憩いのホームページ −久保田三千代−

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最新記事一覧

花と憩う

フジウツギ

2017年06月25日(日)

フジウツギ  
 花はフジ、葉はウツギのようだと、つけられた名がフジウツギ。
 赤紫色の円錐花序の花を、枝垂れた枝の一方に並べて咲かせます。花冠は筒状で先が4裂しており、良い香りを漂わせています。強い芳香で蝶を集めるブッドレア(フサフジウツギ)と同じフジウツギ科の落葉低木なのです。
 こんなに可憐な花なのに、全草に刺激性の精油とサポニンを含む有毒植物で、タイワンフジウツギをたたいた汁で魚を麻痺させる魚毒漁法があるとか。
 別名「醉魚草」 花言葉「魅力」


書物と憩う

『位置』14号

2016年06月04日(土)

『位置』14号  
 年一発行している、岡山県エッセイストクラブの文集『位置』も14号となりました。
 例年、私の所属しているメール句会「山麓」の主宰・横田淳氏にもお送りして、感想をお寄せいただいているのですが、今年は、クラブの元副会長・中桐美和子さんがお送りしていました。先日、その御返事が中桐さんの元へ届き、お二人の許可を得ましたので、掲載いたします。 

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 先日は、『2016 位置 position』をご恵贈くださりありがとうございました。いろいろ重なっておりましたので、昨日ようやく読了しました。
 久保田三千代さんのご案内で毎年拝読してきましたが、ますます充実ぶりをみせてくれているように拝察しました。
 まっ先に中桐さまのエッセイを拝見しました。
 お便りの中に、「書けないときは読むことにしていますが、もうとしなのでなかなかです」とありましたが、その「読むこと」が詳しく書いてあって、そのエネルギーに圧倒されました。しかも小生の読んでない分野、もっといえば苦手としてきた分野、あえて読まなかった分野がほとんどでした。
  
 いつもこの本を送ってくださった三千茶こと久保田三千代さんの今回のエッセイ「白い花」は、エッセイというジャンルを超えて、亡き人を偲ぶ誠に心打たれる佳品と拝見しました。
 エッセイとして印象深かった5点をあげるなら、以下の作品になります。共通点は、主題がはっきりしていて、文体がきびきびと無駄がない。主題に共感性がある。最初の一行で読者に関心をもたせて、盛り上がりがあってオチがきまっている。自由闊達、ユーモラス、といったところでしょうか。熱く読めても長すぎるのは外しました。この5点は、百合子も同じように読んで、あれは面白かったわ、と賛同してくれました。
 岩城  嵩「メガネ騒動の顛末」
 形山巳喜夫「アンカー」
 中塚 幾美「天岩戸を開いたのは」
 ひさたにゆか「ゆいレールの中で」
 平井 千秋「名医は聴き上手」
 最後に、ユーモラスとは別に、しみじみと考えさせてくれる1点はというと、この作品をあげたいと思います。
 片山 幸子「戦争を知らない私たち」
 作者の苦労も知らないで、勝手な取り上げ方をしてすみません。総じて初期のころにあった文章作成上の基本ルールを脱落したもの、編集の雑駁さといったものは影をひそめ、読ませるエッセイ集になったと拝察しました。
                     横田 淳 Jun Yokota

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 編集・末廣從弌 他編集委員  和光出版  2016年4月


                


旅に憩う

帰省 ぁ

2017年06月25日(日)

帰省 ぁ
 6月20日(火)

 久しぶりにベッドではなく畳の上で就寝したら、敷き蒲団は硬く、掛け布団は重たく、借りた浴衣は肌け、何度も目が覚めた。義姉とは初めての同室で、多少気を遣ったのもあるかもしれない。
 
 外がぼんやり明るくなってきた。何の鳥だろうか、優しい鳥の声が聞こえる。車の音や人の声などいっさい聞こえない。
 5時過ぎ、いつもより少し遅く起きた。

 7時、朝食。朝からたっぷり、豪華なメニューだ。昨夜の御馳走がまだ腹に残っているようだが、これを見たら食べずにはいられない。
「美味しい卵かけご飯にする方法、教えちゃろうか」とサライの女主人。
「卵を白身と黄身に分けて、白身をかき混ぜてメレンゲにするんよ。それをご飯にかけて、黄身をのせて食べる。ふわーっとして美味しいぜ」
 なるほど。口当たりが違う。
「うちは、おもてなしコンクールでいろんな賞をもるちょるがぜ。有名人も来る。今、人気の三山ひろしが来た時の写真もあるぜ」
 三山ひろしのファンクラブに入って追っかけをしている妹は大喜び。
「歌もうまいし人柄もえいし、三山ひろしとやったら結婚してもえいわぁ」
 5人の孫がいる65歳のおばさんが何を言うやら・・・。

