全国紙の記者が臨時国会会期末のトピック等について。こちらか
らも逆取材をし、さまざまな話題を教えていただく。注目の福岡2区補選は、候補
者が本日決定の見込み。

そのまま記者と、議員会館の地下で昼食。月見うどん&野菜炒め。

午後は、事務所で延々デスクワーク。義務教育費国庫負担や混合医療などホットな
政策イシューについて、アンケートに答える。そのほか、地元経済紙の「年頭所感」
の執筆など。

秘書人事など、事務所経営についても判断すべきことが多い。長らく懸案だった国
会事務所のPC購入問題は昨夜の増田岡山事務所長との電話会談で「2台購入」が
決定。財政逼迫の中で、政治資金集めパーティについても研究を進めている。

その後、キー局記者の取材。ゆっくりとお話しするのは初めてだったので、自己紹
介もかねて民主党での津村の仕事等についてレク。ここでも逆取材。

一日、机に座っていたため、山積みの書類がほとんど全て処理できた。返信できて
いないメールがまだまだ残っている。これは来週の課題。

18時過ぎ、東京水道橋グリーンホテルを訪ね、岡山県教組出身の議員団の皆さん
と懇談。権田津山市議、小林岡山市議、三原岡山県議。

20時ごろ、麻布高校時代の仲間約10名と、ミニ同窓会。現在霞ヶ関に勤めてい
る弁護士のM君が幹事を勤めてくれている。久しぶりの仲間も多い。

−−−
12月9日(木)に、この1年でお世話になったインターン&ボランティアを集め
て、国会事務所主催のミニ忘年会を開くことを決めた。夏のインターンが頑張って
くれた東京の5人、ドットジェイピーでお世話になっている方々、そのほかボラン
ティアで事務所を手伝ってくれた方々に声をかけていく予定。学生時代のサークル
仲間で、アナウンサーになった友人が特別参加してくれる。とっても楽しみ!


[366] 代議士日記「11月20日(日)〜25日(金)」 2004-11-25 (Thu)

■ 11月20日(土)

6時、自宅前でピック。田口。

6時半、瀬戸内バルーンフェスティバル。邑久町豆田地先、吉井川河川敷。

9時半、第18回西大寺南学区コミュニティ文化祭。

10時、テイコク第59回定期大会。300人の皆さんの前でご挨拶。ソシミエー
ル岡山。

11時過ぎ、岡山大学祭2004。チアガール、茶道部、放送文化部など。南方さ
んの案内で、楽しいひととき。ボランティアOBの宇津木君も同行。

13時、神崎町の運動公園で、中学生駅伝・ロードレース閉会式。

14時すぎ、旭竜学区三世代交流イベント。

15時、第59回国民体育大会優秀選手表彰式・祝賀会。

17時すぎ、津村事務所第3回戦略会議。

19時、瀬戸内市長選挙公開討論会。

増田&山崎と打ち合わせを兼ねた夕食。2005年の事務所体制について意見交換。


■ 11月21日(日)

8時、自宅前ピック。田中。

8時45分、玉野市宇野慰霊祭会場。

10時半、沢田柿まつり。

13時、牛窓町の出島公園にて、エーゲ海フェスタ’04。柏原芳恵さんと握手。

15時、長船町Kさん宅にて、ホームミーティング。

17時、津村事務所でデスクワーク。

19時、連合岡山「秋の何でも相談ダイヤル」陣中見舞い。


■ 11月22日(月)

7時過ぎ、自宅前ピック。

7時半、朝立ち。新京橋。

8時過ぎ、おはよう730。ドレミ前。本日は2区担当で、山崎&田口も参加。

9時半、NTT労組ご挨拶。

10時すぎ、選挙区在住の100歳のご老人に敬老の挨拶。

11時、第24回世界連邦岡山県宗教者大会。岡山衛生会館。挨拶のスピーチ。

13時、新幹線「のぞみ」で上京。

17時、国会事務所でデスクワーク。

18時、菅直人代議士を囲む若手数人で会食。

22時、夜行列車「サンライズ瀬戸」で帰岡。


■ 11月23日(火)

8時、自宅前ピック。田中。

8時45分、第27回玉野市・灘崎町スポーツ少年団交歓大会。スポーツセンター。

10時、びぜん長船名刀まつり。長船町の「備前おさふね刀剣の里」にて。挨拶の
あと、ゆっくりと会場を観て回る。

11時半、Oさん宅。瀬戸内市の政界関係者が何人もいらっしゃり、偶然ご挨拶。

12時、散髪。やっとサッパリ。

13時過ぎ、第10回ペタンク交流大会。奥市公園補助野球場。

14時、第6回ゆみ子杯ボウリング大会。岡山フェアレーン。

15時、剣道岡山国体予選。少年男子。岡山武道館。本命の西大寺高校・鴨崎君が
見事優勝。

16時、ゆみ子杯ボウリングに戻って、表彰式に参加。

夕刻、上京。


■ 11月24日(水)

8時半、民主党財務金融部門役員会。

9時、民主党財務金融部門会議≪決算委関連≫。

10時、国会事務所。

11時半、情報通信系企業の方と会食。大変示唆に富むお話を聞けた。

14時、衆議院財務金融委員会。所要5分。

15時、法務委員会。河村たかし議員の差し替え(代理出席)。

16時、国会事務所。

17時、役員室会議。

18時半、菅直人の再出発を励ます会(オータニ翠鳳・鳳凰)。

19時半、永田寿康議員・結婚披露パーティー。全日空ホテル。

20時半、民主党同期の近藤洋介議員と会食。非常に刺激を受けた。

23時、候補者研修で上京中の柚木みちよし君が、議員宿舎に宿泊。


■ 11月25日(木)

7時半、起床。

8時、外務・防衛合同部門会議 「米軍再編問題と在日米軍再編問題」。

9時、朝食。

9時半、衆議院安全保障委員会。所要2時間。

11時半、民主党正副幹事長会議。

11時40分、役員室「代表補佐チーム」会議。

12時過ぎ、国のかたち研究会(剛堂会館1F)。

12時40分、代議士会(第4控室)。

13時、衆議院本会議(所要20分)

16時、スタッフ面接。

18時半、一念会懇親会・吉良&田村&本多議員を迎えて。赤坂。

21時、日銀時代の同僚&後輩と会食。


[365] 代議士日記「11月19日(金)」 2004-11-19 (Fri)

朝8時、衆議院青山議員宿舎にて、起床。

本日は午前中時間が空いたので、自動車運転免許の「更新」に出かける。千代田線、
東西線を乗り継いで、東陽町にある江東運転免許試験場へ。途中、銀行でお金を下
ろすのを忘れたりして、結局お昼ごろまでかかってしまった。前回は散髪に行った
直後にツンツン頭&私服で写ったが、今回は散髪に行く直前かつスーツ姿で固めの
証明写真になった。表情は普通。

13時すぎ、衆議院財務金融委員会に出席。本日は金融機関のコンプライアンスに
ついて、斉藤哲全銀協常務理事、岩原紳作東大教授、国広正弁護士の3人を参考人
として招き、参考人質疑。所要2時間。

途中、少し抜けて、国会事務所で書類のチェック。議員インターンシップ「ドット
ジェイピー」の募集用資料を執筆したり、各種招待の出欠の判断をしたり。。。

岡山に帰る金曜日なので、終わらせておくべきデスクワークもいっぱい。その後、
岡山県および関係市町から都市公園整備の陳情。

16時、創憲を考える一期生の会の第8回会合。今日のゲストは、津村が推薦した、
江田五月参議院議員。世話人の長島、馬淵両代議士が急用のため、司会やマスコミ
へのブリーフなどを仰せつかる。

17時、金融関係の質問準備と「国会事務所でできる岡山への情報提供」について
の簡単な打ち合わせ。

夜の新幹線で、帰岡。


[364] 最近の読書。 2004-11-19 (Fri)

いま読んでいる本は、山本浩『決断の代償』と軽部謙介『ドキュメント ゼロ金利』。

前者はブッシュ米政権主導のイラク戦争に巻き込まれていく英国ブレア政権の苦悩、
後者は未曾有のゼロ金利政策に踏み切った日銀執行部の苦悩をそれぞれ描いている。
両作品からは、国家の命運を握る政策担当者の、人間味と強い当事者意識とを感じ
ることができる。

合わせて少しづつ読んでいるのは滝沢隆一郎『内部告発者』。第1回ダイヤモンド
経済小説大賞に輝いた新作で著者の滝沢さん(ペンネーム)は、麻布高校ESS(
英語研究部)の先輩。

そのほか、榊原夏『岡田克也、父と子の野望』という本も読んだが、取材の粗さも
さることながら、人物描写に奥行きがなく、がっかり。


[363] 代議士日記「11月1日(月)〜18日(木)」暫定版 2004-11-18 (Thu)

■ 11月1日(月)

8時、瀬戸内市役所仕事初め。元邑久町役場(新市役所)、元長船町役場、元牛窓
町役場を訪問。

12時、防災関連の面談。

13時37分、新幹線にて、岡山⇒東京。

17時半〜17時45分、国会事務所にて、金融庁によるレク。新BIS関連等。

18時半〜20時、麻立会総会(鳥居坂:国際文化会館)。

20時、岡田代表を囲む「代表補佐チーム」懇談会。(ホテルニューオータニ)


■ 11月2日(火)

8時、民主党外務・防衛合同部門兼イラク問題等PT合同会議。

11時、衆議院財務金融委員会。

12時、民主党財務金融部門「役員会」。

12時、創憲を考える一期生の会「世話人会」。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。所要2時間。

19時、台北駐日経済文化代表・許正楷代表との会食。

22時、22時、サンライズ瀬戸にて帰岡。


■ 11月3日(水)『岡田代表、岡山へ!』


■ 11月4日(木)

8時、民主党財務金融部門会議。

11時、代表補佐チーム会議。

11時半、岡山・日教組の方の陳情。

11時45分、国のかたち研究会。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議(所要1時間10分)。

14時10分、大石議員と11日一般質問の打ち合わせ。

14時35分、系統金融機関を訪問し、幹部の方と面会。

15時15分、大手ホテルを訪問し、幹部の方と面会。

16時、民主党役員室会議。

17時、新潟中越地震義援募金活動。有楽町マリオン前。岡田代表に随行。

19時、男女共同参画調査会/人権消費者問題調査会/子ども政策調査会の懇親会。

20時、日銀時代にお世話になった、金融市場関係者の方と会食。


■ 11月5日(金)

10時、衆議院財務金融委員会(所要2時間半)。採決。

15時、衆議院安全保障委員会の大石尚子筆頭理事と打ち合わせ。

17時15分、テレビ局記者の取材(国会事務所)。

17時半、全国紙記者の取材(国会事務所)。

夜、帰岡。


■ 11月8日(月)

11時45分、地元紙記者の取材。

13時55分、テレビ局記者の取材。

15時25分、北原防衛庁長官官房長が来訪。観閲式のお礼のご挨拶。

15時50分、矢掛町長&他関係市町村首長等、下水道事業促進の陳情。

16時10分、塩崎潤元経企庁長官、相続税に関する陳情。

17時、災害特の質問に関連し、調査室からレクを受ける。

17時半、外務調査室レク。

18時、安全保障調査室レク。


■ 11月9日(火)

8時、民主党外務・防衛合同部門会議

10時、岡山県東京事務所より災害レク。

10時半、岡山市東京事務所より災害レク。

12時、倉敷市東京事務所より災害ゴミに関するレク。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議(所要15分)。

13時半、衆議院財務金融委員会(所要3時間)。

16時半、災害レク。衆議院調査室より昨日の補足。

17時、同僚議員事務所より秘書の方が来訪。明日の質問に関連し、資料を提供。

17時半、金融庁に質問通告(明日の改正信託業法審議について)。

18時半、松崎哲久代議士のパーティ&「マンマ・ミーア!」観劇会。劇団四季劇場「海」。

21時半、国会事務所に戻り、明日の質問原稿を推敲。


■ 11月10日(水)

10時、衆議院財務金融委員会(所要2時間、うち質問45分)。信託業法改正案について。

12時、内閣府に対し、災害対策特別委での質問通告。

14時、民主党正副幹事長会議。

15時、党首討論(QT)の傍聴、応援。

17時、民主党役員室会議。

17時45分、安全保障委員会での質問につき、防衛庁に質問通告。

18時20分、災害対策特別委員会での質問につき、環境庁に質問通告。

19時、JR幹部の方と会食。


■ 11月11日(木)

10時、衆議院災害特別委員会。秋の臨時国会3回目の質問バッター。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議(所要約20分)。

14時、衆議院安全保障委員会(うち質疑15:50〜16:20)。秋の臨時国会
4回目の質問バッター。

18時、代々木青少年センターにて、第53回全国青年大会派遣岡山県選手団結団交流会。

20時、長島昭久代議士の出版記念の集い。虎ノ門パストラル。

21時、衆議院スタッフの方と会食。


■ 11月12日(金)

9時、衆議院財務金融委員会(所要1時間20分)。改正信託業法の採決。

13時20分、金融政策に関するレク。

14時30分、全国紙記者の取材。

17時15分、岡田代表と党首討論(クエスチョンタイム)に関する打ち合わせ。

18時33分、新幹線のぞみにて帰岡。


■ 11月13日(土)

9時、高島中学区、三世代ふれあいウオーキング

10時半、渋川地区防火モデル地区設定式。渋川1丁目コミュニティハウス。 

12時、三井造船テクノスーパーライナー進水式。

13時、同祝賀会。

15時半、地元紙記者の結婚披露宴。式後、祝福に駆けつける。

16時過ぎ、民主党岡山県連の常任幹事会。

19時、お世話になった三井造船労組の方々の送別会。


■ 11月14日(日)

