憩いのホームページ −久保田三千代−

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最新記事一覧

花と憩う

ジュウニヒトエ

2015年04月28日(火)

ジュウニヒトエ  
 ユキヤナギが散り終わった下で、ジュウニヒトエが何本もの花茎を立てて咲いています。
 この名は、花が重なって咲く様子を、宮中の女官の正装、十二単に見立てて名づけられたもの。ミヤコワスレやムラサキシキブ同様、古典に由来するような優雅な名前で、一度覚えたら忘れません。
 別名「アシュガ」(洋種)
 


書物と憩う

峠の季(き)

2014年11月17日(月)

峠の季(き)  岡山県備前市在住の詩人、今井文世氏の8冊目の詩集が出版された。『峠の季』である。
 草木染作家でもある著者は、日々を草花や樹木に囲まれて暮らす中で、最近とみに「過ぎゆく季(とき)、やってくる季」を実感しているらしい。この詩集の詩のほとんどが、季節の移ろい、そして人の生命の移ろいをテーマに、それを美しい言葉と比喩で表現されてる。

 特に印象深い表現を挙げてみよう。
「花首」では、
「 〜前略〜 
 一つのために/摘んで捨てたもの/平気で裏切ったものが/花首となって/浮かんでくる
 一つの言葉を選ぶために/切り捨てられた言葉の骸は/心のそこに/埋もれて積もり/時おり/カサッと音を立てる
 〜後略〜 」

 一つの言葉を選ぶために多くの言葉を捨てる行為は、詩に限らず、俳句や短歌、随筆や小説でも同様であろう。俳句で、言葉を切り捨て、そしてまた掬いとることに四苦八苦している私だが、こう表現されると改めてその通りだなと共感する。

「歳月」では、
「 〜前略〜
 その人の死は/その人の記憶の中の私も消し去った〜
 〜後略〜 」
 
 よく、身近な人が亡くなったとき、「その人は私の心の中で生きている」と言うが、その人の死によって「その人の記憶の中の私」が消えると言う。これはかつて誰も表現したことのない“真実”の“発見”では無いだろうか。

「大寒の夜」では、
「 〜前略〜
 あの/楽しい語らいの/ひとときの下に
 別れが深く隠されていたことを知らなかった
 〜後略〜 」
 
 この自然な擬人法にも驚く。

 どの詩にも、劫初から未来へと続く時(季)が詠われ、その中の〈花〉であり、〈樹木〉であり、〈虫や蝶〉であり、〈人〉であるという深い思索がある。それは、今年75歳になる著者の到達した境地(一種の悟りあるいは諦念)のようなもの?)なのだろうか。
 
 五七五という短い詩形の中で表現する俳句は、それぞれの読者の鑑賞に委ねざるを得ないのだが、詩はまた別の意味で読者の読解力、感性、想像力などが必要であり、それらが刺激され、豊かになる表現形式なのだなと、と今さらながらに実感、納得した詩集であった。

「獣にはもう戻れない寒夕焼」三千茶
「蕎麦の花老ひてゆく身の新しく」

 著者 今井文世 土曜美術社出版 2014年

 


旅に憩う

姫路城へ ぁ\化

2015年04月13日(月)

姫路城へ ぁ\化  
 4月7日(火)午後

 再び大手門を通って、桜門橋(欄干には平仮名で「さくらもんばし」と書いてある)を渡る。
 なぜこの橋は「桜門橋」という名なのか? 普通なら「大手門橋」と名付けられそうなものだ。桜門は大手門の別名なのだろうか? 
 江戸の雰囲気のある木製の橋で、平成9年に架け替えられたのだそうだが……。
「石垣はあんまり大きな石は使うとらんね。大阪城なんか、すげえ立派なけど」
 振り返って、濠の向こうの石垣や城を眺める。濠には大きな緋鯉と真鯉が泳いでいる。
「国宝 姫路城」と書かれた石碑がここにある。(「世界遺産 姫路城」と言う石碑は3の丸広場入口にあったのに、撮るのを忘れていた)

