| ■ BS−TBS 政策討論「われらの時代」 |
| Date: 2009-06-26 (Fri) |
毎週日曜日の午後5時から放送のBS―TBS 政策討論「われらの時代」に出演することになり、昨日収録してきました。
次代の日本を担う若手政治家が、直面する日本の問題を真正面から討論する!・・・というコンセプトの番組で、討論のお相手は、自民党の若手ホープ、平将明衆議院議員でした。司会・進行は、岸井成格さんと久保田智子アナウンサー。
今週のテーマは「今なぜ政治が信頼されていないのか」というもの。東国原知事が自民党総裁ポストを要求した一件に始まり、日本郵政「かんぽの宿」を巡る鳩山総務相の辞任問題、社会保障費2200億円削減撤回の妥当性・・・などなど幅広いテーマについて意見を戦わせました。
そのほか、「座右の書」「思い出の写真」「尊敬する政治家」を語るコーナーもあり、出演した政治家の人となりを色んな角度からチェックするという番組内容になっていました。
テレビ番組に出していただいたことは何度かありますが、討論者2人で1時間というのは初めて。反省点も多々ありましたが、とても勉強になりました。
私の出来はあまり胸を張って「見て下さい!」と言えるものではありませんでしたが、色んな意味で“ありのまま”だったと思います。よろしければご覧下さい。
放映時間は、以下のとおりです。
6月28日(日)17:00〜17:54
7月5日(日)17:00〜17:54【再放送】
http://www.bs-tbs.co.jp/app/program_details/index/JNT0900500?mode=ignore_redirect
| ■ ハンセン病に関する国会議員懇談会 |
| Date: 2009-06-23 (Tue) |
厚生労働省は、平成21年度からハンセン病補償法の施行日である6月22日を「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」と定め、厚生労働省主催による追悼、慰霊及び名誉回復の行事を行うことを決めました。
その第1回が昨日、都道府県会館で行われ、地元選挙区に「邑久光明園」と「長島愛生園」を擁する国会議員として、式典に参加してきました。以下のリンクは、式典での江田五月参議院議長のご挨拶です。
http://www.eda-jp.com/satsuki/2009/0622.html
今日は、その続編ともいえる大切な会合がありました。平沼赳夫代議士と私が呼びかけ人になって、式典の日程に合わせて開催した、「邑久光明園・長島愛生園の将来構想に関する岡山県選出国会議員懇談会」の第1回会合です。
国会情勢が緊迫している中での開催だったためか、参加者の皆さんのご都合の合う時間が大変短く、今日は(1)呼びかけ人を代表しての平沼赳夫代議士のご挨拶、(2)近藤剛弁護士からのハンセン病問題の現状に関するご説明、(3)両園代表者からの補足説明、(4)今後の会の運営についての協議の4点を話し合うことしかできませんでした。
が、入所者の方々の平均年齢が80歳を超える中、地域との共存をいかに実現していくか、早急に方向感を出していく必要があります。
会合では、平沼代議士を会長とする運営体制が承認されました。各党にご協力をいただく“超党派”の取り組みです。私は、呼びかけ人をお引き受けしていた経緯から、事務局長に就任することになりました。各党間の調整は、なかなか気を遣う仕事。裏方に徹して、汗を流したいと思います。
両園の地元、瀬戸内市では、5月に市議会議員選挙が終わり、アラフォー世代の若い議長・副議長が誕生したばかり。7月19日には市長選も行われ、市の執行部も新しい体制へと移行するものと思います。
新しい仲間たちと一緒に、この歴史的なテーマに取り組んでいくことになります。
| ■ 臓器移植法改正案「A案」に賛成 |
| Date: 2009-06-18 (Thu) |
本日の衆議院本会議で臓器移植法案の改正案が採決され、臓器移植の道を大きく拓くA案が可決されました。私は賛成票を投じました。
重い選択でしたが、私は「一人でも多くの命を救いたい」という一点で判断しました。臓器移植は、医療水準向上のシンボルであり、人類の未来に希望を与えるものです。