 さて、サライをあとに義姉と姉の家へちょっと寄る。用意してくれていた土産を山ほどもらって、ルン!
 姉の住む団地に、幼馴染で妹の親友のSちゃんが老後のための家を建てている。丁度法事で帰っていて、一緒に高知まで帰ろうということになった。彼女は高知から飛行機で東京へ帰るのだ。
 明るくて世話好きなSちゃんを加え、4人を乗せたプリウス。再び同じ道を走る。妹の運転も次第に慣れて、会話に花を咲かせる。
 途中、芋けんぴ専門店に入り、妹たちは土産にと買い込んだ。
 隣の道の駅で早めの昼食。と言ってもお結びと味噌汁だけ。朝食を摂ってから3時間ほどしかたってないから、これで十分である。

 私は昨日と同じ朝倉駅から、岡山行の特急に乗る。駅で切符を買わねばならない。余裕を持って駅に着いた。さて切符の窓口・・・。あれ!? 窓口が閉まっている。この時間帯は開いていない、部分的無人駅だった。
 では自動券売機。ところが、どう見ても岡山行の切符が無い!徳島行はあるのに。。。
 Sちゃんが持っていた時刻表で確かめてくれる。
 どうやら、もうすぐ高知までの特急「あしずり」があり、高知駅で「南風」に乗り換えるらしい。
「とにかく高知まで買いや。それから車掌さんに言うたらえいけん」
 やれやれ。常識なし、生活力なしの私だけだったら途方に暮れるところだった。

 (写真はホームから見た朝倉駅。丸太造りの風情ある駅舎)



 


憩いの風物

待ちよったぜよ

2017年06月25日(日)

待ちよったぜよ
「旅と憩う 廚砲盻颪い森眞留悗任良景。
 向かいのホームに「待ちよったぜよ ようこそ土佐路へ」と書かれたこんな横断幕(?)が。 故郷の訛は本当に懐かしいものです。
「山桃や幼馴染の故郷(くに)訛り」三千茶

日々の想い

師・竹本健司

2017年05月10日(水)

師・竹本健司  
 俳誌『明』の監修であり、句会「TODAY]の主宰だった竹本健司先生が亡くなられたのは昨年5月21日。もうすぐ一周忌になる。
 先生の指導を受けられなくなって1年間、手探りで『明』の編集をしてきた。続けることが先生との約束だったので、先輩の知恵を借りたり、編集委員仲間で相談しあったりして、とにかく一号一号出すことに全力を尽くしてきた。
 今は35号の編集をしている。
 一周忌にあたるから、先生の特集号とまではいかなくても、せめて何人かの会員に先生の思い出を書いて欲しいと思い、数人に依頼すると快く引き受けてくれ、原稿が届いた。
 ある人は、現代俳句協会中国大会で先生の特選をもらった時の喜びを、ある人は某新聞の投句欄で先生の特選をもらった後、先生から声をかけていただき『明』会員になったことを、そしてある人は、小学校の教頭だった先生との出会いのさわやかさを書いている。
 私の知らない、まだ若かりし頃の竹本健司がそこにはいた。
 教師としての情熱、技量、俳人としての真摯さ、そして、ユーモアにあふれ、情愛にあふれている人間竹本健司がそこにいた。

 師の著書『俳句俳想』『俳想ノート』を読み返してみた。
 あちこちに鉛筆で傍線を引いている。どのページからも師の教えが伝わってくる。そして、俳人として、自己に厳しく、孤独であった姿も見えてくる。
 中学生のころから俳句に親しみ、同人誌を作り、金子兜太など多くの俳人と交流し、多くの文学賞を受賞したが、決してそれを鼻にかけたりはなさらなかった。ただひたすら、俳句と言う文学(詩)を多くの人に広めたい、という純粋な情熱で生きてこられたように思う。
 世間的な名誉欲、権力欲、物欲などとは一切無関係な方だった。
 
 私とは十数年の短いお付き合いだったが、先生との思い出はそれなりにいっぱいある。それは私の大事な宝物だ。
 いつか私も先生のことを書いてみたいと思う。

 (写真は、〈『明』の集い〉で、竹本先生と)


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