8時、三勲学区ソフトボール大会。奥市グラウンド。 

9時45分、江田五月さんの自宅。

11時、陸上自衛隊三軒家駐屯地49周年記念式典。

11時40分、同祝賀会。

11時15分、DONDON祭(藤原団地北町内会)。

19時、灘崎町でホームミーティング。


■ 11月15日(月)

朝立ち、新京橋。

午前中はデスクワーク。岡山事務所の当面の活動方針について、など。

16時20分、外資系金融機関に出向き、市場関係者の方々にヒアリング。

18時、金融市場政策に関するレク。

18時15分、田村謙治衆議院議員。繰上げ当選のご挨拶。

19時、幹事長との期別懇談会。赤坂。


■ 11月16日(火)

8時50分、民主党財務金融部門会議。

10時、財務金融委員会(所要2時間40分)。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議(所要20分)。上がり法案処理。

13時20分、衆議院財務金融委員会(所要20分)

15時、岡田代表定例記者会見。初めての司会進行役。党本部5Fホール。

17時、議員インターンシップ「ドットジェイピー」新任担当者ご挨拶。

18時、金融庁への質問通告。

19時、鹿野道彦代議士を囲む会食。


■ 11月17日(水)

8時半、民主党財務金融部門会議。

11時、衆議院財務金融委員会(所要1時間)

12時、昼食。

13時、衆議院財務金融委員会(14時から質問15分、賛成討論)。

14時半過ぎ、正副幹事長会議(既に終了)。

15時、党首討論(クエスチョンタイム)の傍聴、応援。

16時、村岡兼造氏を招いて「一億円献金事件の真相をただす会」。

17時半、民主党役員室会議。

18時、国会事務所「事務局会議」。2時間半、熱のこもった議論。


■ 11月18日(木)

8時、民主党外務・防衛合同部門会議。ゲストスピーカーは、北岡伸一国連大使。

9時半、「民主党国連を支援する議員の会」。同じく北岡伸一大使の講演。

10時、北方領土・四島交流促進議連。

11時半、代表補佐チーム会議。

12時、中国ブロック国会議員団会議。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議(所要15分)。上がり法案処理。

午後、代議士日記の執筆。

17時半、創憲を考える一期生の会。一新会にジョイントし、小沢一郎代議士の講演を拝聴。

19時半過ぎ、田村謙治議員の繰上げ当選を祝う会。at半蔵門・シディーク

20時、総務省若手と民主党若手の勉強会。


[362] 代議士日記「10月23日(土)〜31日(日)」 2004-11-18 (Thu)

■ 10月23日(土)

10時45分、岡山事務所に出勤。既に20人近い支持者の方々が集まって下さっ
ている。本日、11時過ぎに石井まさひろ県知事候補の選挙カーが津村事務所前に
立ち寄り、スポット演説をすることになっており、50人をメドに人集め。

11時ごろ、石井候補ではなく、対抗馬の平井候補が事務所から50メートルの至
近距離で街頭演説。ニアミスである。よく存じ上げている地方議員の方が見えてい
たので、近寄って会釈。

11時20分、予定より5分遅れで石井まさひろ県知事候補の選挙カーが到着。候
補が集まった皆さんに握手している間、マイクを握って約5分の応援演説。その後、
候補自ら具体的な政策を中心とした決意表明の演説。選挙カー運行スタッフの皆さ
んとお1人お1人握手をし、最後に石井候補本人と握手をして、見送り。3日前に
急遽決まったスポット演説にもかかわらず、51人の方々が集まって下さった。皆
さんに心から感謝。

その後、事務所でデジカメ写真の編集、ホームページ関連作業など。

12時半、事務所を出て、児島に向かう。民主党岡山2区総支部の幹部Oさんの車
に便乗。大らかなお気持ちで我々「若い力。」を支えて下さっている大先輩。

14時、民主党の「次の防災担当大臣」円より子参議院議員とともに、台風23号
被災地を視察。最初に訪問した倉敷市児島では、古市健三倉敷市長、三宅総務局長
らが現地で丹念に説明をして下さった。江田五月さんも同行。

続いて、15時ごろからは玉野市に入り、玉野市役所で山根市長からレクチャーを
頂いたのち、宇野七丁目の現場入り。供花をし、高台から土砂崩れの現場を見たが、
復旧作業をしている方々の中には様々な思いを持った方があり、中には市役所の対
応を批判する声も聞かれた。公平を旨とする行政の立場を考えれば、可能な限りの
努力を重ねている玉野市の対応は精一杯のものと思う。一口に“被災者のメンタル
ケア”というが、お気の毒ですね。。。というだけでは話にならない。中身のある
話をどれだけ持っていけるか、意味のある行動をどれだけできるか、そして、それ
をきちんと伝えられるか、である。目に見えないものを含め、現場から学ぶものは
多い。

16時ごろから、玉野市役所で記者会見。マスコミ各社との連携がうまくいかず、
予定時間になっても十分人が集まらなかった。円議員にご心配をかける。結局、一
部記者の協力を頂く格好で、実施。その後、電話取材も入った。

いったん事務所に戻り、19時過ぎに岡山駅東口のドレミ前へ。

19時半、ドレミ前で、石井まさひろ県知事候補の「マイク納め」。選挙終盤に台
風が来たり、津村にとっては初めての超党派選挙だったりで、思い出深い選挙戦に
なった。同時期に行われた倉敷の県議補選にも何度か足を運んだが、津村事務所か
らは根木秘書が約1ヶ月にわたって専従で派遣され、事務所を代表して頑張った。

その後、駅前の本屋で約1時間新刊本をチェックし、少し遅い夕食。


■ 10月24日(日)

8時、自宅前でピック。田口秘書。

8時半、可知小学校で、可知学区民大運動会。知事選の投票と重なったこともあり、
駐車場は車が一杯。比較的時間があったので、テントを回って、地元の皆さんにご
挨拶。津村が2003年総選挙を戦った森本てつま県議の事務所は、この小学校の
すぐ目の前!結局、一時間近くいて、障害物レースにも参加。

10時、岡山県卸センターオレンジホールで開かれた、ゴールドスターズダンス競
技会。田原清美さんのお誘いで訪れたところ、西日本各地から華麗な衣装の選手た
ちが数百人規模で集まっており、圧巻。主催地の衆議院議員として、歓迎の挨拶を
させて頂いた。40分ほどで失礼し、国道2号バイパスに乗って、長船に飛ぶ。

11時半、長船公会堂にて、長船地区ふれあい祭り。地域の皆さんが200人くら
い集まって賑わっていた。威勢のいい太鼓チームの皆さんと記念撮影をしたり、子
どもたちと遊んだりしているうちに予定を大幅にオーバーし、結局1時間以上滞在。

12時半過ぎ、長船町の夢トピアにて、さわやか福祉会主催の「第7回ふれあい交
流会」。たまたま居合わせた山本秀一前県議に続いて、一言ご挨拶。元気なお年寄
りが70人くらい勢ぞろい。

13時半、邑久町の貴船神社で秋祭り。行事はほとんど終わっていたが、最後の餅
投げに200人ほどの人が残っていた。たくさんお餅をゲット。ここでドライバー
が田口から山崎にチェンジ。

14時半、牛窓の秋祭り。唐子踊りを見るのは、初めて。紺浦地区から順に訪ね、
約1時間半かけて、最大規模と言われる関町の“だんじり”まで。一緒に縄を引っ
張ったり、担いだりしながら、たくさんの町内にジョイントさせて頂いた。

16時半ごろから、関町の打ち上げに参加。まだ日は沈んでいなかったが、地域の
皆さんと一杯、二杯。結局ここでも1時間以上お邪魔をしてしまった。たくさんの
場所にちょこちょこ顔を出すのも大切だが、ひとつの場所でじっくり話ができるの
も有意義。

18時半、地元の富山小学校で、岡山県知事選の投票。もうあまり人がいなかった。

19時、駅前で、江田夫妻と会食。

20時、石井まさひろ事務所。15分でNHKの当確が流れ、ただちに祝勝会へ。
津村も応援団の一員としてお祝いのスピーチ。

22時、倉敷へ飛び、片山みか事務所へ。大接戦の末、惜敗。どんどん素晴らしい
候補者になっていった片山みかさんの努力をたたえ、思いを一つにして候補を支え
たスタッフをねぎらう。事務所を閉めるまでそこにいて、夜半過ぎに岡山へ帰る。


■ 10月25日(月)

5時すぎ、起床。5時半に呼んでいたタクシーに乗り、岡山駅に向かっていたら、
南中央町の民主党岡山県連付近が厳戒態勢になっていた。朝もやの中で、民主党県
連が消防車に取り囲まれている。タクシーの運転手さんに、「ちょっと待っててく
ださい。」と言って現場に駆けつけたところ、トラックと清掃車が接触し、トラッ
クが県連のすぐ隣のビルに突っ込んだとのこと。まだ運転手が中に閉じ込められて
いるとのことで、ドアを焼き切ろうとしているところだった。まだ6時前だったが、
民主党の関係者に電話をかけまくり、何とか人を呼ぼうとする。結局、6時半ごろ
になって田口秘書が現場に駆けつけてくれたので、入れ替わるように駅へ向かった。

結局、6時42分の新幹線に乗って、上京。

10時過ぎ、党本部で民主党防災担当者会議。新潟中越地震の対応が最大のテーマ
であり、台風23号被害については殆ど触れられなかったが、会議終了後に円議員
と回った玉野・倉敷の視察レポートを関係議員に配布。「対応が早い」とお褒めい
ただいた。

12時半、東京駅近くで、日銀後輩と会食。うなぎを食べながら、最近の若手の関
心事などを聞く。

14時、国会事務所で、全国紙記者と懇談。役員室次長になったせいか、最近は連
日マスコミ関係者が来室するようになり、少しづつ部屋が賑わうようになった。

15時、党本部役員室で打ち合わせ。

その後は、デスクワーク。

18時半、赤坂の中華料理店で、サハリン視察団の“打ち上げ”をかねた懇談会。
自民党幹事長に就任された武部勤代議士はじめ、党派を超えた同行議員の皆さんと
約2ヶ月ぶりに会食し、刺激の多いひととき。

19時過ぎ、外務省との会合。前原、寺田、古本の各代議士とご一緒させて頂いた。
実に有意義な時間で、お誘い下さった前原さんに感謝。


■ 10月26日(火)

8時半過ぎ、民主党財務金融部門の「役員会」。津村は委員会の「次の大臣」でも
委員会理事でも何でもないが、最近お招きをいただけるようになった。春の通常国
会で手がけた公的債務管理WTの延長線上ともいえる「財政健全化プラン」の策定
に向けて、スタッフの一員という位置づけ。

10時、衆議院財務金融委員会。今日は一般質疑。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。

14時半、民主党防災担当者会議。

15時、党本部5Fで、岡田代表定例記者会見に陪席。役員室次長として、いずれ
司会進行役を仰せつかることになっており、下見のつもり。

15時半から、衆議院財務金融委員会が再開。1時間。

16時半から、衆議院安全保障委員会。今日は委員会での審議が盛りだくさん。こ
ちらも一般質疑だった。

18時半、岡山県退職公務員連盟主催の夕食懇談会。祖父・井上龍臣が顧問を務め
ていた組織で、日ごろから陰に陽に支えてくださっている方々。どの議員よりも早
く参加し、どの議員よりも遅くまで参加。挨拶もさせて頂いた。


20時半、キャピトル東急ホテル「星ヶ岡」にて、北橋役員室長を囲む会食。民主
党は、中堅議員を新人の選挙指導員として割り当てており、岡山は北橋さんが担当
して下さっている。大幅に遅れて参加したが、選挙を巡る様々なエピソードを伺う
ことができた。


■ 10月27日(水)

8時、民主党財務金融部門会議。

10時、参議院本会議を傍聴。江田五月議員が25年の永年勤続表彰を受け、記念
の演説。京子夫人も和服を着て傍聴されていた。敬愛する先輩議員の、晴れ姿。

10時半過ぎ、民主党本部6Fの大会議室にて、イラク人質事件対策会議。身元が
判明しつつあるようだ。

11時過ぎ、近藤洋介代議士のピンチヒッターで、衆議院経済産業委員会に出席。

12時、民主党若手衆議院議員有志による「財政に関する勉強会」。日銀の梅森氏
が講師として登板。国債の消化など、財政赤字を巡る金融問題についてディスカッ
ション。国立国会図書館6階にて。13時半まで。

14時、衆議院本館第24控室にて、正副幹事長会議。当会議出席は、役員室次長
としての仕事のうち「幹事長補佐」としての任務の一つ。

15時、衆議院第一委員会室にて、小泉首相VS岡田民主党代表による「党首討論」。
略称QT(Question Time )。まっすぐで、ひたむきな岡田さんの政治姿勢がスト
レートに表現されていたが、観る人の気持ちとしては「もっと突っ込んでほしい」
ところだろう。代表補佐チームの一人として、建設的な提案をしていきたい。

17時半、衆議院本館第24控室にて、民主党役員室会議。

19時、事務所開放日。小学校時代の友人、中学・高校・大学の友人、留学時代の
仲間、日銀時代の同僚、夏の学生インターンの皆な、事務所スタッフとその家族、
そのほか津村の友人諸兄諸姉が計20人以上集まって、「ワインを飲む会」。折し
も今日は津村の33回目の誕生日であり、みんなに祝ってもらった。全員に自己紹
介をしてもらい、再会を約す。楽しみながら、東京での仲間も増やしていきたい。


■ 10月28日(木)

8時、民主党外務・防衛・内閣合同部門会議。

9時15分、民主党財務金融部門会議。

11時、民主党役員室「代表補佐チーム」会議。昨日のQT(党首討論)を事後的
に評価し、次回に生かそうという趣旨でディスカッション。

12時10分、キャピトル東急の衣装室でモーニングを借り、着替え。

13時、田島要代議士夫妻の車に便乗させていただき、赤坂御苑へ。

13時半、園遊会。初めて入る赤坂御苑は、新宿御苑とよく似ていた。都会の静謐。
昨年の天皇誕生日など、皇室行事には積極的に参加をしているが、さすが園遊会。
今回は目の前で天皇・皇后両陛下、皇太子殿下、秋篠宮夫妻、紀宮様。。。皇室の
ほとんど全ての方々と間近で接することができた。美智子皇后は、やはりお美しい。