「脳死は人の死」という新しい定義は、終末期医療のありかたを大きく変える可能性があり、積極的に捉えるべきものと考えますが、社会に完全に受容されるまでにはなお時間を要すると思います。また、新しい分野ですから、引続き様々な課題が生じるものと予想されますが、専門家の方々と相携え、政治家としてこれからもこのテーマに正面から向き合っていきたいと思います。
最後に、日本における臓器移植普及に政治家として強い使命感を持ち、陰に陽に心血を注がれた河野洋平衆議院議長と中山太郎衆議院議員をはじめとする皆さんに、後輩政治家として、心から敬意を表します。
衆議院議員 津村 啓介
| ■ 民主党岡山県連による代表選「予備的調査」について |
| Date: 2009-05-13 (Wed) |
本日午後2時、国会内の記者クラブにおいて記者会見に行い、以下の発表をしました。会見に先立ち、民主党代議士会でも同様の報告を行っています。
○ 民主党岡山県連所属の衆参国会議員3名は、党選管が定めた代表選のルールを遵守しつつ、厳しい時間的制約の中で、最大限“開かれた代表選”をめざす工夫として、「次の総理大臣、誰にすりゃあ?」と題し、“県連による予備的調査”を実施することとしました。
○ 政権交代への大きな期待がある中、民主党の代表交代という緊急事態において、次の総選挙において最前線でお支えいただく党員・サポーターの方々のご意見を最大限に参考にするための試みです。
○ 党中央選管と協議した結果、いわゆる「予備選挙」を禁止する党規則に配慮し、調査結果と3議員の投票行動との関係性の説明および調査結果の公表は、代表選終了後に行うことにいたしました。
● 対 象: 2008年度 党員・サポーター 約3,000名
(民主党岡山県連登録分のうち電話番号が記載されている方)
● 実施日: 5月14日(木)、15日(金)
● 県連主体の電話かけ方式
● 参加議員:津村啓介衆議院議員、柚木道義衆議院議員、姫井由美子参議院議員
● 「次の総理大臣、誰にすりゃあ?」実行委員長: 高井 崇志 岡山県1区総支部長
● 結果については、代表選終了後に公表することとします。
問い合わせ先: 衆議院議員 津村 啓介事務所 03−3508−7088
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
記者会見後、マスコミからの取材が続いており、他県の県連からも問い合わせが相次いでいます。毎日新聞夕刊では、1面トップになりました(関西地区)。いま動きつつある話なので、丁寧に進め、また改めてご報告します。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090513dde001010016000c.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090513-00000511-yom-pol
| ■ 小沢代表辞任会見を受けて |
| Date: 2009-05-11 (Mon) |
小沢代表の続投を支持してきましたので、代表辞任は残念の一語です。自らの主張や地位よりも、国民の声と政権交代を優先した結果だと受け止めています。小沢一郎という大政治家らしい大局的な判断であり、鬼気迫る辞任会見でした。今回の一件は日本の政治を大きく体質転換するための試練であり、変革を志す者にとって、ここからが本当のチャレンジになります。新しいリーダーのもと若手が汗をかき、政治改革を加速して、民主党への期待を、責任を持って受け止めていきたい。
新代表には、自民党との違いを明確に示せる人が望ましいと思います。個人的には、民主党らしさを体現し、強いリーダーシップを発揮できる人物として、菅直人代表代行を推したいと考えています。
衆議院議員 津村 啓介
【注】地元マスコミからの要請を受けて、大要以上のようなコメントを発表しました。民主党岡山県連代表として発表したコメントに、私個人の考え方(後任人事など)を付記した衆議院議員 津村 啓介としてのコメントです。
| ■ 国会議員の「世襲」について |
| Date: 2009-04-02 (Thu) |