 大通りの南側に和風の土産物店が並んでいる。屋根に、「いの店」「ろの店」「はの店」と大きい看板。
 ここでトイレ休憩。何か土産もと思っていたが、結局、Kさんが焼きまんじゅうを買っただけだった。。
 
「どうせ、一時間に一本ぐらいしかねえんじゃから、とにかく駅まで行ってから時間があればお茶しようよ」
 というわけで、帰りは何処の店にも寄らず、駅へ向かう。
 駅で岡山方面行普通電車の発車時刻を調べると、ちょうど良い便がある。
 これも相生で乗り換えて、広島県の福山行きに乗り換えるのだ。

 姫路駅でも相生駅でも、KさんTさんが素早いダッシュで席を取ってくれる。アラセブンティとは思えない身のこなしと言うか、気の強さと言うか……。身も心も軟弱な私には頼もしい限りである。

「寒かったけど、今日は晴れて良かったね。私は晴女じゃけぇ晴れる思うとった」
 誇らしげにのたまうTさん。
「わたくしは晴女なのと自慢する友の頭に降る桜蘂」三千茶

 こうして、4婆(いいえ! それを言うなら4熟女!ですと?)の姫路城見学兼花見の1日は終わったのです。

(写真は「国宝 姫路城」の石碑。松の木の向こうに見えるのが「さくらもんばし」と大手門)


憩いの風物

ネギ坊主

2015年04月28日(火)

ネギ坊主  
 ちょうど今頃、このあたりではどの畑でもネギボウズが可愛い頭を見せています。これは長ネギの花で、普通は食べない部分ですが、開花する前の蕾の状態で収穫すると、ちょっと変わった食材になるのだそうです。どんな料理ができるのでしょうか。
「葱坊主ときをり呼んでやりにけり」藤田湘子
「葱坊主方程式は解けぬまま」湯浅芳郎

日々の想い

四足の草鞋

2015年04月28日(火)

四足の草鞋          
 子どものころから読むこと書くことが何故か好きで、大学は文学部に入り、短い小説を書いたりして悦に入っていた。卒業後、中学校の国語の教員になった。書く事は趣味として続けるつもりだったが、日々の仕事に追われ、とてもそんな余裕はなかった。そうして、三十四年が過ぎた。
 退職後、現役の頃にできなかったことを思い切りやろうと、まずは俳句の講座に入り、エッセイストクラブにも加入した。できた俳句やエッセイを新聞に投稿して掲載されたり、それを読んだ知己や先輩に褒められたりすると、嬉しくなって嵌まった。
 その後、短歌に誘われ、朗読の会にも加入し、二足の草鞋どころか四足の草鞋を履いて十年、今日に至っている。
時々仲間に言われる。
「久保田さんは国語の先生じゃったから」
何でもできて当たり前、というわけだ。その都度、「国語の先生じゃから言うて文学的な才能があるとは限らんよ。中学生に教える程度の国語の知識はあるけど」と答える。
 自分を振り返ってみると、書く事が好きは好きだが、次第に文学的センスの無さを思い知らされるようになった。散文はまだしも、韻文の俳句・短歌には欠かせない、鋭敏かつ柔軟な感性に乏しいのだ。
 何かを見て、感じて、言葉にする。たった十七音、三十一音の中に感動を詠み込む。心象も込められた、広くて奥深い世界。豊富な語彙も必要だ。それなのに、感性も語彙も貧しい私。当初の勢いはどこへやら、最近はどれも不調……。どうすれば良いのだろう。
こんな時、愚痴を聞いてくれるのはやはり歌仲間だ。
「大丈夫。引き籠もってないで、出かけんさい。家の中で考えとっても何も生まれんで」
 そうだ。小手先で、頭だけで詠む俳句、短歌に感動はない。外へ出なくては……。
―文学は理屈ではない。言葉の意味性で書くのではなく、感性を大事にして書きなさいー
「意味性」で書きがちな私への師の言葉だ。
 乏しい感性を如何に磨くか。そして、どう言葉を選び、詠んでいくか。
 悪戦苦闘はまだしばらく続きそうである。

(これは歌誌『朔日』5月号に掲載されたエッセイです)


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