園遊会自体は、皇室ファミリーがお歩きになる前から始まっていて、同僚議員らと
御料牧場で取れた料理を頂いたり、記念撮影をしたり。。。岡田克也代表も見え、
新人議員で囲んでパチリ。

最後は明日の質問のことが気になり、やはり急いでいる様子の青木愛、菊田まきこ
の両代議士とともに早めに帰る。菊田さんは和服を着ていらした。青木さんとは交
互に記念撮影。

17時、ホテルニューオータニにて、生保労連の政策研究会。毎年豊富な資料とと
もに丁寧な説明を頂く。

18時、衆議院財務金融調査室の方々を呼んで、明日の質問に備えた意見交換。

19時半、金融庁の方を事務所に呼んで、質問通告。

20時半、赤坂のうどん屋さんで、正副幹事長の懇親会。

21時半、安全保障勉強会の懇親会に顔だけ出す。本日の講師だった、東大の藤原
帰一先生とご挨拶。必ずまたゆっくりお話を聞きたい方。

いったん事務所に帰って、明日の質問の準備をした後、再び赤坂へ。

23時、本多平直、小林千代美議員らと会食。


■ 10月29日(金)

7時過ぎ、国会事務所に出勤。質問に備え、最後の原稿チェック。

10時、衆議院財務金融委員会。破綻金融機関の処理のために講じた措置の内容等に
関する報告(いわゆるFRC報告)に関連して、40分間の質問バッターに。直前に
委員会理事の平岡代議士から電話で連絡を受け、質問内容についてご指示を頂き、年
金未納、郵政民営化、郵政懇話会、迂回献金について、それぞれ大臣、副大臣、政務
官に質問。追求型の質問はあまり上手くできないが、国対から各委員会への要請との
ことだから、いたしかたない。本題の質問は、金融ビッグバンの事後評価と新しいビ
ジョンの必要性、来年4月のペイオフ解禁に向けた作業の進捗状況について。

12時40分、代議士会。

13時、衆議院本会議。1時間強。

15時33分、新幹線にて帰岡。今後の質問に備え、車中では、読書三昧。

19時ごろ、倉敷市の山陽ハイツにて、三井造船労働組合の拡大支部委員会に参加。
この日は同宿させていただき、深夜まで熱く意見交換。


■ 10月30日(土)

8時、三井造船労働組合拡大支部委員会。議員との意見交換タイムが設定されており、
住吉岡山県議、岡田・渚両玉野市議らとともにパネラー役を務める。1時間強。

途中、バイパス沿いのマクドナルドで急ぎ足の朝食を摂り、一路玉野市渋川へ。

11時半、NTT労組玉野会総会に出席。この地域で働かれていたOB・OGの皆さ
んの集まりで、3年連続で出席させていただいている。台風被害の影響もあるのだろ
う、参加者は例年よりも少なく、50名程度。お1人お1人お話しをし、ゆっくりと
時間をかけてご挨拶。江田参議、森本・住吉両県議もいらっしゃっていたが、いつの
まにか津村一人になっていた。丁重にお礼を言って、14時ごろ失礼。ちなみにカラ
オケで歌ったのは「妹」。言わずと知れた「かぐや姫」の名曲。

彦崎貝塚の現地説明会に行きたかったが、雨で中止とのことで、事務所に向かう。

15時、津村事務所第2回戦略会議。事務所運営の基本方針について、数々のポイン
トを議論。今回も出席者各位から有意義なアドバイスを頂くことができた。内容は、
マル秘。

18時、父・津村良三の還暦の祝い。妹も岡山に来て、家族4人で中華料理。


■ 10月31日(日)

9時、自宅前でピック。今日のドラは、増田。

9時半、全国一般岡山地本の第48回定期大会。岡山市勤労者福祉センター新館4F。
衆議院議員選挙からちょうど1年であることを紹介し、この1年を短く振り返ってご
挨拶。

10時40分、旭操学区の町内で、敬老会。地域の皆さんが隠し芸を披露されるアッ
トホームな趣向。のんびり楽しませて頂いた。

13時、平井小学校体育館にて、町内会対抗の卓球大会。

14時、代議士レク。

15時、津村啓介新事務所開き第1部(〜17時)。

18時、津村啓介新事務所開き第2部(〜20時)。

なんと5時間の間に、100人以上の支持者の皆さんが津村事務所の「新事務所」
に遊びに来てくださった。深夜になって、三井造船の二宮委員長も顔を見せてくだ
さり、夜半まで盛り上がる楽しい展開。新しい事務所で、新しい目標に向かって、
次のステップを踏み出していきたいと思います。


[361] 「台風23号の激甚災害指定」実現へ 2004-11-12 (Fri)

昨日(11月12日<木>)の衆議院災害対策特別委員会で、台風23号の激甚
災害指定の見通し等について村田防災担当大臣に質問。「今月中に指定したい」
との答弁を引き出すことができた。

続いて、林省吾消防庁長官にも質問し、災害情報を住民に一斉に知らせる防災行
政無線の整備率向上の必要性を強調。極めて前向きで誠実なご答弁を頂いた。

詳しくは会議録をぜひご覧いただきたいが、本日の地元紙(山陽新聞)朝刊にも
大きく報道されている。

質問の中では、岡山市久々井や玉野市の被災状況や、操明学区の自主防災の取り
組みなどについても採り上げた。各地域の町内会長さんや消防団の皆さん、その
ほかたくさんの方々との直接の対話の中で、出来上がった質問である。激甚災害
指定の早期実現という成果を見ることができ、早速地域のみなさんに報告をして
いきたいと考えている。

http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=24873&media_type=rb&time=02:07:11.4


[360] 当選から1年。 2004-11-09 (Tue)

今日は、2004年11月9日火曜日です。衆議院選挙からちょうど1年が経ち、
津村の代議士生活も明日から2年めに入ります。当選の夜は、深夜11時過ぎに
小選挙区での落選が決まり、記者会見を求められて敗北の弁。何人ものスタッフ
が泣いてくれました。その後、30分ほどで比例当選の報。慌しかったけれど、
本当に多くの方の温かい気持ちに包まれた夜でした。万歳と乾杯を手短に済ませ、
呼んでくださった各放送局をまわって、インタビューを受けました。「若い力に
寄せられた期待を、確かな信頼に変えていくのが私の仕事」。「自分よりも若い
世代に政治への夢を与え、目標とされる政治家になりたい」。そんな抱負を口に
したのをよく覚えています。

1年というのは、振り返るにはあまりにも短い日々で、「この程度の仕事をする
ために衆議院議員になったわけじゃない!」という焦りに近い思いが胸を苦しく
する毎日。その焦りが主な原因となって、数多くの方々にご迷惑をかけ、負担を
かけてきました。功を焦って結果を急ぎすぎたり、情と知のはざまで優先順位を
間違えたり、「若い力」の至らないところばかりが気にもなりました。去ってい
った支持者の方や仲間の顔も思い浮かびます。

最近まとめ書きすることが多くなった「代議士日記」は、ともすればこうした省
みが先に立つ来し方を、確かな積み重ねとして振り返るための大切な材料です。
日々の活動の淡々とした記録ではなく、その時その時の迷いや思いを書き残し、
政治家としての活動に一本芯を通していくための「証言」にしていこうと思って
います。だから読者の皆さんは、「証人」です。まとめて更新することも増えま
したが、活動の幅の広がりとともに内容が濃くなっていることだけは自信があり
ます。読者の皆さんにも感じていただけると思います。

昨日から今日へ日付が変わる頃、小学校時代からの友人H君が『あれから1年』
と題した励ましのメールをくれました。その中にそのことを書いてくれていまし
た。ホームページを読んで応援してくれている友達がいると思うと、日銀の新人
時代に同期のK君らとよく歌った槇原敬之の『遠く遠く』を思いだしたりして、
これからの1年も、その先も、もっともっと頑張っていきたくなりました。

ありがたいことに、仕事が毎日毎日増えていきます。今週は国会質問が3つあり、
うち1つは当初金曜日の予定が、今日の夕方16時過ぎになって、急遽明日に繰
り上がりました。信託業法改正案について、伊藤金融担当大臣に45分間の質問
です。18時には金融庁へのレク(質問内容の事前通告)を終えて、同僚議員の
当選1周年パーティーに顔を出してきました。その後再び議員会館に戻って、今、
明日の質問内容の最終チェックをしています。役員室次長としての岡田代表の随
行も場数を踏み、先週は地元岡山での防災訓練および災害ゴミ視察、銀座での新
潟関連募金、週末の自衛隊観閲式と連日の登板でした。今週は党首討論の検証、
来週は記者会見の司会役です。

おかげさまで、仲間もたくさん出来ました。もっともっと作っていきます。人は
石垣、人は城です。名古屋市の南の外れで小学校時代を過ごしたせいか、少人数
で大きな敵に立ち向かう時はいつも、桶狭間の合戦に臨む若き織田信長の気持ち
になりますが、今年は信玄の人徳、経営力も身に付けていきたいと思います。

今日のところは、この辺で。


[359] 代議士日記「10月22日(金)」 2004-10-26 (Tue)

10時、衆議院財務金融委員会。大臣の所信表明等で所要約20分。

10時半から12時まで、衆議院安全保障委員会で一般質疑。春の補選で広島5区
から当選した自民党の寺田稔代議士、民主党の「次の防衛庁副長官」松本剛明代議
士がバッター。寺田さんは大蔵省の防衛庁担当主計官だった経験を生かした制度的
な質問が中心。松本さんは、米軍再編(トランスフォーメイション)など、現在の
日本の外交・安保環境を巡る大テーマに真正面から迫る聞き応えある質問。

急いで昼食を摂り、12時40分から、代議士会。

13時、衆議院本会議。3本の日切れ法案を採決。所要30分ほど。

午後は、事務所でデスクワーク。11月3日の岡田代表日程につき、調整未了の段
階で別ルートから情報が流れ、関係方面から照会の電話など。多少てんやわんや。
津村の調整にも反省すべき点があり、急いでフォローに入る。

15時半、細野豪志代議士の秘書の方が来室し、台風被災地における議員事務所と
しての対応についてレクチャーを頂く。短期間で豊富な資料を集められ、地域に還
元する細野代議士とスタッフの皆さんの真摯な姿勢と行動力に脱帽。1時間近くに
わたって、貴重なアドバイスを頂いた。津村の被災報告を目に止めて、資料提供を
申し出て下さった細野さんに感謝。

その後も、岡田代表来岡に関連した調整作業を継続。行政の方々のご丁寧な対応も
頂き、少しづつ姿が見えてきた。

夜、新幹線で帰岡。23時56分、岡山着。


[358] 代議士日記「10月21日(木)」 2004-10-26 (Tue)

5時、起床。昨夜からの台風23号襲来で、首都東京の交通インフラにも幾許かの
影響が出ている模様。青山宿舎の前でタクシーを拾い、東京駅へ向かう。

5時45分に着いた東京駅は、早朝にもかかわらず、大混雑。昨日の新幹線運休の
影響で大勢の人が徹夜で復旧を待っていたようだ。始発の「のぞみ」はチケットが
取れず、30分ほど遅れて何とか乗り込む。

10時過ぎ、岡山に到着し、迎えに来ていた田中の車で急ぎ玉野へ向かう。

11時、玉野市役所に到着。総務部で防災服をお借りし、会議室で着替え。

11時15分、玉野市宇野7丁目の土砂災害現場を視察。自衛隊101名を含む、
約230人の方々が不明になっている被災者の方々を懸命に捜索。消防の皆さん、
警察の皆さん、地域のボランティアの皆さんが疲れも見せずに働いている。ご近所
のご婦人方は炊き出し。地域コミュニティの絆の強さをまざまざと見る思い。大阪
から馴染みの記者が来ていて、朝からの動きを詳しく聞かせてもらう。地元の記者
さんたちも大車輪の働き。当初30分の予定を変更し、約1時間、数々の印象に残
る光景を、瞼に焼き付けて帰る。

得意の“飛び込み”で地元の皆さんに溶け込もうと努力を続けている、田中秘書の
日ごろの活動の成果だろう。地元消防団の方々に呼び寄せて頂き、一緒に炊き出し
のおにぎりを口にしながら、様々な本音を聞かせてもらったのは貴重なことだった。

野党議員として何ができるか、与党になったら何をすべきか。。。
8月末の台風16号被災以来考え続けている重い宿題に、またぶち当たった。

12時過ぎに現場を辞去し、田中の運転で、急ぎ岡山に取って返す。13時22分、
新幹線のぞみにて上京の途に。さすがに疲れ、車中で休む。16時半、東京駅着。

17時、国会事務所で簡単な打ち合わせ。

17時半、衆議院第16委員室において、安全保障委員会。大臣所信等で約30分。

夕刻から深夜にかけ、役員室と掛け合いながら、週末の岡田代表の日程を調整。兵
庫県豊岡市と岡山県玉野市を視察していただく予定が固まりかけたが、時間的制約
で最終的に「豊岡のみ」の判断になった。

20時ごろまで、事務所でデスクワーク。災害対応の報告書やマニュアルの作成、
近づく岡田代表来岡の下準備など、仕事が山積になっている。

岡田代表を真似、津村の代議士ライフに「DVD」を導入しようと考えており、電
機量販店でカタログを貰い、その後、9時15分に、新宿ALTAで日銀の先輩と
待ち合わせ。退職以来の再会だったが、お互いの近況や仕事の話などであっという
間に夜が更け、夜半近くに。スタッフの補強、政策面で助言を頂けるアドバイザー
探しなど津村事務所の課題についても聞いて頂いた。