最近、民主党内で国会議員の「世襲」についての議論が本格化しています。具体的には、「国会議員の子や配偶者などが、親や配偶者などと同一選挙区から連続して立候補することを制限すべきかどうか」「資金管理団体等を介した事実上の資産相続を認めないよう法整備を行うべきであるかどうか」といった点が主なポイントのようです。
報道もされていたようなので、書いてしまいますが、党内でアンケートが実施されました。私はいずれの規制(制限)にも「賛成」と答えましたが、その他自由筆記の欄があったので、次のように補足しておきました。
「世襲に限らず、公認決定プロセスには、まだまだ前近代的な要素は多く残っている。公募制度の充実や予備選の導入など、党公認制度のあり方をよりオープンに改めていく中で、世襲制限が不要になることが望ましい。その意味では、世襲制限は、あくまでも当面の暫定措置と考えるべき」
いま話題の“政治とカネ”の問題もそうですが、日本の政治制度やその運用には、まだまだ理想と懸け離れたルールや実態が数多くあります。その一部分だけを強引に変えていこうとすると不具合が発生するのですが、かと言って、何も変えないとなると進歩がありません。一気に全部変えられれば最高ですが、何が理想なのかについてのコンセンサスが形成されていないのが現状です。今回の西松問題への対応を見てもそうですが、「目先の衆院選で勝つためには、マニフェストで“政治とカネ”問題をどう扱えばよいか」という小手先の議論ばかりが先行しているような気もたしかに、選挙を無視することはできません。
一方で、遠い理想を描きつつ、当面の措置はあくまでも過渡的なものなのだという意識を持って、一つ一つ制度改革を積み上げていくしかないのかも知れません。今回の世襲論議に触れて、改めてその思いを強くしました。
| ■ 最近の読書(その3) |
| Date: 2009-03-27 (Fri) |
■ 佐々木毅 『民主主義という不思議な仕組み』
■ 米倉明 『プレップ民法 [第4版]』
佐々木先生も、米倉先生も、私が大学の法学部で教わった先生です。大学で学んだことは、今にして思えば基礎学問そのものでした。実社会に出てからも、勉強は果てしなく続いていきます。しかし、追加的な知識や経験が増えるにつれて、自分なりの座標軸や原点が変化してしまったり、見えにくくなったりする気がします。頭の整理のためのモノサシとして、時々政治学や法学の入門書が恋しくなる時があります。不思議なもので、大学時代とは全然違う読後感が残ります。
■ 魚住昭 『渡邉恒雄 メディアと権力』
■ 共同通信社社会部『東京地検特捜部』
■ 溝口敦 『血と抗争 山口組三代目』
■ 草野厚 『解体 国際協力銀行の政治学』
何度も書きますが、私はノンフィクションが大好きです。“人間”に対する興味、関心が強いのだと自己分析しています。山口組関係の本は、とても勉強になります。そして、メディア、検察はいまホットな分野でもあります。
■ 福岡伸一 『動的平衡』
■ 柴門ふみ 『花の名前 向田邦子漫画館』
■ アンブローズ・ビアス(筒井康隆訳)『筒井版 悪魔の辞典<完全補注>上』
高校3年生のゴールデンウィークまでは、理系志望でした。物理学者の伯父に憧れ、自分もノーベル賞を目指せるような自然科学者になりたいと思っていました。民主党の菅直人代表代行は東京工業大学のご出身で、ご自身が理系であることを強く意識しながら、政治の仕事をされています。とても面白いことです。私は物理学者志望だったので、高校時代は相対性理論や素粒子論の本を分からないなりに手に取っていましたが、上述の“人間”に対する興味のせいか、最近は生物学の本に惹かれるようになりました。動物行動学、遺伝学、心理学、進化論・・・。福岡伸一さんの本では、『生物と無生物のあいだ』が大ベストセラーになりましたが、その続編ともいえる『動的平衡』もとても読みやすい本です。副産物ですが、自分の健康についても今まで以上にリアルに考えるようになりました。
向田邦子さんについては、また機会を改めて・・・。私の理想の女性です。
| ■ 2つの取材。〜「若者と政治」「政治とカネ」 |
| Date: 2009-03-24 (Tue) |
最近、取材を受ける機会が続きました。
テレビでは、3月9日放送のテレビ朝日「報道ステーション」で小沢代表の政治献金問題についてのコメントが取り上げられ、新聞では、民主党岡山県連代表としての記者会見の模様が3月22日付の地元紙で取り上げられましたが、私にとって印象的だったのは、ちょっと変わった切り口の2つの取材でした。
