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「ザ・ノンフィクション」
  Date: 2010-04-02 (Fri)

「ザ・ノンフィクション 新・霞が関物語〜激突「政」vs「官」』」が、先週、関東エリアで放送されました(岡山県では4月8日木曜日深夜、北海道では4月15日深夜にそれぞれ放送されます)。

ホームページで告知していたことや、何人かの友人知人にご連絡していたこともあって、多くの反響があり、面識のない方も含めてメールとお手紙で計40通くらい、感想をお寄せ頂きました。本当に、ありがとうございました。

「パンツまで情報公開する必要はないのでは?」「政治ではなく、プライベートな話に一番共感した」といったご意見もさることながら、「いままで遠い存在だった“政治家”という職業について、初めて具体的なイメージを持つことができた」「政治主導の意味がようやく少し分かった」「成果だけではなくプロセスも大事なんだと感じた」といった感想を頂いて、今回の取材をお受けして本当に良かったと思いました。

取材期間は5ヶ月余り。延べ取材時間300時間以上にわたって、公私の隔てなく、様々な場面をカメラにお見せすることはエキサイティングなことであると同時に、非常にリスキーなことでもありました。連日連夜、休日も返上で取材をして下さったフジテレビの番組スタッフの方々(川上さん、江藤さんほか)とは、ある意味で同志的な信頼関係が出来ていきましたが、反面、当然のように、鋭い緊張関係もありました(立場が違うのですから、仕方がありません)。

私自身、自分たちに都合の良いところだけを公開するのは何か間違っている気がしたし、メディアの側からすれば、津村政務官の良い成果だけをPRする番組を作っても、何の意味もないわけです。そう腹をくくり、周囲の方々(例えば上司である鳩山総理、菅大臣、古川副大臣や、内閣府の同僚たち)に出来るだけ迷惑をかけない形で、最大限自分の仕事&生活のありようの全てをお見せする努力をしました。結果的に、上司や同僚にご迷惑をおかけした部分があったかどうか、複雑なところです。本当に試行錯誤でした。

密着取材は2月ごろまでに一段落。それまで、ディレクターの川上大輔さんは私の自宅にも何度も泊まって取材をされましたが、編集作業が進んでいた3月にはお会いする機会はほとんどなくなりました。当然、編集の方向性や放送内容を事前にお伺いすることはできません。川上さんから前もって教わったのは、仮置きのタイトルが「戸惑いの一丁目一番地」になるかも知れないということのみ(これも結局変更になりました)。あとは時々事実関係の確認のメールが来るだけでした。

放送日の3月28日は地元岡山県で、浅口市長選挙の応援をしていました。この日に放送されたのは関東エリアのみでしたので、私自身は番組を見ることができず、冒頭に一部引用した友人・知人・スタッフからのメールを見て、放送内容を想像するだけでした。月曜日に上京してからも、なんとなく、「DVDを見ると、自分自身の“戸惑いの一丁目一番地”が終わってしまう」みたいな感じがして、結局私自身が録画を見たのは、1日おいた火曜日のお昼でした。

自分自身にとって本当に濃厚で、甘酸っぱく、思い出深いこの半年間。その毎日を等身大、そして赤裸々に綴っていただいた番組を見た感想は、一言ではまとめられません。強いていえば、「まだ終わってないぞ」ということでしょうか。

これからも試行錯誤が続いていきます。

頂いた感想の中で、特に印象に残り、嬉しかったのは、「秘書の皆さんが素敵」「秘書にも部下にも恵まれているね」「官僚としっかり信頼関係を作っているように見えた」と書いて下さる人が何人もいたことでした。

そして、私にとって、自分の仕事にとてつもない情熱と矜持を持った同世代のテレビマンと出会い、カメラが回っていた300時間の何倍もの時を密度濃く共有できたことが、今回の経験を通じた、もう一つの大きな喜びでした。

県連代表辞任
  Date: 2010-03-17 (Wed)

3月13日付で、民主党岡山県連の代表職を退任しました。

党本部が「都道府県連役員と政務三役の兼務を避ける」方針を固めたため、いち早く対応することとしたわけです。

2006年2月に前任の江田五月参議院議員(現・議長)から引き継いで以来4年あまり、多くの仲間と支持者の皆さんに支えられながら、政権交代実現までのエキサイティングな日々を県連代表として過ごしました。統一地方選挙や参議院選挙での候補者選び、様々なハプニングもあったマスコミ対応、そして、何と言っても歴史的な政権交代・・・。本当にエピソードに事欠かない、ドラマチックな毎日でした。