本日は、台風被害の現場視察を優先し、「民主党役員室代表補佐チーム会議」「国
のかたち研究会」「民主党台風等被害対策本部会合」「創憲を考える一期生の会」
等を欠席。様々な方にご迷惑をかけた。

津村の選挙区である岡山2区は、今年の一連の台風襲来で甚大な被害を受けている。
そして今回、遂に人命まで失われてしまった。視察そのものは現場に負担をかける
面もあり、また、すぐに何かを生み出す行為でもない。しかし、現場には、見舞、
支援といった綺麗ごとだけでは済まされない、さまざまな場面があり、感情がある。
「困っている人を助ける」という単純な図式だけではこなせない現実がある。“事
後”の行政のあり方を肌身で考えさせられる場面が、沢山転がっていた。


[357] 代議士日記「10月20日(水)」 2004-10-26 (Tue)

7時半、起床。

8時、民主党財務金融部門会議。UFJの検査忌避問題やシティバンクへの処分等
について金融庁からヒアリングを実施。告発対象となったUFJ元役員の固有名詞
を出せないとの金融庁課長の説明に、会議は紛糾。来週も継続することとなった。

午前中は、マスコミ関係者の来訪が相次ぐ。地元紙記者からは、役員室次長として
の仕事や倉敷での県議補選への取り組み等について。全国紙記者からは、やはり役
員室の仕事のうち災害対応について。そのほか、11月3日に予定されている岡田
代表の来岡に向けた打ち合わせ作業など。

13時、先輩議員の事務所で打ち合わせ。本日の役員室会議での報告等について。

14時、衆議院院内第24控室において、民主党の正副幹事長会議。1回生の津村
はもちろん正副幹事長ではないが、役員室次長枠で陪席を求められており、先週に
続いての参加。民主党は現在企業団体まわりを続けており、その報告等がなされた。
約1時間。

15時過ぎ、ノーベル経済学者ローレンス・クライン博士の講演会に短時間ながら
出席。学生時代、博士の名著『ケインズ革命』を父の本棚で見つけ、その時初めて
J.M.ケインズという人を知り、同時に博士の名前を記憶に留めた。既に高齢で
いらっしゃるが、お年寄りならではのスローな Plain Englishで日本経済の問題点
を分かりやすく指摘しておられた。お会いできただけでも幸せ。

16時半、激しい雨の中、党本部8Fに赴き、役員室事務局と打ち合わせ。先般の
岡田代表随行の際、代表から「地方で勉強したことを党首討論でも使いたいから、
記録を取っておいてほしい」とのご指示があり、役員室会議を前にファイルを整備、
確認。そのほか、党総務局にも立ち寄り、スタッフ採用に関する照会。

17時、役員室会議。代表補佐担当として先週末の代表随行(東北3県)について、
幹事長補佐担当として本日の正副幹事長会議の経過について、危機管理担当として
災害対応マニュアルの作成について、以上3つの報告を行う。

18時、玄葉光一郎選対委員長の事務所で、短い打ち合わせ。

18時半過ぎ、役員室代表補佐チームの懇親会。北橋室長、武正主査を囲む。

夕方から台風23号に関する情報が次々と入り、緊急の帰岡を検討。既に新幹線・
飛行機・夜行列車はいずれも運休となり、東京への台風直撃も予想されたことから、
東京で出来ることを行う。岡山市役所や各町内会幹部、マスコミからの情報収集、
岡山事務所への作業指示。携帯電話が大活躍。

明日の始発新幹線で、土砂災害で5人が行方不明になっている玉野市へ向かう。


[356] 青森の友人から。 2004-10-18 (Mon)

週末の岡田代表随行の件。
青森の友人が、「地元紙に写真が出てたよ!」と連絡をくれました。嬉しいメールでした。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2004/1017/nto1017_5.asp


[355] 岡田代表随行 2004-10-17 (Sun)

昨日から本日にかけて、役員室派遣の随行スタッフとして、岡田克也代表とともに
東北を回っている。昨日は岩手と青森、夜はいったん東京に帰り、今日はいまから
福島に行く。

代表の「地方行脚」に随行するのは、国会議員1名(今回は私)、党本部スタッフ
1名、SP1名と、記者団である。党本部の方がだいたいのことはして下さるので、
私の役割は限られているが、代表が何を考えているか、次に何をされようとしてい
るのか、周囲の方々にはどう見えているか、随行の我々が役に立てることは何か。
。。等々観察し、考えながら、地域を歩くのは、とてもエキサイティングな仕事だ。

初めてなので、勝手が分からないことだらけ。本来なら1日毎に随行者が代わるの
だが、最初にまずきちんと勉強したいので、2日連続お引き受けした。詳しいレポ
ートは、近々ホームページの「代議士日記」に書き込む予定。

今日も地元岡山では、お隣の4区で県議補選が戦われ、長船町では閉町記念式典が
開催されている。それぞれ前々日、前日に関係者の方とお会いしたり、出陣式や個
人演説会に駆けつけたりしてご挨拶はしているが、明日以降は、地元での活動もさ
らにしっかりと取り組んでいかなければならない。

11月3日(祝)には、岡田代表にも岡山に来て頂く予定。若手企画も進行中です。
詳細が決まったら、またご報告します。

http://www.dpj.or.jp/news/200410/20041016_01okada.html
http://www3.nhk.or.jp/news/2004/10/17/d20041016000099.html


[354] 臨時国会が開会。 2004-10-12 (Tue)

本日から、臨時国会が開会。衆議院本会議はもちろん、前後には開会式、代議士会、
両院議員総会、各種部門会議、岡田代表記者会見などの日程も詰まり、国会での仕
事が俄かにかつ猛烈に、忙しくなってきた。党務、そして委員会。。。


●党務

目下、大きなウエイトを占めているのが、「役員室次長」としての一連の仕事。役
員室の仕事は、役所で言えば大臣官房、会社で言えば秘書室や社長室の仕事であり、
いろいろなバリエーションがあるが、津村が担当することになった仕事は、そのう
ち「代表補佐」「幹事長補佐」「危機管理担当」の3つのカテゴリーである。
(6名任命された一年生議員は、いずれも1〜3つのカテゴリーを担当)

内訳は、代表日程の随行、記者会見の司会進行、役員室会議および正副幹事長会議
への出席、災害対応マニュアルの作成、その他各種特命事項など様々である。ホー
ムページでの公開になじまないテーマも、今後増えてくるのだと思う。

他の仕事に先駆けて一つの形になりつつあるのが、災害対応マニュアルの作成。地
元岡山を襲った台風16、18、21号被害の教訓と津村事務所の実際の経験を基
に、早速先週中に「叩き台」を作り、他の議員たちの議論に供している。今後とも
しっかりとフォローをし、党や地方組織への貢献としたい。

☆ 日経新聞記事「民主党が役員室機能を強化」
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT1E09002%2009102004&g=P3&d=20041010


● 委員会活動

継続して所属する財務金融委員会に加え、今国会からは安全保障委員会にも所属す
ることになった。希望どおりの配置なだけに、しっかりと勉強をして、質の高い議
論を行っていかなければならない。このところ読んでいるのは、安全保障関連の書
籍ばかりだ。目前の自衛隊論や兵器論、二国間外交論にとどまらない歴史的視点、
地政学的視点を心がけながら、知識の質と量を共に増やしていきたい。本格的な論
戦が始まるのは、今月下旬以降。こちらも頑張ります。

衆議院議員  津村 啓介


[353] 代議士日記「10月11、12日」 2004-10-12 (Tue)


■ 10月11日(月祝<体育の日>)

7時、起床。明日から臨時国会開会。上京の準備をして、7時半頃、事務所に出勤。

8時、田中車に乗って、円山の事務所を出発。玉野市へ。10月7日に告示された
県知事選挙の間は、候補者以外の街頭宣伝活動が禁止されており、しばらくの間、
「朝立ち」はお休み。

9時、玉野市民総合運動公園弓道場にて、第10回記念「近県弓道大会」。会場の
入口に、いつもお世話になっているM労連のWさんがいて、びっくり。何でも弓道
が大好きで、毎日業後、練習をされているとか。開会式の前に、神棚への拝礼があ
ったり、もちろん皆さん凛々しい袴姿だったりして、会場の雰囲気は厳粛。式の後
には「矢渡(やわたし)」という野球で言う始球式みたいなセレモニーもあって、
とても興味深く拝見。背筋が伸びるひとときでした。帰り際、Wさんや川崎医大の
学生選手と記念撮影など。

10時、玉野市和田で、多世代交流施設「高山(たかやま)ドーム」の竣工式。高
山常香さんという方の遺贈を受けた玉野市が、ゲートボールやフットサル、各種イ
ベントのできるドームを建設し、そのお披露目の式典。来賓のトップバッターで祝
辞を依頼されたので、多世代交流の難しさと大切さを簡単なエピソードを交えて話
す。その後、除幕式にも参加。

12時、いったん岡山事務所に帰り、上京の準備など。来週末はタイトな日程とな
るため、念入りな打ち合わせが必要。久々の国会なので、気合いが入る。

14時、石井まさひろ選挙事務所。個人演説会の弁士を引き受ける話があり、その
詰めのご相談に伺う。事務所は、ビルを借り切った立派なもの。知事候補夫人にも
ご挨拶できた。

14時半過ぎに岡山駅に着いたが、三連休の最終日のためか、新幹線は乗車率が高
い模様。15時32分の新幹線「のぞみ」で、ようやく岡山駅発。上京。本日も、
車中の読書は田中教授の『安全保障』。いまだ1960年代。。。

19時過ぎに、東京着。その後、日銀時代の同僚と会食をし、早めに帰って休む。

佐竹政策秘書からの強い勧めもあり、今月以降は最低月に一回程度、お休みを貰う
ようにするつもり。今日はその第1回めのつもりだったが、調整に失敗。ただ、そ
のつもりだったこともあって、比較的スケジュールに余裕があり、明日からの臨時
国会に備えることができた。


■ 10月12日(火)

本日、第161回臨時国会が開会。

8時、起床。8時20分青山宿舎発のバスに乗り、8時半、国会事務所。

9時、外務・防衛部門兼イラク問題等PT合同会議。明日から始まる5ヶ国協議を
前にして、民主党提案の「イラク復興支援策」を取りまとめておこうというのが、
本日のテーマ。大きなテーマだけに、議論は白熱し、結局明日に持ち越しとなった。
役所の事務方が陪席する場合のルールなども明朗にする必要がある。

10時半、党本部5Fにて、民主党両院議員総会。臨時国会での各種対応について、
岡田代表、川端幹事長、鉢呂国対委員長、江田参議院議員会長からそれぞれ報告が
あり、いずれも異論無く了承された。約30分。終了後、8Fの役員室に立ち寄り、
今後の岡田代表日程について簡単な打ち合わせ。

議員会館の地下で昼食を摂り、11時45分から代議士会。

12時、衆議院本会議。冒頭、河野洋平衆議院議長による開会の宣言の後、常任委
員会委員長の選出や特別委員会の設置について。所要10分。

13時、天皇陛下をお迎えしての、国会開会式。参議院本会議場にて。長島昭久代
議士の隣。約10分で終了し、その後、江田参議、長島代議士と3人で岡山の候補
者選考について、簡単な打ち合わせ。江田参議とともに早急に果たすべき役割が、
ある。

14時、衆議院本会議が再開され、小泉総理が所信を述べる。いわゆる「所信表明
演説」。所要20分。

この間、時間が空くたびに、議員会館(国会事務所)と院内を往復。事務所では、
今週のスケジュールの打ち合わせなど。次々と新しい役が回って来るため、前回の
臨時国会、前々回の通常国会とは比べ物にならない忙しさ。嬉しい悲鳴である。今
日から当分の間は、東京3秘書体制になっているが、お陰で何とかもっている状態。

15時、党本部5Fにて、岡田代表の定例記者会見。役員室の仕事の1つに記者会
見の「司会進行役」というものがあり、今日はその見習いのつもりで、傍聴。本日
の進行役は、大出代議士(役員室の先輩)。記者からの質問は、橋本元総理の政倫
審出席の問題と、ダイエー再建問題が中心。全体で15分ほどで終わった。

15時半、役員室の事務方幹部と打ち合わせ。役員室次長として、今週末の岡田代
表日程に随行することになっており、具体的なスケジュールと必要な準備について
伺った。東北地方の3つの県で、農業や伝統産業の最前線を見て回る予定。

16時、国会事務所の3人の秘書と、「事務局会議」。今後の資金計画や役割分担
等について密度の濃い打ち合わせ。別件でたまたま来室した良三、ハルコも同席。

17時過ぎ、佐竹・河田両秘書とともに、会社を経営している津村の伯父を訪ね、
今後の活動予定について報告。厳しくも温かいアドバイスを受け、3人で気合いを
揃える。

18時半、国会事務所の戻り、デスクワーク。代議士日記の執筆。


[352] 代議士日記「10月10日(日)」 2004-10-10 (Sun)

■ 10月10日(日)

7時半過ぎ、起床。8時に事務所に出勤し、ただちに山崎車に乗って出発。今日も
運動会と敬老会のハシゴ。9月から10月は、本当に行事が多く、にぎやかである。
嬉しい悲鳴。

8時15分、高島学区運動会。開会前にテントを回って挨拶し、8時半からの開会
式に臨んだ。熊代代議士とともに紹介を受け、「がんばってください!」と叫んで
お辞儀。来賓紹介は「祝辞あり」と「祝辞なし」の2パターンあり、ここは「祝辞
なし」のパターン。その場合、一言何か叫んでお辞儀するのがお約束になっている。
今日は東京オリンピックの開会式から40周年であり、そのネタを考えていたが、
使う機会はなかった。開会式の後、最初の種目の「ラジオ体操」をして、テントの
周りで関係者と記念撮影など。9時半ごろ、失礼する。