ひとつは、学生団体「RING」による大学生と若手国会議員4人の討論会。インターン佐志田さんによるレポートを近日中に掲載しますが、「若者が政治に関わる意味と限界について」「そもそも政治とは何か」といった一見青いけれども本質的な議論を、久しぶりに徹底的にやりました。学生さん4人を相手に、自民党の平将明さん、木原誠二さん、民主党の細野豪志さんと私の計4人の若手国会議員がそれぞれの思いを率直に語りました。YOU TUBEで公開されるというのに、皆さん実に正直で、熱く、本音で話しができたと感じました。ほぼ無編集で近日中にネット公開されるようです。
http://www.ring-web.info/
もうひとつは、Infoseekニュース「内憂外患」というコーナー。いわゆる『政治とカネ』の問題について、私自身が実務的にどのように対応しているか、その実態をかつてないほど赤裸々に紹介しました。こちらは事務所の会計書類の現物をお渡しした上で、2時間のインタビューに答える形式の取材でしたが、インタビュアーのお2人がとてもよく勉強されていたのが印象的でした。『政治とカネ』の問題には、政治家サイドが古い体質を引きずっている面と、有権者サイドが政治のコストを直視しようとしていない面と、2つの大きな側面があると思っています。貴重な休日に投票所に足を運ばなければならないことや、街宣カーがうるさいことにはじまって、政党への公的助成にいたるまで、政治という営みには大きな社会的コストがかかっています。議員宿舎や議員パス、公設秘書の給与等も「特権、優遇」とみるか「必要経費」とみるかは、ある意味では程度問題であって、万人が納得する単独の解はないと思いますが、少なくとも実態を正確に知った上での(私たち政治家サイドからみると“伝えた上での”)議論であってほしいと思います。私のプライベートな財政事情や私設秘書の平均給与まで一部公開していますが、議論のための一つの材料を提供できたのではないかと自負しています。掲載は4月初めになるそうです。
http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/
民主党の公募候補出身であり、「若い力。」をキャッチコピーに掲げる私にとって、「若者と政治」「政治とカネ」の両問題は、それぞれ私自身の政治家としてのアイデンティティに関わる重要なテーマです。それぞれ公開はまだですが、少し心配しながらも、とても楽しみにしています。
実はもう1つ、個人的に思い入れの強い取材依頼を頂いているのですが、まだ確定していません。もしお受けできた時には、改めてご報告します。
| ■ 最近の読書(その2) |
| Date: 2009-03-19 (Thu) |
■ 鈴木宗男・佐藤優 『北方領土「特命交渉」』
■ 佐藤優 『交渉術』
■ アレクサンドル・パノフ(鈴木康雄訳) 『雷のち晴れ 日露外交七年間の真実』
■ 高橋進 『国際政治史の理論』
先日、鈴木宗男代議士とお話しする機会がありました。佐藤優さんには、民主党・菅グループ「国のかたち研究会」の講師で来て頂いたこともあります。以前、北方領土問題を国会質問で扱ったことがあり、武部勤さんが率いる超党派議連のメンバーとしてサハリンを訪ねて州知事と北方領土を巡る意見交換を行ったこともあるので、このお2人には、人物としても、政策面でも、関心を持ち続けてきました。以前にも書きましたが、『国家の罠』を読んだ時の印象も、強烈でした。ちなみにパノフ氏は、ロシアの元駐日大使。『雷のち晴れ』は、鈴木宗男さんお薦めの一冊です。
■ 坂野潤治 『日本憲政史』
■ 伊藤之雄 『山県有朋 愚直な権力者の生涯』
■ 永井路子 『岩倉具視 言葉の皮を剥きながら』
■ 山本雅人 『天皇陛下の全仕事』
このあたりは、私がこの1年ほどもっとも多くの関連書籍を読んできた日本近代史の本。現代日本の政治を考える上で多くのヒントを得ることができます。幸か不幸か、現在活躍している大物政治家の方々には、二世・三世・四世という形で、明治の元勲や軍人の血筋を引いている方も数多くいらっしゃるので、彼らのルーツや原風景を知ることもできます。歴史観は、たとえ主観的なものであっても、大切なもの。世襲議員の方は、当然ご自身の先祖や父上の思想や業績を強く意識されていると思いますし、そういう部分には敬意を払いたいと思っています。私にできることは、父母や祖父母から教わった(政治家でも軍人でも官僚でもない、ごく普通の)家族の歴史に加え、歴史書から得た知識を通じて自分の引き出しを増やし、私なりの歴史観、国家観を養うことです。