やり残した仕事もあります。「新陳情ルールの更なる浸透」と「地方議会における無所属議員との連携強化」。いずれも少し専門的な話で、一般の有権者の皆さんや古くからの党員・サポーターの皆さんには分かりにくい部分があると思います。実際、本当に沢山のお叱りの声を頂きました。しかし、これは私の信念です。新しい時代の政治のしくみを考え、軌道に乗せていくためには、政権の座に就いた私たち民主党自身がまず発想を変え、体質を変えなければならないと思うのです。

16日付けで文書が配布され、今回の兼務解消の措置について詳細が示されました。曰く、「来るべき参議院選挙勝利のため、党を挙げた協力体勢を整備するとともに、政府に対する要望・要請の送り手と受け手の立場を明確にし、政務三役が政務に専念出来るようにすることを意図したもの」であり、大臣・副大臣については県連役員(代表・幹事長)との兼務を例外なく避け、政務官については“原則として”避けるものである・・・云々。参議院選挙後にルールがどう運用されるのか、また政務官は例外が認められるのではないか、岡山は先行しすぎではないか、といった問い合わせを幾つか頂きましたが、まずは党本部の思いを正面から受け止めたいと思います。

当面は一兵卒として、柚木代行をはじめとする県連の仲間をサポートしていきます(今年最大のテーマである参議院選挙の勝利は、柚木君のキャッチコピーどおり、“ゆずれない”目標です)。そして、国家戦略室をはじめとする政務官の仕事に、より一層心を砕いていきたいと思います。

宇野−高松フェリー航路存続問題 〜 四国運輸局ヒアリングにて
  Date: 2010-03-10 (Wed)

先週土曜日、高松に行き、民主党香川県連の地域主権戦略会議に出席してきました。会議のテーマは、「宇野−高松フェリー航路の存続問題について」。四国運輸局の責任者の方々を呼び、ヒアリングを行いました。

私からは、以下の趣旨の発言を行い、終了後の記者会見でも同様の説明をしました。地域の関心が高いテーマですので、発言要旨をご紹介します。

・ここ数日、三日月政務官(国土交通省)、小川政務官(総務省、香川県連代表)らと連日協議を重ねてきた。
・4日付で国道フェリーの事業廃止届撤回が報道され、事態が収束したかのように受け止める向きもあるが、問題の先送りにしか過ぎない。
・麻生政権下で瀬戸大橋を含む高速道路料金の引き下げが実施され、鳩山新政権が将来的に更なる引き下げを打ち出している状況を考えると、2社44便体制は、明らかに供給過剰だ。
・公設民営化をはじめとする国からの支援を早期かつ安定的に実現するためにも、今回の議論を機に1社化に踏み込むべきだ。四国フェリーの対応が不透明な状態で、国道フェリーの事業廃止届撤回を軽々に認めるべきでない。役所に一旦提出したものを「なかったことにする」というのは、法的にどう位置づけられるのか。整理が必要だ。
・運輸局として、仮に廃止届撤回の認める場合にも、3/26までに持続可能な経営シナリオを提出させるべきである。四国運輸局は、航路の安定供給のために、事業の存続可能性を検証してほしい。需要見込み、財務状況の把握は最低限必要だ。
・将来的には、直島ルートも選択肢のひとつだ。四国汽船も含む、関係各社との緊密なコミュニケーションを望む。
・もちろん、四国運輸局だけに責めを負わせるものではない。地域の自治体との連携も欠かせない。中四国全体に関わる重要な地域課題であり、与党県連としても、地元選出の国会議員としても、引き続きこの問題に積極的に関わっていく。

3月5日。
  Date: 2010-03-05 (Fri)

今年も3月5日がやってきました。

8年前、江田五月さんに初めてメールを差し上げた日。そして4年前、森本徹磨さんが亡くなった日。政治家としての僕が、毎年必ずふと立ち止まる、大切な節目の日です。

鳩山政権の政務官に就任して、平日は東京で暮らす日々。今日も岡山には帰れないので、一足早くこないだの日曜日、徹磨さんのお墓と仏壇に、手を合わせてきました。

江田さんとの出会い、徹磨さんとの思い出と別れについては、これまでも毎年のように書いてきているので、今日は書きません。

そんな中、昨夏の総選挙から半年が過ぎ、9月16日の政権交代からももうすぐ半年になります。

ゆっくりと物を思い振り返るまもなく、走り続けてきましたが、最近、小学生からの質問の手紙に答える機会がありました。また、地元岡山のファッション誌のアンケートに答えたりする機会もありました。どちらもストレートな質問ばかりで、それだけに、自分の仕事や歩みについて、考えさせられました。真剣に、かなり色々と書いたので、少しづつ整理してこのホームページにもアップしていこうと思います。