9時45分、平井学区敬老会。やはり開会の15分前に行き、座っているお年寄り
に1人1人名刺を差し上げながら、ご挨拶。かなり多くの方から、ポスターで見た
ことがあると言われる。津村の知名度は地域差が激しいが、この地区は桜橋での朝
立ちの効果も大きいようだ。比較的知られていた。来賓紹介は、熊代代議士が「
祝辞あり」で、津村は「祝辞なし」。このように扱われ方が分かれる場合も、まま
ある。自分が挑戦者であることを再確認する瞬間。10時半過ぎに「式典の部」が
終わり、会場を出る。ちなみに「式典の部」の後は、「演芸の部」。

10時45分、幡多学区敬老会。「第100回」と銘打っていて、びっくり。敬老
会という催しが日本で一般的になったのは戦後だが、きっとこの学区には何かしら
の別の伝統、由来もあったのだろう。ここも「祝辞なし」の紹介だったが、式典の
後、「100回記念の記念撮影」があり、熊代代議士や萩原市長らとともに、写真
に収まった。参加者200人あまりの盛大な式。「体育館が狭くて建て替えたい」
という陳情(?)には、なかなかの説得力。約1時間滞在。

12時過ぎ、湯迫温泉「白雲閣」にて、大宮学区敬老会。到着直後に連合町内会長
さんが紹介をして下さり、一言ご挨拶。ちょうどお昼ごはん時で、皆さん寛がれて
いたので、お1人お1人にお酌などをしながら、ご挨拶。30分以上かけて、全員
の方とお話しをした。参加者80人前後。帰り際、別棟で食事をされていたスタッ
フの方々約20人にも簡単にご挨拶。

13時過ぎ、長船町の多目的グラウンドで行われていた、第28回長船町民体育祭。
来月から「瀬戸内市」になるため、長船町としては最後の開催となる。清家町長の
ご配慮で、応援合戦の合い間にご紹介をいただく。各テントを回って、挨拶。台風
の後遺症で、グラウンドがぬかるんでおり、みなさん泥んこになりながら、綱引き。
津村の靴も泥だらけ。

長船町から灘崎町への大移動。途中、トラックターミナルで運転手が山崎から田中
へスイッチ。

15時、灘崎町町民会館にて、石心会書道展。小竹石雲先生とお弟子さんの作品が
所狭しと展示され、静かな迫力。京都のコーナーにはお香が焚いてあり、趣がある。
女性支持者の方々が順番に色々とご案内くださり、本当に恐縮。今日の日程は分刻
みだが、束の間の「癒し」。

16時半、地元に帰って、散髪。「いつもより、気持ち短めにお願いします」。

17時半、当「代議士日記」執筆。

18時、代議士レク。

20時、政治を志す同世代の友人と、会食。

夏の学生インターンだった南方さんは、10月に入っても連日事務所に来て、
手伝ってくれている。今日はデスクワーク。感謝感謝。


[351] 代議士日記ダイジェスト 2004-10-09 (Sat)

■ 10月6日(水)

6時27分、寝台特急「サンライズ瀬戸」、岡山駅着。

6時50分、邑久駅で朝立ち。現地合流で田口のアシスト。

9時、邑久町老人スポーツ大会。

10時半、自治労県本部定期大会

13時半、岡山県総合社会福祉大会

15時、石井知事との会談

16時半、岡山事務所にて、デスクワーク。

19時、代議士レクやり直し。田中。


■ 10月7日(木)

8時、自宅前で、田口車に拾われる。

8時半、「石井まさひろ」出陣式。

10時07分、岡山駅発のぞみ上京。

13時半、東京駅着。

14時、国会事務所。佐竹秘書と「災害対応マニュアル」について打ち合わせ。

14時15分、今月末に出席する「園遊会」で着用予定のモーニングを試着。

15時、創憲を考える一期生の会・第3回勉強会。今回のゲストは、菅直人前代表。

17時、財務金融関係のレク。最近出た経済指標について、国会控室のスタッフから
詳細で分かりやすい説明を頂く。

その後も、引続きデスクワーク。時間と戦いながら、「災害対応マニュアル」を執筆。

20時、マスコミ関係者と会食。幹事役を務めたが、民主党の新人代議士4人が誘い
に応じてくれた。深夜まで有意義な議論。


■ 10月8日(金)

7時、青山議員宿舎で、起床。

7時半過ぎ、国会事務所に出勤。「災害対応マニュアル」の執筆。8時過ぎからは、
岡山事務所の増田と連携しながらの作業。緊張感が走る。

10時、党本部6階にて、2004年台風等災害対策本部。内閣府等の各省庁に加え、
三重県、愛媛県からも担当者がレクにやってきた。民主党サイドも現場を回ってきた
議員ばかり。具体的な議論が続いた。最後に民主党関係者のみを対象に、津村から「
災害対応マニュアル 〜 民主党県連および総支部の対応を中心に」の素案を配布。
パブリックコメントを求めた。来週以降、役員室レベルでの検討に移る見通し。

引続き、デスクワーク。来週から臨時国会が始まる。所属である財務金融委員会、安
全保障委員会の会議録などをチェック。佐竹政策秘書に質問の下準備を指示。

14時半、来週行われる代表質問についての打ち合わせ。岡田代表、鳩山「次の外務
大臣」、横路「次の厚生労働大臣」、仙谷政調会長と津村の計5人。北橋役員室長や
武正主査が欠席だったので役員室枠で出席を指示されたが、大先輩に混じっての議論
に緊張の連続。代表質問の作り方を学ぶことができた。

16時50分、新幹線「のぞみ」で帰岡。車中ひたすら、田中明彦東大教授の『安全
保障』を読み続ける。歴史的な経過を追っているもので、読みやすい。20時過ぎ、
岡山駅着。

20時半、岡山事務所で陳情を受ける。

21時半、近くのお店で食事。かつて橋本元総理と親しかったというマスターで、昔
話をたくさん聞かせてくださった。ちなみに橋本さんは、津村の麻布高校の先輩。

台風22号が、紀州半島沖に接近。


■ 10月9日(土)

9時、事務所出勤。

10時、岡山ふれあいセンターにて、操明学区敬老会。

12時半、RSK(山陽放送)で『イブニングニュース』国政報告のビデオ撮り。今
夕18時15分から放送。

14時、民主党岡山県連の常任幹事会。

17時半、地元の郵便局の皆さんと意見交換会(予定)。


[350] 本日のRSK『イブニングニュース』に出演します! 2004-10-09 (Sat)

本日(10月9日<土>)18時15分からの、山陽放送「イブニング
ニュース」に、出演します。

ビデオ録画で約4分間の出演。台風16、18、21号被害を受けた災
害対応マニュアルの作成、岡田克也代表の役員室スタッフとしての役割、
来週から始まる臨時国会への意気込みなどについて、お話しをしています。

ぜひご覧になってみてください。


[349] 代議士日記ダイジェスト(暫定版) 2004-10-05 (Tue)

■ 10月1日(金)

午前中、自室で休養。

11時過ぎから、八重洲ブックセンター。「まんが日本の歴史」シリーズを中心に、

17冊の本を購入。

12時50分発の「のぞみ」で帰岡。車中では、田中教授の『安全保障』を読む。


16時13分、岡山駅着。増田ピックでそのまま児島半島へ。

17時ごろ、小串の台風21号被災地を訪問。

18時、アテネオリンピック女子マラソン・坂本直子選手の健闘を称える会。

■ 10月2日(土)

7時、自宅前で田中ピック。

7時半〜8時半、岡北大橋で朝立ち。

9時、操南小学校運動会。

10時、開成学区敬老会。

11時45分、倉敷駅前で「片山みか」街宣に合流。

13時、倉敷市民会館にて、片山みか決起集会。

15時〜18時、片山みか街宣カーの“応援弁士”。

18時半、ライフパーク倉敷にて、片山みか決起集会。

20時半、旭化成の皆さんのパーティに飛び入り参加。


■ 10月3日(日)

7時過ぎ、事務所で山崎と合流。

7時半、京橋朝市で「げっつむ!」を配布。

8時半、操明学区運動会。

9時過ぎ、政田学区運動会。

9時45分、西大寺学区運動会。

10時半、操南学区敬老会。

11時半、富山幼稚園運動会。

12時半、旭操学区大運動会。

13時、三勲学区運動会。

13時半、宇野学区運動会。

14時、民主党岡山県連で、幹部会議。

16時、中華人民共和国建国55周年岡山慶祝行事。

19時、電子町内会説明会「宇野電子町内会の説明と今後の予定について」。

21時、石高神社秋例大祭。


■ 10月4日(月)

7時半、おはよう730。2区担当、ドレミ前。増田、田中。

8時半、「旭川防潮堤」補強工事の着工に立会い。

10時半、上道地区敬老会。湯迫温泉「白雲閣」にて。小林清子県議とともに
門前払い。

12時、自室で暫時休憩。

14時半、中国残留孤児関連の訴訟につき、陳情を受ける。

17時、代議士レク。日程の調整がまだまだ上手に出来ない。

19時、倉敷の友人と会食。以前日記で紹介した高校時代の他校の先輩。


■ 10月5日(火)

朝、雨のため行事中止と勘違いし、働かず。

8時半、事務所出勤。デスクワーク。

9時半、石高神社の秋の例大祭に参加。玉串奉奠。撤撰の手伝い。後片付け。

10時半、岡山県護国神社の秋季慰霊祭に参加。

11時22時分の「のぞみ」で上京。

15時、民主党本部の2004年度台風等災害対策本部の初会合に出席。事前
に提出した中四国の調査レポートが高い評価を頂く。総支部単位の災害対応の
マニュアル作りを担当することに。

16時、国籍問題の陳情、マスコミの取材、岡山市長ほか地元自治体の陳情。

18時、事務所内で今後の作業の打ち合わせ。今週は、大量の文書作成作業が
発生。早速、津村−佐竹−増田の連携と手腕が問われる。楽しみでもある。

ひたすらデスクワーク。日銀時代の「メモ書き」を思い出す。

22時の夜行寝台「サンライズ瀬戸」で帰岡(予定)。明日は邑久で朝立ち。


[348] 代議士日記「9月30日(木)」 2004-10-05 (Tue)

10時、青山議員宿舎を出発。

10時30分、法務部門会議の終了を室外で待ち、宮城2区の鎌田さゆり代議士に
ご挨拶。鎌田さんの政策秘書の佐竹茂さんが、明日付で津村事務所に異動すること
を受けたもの。

11時、テレビ局の記者さんと面談。会食の予定をセット。

12時、日銀時代の同期、後輩3人と会食。

13時半、日本橋から銀座までゆっくりと歩き、本屋などを見ながら“銀ブラ”。
欲しかった英国政治関係の洋書は見つからなかったが、ずっと気になっていた贈り
物をひとつ、無事に買うことができた。銀座で買い物をしたのは何年ぶりだろうか。
このところしばらくは、なかなかまとまった時間が持てなかった。少し“おのぼり
さん”気分。。。

15時、参議院議員会館の1階で、総務・財務金融部門合同会議。郵政民営化問題
について、民主党内の議論をリードする場になりそうだ。しっかりと勉強したい。

16時、国対役員会を傍聴。この秋の臨時国会から財務金融、安全保障の両委員会
に所属することが決まった。党からのアンケートに答えた第一希望と第二希望が、
どちらも通った格好。ただ、アンケート回答後に一部の先輩からお勧めいただき、
お受けしたつもりだった外務委員会への所属は今回は見送られた。これを奇貨とし、
しばらくは安全保障の勉強に打ち込んでみようと思う。

18時、佐竹さんと打ち合わせ。途中から榊原も加わり、明日以降の当面の課題に
ついて議論。

20時、総務省の若手の皆さんと会食。三位一体改革をテーマに、かなり突っ込ん
だ議論をする。そもそも地方分権とは何か。どうして必要か。そして可能か。地域
コミュニティのあり方論から説き起こし、深い議論に展開。密度の濃い時間だった。
二次会は、国会議員のみで。これも有意義。


[347] 書籍大量購入 2004-10-01 (Fri)

今日から10月に入り、“読書の秋”も深まってきた。

この1週間で読んだのは、村上春樹の『風の歌を聴け』と辻和子さんの『熱情〜
田中角栄をとりこにした芸者』の2冊。このところ、地元の台風被災対応や民主
党の党内人事のこと等で頭の中が情報の洪水になっており、気分転換のつもりで、
漢字が少ない本を選んだ。学生の頃から、(プライベートで何かあったりして)
くさくさした気分の時には、村上春樹を読むことにしている。辻さんの本には、
何度も泣かされた。どちらの本にも、張り詰め、背伸びした心を、慰めてくれる
力がある。

今朝は予定していた新幹線に乗ることができず、午前中の時間がぽっかりと空い
たので、少しゆっくりと寝た後、八重洲ブックセンターで本を漁った。買ったの
は以下の本たち。

・ 石ノ森章太郎 『まんが日本の歴史 41〜55』
・ ジョセフ・ナイ『ソフト・パワー』
・ Newton11月号(特集:ノーベル賞に近い79人)

新幹線の車中では、これらの本を後回しにし、田中明彦東大教授の『安全保障』
という本をひもといた。以前から安全保障をきちんと勉強する時には最初に手を
付けようと思っていた本。戦後日本の歩みを追っている。

以前日銀時代の同期から「津村のホームページを読んでいて、買った本の話題や
書評が出てくると、興味深いし、親しみをおぼえる」と言って貰ったことがある。

また機会を改めて、本の話、します。


[346] 台風21号接近 2004-09-29 (Wed)

またまた台風が接近。

東京にいる津村に、岡山事務所から、「現在(9月29日午後7時)非常に激しい
雨が降っており、津村事務所にも僅かながら浸水(雨漏り?)。ちなみに満潮時刻
は今夜半」との連絡。

岡山県南の沿岸部は、先の台風16、18号の被害で大きなダメージを受けており、
まだ堤防の補修が終わっていない地域もあるなど、ハード面での防災体制は脆弱に
なっている(例えば、岡山市久々井地区は前回の台風で流された堤防がまだ直って
いない)。