| ■ 太田薫総評議長のこと。 |
| Date: 2009-03-17 (Tue) |
私が生まれた町、岡山県津山市にお住まいの支持者の方から「ふるさとの心」と題する文集が送られてきました。創立108年の伝統を誇る津山市立林田(はいだ)小学校が、母校出身の先輩をたたえる「林田小学校歴史コーナー」を開設するにあたって編集した記念文集で、10人の先輩が採りあげられています。
その中にはB‘zの稲葉浩志さん、戦後労働運動のリーダー太田薫総評議長、アマチュア野球界の指導者として日本生命で活躍された早瀬万豊(かずとよ)さんらが入っていますが、太田議長を紹介する記述の中に、私の祖父である井上龍臣の話が載っていました(支持者の方はそれを見て送ってきてくださったわけです)。このホームページの「ひとこと」でも、2003年2月11日に書いた『本屋巡り』という文章の中で紹介していますが、祖父は太田議長の幼なじみでした。
祖父のことを少し持ち上げてくださっていて、面映いですが、私が岡山で政治に携わる上で大切なルーツになっている祖父の足跡の一つですので、全文ご紹介します。
――――――――――
「一般労働者の率直な思いを重視する」昭和期の労働運動のリーダー
太田 薫(本名=萩尾 薫)
威勢のよい発言の裏には、誠実な努力の積み重ねがある。ふるさとの思い出が原点に。
昭和期の労働運動家。「一般労働者の率直な要求、気持ちを重視する」指導者として活躍。
昭和33年から41年まで日本労働組合総評議長を務め、春闘方式を創設した。簡単明瞭、迫力のあることばで団結させようと、「ヨーロッパ並みの賃金を」「青年よハッスルせよ」「だれでも1万円」など「太田ラッパ」を吹き続けた。私心の少ない人で、日本の労働者のために心血を注いだ。昭和39年度レーニン平和賞受賞。昭和54年東京都知事選に立候補したが落選。
「目をつぶると、真っ先に浮かんでくるのは祭りの光景ですわ。・・・そんな祭りの思い出に象徴されるふるさとの良さみたいなものは、今、私にとってすべてだと、そう言っても言いすぎじゃあないくらいですねえ」。後の彼が、幼き日のふるさとの思い出を語ったくだりだ。
明治45(1912)年1月1日、苫田郡林田村の萩尾薬局の次男坊として産声をあげた。村立林田尋常高等小学校へ入学。約80人を一学級にしたスシズメ教室。後に彼は「唱歌は津山代表で歌ったことがあるぐらいだから甲だが、体操と操行が乙なんでね。小学校の成績は二、三番ですわ。一番の特待生は師範学校へ行って校長していた男ですわ」。(その特待生とは、津山一帯の教育界で重きをなした井上龍臣のこと)
井上には小学校時代の太田について忘れることのできない強烈な思い出が二つあるという。一つは卒業を間近に控えた元旦のこと。儀式の後教室でみかんを配った担任が、子どもたちに卒業後の将来の夢を順番に語らせた。当時のことだから「家の百姓を手伝う」「大工になりたい」「兵隊さんになる」といった答えが多い中で、太田は「ぼくは日吉丸と同じ1月1日の生まれだから、太閤秀吉のように天下に名をなすような立派な仕事をしたい」と述べた。太田は元来内気であまり発言しない子だったので、彼の言葉にみんなポカーンとしていた。後年、総評議長になった太田が帰郷し、津山西中学校長だった井上を訪ねてきたとき、警護の警官の多さに仰天した井上は「あいつ、とうとう天下に名をなした」と、しみじみ思ったそうである。
もう一つは、太田が図画や工作で抜群の色彩感覚を持っていたことだ。とても子どものものとは信じられないような地味で渋い色彩表現は、おそらく母親の気配りによる材料のよさもさることながら、担任も舌を巻くほどの出来栄えであったという。「私は、あれが将来、応用科学を専攻することになる下地だったと思う」と、井上は語る。
東松原の実家は現在高橋食料品店となっている。
(『太田薫とその時代』(水野秋・著)より)
林田尋常高等小学校 大正12(1923)年度卒業生(東松原)