これを起爆剤に、しばらく沈黙していた「ひとこと」も少しづつ再開していこうと思いますので、時々お立ち寄り下さい。

今年初めての国政報告会。
  Date: 2010-02-27 (Sat)

今日、岡山市東区の旭東公民館で、今年最初の国政報告会を開催。地元芥子山学区、可知学区の方々を中心に、60人近い皆さんが私の話を聞きに来て下さいました。

今回の最大の特徴は、岡山滞在中の学生インターンたちが企画・実行してくれたこと。私との対話形式で、政治家の仕事の裏側にスポットライトを当てるなど、新しい工夫がいっぱい。その分、初めてことばかりで、ドキドキの75分間でした。

政務官になって地元で過ごす時間が減り、今春のインターンは歴代インターンに比べて接点が持ちにくくなっています。そんな中でも、「若い力。」のジャンパーを着て、津村啓介の看板を背負って訪問活動を続けているインターンの学生たち。彼らとのコラボレーションという意味でも意義深いひとときでした。

ちょっとした物腰や表情にインターンたちの今日に賭ける思いが表れていて、準備に時間をかけてきた自負と、だからこそ隠せない不安な気持ちが感じられ、頭が下がります。この時期の外回りはとても寒く、歴代みんな苦労してきましたが、毎日書いてくれているインターンの日報にはその日その日の新しい発見、前向きな言葉が溢れています。

みんな合わせて、チーム「若い力。」です。

Science Portal 新連載
  Date: 2010-02-16 (Tue)

鳩山政権下の科学技術政策について、専門紙のインタビューを受けました。その模様が「Science Portal」というサイトに連載されています。

担当政務官としてこの5ヶ月間こだわってきた、思いのたけを語っていますので、よろしかったらご覧下さい。何回続くのかわかりませんが、連載モノになっているようです。

http://scienceportal.jp/HotTopics/interview/interview49/

記事の最後(ページの一番下のほう)のプロフィールで、「毎週1回開催される総合科学技術会議有識者議員と担当大臣との会合には必ず出席し、関係する専門調査会などにも出席するなど科学技術政策策定に大きな役割を果たしている」と紹介されています。

大臣、副大臣が他の公務でお忙しい中で、政権として科学技術に光を当てていく姿勢を示すため、私自身、会議への出席には強くこだわってきました。見ていてくれる方がいて、ちょっと嬉しかったです。

科学技術予算の画期的な取組み。
  Date: 2010-02-03 (Wed)

今日、首相官邸で「総合科学技術会議」が開かれ、科学技術政策を担当する内閣府大臣政務官として出席してきました。17時半から45分間。ご多忙な鳩山総理が出席されるので当初は30分間の予定でしたが、議論が白熱して、大幅に予定をオーバーしました。

きょう決定したのは、「最先端・次世代研究開発支援プログラムの運用基本方針」と「科学・技術関連予算の重点化・効率化に向けた取り組み(通称:アクションプラン)」の2つ。いずれも重要なトピックです。

アクションプランは、菅さんが国家戦略室担当大臣兼科学技術担当大臣だったころから、総合科学技術会議の有識者の皆さんと進めてきた一連の取り組みの集大成。川端新大臣も総理や関係閣僚の根回しにずっとお付き合いくださり、まさにチーム一丸となって作り上げてきました。

会議の中で、鳩山総理が「アクションプランは、科学・技術関係予算の質を高めつつ、同時に透明性を向上させるものであり、予算編成のありかたを変革する画期的な取組みとして評価したい」とご発言くださったときには、鳥肌が立ち、目頭が熱くなりました。

隣に座っていた古川副大臣からは、帰りがけに「お疲れさま」と声をかけていただきました。

予算編成過程を透明化・可視化して、事後の検証に耐えうるものにし、国民の税金を有効に活用するPDCAサイクル(Plan→Do→Check→Action)を確立していこうという努力が一歩前進した瞬間。アクションプランのアイデア自体は、事務方(官僚)の発案です。新政権の“政治主導”に戸惑いもあったはずの現場の皆さんから、画期的な提案があり、政と官が一体となって、一つの成果を挙げられたことが、本当に嬉しかったです。

・ ・・そうはいっても、まだ大きな器ができただけ。これからしっかりと中身を詰め込んでいきます!

http://www8.cao.go.jp/cstp/

談話 〜 石井岡山県知事の「霞ヶ関詣で」によせて
  Date: 2009-11-26 (Thu)