岡山の秘書には、満潮時刻まで事務所で待機をし、不測の事態に備えるよう指示。
東京からも情報収集を始める。

今夜は夜半まで「津村事務所OPEN」で対応します。情報基地にいたしますので、
必要のある方はご連絡ください。086−277−9900。担当は田口、田中。

衆議院議員 津村啓介


[345] 代議士日記「9月28、29日」 2004-09-29 (Wed)

■ 9月28日(火)

6時過ぎ、起床。6時半過ぎに自宅前で増田にピックされ、上道へ。

7時、本日の朝立ちスポットは、上道駅前の交差点。ジャスト1時間。津村が演説
し、増田は「げっつむ」を配布。約150枚。

9時半、玉野市市民会館にて、玉野市戦没者追悼式。来賓として「追悼のことば」
「献花」を行う。10時20分ごろ、中座。

11時半過ぎの新幹線で、上京。

15時50分、党務に関する打ち合わせ。

16時、「創憲を考える一期生の会」の第2回会合。本日のゲストスピーカーは、
岡田克也代表。非常に印象的なお話を聞くことができた。話題になるのでは。。。

その後、しばらく国会事務所に詰め、10月から政策秘書になる佐竹さんらと打ち
合わせ。東京は1週間ぶりなので、書類等も溜まっている。

19時、新宿のホテルで行われた、「“これからの医療、これからの国立病院”を
語りながらワインを楽しむ会」に参加。麻布高校の大先輩、矢崎義雄国立病院機構
理事長(前・東大医学部長)を囲むパーティ。津村が最年少だったこともあり、先
輩方から非常に可愛がっていただいた。自民党政調会長に就任されたばかりの与謝
野馨代議士、7月に初当選された中川雅治参議院議員も参加され、親しくお話しを
させていただく。

21時、同じ中国ブロックで活躍する同世代の議員と、会食。2人で食事するのは
初めてだったが、楽しく、刺激いっぱいのひとときだった。

24時過ぎ、青山議員宿舎に帰って、休む。

■ 9月29日(水)

午前中、休養。久しぶりに、布団の上で、たっぷり睡眠を取れました。

12時、日本橋で、日銀の先輩と会食。いつまで経っても、お世話になってばかり。

午後は国会事務所で、デスクワーク。明日予定している総務省若手との会食のセッ
ティングや、地元紙記者との懇談など。麻布高校時代の旧友も訪ねてきてくれた。

16時前、日本郵政公社の陳情。岡山から、日頃からお世話になっている方々がお
2人見え、佐竹さんを交えての面談。

17時、民主党本部で、役員室会議。今後の役割分担など。建設的な議論が次々。

(以下、予定)。

19時、国のかたち研究会ほかの「懇親会」。

21時半、別の国会議員グループの、会食。

明日も一日、東京。臨時国会を目前に控え、沢山の方とお会いします。


[344] 代議士日記「9月23日〜27日(後半は抜粋)」 2004-09-28 (Tue)

■ 9月23日(木)

9時、乃木坂にある青山衆議院議員宿舎で、起床。慌てて飛び出す。

9時50分東京発の新幹線「のぞみ」号で、帰岡。車中、公認会計士協会の方から
頂いた「会計マンガ」を摘まみ読み。

岡山駅に13時過ぎに着き、山陽本線の快速に乗り換えて、13時38分、倉敷着。
南口で街宣中に「片山みか」さんに合流。柚木みちよし君、姫井ゆみ子県議ととも
に弁士を務める。

「朝立ち」は毎朝しているが、流し街宣は7月の参院選以来。わずか2ヶ月のブラ
ンクでも、だいぶ感覚が鈍っている。5〜6ヶ所のスポット演説を織り交ぜながら、
18時前までみっちり4時間、倉敷市内を回る。

途中、水島付近のあるスーパーで演説中、高校時代にESSユニオン(全国高校英
語会連盟)でとてもお世話になったIさんが声をかけて来て下さる。他校の1年先
輩だったが、可愛がってもらった方。ESSながら英語が苦手だった津村を、温か
く育ててくださり、今でも覚えている幾つかの言葉で自信を付けてくださった。衆
院選当選時にメールを頂き、水島のJFE(旧川崎製鉄)で働かれていることは知
っていたが、奥様とご一緒に仕事中に声をかけて頂いての再会に、感激もひとしお。
嬉しくて、その後しばらく、ボーっとしてしまいました。近々のプライベートでの
再会を約して、次のスポットへ。

18時、児島地区でミニ集会。片山みかさんの演説は、具体的。熱もこもっていて、
聞きやすい。江田五月議員、柚木みちよし君も参加。約1時間で終了。

江田事務所の小林君に送ってもらい、岡山市内へ。20時から、マスコミ関係&広
告代理店関係の友人たちと会食。刺激いっぱい。


■ 9月24日(金)

8時過ぎに起き、8時半に事務所へ。今朝はいつも良くしてくださるOさんご夫妻
にお誘いいただいた“息抜き”。瀬戸内海に浮かぶ島・与島で、鯛釣りに挑戦した。
ご夫妻のほか、インターンの南方さんとその友人のNさんも一緒。

与島は香川県だが、岡山と瀬戸大橋で繋がっており、10時ごろ到着。Oさんのご
主人に仕掛けをしていただき、さっそく浮きを投げた。

途中、突然の土砂降りに見舞われ、平気平気と思っているうちに服の芯までビショ
濡れに。近くにあったコンテナの中にみんなで避難し、少し早めの昼食を摂った。
奥さんの作ってくださったお弁当は、とてもおいしかった。

約1時間のインターバルの後、13時前ごろから釣りを再開。今日は潮が引き気味
だったせいか、釣果はいまひとつだったが、終盤になってなんとかメバルを1匹釣
ることができた。ちなみにメバルは、玉野市のシンボルになっている魚。

15時すぎに切り上げて、事務所着は16時15分。片付けの後、17時過ぎから
約1時間、「代議士レク」。秘書団のリーダーである増田と山崎(今日は休み)に、
定例的に事務所業務の現状を、津村に向けてレクチャーしてもらうという趣向で、
今回が第一回。会議形式でのディスカッションとは別に、短時間で大まかなポイン
トを詰め込んでもらうのが狙い。「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」充実のた
めの試行錯誤の1つでもある。18時すぎに切り上げ、灘崎へ。

19時、熱心な支持者の方のお宅で、ホームミーティング。津村からの基調報告は
10分で終え、質問形式で行ったところ、議論が白熱。さまざまな意見や地元での
経緯も聞くことができ、充実感いっぱい。参加者は10人で、タイトルは「議員に
物申す会」。21時まで。

22時に事務所に帰り、小1時間残業した後、田中秘書と会食。秘書と過ごす時間
は少なくないが、いつも仕事&時間に追われているので、ゆっくりと話を聞く機会
は実は珍しかったりもする。きょうは田中に付き合ってもらった。


□□□□□□□□□□□□□ 以下はダイジェスト □□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□ 近日中に加筆します □□□□□□□□□□□□□


■ 9月25日(土)

7時半、新鶴見橋で、朝立ち。アシスタントは田口。

日程ミスで1ヶ所寄り道してしまったあと、9時から、旭操小学校運動会。

10時過ぎ、浮田小学校運動会。ここで随行が田口→田中。

11時、岡山県立図書館開館記念式典。12時、テープカット。

13時、灘崎町七区小学校の運動会。

14時半、学生インターンのNPO「ドットJPおかやま」の“総括”に参加。

19時、ホームミーティング。「ヒューマンなださき」。


■ 9月26日(日)

8時半、事務所を出発。

9時過ぎ、邑久小学校運動会。

10時、邑久町閉町記念式典。挨拶。

12時、富山学区敬老会。富山公民館。飛び入りで挨拶。

12時半、角山学区運動会。

13時過ぎ、玉津地区民運動会。玉入れに参加。

14時半、Y君&Aさんの結婚披露宴。

18時、民主党岡山県連候補者選考委員会。


■ 9月27日(月)

7時10分、ままやピック。

7時40分、雨の中、高島駅で朝立ち。増田、田中、田口が参加。

10時、国土交通省旭川出張所で陳情案件。

12時半、玉野市の先輩と会食。

14時、地元の方の案内で、台風被災地の視察。

15時半、玉野市議会傍聴。

18時、陳情案件について、連合町内会長にご報告。

18時半、岡山ふれあいセンターで、「ふれあい月見茶会」。

19時半、ホームミーティング。

21時半、弔問。


[343] 学生時代の。。。 2004-09-26 (Sun)

最近、少し日付の古い「Daily TSUMURA号外」をホームページにアップしました。
以下の2つです。ホームページの表紙画面からアクセスできます。

● 9/3 プレス民主(108号)掲載「東西南北」

● 9/2 サハリン視察 〜 PHOTOレポート 〜

前者は、民主党機関紙「プレス民主」の1面コラムに津村が書き下ろしたエッセイ。
学生時代の恋の話に触れてみました。。。

後者は、8月30日(月)〜9月2日(木)の2泊3日で、津村が初めて海外視察
に出かけた「サハリン」の現地リポート。刺激いっぱい。今、解説文を執筆中です。

近日中には、衆議院財務金融委員会中部調査団の“PHOTOレポート”もアップ
する予定。さらに夏のインターン7名がまとめた、おかやまマニフェストに関する
論考も注目です。旅に出ている“あやぼぅ”が10月初めに更新を頑張ります!

デジカメ2台体制で、取材力も大幅アップ。
これからも、新人衆議院議員の実像と理想を、余すところなく情報公開していきま
す。

ご愛読を。

衆議院議員 津村啓介


[342] 代議士日記「9月22日」改訂版 2004-09-25 (Sat)

■ 代議士日記「9月22日(火)

午前中、休養。

午後、国会事務所に出勤し、書類整理など。今日はSさんの採用手続やその後の
打ち合わせ、来週予定している官僚の方々との勉強会の企画に時間を費やした。
あまりコンディションが良くなく、思うように仕事が捗らず、もどかしい。

19時、千代田区三番町にある、英国大使館。大使からの招待で、来日中のイギ
リス下院諜報/安全保障委員会の国会議員団を交え、会食。与野党の国会議員が
計7名招かれ、約2時間懇談した。労働党の若手議員とは、二大政党制下におけ
る政党の組織運営について意見交換。いつの日か訪英する際には、労働党の政党
職員の方々やブレア首相の“スピン・ドクター(メディア対策の専門家たち)”
の方々に会わせて頂けるという話になった。ぜひ実現したい!

久々の短期集中英会話は思ったとおりの四苦八苦だったが、ジェスチャーでごま
かしながら、何とか話を弾ませることができた。心地よい疲労感。


[341] 役員室次長 2004-09-22 (Wed)

昨日の民主党本部常任幹事会で「役員室次長」に任命され、昨日早速その
初顔合わせのミーティングが行われた。

役員室とは、役所でいう大臣官房、民間企業でいう秘書室/社長室のよう
なイメージ。具体的な仕事を詳しく紹介することは難しいが、岡田代表、
藤井代表代行、川端幹事長ら民主党の“Executive”が快適かつ
円滑により良い仕事をできるように、補佐を行うチームである。

本年2月6日付の「党改革について」(Daily TSUMURA 号外)で、役員室
の機能強化を提言していた経緯もあり、希望していた仕事だけに、魂を入
れて頑張らなければならない。

これから「水曜日17時」を定例日として、毎週役員室会議が開かれる。
どんな働きが出来るか楽しみである。


[340] 代議士日記「9月21、22日」 2004-09-22 (Wed)

■ 9月21日(火)

6時45分、起床。自宅の荷物の運び出しを予定しており、少しもたつく。7時、
自宅前で田中にピックしてもらう。

7時半からちょうど1時間、新京橋で久々の朝立ち。9月初めに台風被災対応を
優先して以来、約3週間ぶりである。田中は反対車線で、岡田ポスターを傍らに
手振り。

9時22分の「のぞみ」で上京。岡山駅で少し時間があったので本を買い、車中
で読書。テレビ朝日の三反園記者が書いた「ニュースステーション政治記者奮闘
記」。全ては読まなかった。名古屋を過ぎたあたりから、1時間ほど休む。

13時すぎ、衆議院第二議員会館の国会事務所に到着。今日は榊原秘書とSさん
が詰めてくれている(Sさんは現在働いている職場の休暇を利用して、津村事務
所の書類の読み込みをしてくれていた)。二人とそれぞれ個別に打ち合わせ。榊
原さんとは日程について15分、Sさんとは今後の事務所運営について小1時間。

15時半、民主党本部6Fの会議室にて、民主党役員室会議。岡田代表からの挨
拶のあと、役員室のめざす方向性や今後の役割分担などについて協議。

16時20分、地下の食堂でとても遅い昼食。

17時、地元紙記者の異動挨拶など、相次いで来客。45分ごろ、事務所を出る。

18時、浅野史郎宮城県知事の講演会。浅野知事は頭脳明晰、エネルギッシュな
方。ユーモア溢れるトークは、聴き手をグッと惹きつける。その後の懇親会にも
フル参加。浅野知事が帰られた後も有意義なディスカッションが続き、知的な刺
激いっぱいの2時間。散会は21時。

21時半、お世話になった政治記者さんの送別会。先輩、同僚代議士も何人か参
加され、こちらも大いに談論風発。お世話になった記者さんは遠方に赴任される
が、これからも末長くお付き合いさせていただきたい。


■ 9月22日(水)

午前中、休養。

午後、国会事務所に出勤し、書類整理など。今日はSさんの採用手続やその後の
打ち合わせ、来週予定している官僚の方々との勉強会の企画に時間を費やした。

19時、英国大使館大使公邸への招待(詳しくは明日以降、報告します)。


[339] 敬老の日に思う 2004-09-20 (Mon)

本日は、私を含む9人で手分けをして、24ヶ所の「敬老会」(うち1つは「長
寿フェスタ」)に参加をしてきました。私本人が顔を出せたのは、9ヶ所です。

幼かりしころ「敬老の日」といえば、母に言われて祖父母に電話する以外は、特に
なんの変哲もない国民の祝日でした。父の転勤もあって都会の典型的な核家族にな
っていた当時の津村家にとっては、孫が田舎に電話する貴重なきっかけではあった
ものの、春・夏・冬の全ての休みに「帰省」をし、岡山県津山市の祖父母宅と兵庫
県神戸市の祖母宅にそれぞれ年3回長期滞在していた子供の身には、それほどの有
り難みもないものでした。まして、地域コミュニティにおける意味や、お年寄り
の側にたった受け止め方など、つい最近まで考えてみたこともありませんでした。
「代議士日記」にも書きましたが、「敬老会」というイベントの存在を知ったのも、
日銀を辞めて政治の世界に飛び込んだ2年前のことです。

思えば、この2年間の政治活動は、ひねもす岡山のまちを歩き続ける日々でした。
日焼けをし、痩せた痩せたと言われながら、ポスターの掲示をお願いし、お祭りを
歩き、出会う人から人へ腰を落として「握手させてください」とお願いする中で、
まちに対するイメージも政治家という仕事に対するイメージも広がってきたような
気がします。まだ今の私には、短い良いフレーズでまとめられないので、こんな表
現になるのですが・・・。

この夏は、本当に気持ちの良い7人のインターンを迎え、ともに汗を流して地域を
歩き、祭りへ行き、時には一緒に叱られながら、どこにどんな壁(物理的な、ある
いは心理的な)があるかを共に知り、あるいは感じてきました。色紙を渡されれば
「初志貫徹」と書く私ですが、その言葉の重量を思い出したような気持ちです。

7人の友人たちが若い感性で紡ぎだす言葉の端々に、政治家としての私の活動に対
する様々な“First Impression”が表現されているのは、本当に強い刺激でした。
あえて言うなら「焼け棒杭に火」。彼らとのような良き出会いが生まれるのなら、
来年からもインターンの受け入れをしていきたいものです。

・・・そんなことを思った夏の最後には台風16号と18号による大災害がありま
した。まだ、その被害被災の全容は明らかになっていませんが、地域コミュニティ
と私の仕事の接点を考える上での新しい示唆を、しこたまぶっつけられたのは確か
です。これもまた、多くの仲間と共に経験しました。

そして今日は「敬老会」。台風の夜に心細い思いをした地域のお年寄り(その中に
はもちろん独居老人も大勢います)が久々に集い、アトラクションに興じた一日で
した。2週間近くの台風騒ぎがなければ、私はそういう目でこの行事を見なかった
かも知れません。よく聞くと課題も多い“敬老会財政”にばかり、目が行ったかも
知れません。

今日もまた、新しい仲間が一緒でした。残された僅かな夏休みを使って足繁く通い
続けてくれているインターン生もいます。増えていく仲間とともに、年中行事の意
味の深さを感じていける感受性・センスも磨いていきたいと思います。

この文章を書きながら思い出し、先ほど、祖母への「敬老の日」の電話をしました。
久々の「ひとこと」を徒然と書いた意味も少しはあったようです。


[338] 代議士日記「9月20日(祝)」 2004-09-20 (Mon)

■ 9月20日(月祝)

本日は「敬老の日」。もちろん全国行事だが、岡山県2区内でも膨大な数の関連行
事が行われる。いわゆる「敬老会」。日銀を辞めるまで、こんな名前の行事がある
ことさえ知らなかった・・・。

朝は8時過ぎに、起床。昨夜遅くのミーティングで今日の分担が明確にされており、
きょうは山崎の運転で、8ヶ所の「敬老会」に行くことになっている。

8時45分、事務所に出勤。まずは日程確認やメールチェックなどのデスクワーク。
9時、出発。

まずは雄神小学校。9時15分に到着し、町内会や婦人会の方々に挨拶をしたのち、
入り口に立って、来場する高齢者の方々にお1人お1人ご挨拶。10時の開式直前
まで。式典そのものには岡山事務所長の増田を代理に立てる旨、連合町内会長さん
にご挨拶をし、失礼。

10時15分、ゆめトピア長船において、長船町主催の敬老会。町長以下のご配慮
で来賓挨拶の機会を頂いた。5分ほどスピーチ。台風災害を目の当たりにし、先人
の生活の知恵の深さに思い至ったエピソードに少し具体的に触れ、政治の世界に飛
び込んだばかりの若い新人として、人生の先輩方の指導を受けていきたいと結んだ。
関係者の方々の温かい対応、参加されていた300名以上の高齢者の方々の暖かい
拍手に感謝。

10時45分、邑久町中央公民館にて、邑久地区敬老会。この町では、敬老会は町
主催ではなく、地区毎に開催されることになっている。参加者は約100名。牛窓
署巡査の交通安全指導に続いて、ご挨拶の機会を頂く。津村の次は、矢掛町の住職
さんによる落語の演芸。そんなアットホームな雰囲気の中で、とても楽しくスピー
チさせて頂きました。

11時過ぎ、太伯小学校体育館にて、太伯学区の敬老会。到着直後にスピーチの機
会を頂き、短くご挨拶。到着順に武田県議、竹永市議、谷合参議、吉田県議、津村
の順。100名以上のお年寄りが熱心に耳を傾けて下さいました。帰りがけ、熊代
代議士と擦れ違い、ご挨拶。

12時前、西大寺ふれあいセンターにて、西大寺学区の敬老会。到着と同時にマイ
クを渡していただき、昼食中の皆さんにご挨拶。200名以上の皆さんがお弁当を
食べながら聞いてくださった。終了後、半分弱の方々に名刺をお渡ししながら直に
ご挨拶。婦人会の皆さんが本当に良くして下さいました。

12時半前、芥子山小学校体育館で、芥子山学区敬老会。去年は門の前で個別にご
挨拶したが、今回は途中参加になってしまった。式典自体には田口秘書が代理参加。
津村は、アトラクションの幕間に紹介をしていただいた。西大寺で擦れ違いになっ
た萩原市長とここでもお会いし、同じコースを辿ることに。

12時半すぎ、萩原市長と同じタイミングで可知小学校に到着。既に終わっていた
ので、市長、太田市議とともにスタッフの皆さんに遅参のお詫びのご挨拶。

13時前、政田小学校体育館で、光政地区の敬老会。ここも終わっていたが、スタ
ッフの皆さんがいらしたので個別にご挨拶。残っていた参加者の皆さんとは、記念
撮影をパチリ。

13時半、8ヶ所の敬老会めぐりを終えて、いったん事務所に引き返し、頂いたお
弁当を食す。若干のデスクワークののち、今度は岡山ドームへ。

15時すぎ、岡山ドームで行われていた「長寿フェスタ2004」に参加。アトラ
クションを観たのち、出店していたテントを回ってご挨拶。県の関係者の方々や、
台風被災地の方、お世話になっているNTTの方などにお会いした。

16時半ごろ、再び事務所に戻り、デスクワーク。来月から津村の政策秘書になる
Sさんの“岡山事務所デビュー戦”が今日で終わるので報告を聞いたり、熱心な支
持者のYさんの訪問を頂いたり、溜まっている代議士日記の8月分を書いたり。

そうこうするうちに、まもなく22時です。


[337] 代議士日記「8月13〜16日」 2004-09-20 (Mon)

■ 8月13日(金)

7時、自宅前でピック。7時半から1時間、岡北大橋で朝立ち。増田、泉がアシス
ト。それぞれ手振りと通行量カウント。夏休み中なので、高校生が通らず、車のみ。

9時半、江田五月議員のお宅に伺い、「初盆まわり」に合流。今日1日、岡山2区
を回り、今年亡くなった方のお宅でお線香を上げさせて頂く。15軒から20軒ほ
ど。時々お留守や転居もあるが、故人のお話を聞かせて頂くケースも多い。

途中、メディアコムで「玉龍展」。岡山朝日高校書道部のOB・OGの方々の展覧
会で、江田五月さんも出品されていた。記念撮影。

18時半、日の出地区の盆踊り大会。江田議員、熊代代議士らとともに、挨拶をさ
せていただいた。見事な琴の演奏など、盛りだくさんのエンターテインメント。少
しゆっくりと時間を割いて、参加者のお1人お1人にご挨拶をしてまわる。「政治
家の人たちは挨拶の時だけ来て、すぐ帰る。感じ悪い」というイメージがあるが、
少しでも払拭したいところ。同じ時間帯に複数のお招きを頂いている以上、避けら
れない面もあるが、短時間ではあっても、いろいろな挨拶の仕方がある。昨年に続
き、2年連続の参加。

20時、山田地区の夏祭り。ここも2年連続の参加だが、去年は小雨が降っていた。
今年は天気も良く、こちらもかなり盛り上がっている。わずか20分ほどだったが、
各テントを回り、100人近い方々と握手。候補者だった去年に比べ、大幅に知名
度が上がっているのを感じる。現職なのだからそうでなければ逆にマズイのだが、
改めて気合いが入るというもの。

21時、奥迫川地区の夏祭り。昨年代理でお邪魔した父・良三のイメージが強かっ
たらしく、大勢の方から話が出る。今年は村田君らとともに参加。招待なしの参加
だったが、マイクでの挨拶の機会を頂く。ほぼ全員の方と握手。故郷を出て大阪や
東京で働いている若い方々が、大勢地元に帰省し、この祭りに参加していた。「明
日は朝8時から後片付けがあるよ」とのこと。


■ 8月14日(土)

7時、自宅前でピック。田中、城仙とともに灘崎へ。きょうは朝立ちを急遽中止し、
昨夜のお祭りの後片付けに参加。

8時、奥迫川に到着し、さっそく夏祭りの片付けに着手。30人以上の方が出てきて、
手際よく作業し、30分ほどで一段落。最後に記念撮影をして、失礼をした。田中、
城仙のテキパキとした働きが好評。多くの方から褒めて頂いた。

10時半、岡山市民会館にて、第59回の「光復節」式典。韓国の終戦記念日である。
「光復節」という名前自体がアジアの重い歴史を感じさせる。大勢の方々が参加し、
厳粛なムードの中で式典が執り行われた。熊代代議士の挨拶は、ハングル語で切り出
すユニークなもの。大きな拍手が起きていた。津村は、先日参加した江戸時代の朝鮮
通信使に関するイベントの内容に触れながら、近視眼的でなく、長い歴史観に拠り立
った日韓関係の重要性について皆さんとともに考えていきたいとスピーチ。ちなみに
リーフレットに掲載された挨拶文は、インターン城仙のアドバイスを参考にしたもの。

12時、津村、増田、山崎、清水(江田議員秘書)の4人で、昼食。

14時、山崎運転&清水ナビで、昨日の「初盆まわり」の続き。江田議員の代理役も
兼ねた。

17時、邑久町玉津地区の夏祭り。まだ準備を始めたところだったので、関係者の方
々数人に挨拶をし、メッセージを残して、失礼。

18時半、ファーマーズマーケットにて、灘崎町夏祭り。秘書3人(増田、山崎、田
中)とインターン5人(佐伯、清水、泉、南方、城仙)の大部隊で、踊りまくった。
津村は、単独でテントを回り、200人強の方々と挨拶、握手。熊代代議士の到着と
ほぼ同じタイミングで挨拶タイムになり、櫓の上から、熊代さんと津村が挨拶の機会
を頂いた。熊代さんからは年金問題に関する民主党の対応や今後の子育て支援につい
て詳細な話。津村は、政治イシューにはふれず、(挨拶の時間がなかった)住吉良久
県議、加藤県議をはじめとする地域の先輩を見習いながら、新人らしく元気よく仕事
をしていきます、きょうはおめでとうございます、と、短めに挨拶。その後、何曲か
踊ったのち、花火の音を聞きながら、中座。

21時、角山学区の盆踊り。ほぼ終わっていたが、松島市議をはじめ100人ほどの
方々が残っていらっしゃった。例によってお1人お1人挨拶をしていたら、熊代代議
士も到着。熊代さんの挨拶のあと、紹介をして頂いた。

21時半、沢田地区の盆踊り。既に終わっていたが、関係者の方のお宅で打ち上げが
あるとのこと。あつかましくも、飛び入り参加。さらに地区内でもう1件、打ち上げ
をされているお宅があり、連れていっていただく。非常に密度の濃いひととき。必ず
またご挨拶に行かなければならない。


■ 8月15日(日)

7時半、自宅前で、田口ドライバーにピックされる。牛窓へ。

8時、千手地区夏祭りの「後片付け」。折からの雨の中、15人ほどの方々と作業。
テントはそのままに、資材を次々と搬出。途中からはコミュニティハウスに行って、
婦人会の皆さんと懇談。9時過ぎまで。いったん事務所に帰る。

11時、ゆめトピア長船にて、長船町戦没者追悼式。少し早めに行って、高齢者の
方々にお1人お1人挨拶をする。熊代代議士に続いて、弔辞。ノー原稿で、歳若き
新人政治家としてのこの国への思いを、英霊に捧ぐ。

午後、ポスター貼り。

17時、デスクワーク。

18時すぎから、児島半島の盆踊り大会をハシゴ。松尾町内会を皮切りに、郡、飽
浦、宮浦、阿津、小串、向小串の計7ヶ所。地元の政策ニーズについて、きめ細か
い話を聞くことができた。南方、城仙も活躍。同世代の友人もスペシャル参加した。

22時、佐伯をまじえて、友人と会食。未明まで語りまくった。


[336] 代議士日記「8月10〜12日」 2004-09-20 (Mon)

■ 8月10日(火)

6時半、起床。55分に円山事務所で田中、城仙、南方と合流し、きょうの朝立ち
スポット「上道駅」へ。7時半からジャスト1時間。最近は、駅のそばではなく、
50メートルほど離れた交差点で立つようにしている。