本日、石井岡山県知事がいわゆる「霞ヶ関詣で」を実施されたことに関連し、報道各社をはじめ、県民各位から民主党新要望ルールとの整合性についてお問い合わせがありましたので、お答えいたします。

去る23日に行われた県政懇談会で説明を受けた県の「提案書」については、新要望ルールにのっとり、民主党岡山県連地域主権委員会において内容を検討した上で、翌24日に党本部組織委員会に提出しました。

一方、岡山県企画振興部のプレスリリースによれば、本日、石井知事は「国に対する提案活動」として総務省、国土交通省の幹部、計12人の訪問を予定され、馬淵副大臣を除く11人と面会をされたと承知しています。今回の訪問は、「地方自治体と国(政府)とのやりとりに、政党(民主党)が介在するのはおかしい。政府からは陳情一元化について何ら方針が示されていない」との理由で、民主党の県連、幹事長室を通さず、新要望ルールにのっとらない形で行われたものと受け止めています。

原口、前原両大臣は、面会直前まで党ルールを踏まえたアポイントメントと理解をしておられた模様であり、馬淵副大臣は事情を再確認のうえ、直前に面会をキャンセルされました。原口、前原両大臣からは、知事との面会の席上、「岡山県連をよろしくお願いします」「岡山の民主党国会議員も増えた。ぜひ使ってほしい。今後の要望は民主党議員に伝えてもらえればよい」といったご発言がありました。

私たちは、国民、県民の皆さんとの約束である「地域主権」「脱官僚依存」「予算編成プロセスの透明化」を首尾一貫した形で実現するため、8月30日の衆院選直後から取り組みを始め、ステップを踏んでまいりました。9月の政権移行委員会立ち上げと財政担当経験のある県職員の採用、2ヶ月かけて実施した26市町村訪問や11月に開催した自治体向けの「おかやま地域要望サポートガイドライン」の説明会、県内の各種団体との意見交換会の実施などがその具体的な取り組みです。こうしたステップ・バイ・ステップの積み重ねの中で、最近の調査では民主党の新要望ルールに賛成いただいている市町村が約半数に達したとの報道もありました。

しかしながら、今回の知事による「霞ヶ関詣で」を巡る混乱は、結果として県民の皆さまに無用のご心配をおかけし、知事と政府与党との連携不足を印象付ける結果となりました。新しいチャレンジを進めていく以上、私たち自身にも、今一段の努力の余地があると再認識したところです。今後とも県民の皆さまへの新要望ルールのご説明に意を尽くし、県当局とも十分な意思疎通を図りながら、新しい政治のありかたを模索してまいります。

ここで、私たちの新要望ルールの狙いを改めてご説明いたします。

最大の狙いは、情報公開です。民主党は結党以来、国民目線で政治・行政のありかたを見直し、税金のムダ遣いをなくすことを目指してまいりました。政官業の癒着と利益誘導型政治からの脱却は、国民・県民の皆さまから負託された、私たちの使命と考えています。これまでの「霞ヶ関詣で」が現実の政策形成や予算配分において果たして本当に有効であったのか、証明も検証もなされておらず、国民にはチェックする方法がありませんでした。私たちは、このしくみを変えたいと考え、公開性・公平性を確保する新しい処理ルールを提案した次第です。今回の新要望ルールの下で、要望や提案、陳情の取り扱いについて、原則として、県連ホームページで公開することを決断いたしました。

この改革の最終ゴールは、「地域主権国家の実現」です。地域の代表が幹部を連れて大挙して上京し、各省庁を陳情して回る姿は、まさに中央集権の象徴でした。中央とのパイプを誇示することが、知事や市町村長のアピールにもなってきました。そんな国と地方の関係を変えたいと思います。私たちは、国民・県民の皆さまの声を直接お聞きするために、霞ヶ関で陳情を待つのではなく、自ら地域に足を運び、自治体を訪ね、要望や提案を伺います。自治体との協議の場も地元で持ち、その相互対話の中から、現場で政策や予算を作り上げていきます。過日、岡山県および岡山市に対し、定期的な政策懇談会の開催を提案したのも、その趣旨です。

こうした取り組みの延長線上には、現在取り組んでいる「義務付け・枠付けの見直し」はもとより、地方への権限移譲や地方税財源の拡充などの本質的な制度改革が控えていますが、11月16日に首相官邸で行われた「国と地方の協議の場」の実質的な第1回会合でも触れたように、新しい制度設計のプロセスそれ自体にも、地域の声を生かしていきたいとも考えております。