いったん事務所に戻って、10時過ぎから、ポスター貼りへ。今日も引続き、山南
地区。津村のほか、田中、城仙、南方、村田、佐伯、中村が参加。1日で83枚の
「衆議院議員。津村啓介」ポスターを掲示することができた。炎天下の中、インタ
ーンの疲労度が高まっているが、皆な本当にモチベーションの高いメンバーばかり。
地域の方々と直接相対するポスター貼りに大きな意義を見い出してくれているが、
彼らの勉強になる活動を他にも経験させてあげられないものか、選択肢を増やして
いきたいと考えている。

19時すぎ、幡多小学校にて、幡多学区盆踊り大会。毎年8月10日と決まってい
るようだが、平日開催とあって、少し人手は少なかったようだ。もっとも、夜が更
けてくるにしたがって、どんどん盛り上がっていった。津村が本部で裏方さんたち
とお話ししているあいだ、中村、佐伯、村田のトリオは櫓のまわりで、踊りまくっ
ていた。踊りの先生に直々にご指導を仰ぎながら、3人の踊りは急速に上達。終盤
ジョイントした津村は、彼らとのあまりの踊りのレベル差に恥ずかしくなった。何
人かの町内会長さんからイベント情報を頂いたり、下市このみ市議のお友達を紹介
していただいたり、収穫の多い盆踊りだった。その後来客があり、1時間ほどゆっ
くりと話をし、見送りをして、事務所へ戻る。

最近は明けても暮れてもインターンの7人と一緒。本当によく働いてくれている。
津村の学生時代の話なども興味を持って聞いてくれ、晩酌に付き合ってもらう毎日。
津村が仕事への思いや代議士になってからの生活の変化、家族や友人とのことなど
を語れば、若い友人たちは将来の夢や学生生活の日常、インターンライフの素直な
感想を聞かせてくれる。さすがに疲れたのだろう、今日は全員早めに上がった。


■ 8月11日(水)

6時45分、起床。今朝は「高島駅」でビラ配り。当地は市営住宅と隣接している
ので、朝のマイク使用は控えている。田口、中村、村田が三方に散らばり、改札前
のスポットで津村本人がビラ配り。津村の親戚Tさんをはじめ、何人もの支持者の
方が通りすぎていった。7時半から1時間。

9時、事務所に戻り、手際よく準備をして、きょうも昼前から山南地区でポスター
貼り。途中、事務所宛てに頂いた支持者の方からのご助言の電話に応対して中断。
結局正味の活動時間は2時間ほどになったが、比較的目立つ場所に、16枚のポス
ター掲示をお願いすることができた。本日デビューの泉を含め、総勢8名で頑張っ
た結果は、68枚。家と家の間隔が広く、比較的回りにくい地域だったが、秘書の
田口が気を吐いて、本日最高の18枚。インターン諸君に良い手本を見せた。

午後は夕刻にかけ、若干のデスクワークなど。17時半ごろ事務所を出て、玉野へ。

18時半、のぞみ園南側駐車場にて、ふれあい夏祭り。比較的狭いスペースにお客
さんがいっぱい。備中神楽など盛りだくさんの出し物の合間を縫って、各テントに
ご挨拶まわりをする。インターンも2つの車に分乗して到着し、若い力Tシャツを
着ながら、楽しそうに踊っていた。きょうの踊りはアップテンポなものが多く、み
んなノリノリ。津村も飛び入りたかったが、挨拶まわりをしている間に終了。イン
ターンの何人かは後片付けを手伝い、津村ほか数名は門立ち。「あなたが津村さん
ですか。私はあなたには絶対に入れません!」と言って立ち去る関係者の方がいた。
初対面の方だが、汲めていない思いがあるのだろう。背筋を伸ばし、あごを引く。

21時をまわって、遅めのスタートながら、インターン諸君の歓迎会。インターン
同士の横の繋がりも出来てきて、とてもいい雰囲気。中村、佐伯両君らがチームを
うまくリードし、残りの5人が個性を発揮しやすい環境を作ってくれている。全員
とても気くばり上手。津村やスタッフが彼らから学ぶものも多い。


■ 8月12日(木)

6時半過ぎに起き、7時に自宅前でピック。7時半、新鶴見橋で朝立ち。アシスタ
ントは、根木&清水。2人とも、道行く車に精いっぱい、「民主党」「若い力」「
衆議院議員 津村啓介」をアピールしてくれた。車の流れが複雑なスポットだけに、
心強い援軍。約1時間演説をした。

9時半、今日も山南地区で、ポスター貼り。自民党の牙城と思っていた地域で、意
外に多いポスター掲示OKを貰うことができ、達成感。今日からデビューの清水も
大健闘の15枚。

午後、少し疲れが溜まっていたので、自室で休養。

17時、そのまま自室に柚木みちよし民主党岡山4区総支部代表を迎え、増田や山
崎を交えて、ミーティング。「2区の取り組みから学びたい」と言っていただき、
町内会イベントや戸別のポスター掲示依頼など津村事務所が資源を集中している“
地域密着型”の活動について、そのノウハウを力説。かくいう柚木みちよし君も、
ビジョンと見識を持った候補予定者であるだけに“釈迦に説法”になっていたが、
とにかかくにも有意義なディスカッションであった。

20時過ぎ、友人と会食。


[335] 代議士日記「8月2、8〜9日」 2004-09-17 (Fri)

■ 8月2日(月)

凌雲会「熱海合宿」2日め。

7時、起床。同室は細野、村越、城井の各代議士だったが、ほぼ同じ時間に起き、三々
五々大浴場などへ。朝食後、本多平直代議士とともに8時過ぎの新幹線に乗り、上京。

9時ごろ東京に着き、着替えのため、まずは乃木坂の青山議員宿舎へ。

10時、国会事務所打ち合わせ。会期わずか1週間の臨時国会だが、この機会に東京と
岡山の連携をシステマティックなものにしていきたい。榊原、河田の両新人秘書を迎え、
なんともフレッシュな空気。公設第一秘書の山崎も上京し、打ち合わせを仕切った。

12時半、代議士会。

13時、衆議院本会議。所要3時間。小泉首相のサミット報告を受け、岡田代表と前原
ネクスト外務大臣が質問。岡田質問に対する答弁は、あいかわらず不誠実。一時議場が
騒然となる。

16時、第一議員会館の菅直人事務所を訪問。

16時半、財政に関する勉強会。新人同期の馬淵澄夫代議士が呼びかけてくれたもので、
財務省や日銀の中堅幹部からレクを受ける。財政再建は実に奥深いテーマ。

18時過ぎ、江田議員の事務所で簡単な打ち合わせ。地元の案件など、率直に意見交換。

18時半、財政に関する勉強会の「懇親会」を赤坂で。日銀の先輩や財務省の中枢幹部
の方々も顔を出され、非常に密度の濃い議論を聞かせて頂くことができた。


■ 8月8日(日)

5時起床。

5時10分、増田、田中、田口のほか、5人の学生インターン(佐伯、村田、中村、城
仙、南方)とともに、牛窓町へ。

6時、牛窓町花火大会の早朝後片付け。花火大会そのものは昨夜行われたが、夏祭りの
オンパレードだったため、地理的に離れている牛窓にはお邪魔することができなかった。
「せめて後片付けだけでも・・・」ということで、総勢9人でフル稼働!タバコの吸殻
や空き缶などを丹念に拾う作業だったが、地元の皆さんとふれあううちに、時を忘れる。
約1時間。

7時半、その足で、西大寺朝市へ。津村はいつもどおりお店をまわり、スタッフはビラ
配りに精を出す。インターンの城仙君は、地元の有権者の方とホットな議論。学生イン
ターンを受け入れはじめて、まだ一週間足らずだが、皆それぞれに何かを感じ、反応し
ている。フレッシュな感性に、津村も秘書団も大いに触発されている。

10時、この夏の「ポスター貼り」を、本日から本格的にスタート。宝伝地区の皆さん
のお宅を一軒一軒まわり、ご挨拶をしながら、ポスター掲示をお願い。「当選されてか
らもご本人が回られるんじゃね」と励ましの声をかけて頂いた。インターンのみんなは
もちろん、スタッフの中にも飛び込みの“ポスター貼り”は不慣れの者が多い。それぞ
れに壁にブチ当たりながら、得るものも多かったようだ。

12時半、駅前のピュアリティまきびで、中東和平推進世界連邦岡山大会。イスラエル
とパレスチナの学生がそれぞれ5〜6名づつ来岡。さまざまな友好親善のスタイルがあ
るが、やはり人の交流が最も印象に残る。スピーチでは、3年前の米国同時多発テロの
日に偶然イスラエルにいたことを紹介し、その時の思い出に触れた。TVニュースから
だけでは分からないお互いの現実を人と人が会って伝え合い、感じあう場面。退場の際、
ワンフレーズづつ学生全員に声をかけてみたら、みなそれぞれに表情を緩ませていた。

14時、民主党岡山県連の常任幹事会。参院選の総括も終わらないうちに、早くも地方
選挙への対応が問われている。政治に休みなし。

18時、江並中用水町内会&子供会の夏祭り。入り口でビラを配っていたスタッフが、
支持者の方のお名前を伺おうとしたところ、少し誤解もあって町内会の方からご注意を
頂く。津村本人が対応し、時間をかけてご説明とお詫び。予定より長く滞在することに
なったが、思わぬ繋がりのある方とお会いすることもでき、万事塞翁が馬。

20時、灘崎町の西高崎地区の夏祭り(西高崎児童館)。大勢の方々が櫓を囲んで踊っ
ていらっしゃり、「若い力」T−shirtのインターンたちと一緒に、輪に加わる。
踊りのグループの皆さんと一緒に記念撮影をしたが、フラッシュが不十分で、真っ暗。
残念・・・。


■ 8月9日(月)

(本日以降、ドットジェイピー派遣の7人の学生インターンを、敬称略で表記)

6時45分、起床。7時に山崎、中村と合流し、7時15分から1時間、新京橋で朝立
ち。インターンの中村は、演説する津村の10メートル後ろで、手振り。初めての経験
で疲れが出ないかと心配したが、持ち前の明るい笑顔とキビキビした動きで感触を得た
らしく、最後まで活き活きと頑張ってくれた。

8時15分、場所を移動し、岡山駅前の民主党岡山県連「おはよう730」に合流。先
に来ていた増田、村田、佐伯ともども計6人で参加し、終了後、インターンを江田五月
議員ほかに紹介。

10時、山南地区で、ポスター貼り。5人のインターン(城仙、南方、村田、佐伯、中
村)も参加し、着々と成果。このあたりは農漁村地域で、地域の皆さんの眼差しがとて
も温かい。

18時、円山の事務所に戻って、デスクワーク。大勢のインターンを受け入れたせいか、
事務所が手狭に感じてしまう。


[334] 「代議士日記」の更新再開について 2004-09-17 (Fri)

事務所の引越し、サハリン視察、衆議院財務金融委員会調査団旅行、台風16・18号
被災地対応、民主党大会と関連事務。。。を言い訳に、長期間ホームページの更新を怠ってきました。

本日より、急ピッチで、内容を更新していきます。まず手始めに、ホームページ管理人
“あやぼぅ”に100枚ほどの活動フォトを預けました。順次アップされていくと思い
ます。また、8月初旬以降の「代議士日記」をハイペースでアップしていきます。

岡田代表の再選、月末の小泉内閣改造などに伴い、さまざまな動きも出始めています。
「ひとこと」欄も活用して、今後とも過不足なく効果的な情報発信を心がけていきます
ので、よろしくお願いします。

なお、ある支持者の方からご質問を受けましたが、「代議士日記」と「ひとこと」は、
全て、津村啓介本人が執筆を担当しております。


[333] 台風16号被災の件 2004-09-06 (Mon)

前回の「ひとこと」でも触れましたが、8月末の台風16号通過に伴う高潮
および強風により、岡山でも大きな被害が発生しました。

被害状況についての情報は、刻々と塗り替えられ、県公表の直近情報である
「平成16年台風第16号について(第11報)」では、死者1名、負傷者
16名、全壊1棟、半壊1棟、一部破損419棟、床上浸水4,890棟、
床下浸水6,313棟等となっています。次回の第12報発表は6日(月)
の午後とされていますが、被災地の現場を回って集めた個々のデータからも、
実際の被害がさらに大きなものであることは明らかです。

津村啓介事務所では、災害発生の直後から、被災した各市町にスタッフ&イン
ターンを派遣し、荷物の運び出しやゴミ捨て、被害状況の把握に努めてきま
した。また、つむらも、9月2日の帰国直後から岡山県庁消防防災課、
内閣府防災総括担当等と連携し、「国会議員として何ができるか」を念頭に
活動を続けています。

本日は午後10時過ぎまで、昨夜から突貫で行われたK地区の被害報告取り
まとめ作業に加わってきました。この調査は「このタイミング(被災から時
間が経っておらず、かつ人手が多い週末)で被害状況を正確かつ詳細に把握
しておくことが大切」という津村からの提案に、同地区の町内会長さんたち
が賛同してくださり、実現したものです。また、明日の朝は、午前6時から
ゴミの搬出に立ち会う予定です。

公設第二秘書の根木が、昨日の津村の動きや関連サイトのリンク先を含む、
リアルな報告を「秘書日記」に書いてくれているので、そちらもご覧下さい。
「ボランティアの1人として、スコップを持って一緒に泥上げを」している
根木の、迫真の現場レポートです。

まだまだ出来ていないことばかりですが、これからも「国会議員として何が
できるか」を追い続け、もう少し時間を頂いたのち、後日談もレポートして
いこうと思います。民主党岡山県連での議論、津村事務所のミーティングで
スタッフやインターンから示された様々な視点、「歩きながら考える」こと
の連続です。

ようやく少し時間を見つけ、ようやくこれだけ書けました。まだまだほんの
一部ですが、今日の報告はこのあたりにします。