もとより、私たちは、地方自治体や団体、地域の皆さんが政府に「物申す」機会を広げることはあっても、狭めることはありません。実際、新政権発足後、新しい要望ルールにのっとって、何人もの市町村長さんや県議会議長さんはじめ県議会、市町村議会の皆さんを霞ヶ関や永田町にご案内してまいりました。他党所属の方々も沢山いらっしゃいました。私たちは、党派を超えて、国のため、岡山県のために汗を流していきたいと考えております。

私たちのルールはまだ新しく、100点満点のものではないかも知れません。今後とも、様々な方々から日々いただくご指摘に心耳を澄まし、日本の政治のより良い姿を常に心に描きながら、新しいチャレンジを続けてまいります。国民、県民各位の一段のご指導とご理解を切に望みます。

以  上

国家戦略担当政務官
  Date: 2009-09-19 (Sat)

菅直人国家戦略担当大臣、古川元久内閣府副大臣の下で、国家戦略室担当の大臣政務官を務めることになりました。

昨日(9月18日金曜日)午後9時、首相官邸で、鳩山由紀夫総理から内閣府大臣政務官の辞令をいただきました。官邸に入ったのは生まれて初めてです。

担当は、@国家戦略室のほか、A経済財政(旧経済企画庁)、B科学技術振興(旧科学技術庁の一部)、C地域主権推進です。@〜Bは菅さん、古川さんのライン。Cは原口一博大臣、大塚耕平副大臣のライン。内閣府の所掌は少し複雑なので、直属の上司がお2人(古川さん、大塚さん)いらっしゃることになります。

今朝の山陽新聞朝刊には、「明治維新から続く国のかたちを根本から変える重要な仕事で光栄だ。省庁の縦割りの弊害を廃し、新しい意思決定の仕組みをつくらなければならない」という私のコメントが写真付きで載りました。地元の皆さんにも応援して頂いています。

法律の整備がこれからなので、国家戦略室のメンバーは今のところ菅大臣、古川副大臣、津村の3人のみ。スタッフ増強が実現するまでは綱渡りの毎日ですが、国家戦略局構想は鳩山総理肝いりの国家改造プロジェクト、「政と官」の関係を変えていく歴史に残る仕事です。失敗させるわけにはいきません。突破力、発信力のある菅直人大臣、能力・経験ともに豊富な古川副大臣に多くを学びながら、お2人の実力を存分に発揮していただけるよう、縁の下で汗をかきたいと思います。

経済財政は、古巣である日本銀行の金融政策決定会合への出席も含め、思い入れのある仕事。科学技術振興は、お世話になっている江田五月参議院議長が科学技術庁長官経験者として長年手がけていらっしゃった大切な仕事。そして、地域主権推進は、原口大臣のリーダーシップが早くも注目を集めている、やりがいのある仕事。地元の自治体、地方議員の皆さん、支援者の皆さんの声も参考にしていきたいところです。

責任重大・・・。頑張ります!

衆議院議員 津村 啓介

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090919ddm003010151000c.html

鳩山新内閣発足に寄せて
  Date: 2009-09-16 (Wed)

本日は、特別国会の召集日です。午後1時開会の衆議院本会議において、内閣首班指名が行われ、鳩山由紀夫新総理が誕生しました。

この歴史的な場面を見ていただこうと、今日はお客さんも何人かお呼びしました。「世界の若手リーダー」の仲間、東京・京都の学生インターン、公設第一秘書だった山崎祐一郎君。私の両親も来てくれました。嬉しいことです。

永田町上空には、早朝からヘリコプターが何機も旋回し、岡山県選出の柚木道義代議士、新たに当選された高井崇志さん、花咲宏基さんとともに地元テレビの要請に応じて、朝8時から初登院の模様を取材していただきました。午後は、本会議。そして、新聞の取材が続きました。地元から要請があり、岡山の県政記者クラブに以下のコメントを発表しました。

「私たちは今日、新しいスタートラインに立った。選挙による政権交代は明治維新、戦後改革に匹敵する大変革であり、日本の新しい夜明けだ。鳩山内閣はマニフェストの堅実な実行で期待を信頼に変えていく。民主党岡山県連は、全国に先がけて政権移行委員会を立ち上げ、地方自治体をはじめ地域の方々との対話をスタートさせた。若い4人の衆議院議員が第一線で汗をかき、岡山県を舞台に新しい地域主権のモデルを示したい」

最後に改めて、激しく暑い選挙戦、そして政権交代までの長い長い道のりを支え続けてくれた支援者・スタッフのみなさん、一騎当千の歴代秘書のみんな、そして両親に、心から感謝したいと思います。

最大の恩返しはこれからの仕事と考え、初心を忘れず、励みたいと思います。

衆議院議員  津村 啓介

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